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この国へ

 桐生(きりゅう)咲夜(さくや)が目を覚ましたのは,馬上であった。スパン・ルジルフに支えられて馬に乗っていたのだ。

『あ,お気付きですか?大丈夫ですか?』

『スパン?』

目をはっきりと開けて周りを見る。リクト・フォルクスとウェルナ・アルキーもちゃんといた。

『咲夜,気分はどうだ?問題はお前自身が解決したんだ。気分良いだろ?』

リクトが優しく笑んで問う。

『解決?あ…!そっか。解決したのよね。ごめん,スパン。降りるわ。』

まだ朦朧としつつも,自分で選んだ馬・フェイに乗る。

『私の問題がこの世界に広がっていたのよね。それで9人も……。』

悲しげに前を見る咲夜。

『そんなに落ち込むなよ。自分自身の力で問題は解決したんだ。それに昨日も言ったけど,悔やむのなら犠牲者の分も生きろ。』

力強い言葉。肩の荷が少し,降りたような気がした。

『ところでココどこ?ムシャルゲ国からもう出ちゃったの?』

『ああ。問題は解決したんだ。居座って迷惑を掛ける気なぞ,ホークリア国の者には無い。』

『これからはどこの国にも寄らないでホークリア国に帰るのよ。野宿,頑張ってね。』

ウェルナがちょっと,皮肉を込めていった。咲夜は,それを苦笑で受け取る。だが,行きより気分ははるかに良い。もう解決したのだから。


 それから16日間かけてホークリア国に戻った。その道は決して楽ではなかったが,行きよりは気持ち的に楽であった。

 初めて来た国・ホークリアに戻った咲夜。この国にいたのは3日間ほどであったが,とても懐かしく感じた。まるで前からこの国で暮らしていたかのように。

『さて,ウェルナには5日間休みを与えよう。ゆっくり身体を癒せ。咲夜はあの部屋で休んでいろ。何かあればスパンを遣わすから。』

スパンはぎょっとして主であるリクトを見る。休みをもらえないことに驚いたのだ。

『スパンは休みをもう少し待て。まず書類を済ませておかないとな。行くぞ。』

リクトは疲れていないかのように,威厳を保って颯爽と執務室へ向かう。

『スパン様,ご愁傷様です。』

ウェルナはチョッピリ皮肉を込めつつも,丁寧に頭を下げた。スパンは苦笑いだ。

『どうも。』

『スパン,早く来い!』

遠くからの命令。遠くであろうと,従わなければならない。

『私から文句言ってみる?疲れているでしょ?』

咲夜は心配してスパンを見る。スパンは逃げたい表情をほんの少し浮かべているが,軽く微笑んだ。

『こればかりは無理ですよ。やる気があるときに御止めすると,ストレスの的になるだけですから。お心遣い,ありがとうございます。』

『スパン!なにをしているんだ?』

リクトの雷が落ちる一歩手前であろうか。スパンは大急ぎでリクトの元に走る。約1ヶ月の旅のあとなのにこき使われて。かわいそうな人だ。

 咲夜は以前あてがわれた部屋で休んでいた。窓を全開にして夏の風を通す。生暖かな風だが,疲れた身体には心地良かった。また,その風で仰がれているカーテンを見ているだけでも,なんとなく癒されている気分になる。

この1ヶ月。経験したことの無いものばかりで,心が落ち着くことはそうなかった。なにより,マイトブルーンのことには心が痛む。

(後悔しても,死んだ人に対してなにか出来るわけじゃない。)

