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「だーからなんでシオンさんまだ来ないんですかーッ!?」


 真白高等学校、教員室にて、

 一人の女性が悲鳴にも似た声を上げていた。


 学校のものではない、まるで軍隊やら警察のようなものを連想させる緑色の制服を身に着けている女性は、右手を右耳に宛がいながら何かと交信しているかのように――否、実際に交信しているのだろう――声を張り上げる。左手に携えた青い本のページの一文には、見慣れない文字の羅列が輝いていた。


「今ヴォイド来てるんですって! え、そっちもヴォイド? でもウチは彼等に指示とか出来ませんよ!?」


 周囲にいる教師達の訝し気な視線には気にも留めず、女性はかなり興奮しているらしくピョンピョン跳ねながらソレに応じる。その度にセミロングの髪が、柔らかくふわりとなびいた。その髪がまず日本では見ないような青い毛なので、例えこのような場所でなくともやけに目を引くのだが。

 傍らに立つ少年・一年B組の学級委員長こと旋風宏明は、緑色のラインが刻まれたマギアを手に黙って佇んでいる。無表情で何を考えているか窺い知れなかったが、少なくとも和やかな雰囲気ではない事は確かだ。

 彼のマギアが、微かに輝いた。


「ガランサス先生」

「あ、ちょっと待ってて下さいシオンさん直ぐ戻るから切らないで下さいッ……ごめんなさい余計な事に時間を」

「はあ」


 先生と呼ぶには若干抵抗があるような童顔が、視界の中心に現れる。決して悪い人では無いのだが、やる事成す事が鈍臭いと専らの評判である。ヴォイドが校内に進入してきたとなると、こんなグズグズしている暇は無い筈だが。

 軽く咳払いして、委員長は口を開いた。


「先生のバックアップは最低限のモノで構いません。位置特定だけでもして頂ければ、僕たちで討伐するので大丈夫です」

「うう……ごめんなさい、私が未熟でこんな性格だから……うん、こんな事してる暇無いですよね。シオンさん切りますよ!」


 何やら何処からかギャーギャー声が聞こえたが、ガランサスと呼ばれた教師が携えている本を閉じると同時に、ソレは途切れた。

 やおらガランサスは、魔方陣が刻まれた表紙を上にして手を当て、目をつぶりながら言葉を紡ぎ始める。


「我らが故郷を作りし精霊よ、我が言の葉に応えろ」


 本が、それに呼応するように淡く輝き始める。


「聖なる地を侵す魔の影。邪なる存在を暴け。我が眼に、その姿を写し出せ。

――ディテクション」


 ガランサスが詠唱を終えた刹那、

 本が唐突に、そして凄い勢いで捲られ始めた。

 さながら本自身の意思によるモノとも取れるその光景は、委員長には既に見慣れたものだったが、まずそれは現代で見られるような現象では無い奇怪なモノだった。そもそも言葉を借りるなら、このガランサスという人自体“この世界”の人間では無いので、極端な話、何があってもおかしくは無かっただろうが。

 やがて奇怪な現象ははたと止まり、本はあるページを指し示す。先程ガランサスが呟いた単語と関係があろう文字列が、より強く輝いていた。

 ガランサスの目が唐突に見開かれる。先程までの彼女の様子とはかけ離れており、焦点はぼやけ、どこか危なく覚束ない感じであり、委員長は内心少しハラハラした。この光景は何度か見た事がある訳だが、どうも未だ慣れない。彼の知る限り、この力は特に気力や“魔力”等を消耗する筈だから、少なくとも気軽には使えないモノだと思うが。

 数秒した後、彼女はゆっくりと眼を閉じて深々と息を吐く。額に若干汗を浮かべたガランサスは、ゆっくりと口を開く。


「え、と。シオンさんの張った結界が効いているみたいです。Dランクヴォイドは、校庭の中心に集まってます」

「……ありがとうございます。すぐに終わらせて来ます」


 委員長は軽く頭を下げながら、早足で教員室を後にする。そのまま校舎の出口に向かいつつ、握っていたマギアを前方に翳す。

 一段と、マギアの輝きが強くなった。

 一呼吸置いてから、委員長は呪文を唱えるかのように呟く。


「コード・ヴァーユ」

『Magia・ready――』


 マギアから発せられた電子音声が何かを告げた。

 その刹那、


「ウィザードオン」

『――Materialize』


 マギアの緑色のラインだけを残し、機械で構成された部分が朧気に薄くなった。

 やおら機械で覆っていた“筈”のモノは、まるで硬質な実体であった事を忘れたかのように、さながら霧か靄のように形が崩れ、次いで煙のように散っていく。手に掴んでいた筈のマギアには既に実態は無く、何かのエネルギーを持っているのだろう緑色のラインだけが、その形を保っていた。

