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 私の母は、至って普通の主婦だ。

 時に厳しく時に優しく、私をここまで育ててくれた、強くて芯のある人。最近では一家の大黒柱代理と自称している。


 私の父は、機械工学の教授だった。

 仕事等で家に帰って来る事は少なかったけど、いつでも家族を大切にしてくれるような人だった。一ヶ月前、久々に三人で食べた夕食が、昨日の事のように思い出される。


 どこにでもある、普通の一般家庭。そこで私は育ってきた。そんな私を育ててくれた両親が、私は大好きだ。

 恐らく何事も無く、私は普通に一生を終えるのだろうなと、当時は本気でそう考えていた。

 数年前に都市部で起きた、現代にいる筈の無い怪物……政府が“ヴォイド”と名付けた魔物が起こした大量殺戮事件。異世界からヴォイドとソレを倒す為に魔導師(マジシャンズ)なる存在がやってきたとか大々的に報じられた時も、片田舎に住んでいた私達には、被害の甚大さや事の奇妙さとか、それらの非現実さには首を傾げる他無かった。

 そもそも、異世界から来たとかいう時点ですぐに信じられる筈がない。何処のケータイ小説だよと一蹴していた。


 近年になって開発されるようになった、擬似的に魔法を生み出す対ヴォイド用武装デバイス“マギア”。その開発に父が勧誘されて携わるようになってから、私は恐らく初めて現実を実感した。

 まるでそれが引き金となったかのように、周囲で起こり始めたヴォイドによる被害。その数は増していき、私の住む住居一帯が危険避難区域にまで指定される始末だった。

 家族揃って避難すると決めた二日後、父はヴォイドに殺された。マギアの開発後、一つのサンプル品を持ち帰っている時の事だった。


 そうしてゴタゴタして悲しむ暇も無く避難する私達。父の友人達の助けもあり、幸い某アパートを確保する事は出来た。

 しかし父の葬式を済ませてから、何をする事も無くボーッとする日々。明日は避難した関係で新たな学校に転校するというのに、何の準備さえしていなかった。


 それだけ、私の中の父親の存在は大きかったんだ。


 目を真っ赤にした母から「買い物に行って来て」と頼まれ、母の気遣いに感謝しつつ、私は気晴らしに買い物へ行く事にした。

 丁度アパートから見える程すぐ近くに大手のスーパーがある。歩いて数分、私はそこで買い物を済ませた。じゃがいも、人参、豚肉、カレー粉……ああ、もしや明日の夕飯はカレーかなと思考してみる。

 15分程経たった後にスーパーから出た私は、ついでだから付近を散歩してみる事にした。引っ越して来たばかりだから、近所を知る為と……この暗い気持ちを、もう少し発散したかったから。明日からは明るい気持ちで、学校へと行きたかったから。


 たったそれだけの筈だったのに、


「い、やぁぁああぁああああ!?」


 なんでこんな事になったのだろう。

 この付近はマジシャンズが巡回していて、安全では無かったのだろうか。


 私は涙目で、なるだけ買い物袋を落とさないように両手で抱えながら、振り返らずにひたすら走っていた。というか振り返りたくなかった。


 後方には、熊にも似た身長2m程の紫色の異形が、視界に入ったであろう私を殺さんばかりに走ってきているから。

 直感で、あの醜い異形はヴォイドなのだと私は判断した。というのも、避難する前に被害があったり、ニュースで報じられたりしているとはいえ、私が直接ヴォイドを見たのはコレが初めてだからだ。出来れば一生遭遇したく無かったのだけど。


 息を切らしながらも必死に走る。しかし、残念ながら元々運動はそれほど得意でない為に、あっという間に体力が限界にまで近付いてくる。対してヴォイドは、まるで体力に底が無いように、疲れた素振りすら見せず私を追い続けていた。振り向きたくないから足音で勝手にそう判断した。逃げる前にチラリと見た時、ヴォイドが何処と無く焦っているように見えたのは気のせいだろうか。

