旅立ち
次の日の朝。朝食を済ませた桐生咲夜は約束通りリクト・フォルクスの執務室を訪れた。
『昨日はご苦労。音楽家の評判は良かった。さて,早速本題に入ろう。お前が手を貸すと約束したことだ。正体不明の殺戮者は昨夜侵入した人だ。名をマイトブルーンという。奴がどこに住んでいるかは,誰も知らない。神出鬼没な奴だ。』
『神出鬼没だと,殺戮を止めるのは難しいわね。どうする気?』
リクトは話を遮られて嫌な顔をしたが,ため息で払って真剣になる。
『ここにいてマイトブルーンが来るのを待つ,なんてことはしない。俺とお前,スパンとウェルナの4人で旅をしつつ,奴と出くわしたらそこで叩く。』
リクトの厳しい声に背筋がゾクッとする。
『マイトブルーンの情報を伝えた者によると,奴は無差別に殺しているわけではないらしい。17歳位の人を狙っていると言っていた。まさに,俺たちと同じ年頃の人を狙っているんだな。』
リクトはそこで区切り,咲夜をじっと見つめた。なにかを伝えるかのように。咲夜は見つめられてドキッとするが,やけに胸騒ぎがしてくる。
『まさか。私たちが囮となって,マイトブルーンを引き寄せる気!?』
『ご名答。』
『嫌よ!囮になんかならない。』
昨日マイトブルーンを止めると宣言したが,このような作戦では納得出来ない。息を荒くしてまで彼に気持ちをぶつける咲夜。だが,リクトはそんなことは気にしていないようだ。それに対しても腹が立つ。
『自分の生命を投げ出す作戦には乗らない。もう,これに関しては手を引くわ。』
『それは出来ない。絶対に。』
リクトが強く言い返す。
『どうしてそう言い切れるわけ?私がこっちに来たのは私に問題があるのではなく,リクトがただ呼んだからかもしれないでしょ。だったら,これに関しては手を引けるはずよ。』
『確かに俺が呼んだだけでこっちに来たのならば,手は引ける。だが,この件はお前に問題があるんだ。昨日マイトブルーンに会ったのが初めてではないんだからな。』
咲夜は言い返せなかった。確かにマイトブルーンと会ったのは,昨夜で2回目である。
『今はまだ言えないが,他にもお前と奴に関することはあるんだ。この件に関して,お前は関わらないといけないんだよ。』
もうこれは押し付けではない。咲夜の義務である。そうリクトは語っている。
『とても辛いのは分かるが,他に手はない。この路線しか手がないんだよ。』
『だからって,生命を無下にすることは許さない。』
『お前のことは絶対守る。スパンとウェルナ,そしてこの俺がね。』
リクトからの生命保障宣言。だが,素直にうなずけるものではない。リクトとは会ってまだ3日目で,信頼出来ないからである。
『囮以外に道はないの?』
『ないね。』
道はたったひとつ。選択の余地はない。首を横に振っても意味がないのである。
『分かったわよ。その危ない橋に渡るわ。それから前もって言っておく。私は歩きや乗馬での旅は一切したことないから。私が足手まといになることは,十分承知しておいてね。』
『決まりだな。じゃあスパン,今から乗馬の手解きをしてやれ。テニスもしておくように。』
話がまとまったので,咲夜とスパン・ルジルフは厩舎を訪れた。旅のお供となる馬を選び,練習するためだ。
『どの馬もちゃんとした調教を受けておりますから。お好きな馬をお選びください。』
白,茶,こげ茶,黒の馬が総勢24頭並んでいる。どの馬も綺麗な毛並みで,気品がある。それぞれに特徴があるのだが,馬と縁のない咲夜にとってはどれも同じように見えてしまう。
『スパンはどの馬が1番良いと思う?』
『私にはこの茶の馬が良いかと。ですが,咲夜様に合うかどうかは……。やはりご自分で選ばれるのが1番よろしいですよ。』
咲夜は頭を抱えてしまう。馬のことが分からないから,スパンを頼りにしたかったのだ。しかし,頼りには出来ない。24頭もの馬の前を行ったり来たりしつつ,馬を見つめる。馬によっては咲夜の匂いを嗅ごうと首を伸ばしたり,毛嫌いするかのように足をばたつかせていたりした。
(どの馬が良いか分からない。困ったなぁ。)
馬の前を2往復したとき,ふと足を止めた。ある考えが頭の中をよぎったのだ。‘直感に委ねてみれば’と。咲夜は目を閉じて,先程よりもゆっくりと馬の前を歩んだ。なにも考えず,ただなにかを感じるまで歩く。ふとなにかが引っかかった。引きつけられる。それは咲夜を放そうとしない。目をそっと開けて,馬を見る。こげ茶のすらっとした馬が,潤んだ瞳で咲夜を見下ろしていた。引きつけて放そうとしない馬は,まさにこの馬…!