 機械であったモノ――煙のように散った灰色のソレは、やがてマギアを掴んでいた左手、そして何も持たない右手を包んでいく。ソレらは一瞬にして手の形を作り、どういう原理かは定かでは無いが、緑色のラインが入ったグローブのようなモノと変質していた。

 宙に浮いていた緑色のラインも、その姿形を変える。カードサイズだったソレは段々と長く、段々と弧を描き、身の丈程のモノに……さながら弓のような形へと変わる。やがて緑色のソレはラインでは無くなり、段々と、しかし迅速に線と線の隙間を埋めるように緑色が広がり、ほんの一瞬だけソレが輝いた時には、電子音声が宣言していた通り実体を持ったモノと化して、左手に携えられていた。


 ソレは風を意識するような、澄んだ緑色の弓だった。

 空いた右の掌に、小さい緑色の旋風(つむじかぜ)が生まれる。それも一瞬の事で、やがてソレは鋭い棒のように形が変わり、一本の矢と化していた。


 まるで“魔法”のような非現実的な光景だった。

 こうしている間にも、委員長は足を止める事無く校舎から出ていた。既に、校舎にすぐに面している広い校庭全体が視界に入っている。先程ガランサスが伝えていた通り、校庭の中心には黒い“ナニカ”が蠢いていた。

 この世の、少なくとも“この世界”のモノではない異形の怪物は、校舎へ向かおうとしているのだろうが、どうやら見えない壁か何かに阻まれているらしく、身動きが取れていない。


「東雲、氷川、日之影。聞こえてるだろう」


 まるですぐ近くに人がいるかのように、委員長は口を開く。

 矢を弓に添え、弦を思いきり引っ張り構えながら。


「校庭のド真ん中にヴォイドの連中だ……片付けるぞ」




****


「ああああッ!?」

「ッ!?」


 少し時間は遡り、

 永井千尋は、思わず大声を上げてしまっていた。

 つい先程知り合った東雲梓や達哉と呼ばれていた少年だけでなく、クラスメート全員が千尋に注目する事になった。

 目を点にした梓が、恐る恐る声を掛ける。


「……どしたの千尋。急に大声上げたくなる程ハイになっちゃった?」

「や、そーいう訳じゃ」

「あ、昨日の」


 なんだかんだで、あちらも自分の事に気が付いてくれたようだ。眠そうな瞼が持ち上がり、少し驚いたように千尋の顔を見ている。少なくとも一日で忘れ去れて無くて良かったと、千尋は内心ホッとした。別に忘れられてたら忘れられていたで問題は無いのだけれど、そこは気持ちの問題だ。と納得させておく。

 しかしどう反応すれば良いのか戸惑い、千尋は曖昧な笑みしか返せなかった。

 流れに着いて行けない梓は、千尋と達哉を交互に見るばかり。次いで思わず呆けた声を漏らす。


「……え、何? 知り合い?」

「別に。クソ魔物に追われてたから、ついでに助けた」

「ついでってねえ……」

「おーし生徒諸君、席に着けーい。少し遅れたけど、現国始めっぞー」


 梓の呆れ声を塗り潰すかのように、先程HRで見たカズキちゃんと呼ばれた女性教師――高階(たかしな) 和樹と後から紹介していた――が現れた。手には国語の教材が携えられているが、既に授業が始まってから十分が経過している。こんな時間まで何をしていたのかと思うが、やがて梓達が慌ただしい事と関連しているのではと予想した。

 ……となると、千尋には少し考えられない。恐らくヴォイドが出ているであろうこの状態で、何故授業を続けようとするのか。まず学校側は何故これまで通りの日常を続けているのだろうか。