咲夜はもっと強くなろう思った。マイトブルーンと対峙したときのように,心を強く持とうと思った。

 リクトの執務室では。リクトは真剣に書き物をしていた。これは評議会に集まる国々に送る伝令書である。マイトブルーンの件が解決したことを伝えなければならないのだ。

『あと何枚だ?』

『2枚です。』

スパンはあくびをかみ殺して答えた。

『そうか。なぁ,スパン。どうして咲夜は戻らないと思う?』

『戻らない…なぜ地球に戻らないか,ということですよね。そうですね,咲夜様にはお戻りになりたくない事情があるのでしょう。』

さらっと答えるスパン。納得出来ない様子のリクト。

『俺はマイトブルーンが咲夜に戻ったとたん,地球に戻ると思ったんだが。戻りたくない事情か。なんだろうか?』

『そんなに御気になさりますか?』

ペンを止めてスパンを見上げる。

『気になるって言うか……。』

リクトの顔が,自覚なしにだんだんと赤くなる。

『御好きなのでしょう,咲夜様のことが。』

『スパン!』

真っ赤なリクトに対して,スパンは笑顔で返す。

『素直になったらいかがですか?咲夜様がいらしてからずっと,リクト様はご機嫌ですよね。女性と会うと,あまりご機嫌はよろしくないのに。』

『お,俺は咲夜のことを……。好きと言うか……。』

リクトは顔が熱くなるのを,今度は知りながらも答えようとする。だが,我に返ってとどまり,慌てて書類に目を落とす。

『俺はともかく。あいつはスパンのことが好きだと思っているが。』

(わたくし)を?それはありませんね。』

ずいぶんと冷静に答えるスパン。もっと反応があると思っていたリクトは,少しつまらなそうだ。

『どうしてそう言えるんだよ?』

『好意を持っていらっしゃるようですが、恋愛としての‘好き’ではなさそうなので。それに,リクト様のことが好きなようですし。』

『え?あ…!』

あまりの驚きに,伝令書にピッと線を書いてしまった。

『しまった。』

リクトは伝令書をくしゅくしゅと丸め,スパンに投げつける。

『お前が変なことを言うから,失敗したじゃないか。』

『私は思ったことを口にしただけです。ヤツ当たりしないで下さいよ。』

スパンはため息混じりに言って,投げつけられた伝令書をごみ箱に入れる。

『咲夜が俺のことを好きみたいだって言うのが悪いんだよ。根拠もないのに,勝手に言うな。まったく。』

『はいはい。私が悪うございました。謝りますから,手を動かして下さい。1枚失敗してしまったのですから。』

『お前のせいでね。』

ここぞとばかりにヤツ当たりするリクト。スパンはもう慣れたもので,受け流していた。リクトはそのことを承知であったが,無視して伝令書を書き続けた。

『そろそろ咲夜を呼べ。』

『はい。』

正常を保とうとしているリクトにくすっと笑んで退室する。

 咲夜は景色を眺めつつ,ぼんやりとしていた。

(そう言えば私,戻らなくちゃいけないのよね。どうやって戻るかは知らないけれど。)

親友の片瀬(かたせ)綾子(あやこ)と花火大会へ行こうとしたときが,遠い過去のように感じる。

(戻る?)

ふと自問してしまう。心の中に,地球に戻りたくない自分がいたのだ。この世界に来たときは戻りたい一心でいたのに,今となってはそうではない。ここに残りたい気持ちもある。この心情の変化に,心が渦巻いていた。

 そのときノックの音が。リクトの命令で咲夜を呼びに来たスパンだ。

『どうぞ。』

『失礼致します。お気分はいかがですか?』

スパンは自分の疲れを隠して問い掛けた。

『疲れているけれど,大丈夫よ。気分もまあまあだし。』

『そうですか。リクト様が御呼びです。どうぞ,こちらへ。』

2人は並んで歩き,リクトの執務室へ向かった。

『咲夜様,この世界でやり残したことはございますか?』

『やり残したこと?』

意外な質問に,つい鸚鵡返ししてしまう。

『はい。マイトブルーンの件,問題が解決したのですから,すぐに地球へ戻ります。ですがまだこの世界にいるということは,やり残しがあるのかと思いまして。』

微笑みながら言うスパンを見て,それから前方をまた見る。その視線は,寂しそうだ。

『やり残しと言うか,ここに残りたいと思っていて。ここにいていいはずはないんだけれどね。戻らないといけないのに……。』

『ここに残りたいのは,なぜですか?』

『なんでだろ。ここで産まれたわけではないのに。ここに残りたいのは,別れたくないから,かな。』

『リクト様とですか?』

『うん。離れたくないの。』

咲夜は答えたあと,驚きでスパンを見た。不意打ちを食らった驚きと,自分で答えたことの意味――リクトが好きだから別れたくない――を自覚して,一気に赤面になる。だが,スパンはにこっと笑むだけであった。‘お見通し’というような感じもしたが。