『スパン,私この馬にする。』
『では,早速練習しましょう。』
『この格好で?』
咲夜が今着ている服はノースリーブのワンピース。乗馬には不向きな格好である。だが,スパンはそれで構わないと言った。旅をするときには,ふさわしい格好なぞしていられないからである。
スパンは咲夜と自分の馬に鞍を付け,乗馬練習場に出た。
『馬と話ながら1周して下さい。まずは馬に慣れることが大事ですから。この馬の名前は‘フェイ’です。』
馬と身近ではない咲夜にとって,馬が怖い。それなのに広い乗馬練習場をひとりで1周しなければならない。苦痛が心を締め付ける。だが,恐れてばかりはいられない。意を決して綱を握った。
(恐れているところを見せれば,きっとフェイにバカにされる。)
『さ,行こう。フェイ,おいで。』
フェイは少し嫌そうに首を振ったが,咲夜に引かれて歩き出した。
『私は桐生咲夜よ。リクトの‘対なる御子’なんだって。よろしくね,フェイ。この先しばらくお世話になると思うから。』
フェイは咲夜をチロッと見て,すぐに前を見た。
『頼りなさそうな人だと言いたそうね。まさにそうよ。私は頼りないわ。こっちの世界に来て3日目。訳が分からないことばかりだもの。それなのに,ここの人たちと上手くやっていかなきゃならないんだし。でも,なるべく前向きに行くつもりよ。』
強く語る咲夜。フェイは突然止まり,咲夜に頭をすり寄せた。まるで,協力心を見せるかのように。
『ありがとう。そう,私ね……。』
それから咲夜は自分のことや昨夜のパーティーのことなどをフェイに語りかけ,1周を歩き終えた。
『それでは次に私が手綱を引きますから,咲夜様はお乗り下さい。乗馬の感覚を養って下さいね。』
それから乗っているときの姿勢,止まれや走れといった合図の仕方を教え込まれた。直感に委ねて選んだせいかフェイとは上手くいき,とりあえず1人で乗れるようになった。
『運動神経が良いから,乗れるようになるのも早いですね。』
『フェイのお陰よ。私に合わせてくれるから。』
『そうですか。』
スパンは嬉しそうに笑む咲夜に微笑みかけてから,時計を見た。
『昼食までにまだ時間がありますから,湖の方までいきましょうか。もちろん,馬に乗ってですが。』
『行きたい。乗馬が楽しくなってきたもの。』
と言いつつも,スパンとのお出掛けの方が嬉しい咲夜であった。
夏草が生い茂る中を駆ける。夏の日差しは強いが,とても気持ち良いものだ。
『乗馬ってすっごく楽しいのね。クセになりそう。』
『地球に戻ってからも続けたらいかがですか?』
『ん〜,それは無理かな。馬と接することなんて滅多にないもの。』
それから2人はしばし,馬についての話に花を咲かせた。
ひとしきり話し終えた2人は,城に戻ることにした。
『午後は体力作りのためにテニスをしましょう。』
『このときばかりはスコートを貸してくれるよね?』
『ええ,もちろん。さすがに旅の途中でテニスをすることはありませんから。』
『良かった。じゃ、フェイ。帰ろっか。』
咲夜が手綱をとると,フェイは嫌がって頭を振った。
『どうしたの?お城に帰るよ?』
声を掛けても嫌そうにするフェイ。困ったものである。咲夜は助けを求めようと,スパンの方を向いた。そのとき…!!突風が体当たりしてきた…!
『ひゃ。』
あまりの強さに尻もちをつくところであった。だが,スパンが抱きとめてくれた。
『ありがとう。』
顔を上げて礼を言う。しかし,いつもの笑顔は見られなかった。スパンは咲夜の背後の数メートル先を見据えている。険しい表情だ。なにを見ているのか知りたいが,スパンにきつく抱き締められているため,振り向けない。
『あら,お邪魔かしら?』
(この声。マイトブルーン!?)