 疑問が次々と出ては頭をの中を埋めていく。解らない事ばかりで、混乱するだけだった。


「……ちょっと何してるんだよ梓ちゃん、早く行くよ!?」

「何わざわざ戻って来てんのさ氷川。……じゃあ先生、あたし達はあっちに。ついでに千尋も連れて行きます」

「おう、気を付けてねー。ああ皆、今回はDランクだけだから大丈夫だぞー」

「……は?」


 今なんて言ったこの娘。


「え、ちょ、梓、何を」

「だいじょぶだいじょぶ、あたしが千尋を怪我させないから」

「そうそう、千尋ちゃんは俺が守るよ!」

「おいむしろ邪魔じゃねーかコイツ」


 梓、啓輔、達哉が口々に言いながら梓を連れて行く。連れて行くと言っても、梓が千尋の肩を軽く押しながらという若干無理矢理なものではあったが。啓輔は啓輔で千尋の手を引いて行こうとしたが、そもそも千尋が手を引っ込めてソレを拒否した為に無駄だった。結構悲しそうな表情が浮かぶ啓輔だったが、気にしない。

 そんな事より、急展開で着いていかなかった頭が漸く追い付き、千尋は未だ慌てつつも口を開いた。


「な、なんで私まで……」

「や、さっきのリアウィザに関して直に見た方が解りやすいかなって」

「先生も言ってたけどDランクばっかしらしいから、よっぽどの事が無い限り怪我はしないよー」


 Dランクだとか意味深な単語が飛んできたが、やはり千尋にとってヴォイドという異形は、恐怖そのもに違いなかった。

 ……父親の血に染まった姿を思わず見てしまった千尋は、意識的にヴォイドを恐れ、嫌悪していた。ヴォイドに好意的な人間がいるか甚だ疑問だが。正直いてほしくもない。

 引きつった千尋の表情を見て、流石に梓らも動きが止まる。


「……あー、ごめん。やっぱり止めとく?」


 心底申し訳ないという表情で千尋の顔を覗く梓。行動力はあるけど突っ走り過ぎる傾向があるのかもしれないと、少し梓についての情報を追加していく。

 悪気は無いのだと解っていても、流石に無神経じゃないかと思ったが、ふとリアウィザではない人々――クラスメートと和樹先生の反応を思い出す。

 ヴォイドが学校に出没したと解っていても、誰も動じる事無く授業の準備をする。先生も特に慌てた様子も無く――あの先生の性格もあるかもしれないが――リアウィザである彼等に任せて授業を始めていた。

 無関心……という訳ではないだろう。それほど気に掛ける程でもない、危険ではない存在なのだろうか。しかし昨日千尋を襲ったヴォイドは、かなり恐ろしい存在だったが。

 おそるおそるといった感じで、千尋は口を開く。


「……Dランクて、何?」

「あ、そっか。言ってなかったか……ヴォイドにも強弱にムラがあってね。強さによってA〜Dにランク分けしてるの」

「そ。今回のヤツらはDランクだけ。ゴミ掃除感覚でいけば楽勝だね」

「……ちなみに昨日のヤツはBランクだ。流石に狂暴だからな、一般人だと最悪殺される」


 梓に次いで啓輔、達哉の順で話を繋ぐ。要するにヴォイドの強さは極端なもの、という事かと半ば納得する。

 と同時に、昨日の恐怖が少し甦ってくる。つまり昨日は達哉が助けて来なかったら……自分は死んでいたのかもしれない。予想以上にこの現実、シビアなものになっていないか。

 平和ボケしていた気分が、かなり軟化していく。しかしその割に学校等はいつも通りにあったりクラスメートのリアクションも薄かったりするし、どうもこの異様なギャップに悩まされる。本当に大丈夫なのか。


「……というか達哉、アンタのせいで千尋が危険な目に合ったの!? しかもBランクて」

「だーから返り討ちにしたって。全然無問題」

「あー、だから千尋こんなに……」


 半ば諦め半ば納得といった感じで、梓は走りながらも器用に項垂れる。こちらの心中を何となく察してくれたのか、同情を含んだ視線を千尋に向けてきた。なんというか、ありがとう。


「大丈夫大丈夫! 千尋ちゃんは、この俺が守るから問題ナッスィン!」

「氷川、冗談は髪だけにしときな」

「この髪だってマジモンさ!」


 やけに針ネズミのようなツンツンの髪を強調してきた啓輔が、さながらお姫様を守護する騎士のように――外見からとてもそうは見えないが――千尋の前を陣取る。やけに呑気な彼等の様子を見て、少なくとも昨日よりは危険の度合いは低いのかな、とぼんやり思考してみる。そこまで言うなら大丈夫なのかなと気が緩むが、油断は禁物だ。恐らく危険の度合いが低いだろうとはいえ、昨日のような事が起こらないという確証は無いのだから。