『そのようにすらっとお答えするのですから,リクト様のことがお好きなんですね。』

『好きって……。私って,リクトをいじめている感じだったじゃない。好きな人にはあんな態度をとらないわよ。』

リクトのことが好きであると今の今まで自覚していなかっただけに否定しようとするが,赤くなるばかりだ。そんな姿を可愛いと思いつつも,スパンはにこやかに笑顔を返す。

『好きな人だからこそ,あのような態度をとるのでしょう。素直にぶつかり,自然な咲夜様ですから。飾らず,いつも通りのお姿で。』

素でいられる人が好きな人である,と語るスパン。確かに咲夜はリクトに対して飾ることなく,素でいた。それが‘好き’に繋がるかは,咲夜にとって少し違う気がした。だが,年長者から言われて少し混乱する。

(私はリクトが好き?)

自分の中に,肯定する自分と否定する自分がいた。別れたくはないのだが,果たしてそれは好きだからなのか……。それを肯定する自分の方が大きかった。知らない間に,こんなにも咲夜はリクトのことが好きになっていたのだ。散々文句を言っていたが。散々嫌味な態度をぶつけていたが。スパンを好きになりかけていたが。それでも,強気で少し生意気なリクトを好きになっていたのだ。

『さぁ,どうぞ。』

『え?』

あまりのことに,リクトの執務室の前まで来たことに気付かなかったのだ。鼓動が速くなるのを自覚せざるを得ないが,ドアノブに手を掛けた。

『はい。』

咲夜はなんとか正常を保つようにして入室した。

『リクト様,御連れ致しました。』

『座れ。』

咲夜はソファーに座り,リクトは正面に座る。スパンはリクトが書き終えた伝令書の束を

持って,リクトの横に立つ。

『マイトブルーンの件が解決したことを各国に伝える文書に署名しろ。間違えるなよ。』

羽根ペンと伝令書を受け取り,リクトの怒りを買わぬよう丁寧に,間違えることなく署名していった。

『これを書き終えれば,私は地球に戻ることになるの?』

『さぁな。いつ戻れるかは,誰も分からない。大抵は問題が解決すると戻るらしいが。』

『そう。』

いつ何時地球に戻されてもおかしくない自分の境遇に困惑する。後悔しないように戻りたくても,出来るか分からないのだ。

『はい。書き終えたわよ。』

『ご苦労。部屋で休んでいろ。』

いつもと変わらぬリクトの言い方。最初は癪に障って嫌だったが,今ではそれが無くなると思うと,凄く切なくて寂しい。

 それから部屋に戻った咲夜は,‘飛ぶ鳥跡を濁さず’の思いで掃除をした。だが,清掃担当の人がしてくれたあとなので,する所はほとんどなかった。そこで,今度は手紙を残そうと思い,羽根ペンと紙を手にした。だが,それもすぐに戻す。約1ヶ月いただけの人は,長い人生の中では風のようなものだ。記憶にとどめてもらうことも無い。

(リクトたちが忘れても,私は絶対に忘れないでいよう。)

咲夜はそう,しっかりと決めた。

 その日の夜。夕食も終え,ぼんやりと星空を眺めていた。咲夜が住んでいる地域とは大違い。瞬く星は煌めいて美しい。

(これも見納めかな?)

