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問題編 file.5

 それからのことは断片的な記憶でしか残っていない。

 再び嘔吐したわたしを藍染さんが背負って、別荘まで運んでくれたのだと思う。

 親族達にねこ助さんの凶報を伝えると、二艘の手漕ぎボートを駆使して皆が小島に行き、神藤女医を中心にねこ助さんの絶命等を確認したらしい。別荘に帰ってきた母達は警察に連絡を入れた後、二手に分かれて島内を探索したようだった。しかし元々広くはない島だ。ものの二十分で怪しい人間は潜んでいないと見切りをつけ、別荘に戻ってきていた。

 尚、その間のわたしは悲嘆にむせび泣き、母が寄り添い見守っていてくれた。


 思うところがあるのだろう。全員が所用を澄ませた後で、部屋には戻らず自然とホールに集まっていた。席が足りない分は両親が談話室から椅子を運んできて、各自が適当に円を描くように腰を下ろした。

 八人いる空間には静寂が漂っている。口を閉ざしながらも、誰かの目線は時折、誰かを盗み見ていた。父を含めスマホを触っている人達は、会社か家族かに何かしらの連絡を入れているのだろう。この場で娯楽に興じられる人間は犯人以外いるはずがない。

 わたしはすでに泣き止んでいた。代わりに、若くして命を奪わされたねこ助さんを殺した犯人に対する怒りが、心の奥底から沸々と湧き上がっていた。誰がねこ助さんをあんな目に。絶対に許せない……。

 長い時間が過ぎたように思えたけれど、皆がホールに集まってから、せいぜい五分程度だっただろうか。馬場社長が話を切り出した。

「さてと、県警の船が来るまでは待機をするように申し付けられましたが……。私を始め、皆さんの振舞いからも察せられるように、貝の如く黙って待とうという人はおられないようですな」

「何千人が暮らす島の赤の他人ならともかく、我々の所有する島で、それも親戚が殺されたんです。彼女のためと言えば偽善に聞こえるかもしれませんが、話し合うことで得られた結論が弔いになるのではないでしょうか」

「私も賛成です。子供達もいる中で、早めに気を休められる状態にすることが理想ですから」

 言い様は違っても、言外にこの中の誰かが犯人だと示唆する口調だった。他の人達も反対意見はないらしく、神妙な表情で話が進むのを待っていた。

「決まりですな。しかしながら、この話し合いでは冷酷無情な言葉が飛び交うこともあるでしょう。話し合う以前に、適していない子供には部屋に戻っていてもらった方が良いでしょうな」

 馬場社長は露骨にわたしを見つめながら言った。

 冗談じゃない。こんな状況下で、一人除け者にされて部屋で待機しているなんて、辛抱出来るわけがない。

「わたしも参加させて下さい。ねこ助さんがなぜ死ななければいけなかったのか、知りたいんです……! どうかお願いします……ッ!」

「しかしですなあ、これは遊びではなく……」

 わたしが余程の剣幕で訴えたからだろうか、社長は言葉尻を濁して父に確認を取るように視線を向けた。

「瑞姫、今から何が話し合われるのかを、ちゃんと理解しているのか?」

「理解してるわ。多分……けれどわたしは……私は、真実が知りたいの」

 父は煮え切らない表情を見せた後、母に一度アイコンタクトを取ってから、わたしに向き直った。

「分かった。でも体調が悪いと思ったら、すぐにお父さんかお母さんに言うんだよ。約束出来るかい?」

「約束するわ」

「……鎌三さん、ご覧の通り瑞姫の思いは堅いようです。私も娘の意思を尊重してあげたい。話し合いの場に居させても宜しいでしょうか」

 父の手前、馬場社長も強くは出れないようで、

「……万一、心に一生残る傷を負っても知りませんぞ……」そう念を押してから、いいでしょう、と漸く承諾を得ることに成功したのだった。

 馬場社長は仕切り直しという表情で一同を見渡すと、

「それでは話を始めるとしましょう。私が思うに、長くはなりますまい」

 そんな意味深な言葉で話し合いは始まったのだった。

「この島には部外者はいねぇ。犯人はここにいる誰かだ。誰だ、誰が姉貴を殺したんだよ」

 ねこ助さんはわたしにも兄にも、平等に優しかった。藪から棒に発言した兄も、心の裡にねこ助さんを殺された憤りがあったようで、敵意を剥き出しに内部犯だと断定して問うた。

