真実
汚らわしいモーデ国を出た4人は,ラテンカ国を目指した。その途中で粒の大きな雨が降ってきたので歩みは遅くなり,1日余計に野宿する羽目になった。
テントの中でささやかな夕食を口にする4人。だが,桐生咲夜はあまり口に出来なかった。
『食っておけ。身体がもたなくなる。』
『分かってる。』
リクト・フォルクスの忠告も,咲夜の耳にはざるであった。咲夜は皿とフォークを置き,毛布に包まった。
『具合でも悪いのですか?』
スパン・ルジルフの優しい問い掛けに首を振る。
実際咲夜の体調は良かった。しかし,心は悪かった。殺人を止められなかった上に,人が殺されるところを目の当たりにしたのだから。いくら嫌な奴としても,殺されるのは御免である。
(ヤな感じ。マイトブルーンといい,たぬきジジイといい。)
と,そのとき咲夜はあることに気付いた。犠牲者についてだ。
『リクト,犠牲者名簿を見せて。』
『なんでだ?』
『調べたいの。見せて。』
強い主張。リクトはスパンをちらっと見て目で会話する。スパンは肩をすくめた。
『仕方ありませんよ,リクト様。』
『こんなに早くばれては欲しくなかったが。』
2人の会話を聞いている咲夜は,だんだん腹がたってきた。
『私をまた騙していたの?』
『白状するよ。騙していた。それは,この旅の同意をたやすくするためだ。』
犠牲者名簿を渡すリクト。あまり悪びれている様子はない。
『白状したからまだ良いけど。リクトがした事は,信用を削る可能性があるのよ。王子
なら,気をつけたらいかが?』
名簿をひったくって,皮肉をたっぷりとリクトにかける。17歳とは思えぬ忠告だ。
(並みの女じゃないよな,咲夜は。)
犠牲者名簿に目を通す咲夜。犠牲者名簿と言っても,書かれているのは9名。意外にもマイトブルーンは大量殺人者ではないようだ。犠牲者9名の内4名は咲夜が旅に出てからのことである。殺された9名の年齢は13歳から65歳の間。
ここで気付いただろうか。リクトがなにを騙していたかを。
『どこが17歳位の人を狙っているなのよ。17歳に1番近いのは13歳。2番目に近いのは29歳。私たちの年頃に近いから,囮になってマイトブルーンを叩くんじゃなかったの?』
リクトが騙していたのは,犠牲者の年齢であった。
『本当のことはまだ言えないんだよ。俺自身確信を持っているわけじゃないし。だから,同じ年頃ってことにしたんだ。』
『はー,もう私が迂闊だったわ。リクトを信用せず,書類に目を通せば良かったのよね。』
またまた咲夜は皮肉をぶつける。
『そこまで言わなくてもいいだろ。白状はしたんだからさ。』
『甘く考えないの。騙された方は,嫌な感じでいっぱいなんだから。で,話を戻すけど,私たちが囮になるっていうのも嘘でしょ。』
『その通り。』
咲夜がずばずばと容赦なく言うのに対して押され気味であったが,リクトはハッキリと答えた。
『同じ年齢,ということに関しての囮ならね。それに対しては嘘だ。』
『他になにかあるの?』
『明日,ラテンカ国に着けば嫌でも分かる。』
咲夜はなぜか,リクトの声にゾクッとした。
3人が寝静まってからも,咲夜は考えていた。
(同じ年齢ということでの囮じゃなければ,他になにがあると言うの?)
答えが分からぬ問い。それが頭の中を駆け巡る。それが徐々に薄れてきた。睡魔が打ち寄せてきたのだ。しかし,中断されてしまった。叩きつけるように,激しい大粒の雨が降ってきたからだ。咲夜は驚いて身を縮めた。それと同時に震え始める。ある事―両親の死―を思い出したからだ。
(お父さん…お母さん…。)
咲夜は頭まで毛布を被る。
(いや。思い出したくないのに…!)
ぎゅっと心の中で思っていた。しかし,心は正直者だ。涙がこぼれていく。
次の日,咲夜はリクトの腕の中で目が覚めた。これには驚きだ。驚きのあまり,頬をたたいてしまった。赤面のままで。
『いって。なにするんだよ!?この俺の顔を叩くとは!』
『リクトが悪いんでしょ!!私を抱き枕にしたんだから。』
『抱き枕?俺はただ,お前が泣いていたから声をかけたんだよ。そうしたらお前がすがってくるから,仕方なく抱き締めただけだ。文句あるのか?』
『なにも抱き締めなくったっていいじゃない!』
『泣く女を放っておくほど,俺は冷たい奴じゃない。』
咲夜はリクトの優しさを理解できても許せないらしく,今にも噛み付きそうな目でリクトを睨んだ。そこに,柔らかい物腰でスパンが入った。
『こうして見ていると,2人が同じ顔のように見えませんね。むしろ恋人のようですよ。』
『スパン!!』
2人は更に赤い顔でスパンを怒鳴りつける。スパンはそれを笑顔で受ける。
『元気なことで結構ですね。さ,朝食ですよ。』
パンとチーズ,それから干した鹿肉を乗せた皿を2人に渡す。2人はムッツリしながらも受け取り,口に入れた。
馬を走らせて4時間。なんとか昼前にラテンカ国に入国できた。威勢の良い商人の声。値段を値切る買い手。モーデ国を見たあとだけに,一層国らしく見える。しかし,一同が通りに入ったとたん,人の目つきがガラリと変わった。
正確には,咲夜を見て。人々は咲夜を見て指したり,隣の主人とヒソヒソと話し出したりしだしたのだ。
『やはりな。咲夜,走れ!!』
『え?』
咲夜が返事をする前に,リクトの馬は走り出した。
『咲夜様,急いでください!!』
スパンの声に圧倒され,すぐに走り出そうと馬・フェイにくくりつけている手綱を引こうとした。
そのとき…!!
