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テーマ短編 '13

ぼくの“ともだち”

作者: 木下秋

去年の十二月期のテーマ短編でした。

 庭の片隅にある物置の扉をスライドさせるように開く。

 白い塗装が所々剥がれ、錆の目立つそれはギギギと不快な音を鳴らしながら、両腕を使うことでようやく開いた。

 中に入ると埃っぽい匂いがして、太陽に熱せられているからか中は少しだけ蒸し暑い。

 ゴルフバッグやスキー板、何に使われていたのか分からない機械や工具が目に映る。

 そしてふと視線を足元に移してーー見つけた。

 それはぼくの“ともだち”だった。



 ぼくがその“ともだち”に出会ったのは幼稚園に入りたての頃だったと思う。

 両親の買ってきてくれた彼は、ぼくの誕生日プレゼントだった。

 黒く艶のあるタイヤとサドル、黄色くてピカピカなフレーム。

 当時内気で引っ込み思案だったぼくは、何かに夢中になるということは無かったらしいが、彼を始めて見た時のぼくの興奮する姿はそれはもう凄まじかったそうだ。

 ぼくもあの時のことはうっすらと覚えている。

 初めて彼に乗り、ペダルを漕いだ時に感じた空気の冷たさ。

 耳にした風を切る音。

 どんなに早く走ったって感じられないスピード。

 ドキドキして、笑みがあふれた。

 友達のいなかったぼくにとって、彼は初めて出来た“ともだち”だった。



 ぼくは家に帰るとすぐにリビングにいる彼に「ただいま」を言いに行った。

 母は玄関に置こうとしたが、当時のぼくが「さむいからかわいそう」と泣くので、しょうがなく新聞紙を敷いてリビングに置いていたのだ。

 そしてすぐに外に連れてゆき、乗り回して一人で遊んだ。

 楽しかったから、寂しいなんて思ったことは無かった。



 ある日、ぼくが風邪を引いて幼稚園を休んだことがあった。

 母は近所のスーパーでパートの仕事があったので、「一人でお留守番しててね?」と言って家を出た。

 仕事は午前中だけだったし、近所に祖母も住んでいるので心配はいらないと思ったのだろう。

 でも当時のぼくにとっては母が帰ってくるまで一人で家にいた時間は果てしなく長い時間に感じた。

 子どもの体感時間は大人のそれの何倍にもなる。

 特に苦しんでいる時間なんて、永遠に感じた。

 布団の敷かれた部屋の中には時計の針が動くカチッ、カチッという音だけがしていた。体調が悪かったのと心細さでどうしようもなかった。

 立ち上がり、布団を引きずってリビングへ行った。

 そこには彼がいたから。

 彼の隣へ布団を運び、そちらを向いて寝た。

 一人じゃない。そんな気がして、安心して眠ることができた。



 一度、彼を壊してしまったことがあった。

 毎日乗っていたし、仕方ないと思う。

 両親は新しいものを買ってくれる、と言ってくれた。それでもぼくは「これがいいんだ!」と泣きながら言い張った。

 困った両親はおもちゃ屋さんや自転車屋さんに持って行って修理して貰えるように交渉した。

 なかなか修理をやってくれるところは無くって、ようやくやってくれる所を見つけたものの、新品を一台買うよりも高くついたらしい。

 彼が家にいない間は寂しくて、帰って来た時は本当に嬉しかった。その日の夜はわがままを言って、彼の隣で寝た。



 毎日乗った。

 泥だらけになったら自分で洗って綺麗にした。

 ぼくは彼のことが大好きだった。

 でも、体も大きくなって自転車に乗るようになり、すっかり彼のことを忘れてしまっていた。

 「こんなに小さかったのか」

 そう呟いて、サドルを撫でる。厚く積もっていた埃の下から、艶のある黒が見えた。

 くすんだ黄色いフレームを指でこすると、光沢が戻って輝き出した。

 「それなぁに?」

 振り向くと庭でボール遊びをしていた息子がいた。

 好奇心でキラキラした目で、こちらを見ている。

 「ぼくの“ともだち”さ」

 息子に微笑み、腕まくりをした。

 ーーそして今日からは、きみの“ともだち”。

 

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