咲夜は無理矢理スパンから離れ,スパンが見たものを再確認する。やはりマントで全身を覆っていたマイトブルーンがいた。
『何の用?』
『強がらなくてもいいのよ,咲夜。本当は怖いのでしょう?』
人を逆上させるような,猫なで声。
『怖いに決まっているでしょ。あなたは殺戮者なんだから。』
『殺戮者?ふざけたことをおっしゃい。私はあなたのためにしていることでしてよ。』
『私のため?生命をなんだと思っているのよ!?』
『そんなの関係なくてよ。咲夜のためだもの。次はそこの男でも殺そうか?あはははは。』
マイトブルーンは高笑いをし,そのまま消えた。
『咲夜様のためとは,一体どのようなことでしょうね。』
咲夜はそうつぶやくスパンに抱きついた。抱きつかれた方は驚いてしまう。
『さ,咲夜様?』
『スパンを守るから。殺されないように,絶対守るから…!!』
咲夜は城に着くとすぐに,リクトの元を訪れた。
『呼ばれもしないのに来るとは。聞きたいことがあればスパンに聞け。』
『マイトブルーンがまた出たのよ。』
リクトのあしらい方にイラつきつつも,ソファーに座って結論を言う咲夜。デスクに向
かっているリクトは,少し怪訝そうである。
『マイトブルーンがまた出た?』
『そうよ。また私たちの所に来たの。』
『いいからまず落ち着け。』
『落ち着いていられないわよ。』
怒りが混じっている声。リクトはため息をつき,咲夜の前に座った。
『とにかく落ち着け。冷静でなくば,脳だって円滑に働かないんだからな。』
リクトの言は的を射っている。咲夜は逆上しそうな心を静めてから,改めてリクトに
向かった。
『乗馬に慣れるために湖へ行ったの。マイトブルーンとはそこで会ったわ。彼女は私のために人を殺しているんだって。しかも,次はスパンを殺そうかとまで言ってきて…!!』
『そうか。まぁ,死者が出なくて良かったな。それで,なぜ今マイトブルーンを彼女と
言ったんだ?』
『え?』
不意打ち。全く予想外からの問い掛けに,咲夜は止まってしまった。
『俺は今まで奴は女であると言っていない。なぜ女であると言い切った?』
『それは口調が女性だし,身体つきもそうかと思って。』
まごまご答える彼女に対して,リクトは冷静にうなずいた。
『やはりお前も奴が女だと思うか。』
『リクトも女性だと思っていたの?』
『まぁな。』
咲夜はなんとなく,彼に試されたような気がしてイラついた。
『だが,性別はどうでも良いんだ。』
『じゃあ,私にわざわざ聞かなくていいじゃない。』
『俺が注目したい点は奴の目的だ。お前のためと言われたらしいが,心当たりは?』
腹が立っているのに,それを無視して話を進めてしまうリクトに対して,怒りを覚える咲夜。
『心当たりなんて全くないわ。殺戮を命じることなんてあるわけないでしょ。』
『目的を知るのは,時期尚早か。ま、奴が出没したのは分かった。お前は普通に過ごしていれば良い。もう下がれ。』
リクトは軽くあしらうかのように,咲夜たちを下がらせる。彼女の怒りは膨らむ。だがそれに気付かない彼は,何食わぬ顔でデスクに戻って仕事の続きをしようとした。
『さ,咲夜様!』
スパンの慌てふためく声。何事かと思って顔を上げたリクトを迎えたものは,水であった。
『人のことを試そうとしたり,命令口調だったり。しかも私のことを名前で呼んでくれないし。リクトは人間として最低よ!!』
咲夜は怒りをぶちまけ,荒々しく退室した。
『とんでもない女だな。ここまで激しい奴とは思っていなかったぞ。』
『冷静でなくば,脳は円滑に働かないのでしょう?落ち着いてお考えになったらよろしいですよ。』
スパンはわざとリクトと同じような表現で言い,タオルを渡した。当のリクトはただ濡れた髪をかきあげただけで,何も言わなかった。
その日の午後は体力作りのためのテニス。本来ならば楽しいことのはずである。しかし,リクトへの怒りが続いているせいか,ストレス発散のものと化していた。咲夜は全日本高等学校テニス大会でも優勝するほどの実力の持ち主だ。スパンもかなりの腕前なのだろうが,咲夜も負けていなかった。
