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問題編 file.6

 遮るように、藍染さんが生徒のように挙手して発言をする。

「焦らず順序立てて話し合いましょう。まず、本当に外部犯の場合を考えなくても大丈夫ですか? 先ほど島を探し回りはしましたが、犯人が要領悪くこの島に残っているとは到底思えませんよ。もし外部犯なら、犯行が済み次第、さっさと乗ってきた船舶か何かで立ち去っていると考えられませんかね」

 彼の疑問には、神藤女医が対応した。

「外部の人間がボートや水上バイクなどで夜間に接岸して、ねこ助さんを殺害した可能性はあります。しかし凶器はリボルバーであり、それは青磁君が厳重に隠し持っていた物です。偶々それを外部の人間が発見して利用した、という筋書きは、あまりにも偶然が過ぎると思いますよ……」

「私も外部犯説を推すわけではないのだが……、青磁が銃を所持していると知った親類縁者が、この休暇を狙って犯行に及んだ可能性はないだろうか」

 父の質問にも、女医は淡々と答える。

「犯人がリボルバーの存在を知ることが出来たかに拠るでしょうね。彼は一年前の滞在時にそれを受け取ったと言っています。そして当時のメンバーは、馬場さん父子以外の現在集まっている私達だけです。青磁君に訊きますが、リボルバーのことを誰かに話したことはありますか?」

「言うわけがねぇ。口外したらマズいことくらい、俺でも分かってるさ」

 兄は即答した。

「でしたら、容疑者は自ずと限られるはずです」

 つまり一年前や今年に滞在している人物。単純に、犯人は今ここに集った八人の中にいると、神藤女医は言いたいのだろう。

 彼女の論によって外部犯の線がほとんど消滅して、場の緊張感がより高まった気がした。

「一度、現場の状況を改めて報告しても宜しいでしょうか。全員で考えれば、そこから何かしらの符合した情報が得られるかもしれません」


 神藤女医を中心に、大人達がまとめた現場の状況だ。

 ねこ助さんは回転椅子に浅く座った状態で、仕事机を背にして胸部を拳銃で撃たれ、事切れていた。手足はだらんとした恰好で伸ばされていて、右腕だけが仕事机の上に飾ってあった母がプレゼントした花束の籠に伸び、正面から見ると右手がちょうど花籠の影に隠れるような状態になっていた。その花籠は机の奥に、つまり被害者が花を抜き取ったかのように、右手のある側に倒れていた。

 そして、――その右手には先端が折られた茎(花軸)が握られていた。

 発射されたと思われる弾丸は、ねこ助さんの胸を貫通して椅子の背もたれで止まっていた。現場の床には、凶器と思われるリボルバー(S&W)、穴の開いたシーツ、そして枕。シーツと枕はどちらもねこ助さんの家の物だと思われる。

 リボルバーの線条痕と弾のそれが一致するかは、鑑識に見てもらわなければ分からなかった。但し弾丸は、兄の青磁曰く、一発しか発射されていないという。

 穴の開いたシーツは焦げ跡をつけて貫通していた。これは硝煙を防ぐためだと考えられた。枕も同じく貫通していて、こちらは少しでも銃声を消すために、サイレンサー代わりに使われたのだろうか。

 部屋の窓やドアは全て閉められた状態であり、備え付けのエアコンの暖房は三十度に設定されていた。そのリモコンは木製のラックに置かれていた。

 遺体の死亡推定時刻を女医が概算したところ、午前零時頃。一時間の幅を持たせて午後十一時頃から午前一時頃という検視結果だった。ただしこれは、エアコンの暖房が最初から最後まで付いていた場合であり、例えばエアコンが途中まで切られていたとしたら、その場合は午前九時近く。つまり同様に一時間の幅を持たせて、午後八時から午後十時とのことだった。

 死斑や血痕の状況から、遺体が死後に動かされた形跡はなかった。


 ここでわたしは初めて、事件現場の全容を知った。リアルに想像することは怖いので、デフォルメしながら現場の情景を思い浮かべてみることにした。

「……被害者が持っていた茎なんだが、あれは所謂ダイイング・メッセージだと解釈していいのだろうか」

 纏められた犯行現場の状況から、父が議題となりそうなものを掬い出して、誰にともなく問う。これにはすぐに女医が反応を示した。

「私の見解としましては、心臓を撃たれた被害者にどれだけの力が残っていたかが疑問です。仮に、彼女が今際の際にテーブル上の花束から一輪抜き取れたとしても、それを両手を使って折ることは困難に思えます」

「うむ。私も医学の知識は皆無だが、その意見には賛成だ」

 父が同意した。神藤女医も頷きつつ、さらに補足説明をする。

「……床には茎の部分が折れた花は落ちていませんでした。故にこれが被害者の行いなら、折った花の方を屋外に捨てたことになります。そして現場は、エアコンを利かせるためか、窓やドアは一切開いていませんでした」

「決まりだな。一輪の花を手に取った人物が被害者か犯人かは分からないが、少なくともその花を折って捨てたのは犯人だろうな」

 女医と父が主として話を進めることに不満があるのか、馬場社長が割り込んでくる。

「そうすると、新たな疑問が追加されますな。仮に被害者が花束から花を一輪取って握ったとしましょう。なぜ犯人は、被害者が花を握ったことを知ったにも関わらず、それを丸ごと捨てずに、折って茎だけを残したのでしょうな」