 大して危険ではないらしいとはいえ、もう少しくらい気を引き締めても良いんじゃないかとも思ったが。


 ふと、どこからか少年の声――先程出会った、委員長と呼ばれた彼のものだろうか――が耳に届いた。


『――東雲、氷川、日之影。聞こえているだろう。校庭のド真ん中にヴォイドの連中だ……片付けるぞ』

「うっわ、ヒロもう交戦中か」

「急げ、でないと委員長のヤローに全部取られる」

「あ、漸く目ェ覚めたの達哉……千尋、少し急ぐよ」


 どこから聞こえたかは解らないが、大方マギアがトランシーバーのような役割でも果たしているのだろうと、半ば無理矢理納得させておく。流石にリアクションに疲れてきた。

 口々に言いながら若干スピードを上げる彼等を慌てて追う。引き返すのだったらこれが最後のチャンスだったであろうが、不思議と先程よりはヴォイドに対する恐怖は薄れていた。より危険意識が強い方がよっぽど良いのだろうが、彼等に感化されてしまったから仕方ない。仕方ないと言い切ってしまったが、これは少々危ない気が。

 後で改めて話を訊いて、ヴォイドへの今後の対策に役立てようと千尋は思った。


 階段を駆け降り、一階へと辿り着く。そのまま出入口に向かおうとした所で、思わず千尋の足は止まった。


「何、これ……?」


 丁度出入口の目先に、カラフルで朧気な姿を持った、小型動物程の大きさのナニかが浮いていたのだった。否、浮いているというよりは見えない壁に張り付いている、と表現すれば良いだろうか。赤色のソイツら――奥に見える校庭には他にも黄、青、緑色のものも蠢いている――は、何やら校舎に侵入しようとしているらしいが、その度に見えない障壁に阻まれていた。ぶつかる度に、そこから水辺に小石を放り込むように波紋が広がる。

 見た事も無い何体もの異形。考えられるとすればコイツらもヴォイドなのだろうが、昨日遭遇した個体とは明らかに違う。


「これも、ヴォイドなの?」

「そ。Dランクのヴォイドは、いわば属性エネルギーの塊。弱っちいんだけど、数が多いんだよねー」


 何かと説明不足で理解不充分だったが、千尋が声を上げる前に、少年の低い声が不機嫌そうに、だが少し嬉しそうな様子で声を漏らしていた。


「……おい」


 何かと目付きの悪い、正直啓輔より不良っぽく見える達哉だった。彼の目線は、目の前の出入口――千尋も今朝、利用していたものだ――と反対、校門側とは真逆にある別の出入口の方へと向けられている。裏門か何かに繋がるものだろうか。

 そこまで考えて、千尋は漸く達哉の指し示すものに気が付いた。


「……あ」


 そちら側にも片手で数える程だが、前方に群がるカラフルな異形、言葉を借りるならヴォイド・Dランクが見られる。前方の方と同じく見えない障壁によって校舎への侵入は出来ていないようだ。しかしこの数で校内に蠢いてもらうと気味が悪いと、千尋の顔が引き攣る。これも彼等にとって日常だというのか。

 遅れて梓達も達哉の指し示すものに気が付いたが、その瞬間に二人は、ほぼ同時に眉を寄せた。


「……あっれ。委員長の報告より、なんか多くない?」

「ヒロがヴォイドを取り零すなんて有り得ないし……何、まだ出て来んの?」


 梓・啓輔の凄く不安を煽るような呟きに、思わず背筋が強張ってしまうのはもはや反射なのだろうかと、千尋は内心で苦笑した。表はむしろガチガチに固まっている訳だが、あまり気にするような余裕も無い。

 取りあえず理解出来た事は、達哉が改めて発見したヴォイドは、梓達にとって少々イレギュラーなものらしいという事。どうしてこうも不安要素ばかりが押し寄せてくるのか、もしかして転校先自体がミスだったのではないかと、嫌な妄想さえしてしまう。