べシャッ
熟したトマトが咲夜のおなかに当たった。咲夜の動きが止まる。痛いからではない。いきなりのこと過ぎて,状況が把握出来ないからだ。
『マイトブルーンめ!!国王を返しな!!』
声がする方をやっとの思いで向く。太ったおばさんが,ふんぞり返っていた。
『私…?』
『あんただよ。国王を返しなよ!』
身に覚えのないことに,あたふたしてしまう。そんな彼女にリクトは叫ぶ。
『咲夜,早く来い!!』
『咲夜,早くしないと大変なことになる。急いで!』
ウェルナ・アルキーにまで急かされ,やっとの思いでフェイを走らせてリクトの所まで行く。それから4人は背後からの殺意的な視線の矢を受けつつ,王城に駆け込んだ。
咲夜の顔にうろたえる門兵に迎えられたが,リクトは家紋,つまり王家の紋章見せ付けて黙らせる。そして国王補佐官に通すように命じた。
ラテンカ国は国王が相次いで殺されたので,今は国王補佐官が執権を担っているのだ。その国王補佐官は咲夜の顔を侮蔑したように見てから,リクトに向いた。
『評議会の決定で指揮をとっているんだったな。我が国になにをしに来た?』
『ここで1番最初に事が起きたのです。なにかあると思いまして。私の‘対なる御子’を紹介します。名を桐生咲夜と申します。』
国王補佐官は咲夜を舐めるように,上から下まで見た。
『間違えなくマイトブルーンだ。我が国王を奪った奴だ。』
さげすむ声。嘲る声。見下す冷ややかな目。それらは全て,咲夜に向けられていた。咲夜は文句をぶつけたかったが,ウェルナにぐっと腕を掴まれていて出来なかった。
『評議会の決定ではマイトブルーンを消すことだったな。遂行してみぃ,若造どもが。』
嫌味たっぷりなセリフ。それから国王補佐官は手を振って4人を退室(追い)させた(出した)。
退室した4人は,女官の案内で客室に入った。
『会ったのはこれで3回目だが,つくづく嫌な男だ。』
『リクト様!悪口はお止めください。いくらなんでも,ここではまずいですよ。』
『悪い。』
リクトはベッドに倒れこむ。精神的にもやられてきているのだ。咲夜はそんな彼を見て,問いただすのを止めようかと思った。しかし,ゆっくりしている暇はない。また自己嫌悪にかられるのは嫌なのだ。
咲夜は躊躇せず,リクトに問うことにした。リクトが倒れこんだベッドの端に座り,肩越しにリクトを見る。
『そろそろ真相のところを教えてくれない?』
凄みのある,重い声。3人は背筋がゾクッとした。
『評議会ってなに?私がマイトブルーンに間違えられるのはどうして?リクトは知っているんでしょ?』
咲夜は疑問を投げつける。リクトはそれを冷静に受け止めた。
『とうとう来たか,このときが。スパン,お茶淹れてくれ。』
『はい。』
リクトはソファーに座り,咲夜は向かいに座った。2人の前にはスパンが淹れた紅茶が置かれる。
『2人は席を外してくれ。』
スパンとウェルナはリクトに従った。客室に2人きり。
『事の起こりは約2ヶ月前。ここ,ラテンカ国の国王が崩御された。次期国王である王子は大いに悲しみに暮れたそうだ。ところがある夜,殺されてしまった。世間的には暗殺だ。しかし,王子の側仕えがその現場に遭遇していたんだな。側仕えは動転していたが「誰だ?」と聞いた。返ってきた答えは「マイトブルーン。」だ。』
『マイトブルーン!?』
驚いて繰り返す咲夜に,強くうなずくリクト。
『奴は名乗ったんだ。それから奴はそのとき,全身をマントで覆っていなかった。』
『じゃあ,側仕えはマイトブルーンの顔を見たということ?』
『そうだ。』
リクトはうなずいてから紙を渡した。咲夜は受け取って広げて見る。そこには人の顔が描かれており,下のほうに‘マイトブルーンを捕まえよ!’と書かれていた。咲夜は息を呑む。描かれている人の顔が,自分とそっくりなのだ。
『見て分かるようにマイトブルーンはお前にそっくりだ。ちなみに,このビラはラテンカ国民に渡されている。』
(だからトマトを投げたオバちゃんに間違えられたんだ。)
『次期国王を殺され,直系による国王の存立が絶たれたんだ。マイトブルーンに対する国民の怒りは計り知れない。通りでお前が走り出さなかったら,矢を射られただろうな。』
(だから国王を返せと言われたのか。)