『素晴らしい腕前ですね。』
『8歳から毎日スクールに通っていたから。いくよ,スパン。』
話す間を入れないように咲夜は続けた。
夜。咲夜は早々と寝ようと思い,身の回りのことをテキパキ終了させた。
『私はもう寝るから。』
『今日は色々あってお疲れでしょう。ゆっくりお休み下さい。』
『おやすみなさい。』
スパンは蝋燭の明かりを消して退室した。咲夜は裸足のまま窓に行き,少し開ける。夏の夜の,少し生暖かな風が吹き込み,長い髪と戯れていく。見上げると,大きな満月が浮かんでいた。明るい満月。少し開けた窓から月光が差し込む。少し神秘的な部屋に変わる。それだけでもなんとなく,気持ちが楽になった。と,そのときドアがノックされた。
『いるか?』
声の主はリクト。咲夜は慌ててベッドにもぐりこんで,ドアに背を向ける。
(今は会いたくない。)
だが,ノックは続く。そして,ついにドアが開いた。
『入るよ。』
リクトは何食わぬ顔で入室し,ベッドに来て少し様子を見る。だが,すぐにベッドを背もたれにして座り込んだ。
『咲夜,ごめんな。』
いきなりの謝罪。
『俺,自分の都合ばかり考えていた。おま…咲夜は突然こっちに来て不安なのに,気を遣わなくてごめん。とりあえず,今までのことを話す。』
リクトは謝罪と,今まで話さなかった本質を語りに来たのだった。
『音楽パーティーでピアノを弾かせたのは,度胸試しをさせたかったからだ。どれだけ心が強いのか知りたくてね。あと,マイトブルーンの性別について聞いたのも,理論的に答えられるか試していたんだ。どちらも,咲夜の本質を知りたかったからしたことだ。決して咲夜を見下すためにした,ということではない。それから,命令口調に関しては,俺の癖でもあるからあまり気にするな。俺も気をつけるけど。それで,名前で呼ばなかったのは……。これからはちゃんと呼ぶから。』
終わりの方は少し照れが入っていたようだったが,水をかけられたあと冷静に考えて解ったことを伝えに来たリクト。ベッドで寝たフリをしていた咲夜は,それだけで嬉しかった。試されたことに対しては,多少怒りが沸く。だが,水をかけられたのに怒らず冷静に反省にしてくれたのだから……。
『じゃあ,また明日。良い夢見ろよ。』
『待って,リクト。』
ゆっくりと起き上がって,退室しようとした彼を止めた。
『私も水をかけてしまって,ごめんなさい。でも,今回のことは両成敗でしょ。これで良しとしましょうよ。』
『そうだな。』
お互いに微笑みあう。仲直りの証拠だ。これを境に,2人の壁が少しなくなった。
次の日,午前中はまた乗馬の練習だった。選んだ馬・フェイは人間の言葉を理解しているようで,合わせやすかった。
『フェイを選んでよかったわ。こんなに賢い馬はそういないもの。あ,リクト!!』
厩舎からリクトが黒い馬に乗って駆けて来た。
『乗馬は初めてというのに,ずいぶんと上手いな。』
『スパンとフェイのお陰よ。』
『そうか。まぁ,間に合って良かった。明朝出発することになった。部屋に戻って準備をしてくれ。』
『ずいぶんと唐突ね。で,私ずっと気になっていたんだけど,一緒に旅をする‘ウェルナ’っていう人とはいつ会わせてくれるの?』
にっこりと,それこそ嫌味なくらいににっこりと笑んで問う咲夜。リクトは‘参った’という表情だ。
『やはり気にしていたか。かなり細かいところまで注意深く聞いているんだな。ウェルナとは午後一緒にテニスをすれば良いだろう。どうだ?』
聞かれた咲夜は少し驚く。今までなら‘どうだ?’と聞かずに押し付けていたはずである。さすがに水をかけられたのは,ケロッと忘れられる忠告ではないようだ。
『いいわよ。』
『よし。じゃあ今は準備に取り掛かれ。スパンは分かるよな。任せる。』
『かしこまりました。』
3人は馬を厩舎に戻し,準備に取り掛かった。準備する物は,全身を纏うマント,洋服を2セット,皮のブーツ,くしなどの日用的なもの,タオル,そして護身用のナイフだ。それらを皮の袋につめる。この皮の袋は,馬の胴にくくり付けるのだ。
