正体
翌日。桐生昨夜の綺麗な黒髪は,ウェルナ・アルキーによって切られていった。これは,リクト・フォルクスの命令であった。マイトブルーンに間違えられるのを防ぐ為だ。
『短くはしないでよ。少なくするのと,前髪を作るのみ。』
咲夜はご機嫌斜めな声でウェルナに言う。ウェルナはこれ以上立腹させてはならぬと思ったのか,厳かな手つきで咲夜に従った。その様子を見つつリクトとスパン・ルジルフは紅茶を飲んでいた。
『そのあとパーマでもかけるか?』
『私が?冗談はよして。』
『冗談じゃないって。スパンはどう思う?』
『そうですねぇ。』
紅茶が入ったカップを置き,咲夜をじっと見る。
『リクト様がおっしゃるように,パーマをかけてもお綺麗さは変わりませんよ。かけたらいかがですか?』
咲夜はスパンをチラッと見て少し照れる。
『スパンがそう言うのなら,かけてみるわ。』
『それって,俺が言うだけじゃ気に食わないってことか?』
『と言ったら?』
『別に。』
リクトは咲夜の言いように憮然とする。
(かわいくねーの。)
一方咲夜はスパンの言葉が嬉しくて,少し気が晴れていた。カットし終わると,咲夜と
ウェルナは一緒に別室に移動してパーマをかけに行った。
2人が戻ってきたのは昼食前であった。咲夜の髪はずいぶんすいてもらった上に,大きなウェーブ。そして前髪のお陰で,かなりイメージが変わっている。
『俺のアドバイス通り,よく似合っているじゃないか。』
『そうね〜。』
と言いつつも,咲夜はスパンに近付いた。
『どうかな?』
『やはりお綺麗なのは変わりありませんよ。お似合いです。』
『ありがとう。』
『それはそうと,こちらへ。』
スパンは咲夜の背を押して,窓辺へ行く。
『お気分はいかがですか?』
『昨日の話でパンクしそうだったけど。今は髪型変えてスッキリしているわ。』
『では,言わせて頂きますね。』
スパンの遠慮がちな態度に首を傾げつつも待つ。
『リクト様を下げるように言わないで下さいよ。あの方は気にしますから。貴女から言われるとさらに……。』
『私から言われると?そんなに細かい人なの?』
スパンは‘分かっていないなぁ’と言うようにため息をつく。
『リクト様は貴女のことを気に掛けているんです。貴女がこちらに来たことに喜んでいらしたのですから。』
これには意外であった。だが,事実であった。リクトはあのような態度をとってはいるが,咲夜を気に入っているのだ。
『うそぉ?』
『嘘ではございませんよ。貴女が来た日には,「こんなに綺麗な人が‘対なる御子’なのか」と御喜びでしたから。今後気を付けてくださいね。』
『んー,分かったわ。』
スパンは苦笑する。実は,リクトの八つ当たりの的になっているのだ。嘘でなく,本当。
『そっちの用件は終わったか?』
『ええ,終わりました。』
スパンは早足でリクトの元に行く。
『今日は,国中を歩いてみる。ウェルナだけは影の守人のように。』
『かしこまりました。』
『よし。行こう。』
4人は退室して,城下町から歩き始めた。朝市が終了し,昼食の雰囲気が漂っていた。
『朝市が終わると,今度は昼食の屋台が連なるんだ。』
咲夜が住んでいる地域にはないものだ。目新しいので,心が弾む。
『ずいぶんと楽しそうだな。昨日の話でしょげているかと思っていたんだが。』
『しょげているわよ。でもそれどころじゃないでしょ。早くマイトブルーンを捕まえないといけないんだし。それに,楽しんでいるけれど怒っているんだから。』
『怒っている?』
『最初から本当のことを話しておけばよかったのよ。回りくどいことなんか必要ないで
しょ。必要ないって言うか,無意味だもん。どの道明かすつもりだったのでしょうから。それに,本当のことを初めから言っておけば,怒りを買わずに済むでしょ。』
ずばずばのたまう咲夜。ぐさぐさ痛いところをつかれるリクト。スパンはとばっちりを食わないように,2人から少し離れて見物していた。