「そこが何とも不可解なんですよね」

 相槌に気を良くしたのか、社長は多弁になる。

「犯人は被害者が残そうとしたものなら、全て隠蔽しようと動くはず。なのに茎だけを残すのはあまりにもおかしい。と言うことは、ですよ。やはり花を折ったのも、茎だけを握らせたのも、全て犯人の仕業と言うことになりますな」

「うーむ……一抹の不安はありますが……。被害者が花の茎だけを敢えて残した理由が思いつかない限り、全てが偽装の線で考えを進めてもいいでしょうね」

 父が仕方ないといった体で賛同した。

 全部が偽装……。ねこ助さんが凶弾に倒れた後で、プリザーブドフラワーを一輪取って折ったのも、その茎だけを被害者に握らせたのも、全て犯人がやったこと、という意見。わたしは混乱しそうになる話に何とか食らいついていく。

「でも、変ですよね。今の話だと、偽のダイイング・メッセージということになるのでしょう? 犯人が偽装して茎を握らせたとして、私達がその茎を見て犯人の名前を思い付かない時点で、その偽装は失敗していると思いませんか?」

 母が会話に加わった。もっともな疑問だ。

「花弁をうっかり素手で触ったのかもしれませんな。指紋を気にした犯人は、念を入れて、花の部分を折って捨てた」

「おいおい、そんだったら折る必要がどこにあるんだ? 社長さん自身言ってたろ、そのまま全部捨てりゃあいいじゃねぇか」

 兄の端的な指摘に、馬場社長は反論できず困惑顔を見せるのみだった。

「藍色の花の茎だけを残すことで、何を伝えたかったか……ですか」

 神藤女医が独り言のように呟くのを横目に、馬場社長は小気味よい口調で打診する。

「犯人が茎だけを残した思惑は、一旦考えるのをやめませんか。それよりも私は折られた花に注目することによって、ここまでの話し合いの結果、容疑者を減らすことが出来ると思うんですがね。皆さんもお気づきでしょうが、絶対に犯人ではない人物が一人いますな」

 馬場社長は満面の笑みで、一同を窺った。

「おや、どなたも気付きませんかな。では僭越ながら、私からその人物の名前を言いましょう。――我が息子、馬場藍染は容疑者から除外できます」

 ホールがしばらくの間静まった。

 馬場社長の言うことは、わたしにもたぶん理解できた。犯人が被害者に藍色の花を握らせたのだから、偽装工作の的となった藍染さんは犯人ではない。社長はそう言いたいはずだ。

 わたしとしては、真っ先に藍染さんが犯人候補から外れるなら嬉しい。

 ……でも。

「……いや待てって、被害者が最後の余力を振り絞って花を握ったって話はどこに消えちまったんだよ。もしそうだったら、真相は真逆で、藍染さんこそが怪しいじゃねーか!」

 兄の抗議に対して、すぐに藍染さんが口を開いた。

「話が長引いて分かりにくかったんだろうね。僕から改めて説明をしましょう。

 まずは被害者によって茎だけが残ったパターン①です。状況から、犯人は被害者が花を手にしたことを知りました。だとしたら犯人は、それを手から抜き取り、折る必要もなく、必ず茎ごと処分したはずです。万が一、被害者の意図が茎の方にあったとしたら大変ですからね。つまりこのパターン①は矛盾していて、茎だけが被害者の手に残っている状況は、有り得ないんですよ。

 一方、犯人によって茎だけが残ったパターン②です。こちらは単純明快で、僕達が思い付かないだけで、犯人にとっては意味のある偽の手掛かりだった可能性があります。その真意さえ分かれば、解決に近づけそうなんですけどね。

 したがって、パターン②しか可能性がない以上、藍色の花を握らせたのは間違いなく犯人であり、偽の手掛かりによって標的とされた僕は、犯人候補から除外されるわけです。自分で自分の首を絞める犯人なんていませんからね」

 以上です、と藍染さんは締め括った。

 藍染さんの言葉だから、納得したい。それなのに、なぜだか分からないけれど、何かが腑に落ちない感じがする。

 それは兄も感じたようで、がしがしと頭を掻きながら、

「……あーくそぅ! 頭で考えても上手くまとまらねぇ、けどよ。やっぱり納得出来ねぇよ。藍染さんを犯人にしたいんなら、それこそ折る必要なんてない、そのまま一輪を握らせておけばいいんじゃねぇのか?」

「だからそれは指紋を付着させてしまったなど、犯人にとって不測の事態に対処したためであってだな――」

 馬場社長が言い終わる前に、兄は言葉をかぶせる。

「おふくろが贈ったそれは花束で、現場にはそのまま花籠に入って残ってたんだろ? 不手際があったってんなら、最初のは処分して、もう一輪抜き取って使えばいい話じゃねーか」

 兄の意見はわたしが考えあぐねていたことだった。兄の言う通りだ。偽装の為の替えは、現場にいくらでも同じものがあったのだから、茎だけを残す理由がない。それに花籠はねこ助さんの右手のすぐ傍にあって、見過ごすはずもないのだ。

 偶には良いこと言うじゃない、と心の中でわたしは兄を褒める。

 他の人も各自で考えを纏め、まばらに頷いている様子だった。

「藍染君を容疑者から除くのは、時期尚早のようですね」

 話し合いの場を静観していた父が結論を下した。

「まぁ、皆さんがそういうなら仕方ないでしょう。けれど先ほども説明した通り、偽の手掛かりであることは間違いないと思いますよ」

 藍染さんはそう言い残して引き下がった。

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