『申し訳ありませんが,旅の間多少の汚れは見逃すようにお願いします。』
『ン〜…頑張って我慢します。』
『ええ,頑張って下さい。』
苦笑まじりでスパンは返す。
『ああ,そうだ。護身用のナイフはこの皮ベルトに引っ掛けると良いですよ。ポシェットが着いているから,便利ですし。』
咲夜は試しにベルトをし、ナイフを引っ掛けてみる。なかなか良い。
『ナイフは必ず身につけて下さいね。もしものためですから。』
『うん。でも,私ナイフを護身用的に使ったことがないの。そもそも,護身用に持つことなんてないし。少し,怖い。』
『あまり気にせず。切り札と思い,普段は無視して結構ですから。それに,貴女のことは我々が守ります。』
『そっか。ありがとう。』
とりあえず,明日着る服などの準備が整った。
午後,約束通りウェルナとの対面。この対面で,咲夜は少し嫌な思いをすることになってしまった。それは,ウェルナが咲夜の親友・片瀬綾子とそっくりだからである。今の状況を再確認させられたようで,気持ちが落ち着かなかった。
『初めまして,咲夜様。お供させて頂くウェルナ・アルキーと申します。どうぞ,ウェルナとお呼び下さいませ。』
礼儀正しく,女性らしい柔らかな口調。しかし,強さを秘めているようなしっかりとした口調でもあった。
『ウェルナは‘影の守人’と称す一員だ。字の如く,影から守る人だ。女性だが,なかなか屈強でね。』
ウェルナはリクトの紹介に軽く微笑む。栗色の髪のショートカット。大きな目。ボーイッシュなところ。限りなく綾子に近い。咲夜はこの世界に来てしまった初日と同じくらいの混乱に見舞われる。だが,弱音は吐いていられない。この世界に少しは慣れないと,この先やっていけないのだ。
『頼もしいガードマンの1人ってわけね。よろしく,ウェルナ。それで,1つ注文があるの。丁寧口調は止めて。ウェルナは私の親友に似ていて,その口調だと嫌なのよ。』
『分かった,咲夜。それじゃあ,テニスをしようか。』
『うん。』
とげとげしい様子もなく,仲良くやっていきそうだ。
この日の夜,早めの食事をとった4人は最終的な打ち合わせを行った。
『明日,日の出前に出発をする。まずは隣国・コスタリカへ向かう。そこで情報を仕入れられるだろう。スパン,馬は?』
『いたって健康です。えさも積みました。』
『よし。ウェルナ,武器は?』
『準備致しました。』
『咲夜,準備は?』
『もちろんしたわ。』
『心の準備は?』
リクトの問いに少しドキリとする咲夜。心の準備は整っているのか。自分の心でも分からない。気軽にうなずけやしない。
『咲夜の場合は,荷の準備より心の準備の方が大切だ。心は落ち着いているか?冷静でなくば,脳は働かないぞ。』
『心の準備は,まだかもしれない。未知の世界に来て,そう簡単には落ち着かないもの。でも,これだけはハッキリしているわ。』
少し迷っていた目が,しっかりとした目になってリクトを見つめた。
『マイトブルーンを止める。囮になるのは怖いけど,人が殺されるのは嫌だから。』
『それで十分だよ,咲夜。その意気が欲しかった。よし,準備は万端だな。今日はもう休んで,明日からの旅に備えよう。』
リクトの力強い締め括りで,打ち合わせは終了。即就寝となった。
明朝。太陽が徐々に昇る頃,4人は城門に馬を従わせて立った。咲夜はタートルネックのノースリーブにキュロットをはき,革のベルトをつけていた。夏なので少々暑いが保護のために皮ブーツをはき、肘には肘あてのように布を覆った。そして,亜麻色のマントを全身に纏う。他の3人も全身をマントで覆っていた。リクトのマントだけは,咲夜の夢に出てきたのと同じ青であった。
『いよいよですね,リクト様。』
『ああ。この先は辛い。特に咲夜にとって。負けるなよ。』
『先が見えなくて怖いのは,いつものこと。でも,今は向かうべきことがある。負けないように頑張るわ。』
『よし。では行こう。』
先が見えないなか,隣国・コスタリカに向かう。この先待っているものは……。