『お前,誰に物を言っているんだ?』
『リクト。』
リクトの怒っている口調をさらっと無視して,軽く言った。リクトはカッとなる。
『だったら…!』
『だったらなによ?リクトは王子だけど,私にとっては顔が似ている人に過ぎないの。それに,事実から目を背けちゃダメ。少しは素直になりなさいよ。』
『そっくり返すわ。』
第三者の声。ゾクッとして3人は振り返る。
『マイトブルーン。』
今回もやはり全身をマントで覆っていた。それ故,すれ違うラテンカ国民は気付いていない。しかも,怪しいと思って目を逸らしている。
『咲夜もそうでしょ。事実を見て,素直におなり。』
『どういうこと?』
『言った通りでしてよ。おっと。』
マイトブルーンは一歩下がる。すると地面に矢が刺さった。ウェルナの仕業である。
『まったく。私を殺せばどうなるか言ったでしょう。こうするのはお止め。』
マイトブルーンはさっと振り返り,走り出した。
『待って!』
咲夜がまず走り出し,男性2人は遅れて走り出す。昼食の屋台の間を走る4人。
マイトブルーンは早かった。だが,咲夜も負けてはいなかった。火事場の馬鹿力というように,このような状況下で足が速くなるものだ。
『待ってよ!』
呼び止めるが,止まらず。マイトブルーンは全身をマントで覆っているくせに速く走り,なおかつ屋台車を引っ張って障害物を作っていた。だがテニスをしている咲夜だ。敏捷性は高い。障害物をさらりとかわして追う。そうこうしているうちに,森に入ってしまった。周りに人はいない。咲夜たち4人のみだ。
(しまった…!!)
3人はすぐにそう思った。人が多くなければ,まるで魔法のように消えてしまうのがマイトブルーンの十八番だ。だが,マイトブルーンは消える代わりに火の玉を投げつけた。それが地面に衝突し,砂埃が立つ。スパンは2人を守るように抱き締めたが,咲夜はするりとその手から抜けて走った。砂埃を立たせて時間を稼いだマイトブルーンを追うために。砂が目に入って痛いが,今はとりあえずマイトブルーンだけに集中する。
そしてついに,マイトブルーンに追いついてマントを引っぱった。
『あ…!』
マイトブルーンは慌ててマントを自分の方へ引っぱろうとした。が,時すでに遅し。マントは全て,咲夜によって取られた。現れた姿は咲夜そっくり。髪を切る前の咲夜,ビラに描かれていたマイトブルーンとは違う。今の,髪形を変えた咲夜にそっくり。
『あなた,誰?』
『マイトブルーンでしてよ。』
マントを取られた割には,余裕の笑みで答える。
『そうじゃなくて!!』
咲夜はカッとなる。求める答えが違うのだと,睨みつける。
『あなた誰?』
Who Are You ?
『あなたの一部でしてよ。』
I Am One Of Yourself.
『私の一部?どぉゆうこと?』
『あなたが1番知っているのよ。答えは咲夜の中でしてよ。』
『私の中に?』
『逆立ちでもして考えれば。失礼。』
マイトブルーンはさっと消えた。悩む咲夜を残して。そこにやっと,リクトとスパンが駆けつけた。
『あいつは?』
『逃げられた。残ったのはこれだけよ。』
マントを放って、怒りを発散させる。
『マントか?じゃあ,奴の顔を見たんだな?』
『私よ。髪を切る前じゃなくて,今の私。』
『今の!?ついさっき変えたばかりなのに。今と同じ髪型ってことか?』
『信じられないでしょうけどそうよ。』
咲夜は大きく,深くため息をつく。頭の中が絡まってしょうがないのだ。
『あー,もう。分からないことだらけ!』
わめく咲夜を横に,リクトはボソッと呟く。
『俺,お前のイメージが変わってしょうがない。』
『え?なに?何か言った?』
『いや。さ,王城に行こう。』
リクトはきっぱりと自分を戻して歩む。さすが王子。動揺しても,隠し通す。
『スパンはウェルナを迎えに行け。』
『はい。』
先に王城に着いた2人は,用意されていた昼食を無言で食べた。