 アスファルトを蹴り出す音は、段々と、そして確実に私に近付いている。その音が、怖くて怖くて仕方がない。


 殺される。

 その思考が引き金となったのか、父が血塗れで倒れている瞬間がフラッシュバックした。


「――――ッ!!」


 視界がグラリと傾く。受け身も取れずに、私はそのまま転んでしまった。

 抱えていた買い物袋を手放してしまう。中身がばら蒔かれ、買ってきたじゃがいもや玉ねぎがアスファルトを転がる。当然それらを拾う暇なんてある筈も無く、私はそれらを放っておいて立ち上がろうとするものの、


「いった!?」


 先程転んだ時に擦りむいたのだろう、左膝から血が滲み出ていた。

 たいした傷でもないのに、私は動く事が出来ない。動こうとしても、滲み出る血が、父の無惨な姿を嫌でも思い出させてしまっていた。


 ああ、私も同じように、ヴォイドに?

 ……嫌だ、死にたくない。死にたくないのに。


「――お父さん」


 身体が震えるだけで、意思に反して動こうともしない。

 必死に逃げようと足掻く最中に、脳裏に甦る父親の顔に向けて、私は自分でも驚く程のか細い声で呼び掛けていた。


 返事なんて、返ってくる筈が無いのに。

 呼び掛けた所で、助かる筈が無いのに。


 逃げる事を完全に諦めた、助けを求める事を放棄した、そんな時。


 めきゃ。

 ……何やら形容し難い、砕けたような音が響いた。

 同時に一瞬だけ震動する地面。まるで、何か大きな力を地面に向けてぶつけて、その勢いで揺れたような感じだ。


 ……何が起きたのだろう。一向にヴォイドが襲い掛かってくる気配が無い。

 呆然としたまま、私はゆっくりと背後を振り返る。数メートル先で、ヴォイドの巨体はアスファルトに縫い付けられたように横たわって、というよりめり込んでいた。

 ヴォイド……正しくは、その顔面と思しき部位を中心に陥没しているアスファルト。何かしらの大きな衝撃を受けて、こんな状態になった……と推理してみる。


 一体誰が? という疑問は、すぐに解消された。ヴォイドのすぐ後ろ、私の視線の先に人が立っていたから。

 悠然と立つその人は、私と同い年くらいの少年。鋭い目付きと整っていないごわごわの髪が、妙に不真面目な印象を私に植え付ける。どこかの学校指定のブレザーを着ている……というか見覚えがあると思ったら、私が明日から通う学校の制服だった。

 特に目を引いたのは、彼の両腕を包んでいる赤いガントレット。どことなく炎のような装飾が施されているソレで、ヴォイドをここまで追い詰めたようだ。


「――――」


 少年はヴォイドを見下ろしながら、ブツブツと何か呟いている。しかしその声は小さすぎて、私にはソレを聞き取る事が出来ない。

 ただ、それは何かの合図だったようで。


「――ッ!?」


 ヴォイドが突如、その体勢のまま呻き声を上げる。思わずそちらに視線を向けると、どういう事か、ヴォイドの真っ黒い身体の至る所から小さな炎が噴き出していた。

 ソレは幾つも数を増やし、やがて勢いを増していき、遂には全身を覆い尽くす巨大な炎に。まるで命を源に燃えているようなソレは、ヴォイドの命を貪欲に奪い取っていく。


 こんな事、確実に一般人には到底出来る筈も無い芸当。思い当たると言ったら、異世界から来たマジシャンズあたりしか。

 ……いや、他にもいる。下手をすれば私にも、出来なくはない事だ。

 最近、特に高校生を中心に支給され始めたマギア。偏りがある上に擬似的なものだけど、マジシャンズに近い力を手にする事が可能なデバイス。十中八九、彼はソレを使っているに違いない。


 そういえば、マギアを使ってマジシャンズと共にヴォイドを倒すような一般人を、彼等と区別する為にコードネームで呼ばれていたっけ。

 確か――


「――リアル・ウィザーズ」



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