すべての始まり
1,すべての始まり
2ヶ月前。激しく降る大粒の雨の日,両親はベッドで仲良く死んでいた。母は末期がんと診断されたばかり。父は退職金すら出ないのにリストラを余儀なくされたばかり。人生の辛苦な境地が,2人を死に追いやったのだ。一人娘の私は,親戚の助言を受けつつ葬儀を取り仕切ってみせた。一気に2人を亡くして,心が引き裂かれる思いだったのだが。思い切り泣きたかったのだが。他人を煩わせたくなかったから……。納骨まで,何事もなく遂げた。
私の身の振りように,親戚はほとほと困っていた。養子にはなりたくない,と私が強く願ったからでもあるし,自分の子で手一杯という状況でもあったからだ。そこで私は独り暮らしをすることに決めた。まだ17歳。未成年の私には辛いことかもしれない。だが,親戚の家で途方にくれるよりはマシである。親戚は「それは良くない。」と言いつつも,内心ホッとしているようで最終的には承諾してくれた。そして,名前だけの保護者として父の実弟が名乗り出てくれた。
こうして私の独り暮らしが始まった。家事全般は母に日頃から教えてもらっていたから,学校と両立出来た。だが,情緒の面だけはなかなかコントロール出来ない。帰ればいつも母が迎えてくれて,一緒に夕食の準備をしながら1日を語らっていた。夕食になれば,両親と私の3人で雑談に興じていた。だが,今はそれが無い。それがひどく寂しい。でも,それも徐々に消えつつある。まるで,どこかに置いてきたかのように。
今日,ようやく1学期が終了する。待ちに待った夏休みのスタートだ。私の名前は桐生咲夜。17歳。自慢は長いストレートの黒髪に,大きな二重の目。特技は簡単な曲なら初見でピアノを弾けることと,テニス。
『咲夜,明日の花火大会に行くでしょ?』
親友の片瀬綾子は、弾むような声で聞いた。彼女は栗色の髪でショートカット。ボーイッシュのようであるが,とても可愛い人だ。
『花火大会かぁ。どうしよ?』
『悩んでいるんだったら,行こうよ〜。浴衣着て,イイ男を見つけにさ。』
綾子は2週間前に彼氏と別れたので,早く新しい彼氏をつくりたいのだ。咲夜はそんな綾子にため息をつく。
『この間,どっかの大学でイイ男を見つけたって言っていたじゃない。その人はどうしたの?』
『ああ,あの人?ダメダメ。高校生はガキなんだって。』
『しばらく彼氏つくるのやめたら?別れたばかりじゃない。』
綾子は口をつぼませて,拗ねた表情をする。
『誰かいないと寂しいんだもん。咲夜は強いからいいけど,私は弱いんだよ〜。』
『私は強くはありませんー。』
『咲夜は強いって。両親がいなくてもひとりで出来るじゃない。おまけに彼氏がいなくても平気だし。』
このあと約5分間,綾子による咲夜の分析が続いた。聞いている咲夜はあきれてしまう。
『ハイハイ、綾子の言い分はよぉく分かったわよ。』
『じゃあ,花火大会に行くのね。』
咲夜は綾子に負けてうなずく。
『やったぁ!じゃあ,駅前広場に5時ね。私,これからカラオケなんだ。咲夜は,来られないんだったよね?』
『うん。それどころじゃないから。楽しんでらっしゃい。』
『ハァイ,ママ★』
綾子は咲夜の子どものように返事をして,そそくさと帰ってしまった。教室には咲夜ひとり。
(彼氏がいないと寂しいか。私はもう寂しいなんて……。)
咲夜はため息をつき,それから家路を歩み始めた。
この日,咲夜はおかしな夢を見た。いつも通り男性がいる。だが今回は,男性の前に自分がいた。
『早く来なよ。』
『え,どこに?』
『こっちの世界に決まっているだろ。早くしないと,困るんだ。』
『困るって言われても。』
咲夜が戸惑っているのにもかかわらず,男性はもう前に進んでいる。
『待って。行かないで……!』
咲夜はそこで目が覚めた。やけに鼓動が速い。
(嫌な夢。なぜ?)
咲夜は綾子との約束通り,紺色の浴衣を着て駅前広場で待っていた。いかにも日本人,というような黒髪を結い上げているから,浴衣がよく似合う。
『さ〜くや。お待たせ。』
黄色系統の浴衣を着て,綾子がニンマリ笑んだ。
『綾子似合うね。可愛い〜〜。』
『ありがと〜。てか、咲夜も似合っているよ。和服美人だね。』
2人で微笑み合う。
『なかなかイケてるね,うちら。じゃ,行こ。』
花火大会に行く人の流れに乗って歩く2人。川原までの道路の左右には夜店が並んでいる。その前を他愛無いおしゃべりで通過する。
そのとき,奇妙な感覚が咲夜の身体に走った。鼓動がはねる。目の前がかすむ。まるで貧血になるかのように。咲夜はとっさに綾子の袖を引っ張ろうとした。だが,空を掴むばかり。
『綾子?』
横を見ると誰もいなかった。川原まで並んでいた夜店さえない。咲夜は真っ暗闇に立っていた。
『ここどこ?』
今度は不安で鼓動が速くなる。夢ではないと自覚している分,不安が更に広がり,不意に寂しさが広がりそうになる。
『寂しいはずがない。だって,寂しがったって誰も助けてくれない。寂しさなんていらない…!!』
『あら,そう?』
突然浴びせられた冷酷な声に反応して振り向く。そこには頭から足先まで,すっぽりとマントに覆われた人がいた。
『寂しさなんていらないの。あなたは前からそう言っていたわね。ふふ,今後が楽しみだわ。』
『誰なの?』
『そのうち分かるわよ。』
マントを被った人は,そう言い残して消えた。
『一体今のは?誰か,助けて…!』
とそのとき,立っていた所がすっぽりと穴に変わった。咲夜に有無を言わせず,彼女は重力に従って落ちていく。それが,彼の国へのルートと知らずに。