(どうしてマイトブルーンは私の一部だと言ったの?答えは私の中にあるって言ってたけど。分からないよ。)
頭の中が絡まっていく。まるで雪だるまのようにそれは膨れ上がる。その様子を見て,リクトは面白そうに笑った。
『なぁに?』
『ひとりで悩んで。百面相にまではいかないが,表情が豊かで面白いなぁと。』
『人が悩んでいるのに,笑うわけ?』
『悩みを打ち明けないくせに,何を言う。口の出しようがない。』
リクトの言う通りである。咲夜はグッと黙る。それから,打ち明けるか否か考える。
『何を考えているんだよ。言えって。』
リクトの爽やかな笑顔。この笑顔だけでも,何人かの女性を虜にさせそうな気がした。
『I’m One Of Yourself.』
『は?』
英語を知らないリクトにとって,呪文を唱えられたようなものだ。
『マイトブルーンに「あなた誰?」って聞いたら,「あなたの一部でしてよ」って。どういうことだと思う?』
『そんなことがあったのか。』
『言えって言ったくせに,それしか返せないの?』
『この俺をバカにするな。』
頭の中が雪だるま状態で腹立たしい咲夜に,リクトは涼しい顔でピシャリと封じた。
『咲夜と似ているから,奴がおまえの一部と言うのは少し納得できる。とはいえ,それが全てではないだろう。奴は他に何か言っていたか?』
I Am One Of Yourself.の答えは咲夜が1番知っていること。答えは咲夜の中にあること。そして,逆立ちして考えてみろと言われたこと。それらを伝えた。
『逆立ちして考えてみろというのに引っかかるな。』
『だったら,逆立ちしてみれば?』
考えても分からないだけに,苛付いていた咲夜は冷たく言い放つ。すると,リクトは立ち上がった。
(本当に逆立ちする気!?)
咲夜は冗談を本気にされるのかと,ドキドキした。しかしリクトは,部屋の中を歩き回っただけであった。これがリクトの考えるスタイルなのであろう。
『ンールブトイマ。』
『は?』
『逆立ちと言うから、逆さにしてみたんだが。』
『言いにくいだけみたいね。』
咲夜はカップを置き,指を指揮者のように振る。これは咲夜の考えるスタイルであった。そのとき,はじかれたように立ち上がった。
『ど,どうした?』
咲夜は答えず,紙と羽根ペンを持ってきて思いついたことを書いてみる。
Mightbloon
『なんだ、それ?』
『英語でマイトブルーンって綴ってみたの。これを逆立ちさせるのよ。』
『逆に読むのか?』
『違う。逆立ちって上下が逆になるでしょ。この場合,最初と最後の文字を逆さにするのよ。』
Nightbloom
『これを訳すと,Nightで夜,Bloomで咲く。分かる?』
『咲夜…。』
Night=夜 Bloom=咲く
これをもう1度‘逆立ち’させる。
咲く 夜
くっつけると
咲く夜→咲夜
『名前でも繋がっているのか。』
『うん。でもやっぱり,マイトブルーンが私の一部だとは分からない。』
『そうか。あまり気落ちするなよ。』
そこにスパンとウェルナが帰ってきた。
『ご苦労。昼食をまずとれ。話はあとだ。』
2人は疲れた顔でうなずき,冷めた昼食を摂り始めた。
昼食が済むと,ソファーに座ってマイトブルーンの言葉や名前のことなどを話し合った。そこに,リクトの大嫌いなラテンカ国王補佐官が来た。
『はかどっておりますかな?』
『ええ。』
『そうか,まぁいい。ところで,明日には引き取ってくれるのでしょうな?』
『もちろんです。長居をして申し訳ありません。』
『明日引き取るのなら構わん。ところで,咲夜といったな。』
国王補佐官はじろりと咲夜を見た。咲夜は嫌悪感に包まれるが,それでも静かに国王補佐官を見つめ返して返事をする。
『はい。』
『お前のせいで国王が殺されたのか?』
『国王補佐官殿!!』
嫌な質問をする国王補佐官に,リクトは止めに入った。だが,無駄であった。
『わしはこの娘に聞いているのだ。して,どうなんだ?』