『次に評議会についてだが,評議会とは国の政を担う人の内代表の3名が集まっての会議のことだ。普段は自国の事をしていれば良いのだが,他国にまで事が及んでしまう場合に行うんだよ。滅多に開かれるものではないがな。』
リクトはそう言った。しかし,マイトブルーンのときは例外であった。マイトブルーンのときは,王子が殺された段階で集結された。それはマイトブルーンの絵がリクトと似ている,とラテンカ国王補佐官が提言したからである。
『俺に容疑かかかったさ。まぁ,髪型が違うのと,アリバイがあったからすぐに晴れたけど。そうしたら今度は俺の‘対なる御子’・咲夜を疑いだしたんだ。だが,お前がこっちに来た痕跡がない。そういうことで,第1回評議会はそれで終了。第2回評議会はその2週間後さ。ノルター国でマイトブルーンと名乗った人が,2人も殺したからだ。』
『同一犯の犯行…?』
『ああ。だがそれはあやふやだ。目撃者によると殺人者は全身をマントで覆っていた,ということだからな。とはいえ,ラテンカ国以外では公表されなかった名が出たんだ。十中八九当たっているだろう,という事で本格的に犯人逮捕に乗り出したんだよ。そして,その指揮をとるのは俺だと指名された。』
『マイトブルーンに似ているから?』
『そうだ。それと,地球の者の問題がこの世界で広がっているおそれもあるから,対の者を呼んで解決せよという命令がついていたからな。』
リクトは苦しい表情を浮かべている。きっと評議会では散々影口を言われ,罵られていたのだろう。思い出したくない表情をしている。
『だからダルクさんが言った通り,評議会に従った,ということなのね。』
リクトはうなずき,それから紅茶を飲んだ。咲夜も飲む。話が深刻すぎて途中で飲むどころではなく,喉がカラカラなのだ。紅茶は冷めてしまったが,喉を潤すには丁度良かった。
『とりあえず,俺が知っている真相のところはこんなもんだ。ほら,前にこの件に関わらないといけない,と説得させようとしたとき,奴とお前が関わっている事があるって言っただろ。それは,2人が似ているということだ。』
『なんでマイトブルーンと似ているのかな?』
『知るか。本人にでも聞け。』
突き放すような答えにムカッとするものの,それが事実なので黙る。だが,あることを思い出して再び口を開く。
『昨日同じ年頃としての囮にはならないって言ったよね。ここに着けば分かるって言ったけど,なんなの?』
『マイトブルーンに似ているから囮になるのさ。今まで行った2つの国では必ず奴と当
たっている。囮としては上出来だよな。奴と当たるのは100%じゃないか。』
咲夜は憮然とする。
『でもそれって嘘と差がない。』
『嘘は‘俺たちと同じ年頃’ということだ。本当は‘マイトブルーンと似ているから’だよ。』
『50歩100歩。どっちにしろ,私たちが入っているもの。大差ないわ。』
『大差はあるだろ。前のは俺たちと同じ年頃って事なんだからさ。それって17歳前後のことだ。一体この世界に何人いると思ってんだよ?俺たち2人じゃないんだぞ。でも,今は俺とお前の2人のみ。さらに絞ればお前の1人。狙いやすいだろ,奴にとって。』
リクトはこの状況下なのにクスクスと笑って,咲夜を混乱させている。
『似たりよったりよ。もうっ。』
咲夜は荒々しく立ち上がリ,バスルームへ向かう。
『先に入らせて頂くわっ。』
『どうぞ。』
軽く笑んで咲夜を行かせる。リクトにとってこの状況が好ましいようだ。もちろんマイトブルーンの惨劇がなければの話だが。だが,咲夜にとってはとんでもない状況の変化だ。マイトブルーンと似ていることが分かり,さらに自分と関係があるのだと突きつけられたからだ。身に覚えのないこと。混乱するばかりである。
逃げ出したい。
でも逃げ出せない。
マイトブルーンと関わっていかなくてはならないのだ。
咲夜は自分のこの状況を憎んだ。リクトの態度が気に食わない。だが,それはもうどうでもよいことだ。
マイトブルーンのことである。
なんでこうなったのか…。
その答えを知りたい。
咲夜は切に願った。
だが,誰も答えを教えてくれない。
それは当たり前である。
この答えは咲夜の心にしかないものだからだ。