 少し鬱々としつつ、何気無く達哉を見やる。なんだか凄い嬉々とした様子だった。


「俺、あっち行くから」

「……まあ、あの数だったら問題無いかもね。じゃ、お願い」


 先程までの寝起きの時の面影は無く、やけに彼はハキハキと喋っていた。低血圧だとか言っていたが、こうも印象が変わるものなのか。なんと無く昨夜の彼の一端を垣間見た気がする。

 梓のお許しが出た所で――何と無く彼女が、彼等の纏め役のようにも見えた――達哉は懐からマギアを取り出し、直ぐ様駆け出す。流石はリアウィザというべきか、その足はとても速かった。


「……梓。私、あっちを見ても良い?」

「え? 達哉の方?」

「何でッ!? 俺より達哉なのッ!?」


 別にそういう意味で言った訳では無いが、啓輔が思わず漏らしたセリフを聞いたらますます達哉の方へ行きたくなった。あちらの方がヴォイドの数も少ないし、身の危険も少ないだろう……多分。

 何故達哉の方へ、と訊かれても、千尋には大した理由は無い。上記のヴォイドが少ないというのもあるが、何気無く思った事……達哉本人に、昨日のお礼を言っていないのだ。お礼自体は一度した記憶はあるが、割とゴタゴタしていたし、どちらかというとアレは銀髪の女性――確かシオンと呼ばれていた――に向けてのものだったような気がする。かなり頭が混乱していたので、あまり覚えていないというのが本音だ。

 なんであれ、自身の命を救ってくれたのは事実だ。次に会ったらお礼を言いたい、そう考えていたのだ。


「うん、解った。危ないと思ったら、すぐ逃げてね。アイツ、あまり周りは考えない質だから」

「あ、うん」


 やっぱり大丈夫なのかなと、少し不安になった千尋だった。


 パタパタと小走りで達哉の後を追う。視線の先には、丁度カラフルなヴォイドらに対峙する彼の背中が見られた。とばっちりを食らうと危ない、それほど近付かずに距離を置いて見るのが得策だろう。思考を終えたと同時に、丁度傍らにあった空きの教室へと身を潜めた。


「コード・アグニ」

『Magia・ready――』


 少年の何処と無く楽しそうな声と、無機質な電子音声が遠くから響いた。

 何事かと思い、しかし被害はなるだけ受けないように、ひょっこりと顔だけを教室から出す。目に入るのは、達哉のマギアから発せられている赤い光だ。無機質な光沢であったソレは、揺らめく炎のように赤く煌々と輝いている。

 なんだあれ、と暫し呆然としてしまう。あのカードのどこから光が出ているのだろうと、些細な事に疑問を抱く。次いで漸く――見た目からは認識しにくいが――やはりあのマギアによって、リアウィザは力を得るのだと理解した。その原理は全く理解出来ないが。


「ウィザードオン!」

『――Materialize』


 嬉々とした声と無機質な電子音声が、呪文のように紡がれる。そこから、変化が始まった。

 若干の距離を置いている上にマギア自体小さいモノなので詳しくは見えないが、カード状の形状を保っていたマギアが、靄の如く形が崩れ、彼の両手を包んでいくのが見られた。まず両手に、機械であった灰色の靄が被さり、やがてグローブと化す。その後、残された赤いラインが灰色のグローブを覆うように広がり、質量を持つモノへと変質していく。


「え……?」


 まるで魔法のようだと、千尋は感嘆した。もしかしたら、あの原理も魔法が関係しているのかもしれない。

 種も仕掛けも無い、一枚のカード。呪文を唱え、それに応えてあっという間に姿を変える。先程までの面影は無く、マギアは赤いガントレットへと変化していた。


 ふと、たまたま彼の近くにあった扉に目が入る。扉に備え付けられたガラスに反射して、彼の表情が少し窺えた。

 ああ、梓の伝えたい事が、解った気がする。あまり身を乗り出すのは止めよう。確かにこれは、身の危険しか感じない。気のせいか、背筋に寒気が走ったような。


「……さーて、と」


 ガラスに映された彼の顔は、確かに、


「楽しもうか」


 ――笑っていた。





「……千尋、大丈夫かなー」

「ヴォイドよりリアウィザに対して恐怖持ちそうだよね、あれ」


 千尋が達哉の後を追った直後、

 残された二人に交わされた会話を、彼女は知らない。

まだ戦闘が始まらん。何故だ。

先伸ばししてる感が否めませんが、実のところ自分が苦手としているのは戦闘シーンなのです。はい。

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