言い寄る国王補佐官。更に嫌悪感でいっぱいになる。だが,咲夜はそれを一生懸命隠した。
『どうとおっしゃられても,存じません。まだ分からないことが多いので。』
『フンッ。どうせお前のせいであろう。全く厄介者だ。』
国王補佐官は睨むだけ睨むと,退室しようとした。だが,咲夜が止めた。
『失礼。お待ち下さい,国王補佐官殿。まだ私のせいであると決まったわけではございません。証拠もないのに,決め付けないで頂きたいのですが。』
リクト,スパン,ウェルナの3人は,今にも倒れそうだった。咲夜のこの態度は,不敬にあたるのだ。
『小娘のわりには,よくこのわしに口答えできたものだ。その辺は褒めよう。だが愚かなことよ。確かにお前のせいであるという証拠は残念ながらない。だが,お前のせいではないという証拠もない。五分五分だ。どちらが最後に笑うか,見物だな。』
そう言い,含み笑いを残して国王補佐官は退室した。
『咲夜,お前は無謀すぎる。不敬を問われたらどうするつもりだ?』
『ごめんなさい。でも,言わずにはいられなくて。』
『だとしても,少し無茶だ。気をつけろ。』
『はい。』
咲夜は顔に手を当て,ため息をつく。自覚していることだが,止められない自分がいる。リクトの忠告は凄く身にしみた。
『だって,どうしても……。』
心配そうにスパンは咲夜に近付いた。
『いかがなさいました?』
咲夜は何も言わず,泣きついた。スパンの肌の温かさを感じつつ,泣き続けた。
『リ,リクト様。』
『慰めてやりな。』
リクトの声はどこか,つっけんどんであった。
次の日。まだ太陽が昇らない中,4人は王城をあとにした。本来ならラテンカ国王補佐官に謁見しなければならないのだが,昨日のこともあるので書簡で済ました。何も言われず,楽である方を取ったのだ。
一同はラテンカ国の隣国・ムシャルゲ国を目指していた。
『なんとなく雲行きが危ういですね。いかがなさいますか?』
『この先に川があったな。その川は渡ろう。少し走る。』
馬を走らせ,川に向かう。
『雨が降りそうなの?』
『そう。そうなる前に川を渡るんだ。そうでもしないと,増水した川に埋もれた橋をわたることになるからね。』
ウェルナが走りつつも説明してくれた。
川はそんなに大きくなかった。対岸までおよそ20メートルだ。それを繋いでいるのは,木と縄で出来た橋。見た目はとても弱そうである。
『ウェルナ,まず行け。』
ウェルナは恐れる様子もなく,馬に乗ったまま橋を渡った。橋は軋む。それを見ていて,咲夜の恐怖心はかられてしまう。
『咲夜,行け。』
『怖いんだけど……。』
『怖いと言っても、渡らない限りムシャルゲ国には着かない。いつもの強さはどうした?』
『それとこれとは別っ!』
恐れていながらも,強く口答えする。だからと言って,恐れが消えたわけではない。
『スパン,先に行け。』
スパンは心配そうに見たが,命令に従って危なそうな橋を渡った。
『ほら。スパンも渡れただろ。咲夜にだって出来るさ。』
自信をつけようとするリクトに対して,咲夜はただ見つめた。
『そんなに見るなよ。怖いのは分かるが,この橋を見ろ。俺がお前と一緒に乗って渡れるほど,強くは無さそうだろ。』
『うん。でも,フェイと私が別々に行けばいいでしょ?』
少し上目遣いをして,おねだりをしてみる。だが,リクトからはため息をもらっただけであった。
『そんな面倒なことをしていられない。1人で行け。大丈夫。渡れるって。俺を信じろ。』
『嘘をついていた人が,よく信じろって言えるものね。』
少々怒りモードでリクトを見る咲夜。だが,リクトはにこやかに笑顔になった。あの,何人もの女性を虜にしそうな笑顔だ。
『その意気があれば,大丈夫だよ。』
『もうっ。』
咲夜はリクトお得意の笑顔もあまり見ず,橋に向かった。たかが20メートル。されど
20メートル。支えは木と縄で出来た橋のみ。恐れは膨らむ。
(お願いだから壊れないで…!)