寂しさが込み上げる。戻りたくない思いで胸が締め付けられる。

 そのとき,ドアがノックされた。ビクッとしてドアを見る。夜の(とばり)がすっかり下ろされているのに,誰が来たのだろうか。

『咲夜?』

リクトであった。心臓が飛び跳ねる思いをしつつ,ドアを開ける。

『どうぞ。』

『話があるんだ。こっちに来い。』

リクトは返事を待たずに咲夜の手を引いて薄暗い廊下を歩き,ある部屋に入った。咲夜はそこに入ったことがなかったので,好奇心を駆られて少しキョロキョロしてしまった。

『俺の部屋だ。こっち。』

突然リクトの部屋に招かれて驚いている暇もなく,咲夜は手を引かれてベランダに出る。リクトは天を指し示す。咲夜はつられるように見上げる。

『わぁ。』

咲夜にあてがわれた部屋よりも,はるかに綺麗に見える星。ほのかな光りだが,心をいっぱいに満たしてくれる。

『咲夜,ここに残る気はないか?』

突然話を切り出すリクト。咲夜はその突然さに驚いたが,なによりも言った内容に驚いた。

『残る気はないかって,残れるの?』

『ああ。ただし,一生地球へは戻れなくなる。』

17年間過ごした地球を無いものとして,この世界にとどまるか,否か。

『どうしてそんなことを聞くの?』

『俺の右腕のひとりになって欲しい。独断で進めやすい俺を,しっかり止めてくれる咲夜に居てもらいたいんだ。』

『側近としていろってこと?』

リクトはクスッと笑う。

『いろ,とは言ってないだろ。命令じゃない。選択は咲夜に任せる。』

『聞かせてもらうけど,真相(ほんとう)のことを言ってね。スパンがいるのにまだ側近が必要なの?』

『スパンひとりだと,忙しいときは用が足りない。それに,あいつは咲夜ほどズバッと言わないからな。』

咲夜は嘘か本当か見分けるため,真剣に聞き入った。どうやら嘘ではなさそうだ。

『そう。でもなにも,地球に住んでいる私に残れということはないと思うけど。この世界でそういう人を見つけるべきだと思わない?』

『思ったけれど,咲夜以外に適切な人はいないだろう。それに,俺は咲夜がいい。』

真剣に答えるリクト。まるでプロポーズされているように感じてしまい,咲夜は照れ始めた。それでも再び問う。

『私はマイトブルーンを引き起こした張本人よ。そんな人がここにいてもいいの?』

『その件はもう解決しただろ。もう終わったことだよ。』

まったく気にしていないリクト。そんなことよりも,咲夜自身の気持ちを聞きたい様子だ。

『そんなに私がいいの?』

今まで男性からここまで言われたことのない咲夜にとって,リクトの言葉は信じがたいようだ。そんな彼女を,リクトは真剣な瞳で見つめる。

『咲夜しかいない。側近として。そして,側近ではなくても側に居て欲しい。』

今度は間違いなくプロポーズだ。仕事として一緒に居るのではなく,人生のパートナーとしての申し込みも含まれていたのだ。いきなり過ぎて,そして予定外のこと過ぎて。息が止まってしまりそうになる咲夜。

『私と?』

『そう,咲夜と。』

リクトは真剣な眼差しをやめて,軽くて柔らかな笑みを向ける。女性を虜にするような笑みではない。本来の,その人自身の微笑み。それは全て咲夜に。

『どうしても私がいいのね?』

照れつつも,意地悪く問う咲夜。

『そう。どうしても。咲夜じゃないと,俺は嫌だからな。』

強調して答えるリクト。本心以外のなにものでもない。

『どうしてもと言うのならこの世界に残るわ。リクトが居るし。地球にいても両親はいないし,きっと寂しくなるわ。』

咲夜の答えにクスッと笑うリクト。

『本心は?』

『分かってるくせに。』

リクトに微笑み返す。自分の気持ちに驚きつつも,温かいものに包まれた気がした。色々と言い合う2人であるが,いずれはもっと丸く収まるだろう。


 マイトブルーンを介して出逢った2人。

 悲しむべき巡り合わせのはずだが,2人にとってはかけがえのない存在との巡り合わせになった。

 何が幸せか。何が不幸せか。

 最後にならないと,分からないものである。


 物には両面ある。

 吉と凶。

 人間の感情もそうである。

 良くもあり,悪くもある。

 悪く作用した場合,何が起こるか分からない。

 そう。咲夜のように…。


 だから大切にしよう。

 計り知れないものだから,扱いにくいけれど。

 でも,その人にしかないかけがえのないものだから。

 捨てずに,心の内に入れておこう。

 Who Are You?

 そう聞かなくて済むように,大切にしよう。

 お互いを大切にするように。


これでENDです。あなたが咲夜ならどうしますか?

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