心の中で一生懸命願い,10メートルを渡る。地上の10メートルよりもはるかに長く感じる。だが,なんとか渡れた。リクトもすぐに渡ってきた。
『咲夜にだって渡れただろ。』
『冷や汗ものだったわよ。』
『生きているんだから喜べ。よし,進もう。手ごろな場所があったらそこで野営だ。』
野営するのにはまだ早かった。だが雨が降りそうなのと,このまま進むと夜にムシャルゲ国に着いてしまうから,ここ辺りで野宿をするのが1番なのだ。
じきに適当な更地を見つけたので,そこで野宿することになった。予想通り雨も降り始めたので,4人はテントの中でじっとしているしかなかった。咲夜はなんとなく,物愁いな気持ちになった。
夜になって雨はやまず,テントの中に雨音が続く。寝静まってからも降りつづける雨。
ふと,咲夜は目が覚めた。雨が激しくなったのに気付いたのだ。
(やだな…。)
激しい雨は,両親の死を思い出させる。毛布を掴み,寝返りを打つ。3人の姿が目に入った。3人とも寝ているようだ。咲夜はため息をついて,起き上がる。そして,暗いけれども激しく降る雨の中に立った。夏の生ぬるい雨が全身を打つ。打たれながら,咲夜はとぼとぼ歩く。別にどこかに行きたいからではない。何かに誘われているようだ。ふと,啜り泣きが聞こえた。ビクッとして足を止める。この雨の中,しかも人気の無い所で聞く泣き声は、寒気を呼ぶ。しかし咲夜には寒気はなかった。啜り泣きに聞き覚えがあったからだ。
(この声は…。)
『お父さん,お母さん。どうしてなの?』
咲夜は茂みをよけて,声の主を確かめる。
『マイトブルーン……。』
しゃがんでいた人は,ハッとして振り返る。咲夜の言う通り,マイトブルーンであった。
『さ,咲夜。』
明らかに動揺している。いつもの余裕なぞ,どこにも見られない。とても弱々しく見える。
『あなたも両親を亡くしたの?』
『まだ思い出さなくて?』
マイトブルーンは雨でよく分からないが涙を流しつつ,訴えるかのように言った。
『なぜ私と咲夜が似ているのか,まだ分からなくて?答えはあなたの中にあるのよ?』
突き付けられるように言われても,咲夜には分からなかった。何も言えず,そのまま立っている。すると,マイトブルーンは咲夜を無視してまた啜り泣き出した。
『どうして死んだの?』
咲夜はマイトブルーンが哀れに感じた。
『寂しいのに……。』
ドクンッ
鼓動が踊った。
『寂しいって…!』
マイトブルーンにある姿が重なる。
自分の姿だ。
葬式等の人前では,決して見せなかった独りで泣く姿。
『私とマイトブルーンって……。』
‘答えはあなたの中にあるのよ。’
『まさか…!!』
咲夜は愕然とする。信じられないことに気付いたからだ。それは、
マイトブルーンは咲夜の寂しさである
ということだ。どうしてそう気付いたのか。それはマイトブルーンの泣く姿は,自分そのものだったからだ。
『マイトブルーン。』
『なによ?』
『答えは私の中にあるって言ったわよね?』
マイトブルーンは弱々しくうなずく。
『答えは,今は空白になっている。前には,寂しさがあった。違う?』
『やっと,やっと分かったのね。私はあなたの寂しい感情の化身。だって,あなたが捨てたんですもの。』
『捨てた?』
『そうよ。寂しさがなくなればいいって,散々言っていたじゃないの!』
マイトブルーンは突き放すように言い,走り去った。残された咲夜は,茫然としてその場に座り込んだ。
『マイトブルーンは私の寂しい感情の化身?だったら……。』
咲夜は泣き出した。まるで,同情するかのように雨も強くなった。
マイトブルーンは咲夜自身であった。
咲夜が捨てた,寂しい感情の化身であったのだ。
驚きを隠せない。
その上恐怖が降りかかる。
自分の化身が人を殺していたのだから…。
空は大粒の雨模様。咲夜の涙も同じであった。