 しかし、

「ほう、誤魔化すのか。潔く白状した方が身の為だと私は思うがね」

 馬場社長には結論が出ているらしく、兄に何かを求める言い回しだ。

「どういう意味だよ?」

 自ずと楯突く兄に、社長は明々白々とばかりに説明する。

「被害者の持っていた『茎』はともかく、現場に落ちていたS&Wとかいう拳銃は、君がトランクに隠し持っていた私物なのだろう? だったら話は早いではないか」

 わたしは犯行現場についてほとんど知らない。ただ、あのとき目撃したねこ助さんの胸部を貫いたモノは、話を聞く限り拳銃の弾だったのだろう。そしてその拳銃は、どうやら兄の物らしい。

「俺が姉貴を殺すわけないだろ!」

「人殺しは皆、口を揃えてそう言うのだよ」

「ちげぇ……俺じゃねぇよ! あのリボルバーは、盗まれたんだ。荷物のトランクの底に隠しておいたはずなのに、いつの間にか無くなってたんだよ!」

「はん、どんな言い訳をするかと思えば、盗まれたなど」

「――馬場さん、少し私の息子の言い分を聞いてみてはくれませんか。それによって、彼が嘘を付いているかどうかを見極めましょう」

 父が取りなすように、進言した。

 馬場社長も彼の言葉を蔑ろにするわけにもいかず、しぶしぶ黙って兄を睨んでいた。

 兄は少し考える時間を置いてから話し始めた。

「あの銃――スミス・アンド・ウェッソンのM……モデル・ナンバーまでは忘れちまった。とにかくあれは、ねこ助さんに貰った物なんだ。元は定年退職した海外の警察官から流れてきたらしいけど、詳しいことは知らねぇ。中学時代からFPSゲームに熱中しててさ、俺。エアガンやモデルガンも買い集めたんだけど物足りなくて、家族でグアムに行ったときに、駄々をこねて父に野外射撃場まで連れてってもらったんだ。そしたら尚更欲しくなっちまって……。そんなときに一年前、この島の滞在中に、ねこ助さんから取引を持ち掛けられたんだよ。この銃を渡す代わりに、俺の漫画の権利を全て譲渡して欲しい、ってさ。俺はそのとき、欲望に勝てなかったんだ」

 グアムに旅行したときに、やたら五月蠅い射撃場に寄ったことは覚えてる。わたしは怖くて泣いてしまったから、母と一緒に他の観光巡りをしていたと思う。

 ねこ助さんに貰ったという銃のことは父も母も初耳らしくて、目を丸くしていた。父が率先して問う。

「青磁が銃を手に入れた経緯は分かった。それで、取引の漫画というのはいったい何なんだ?」

「俺が描いて漫画アプリに投稿してたやつだよ。画力は素人同然で、趣味の、それも長くは続かなくて途中で飽きて放っておいたモノだけどさ。それでもそこそこのフォロワー数はいたから、去年の滞在中に久しぶりにどうなったかエゴサしてたら、その場面をねこ助さんに見られちまって、しかも彼女が偶然フォロワーの一人で、……っていう何とも出来すぎた話だよ。まあ、その漫画の改訂版が、今じゃ人気連載物になってるんだから、世の中何が起こるか分かんねぇって思ったよ。けど、それも今回で打ち切りなんだろうな……」

 兄は肩を落として、後悔しているように唇を噛んでいた。

 話を聞いた面々から、何とも言えない溜息が出る。

「青磁君の言い分は最もそうだがねぇ」馬場社長は煮え切らない態度で、「今の話じゃあ彼がやってない証拠には全くならんのだよ」

「なら、うちの子が人を殺した証拠はあるんですか? 盗まれたと言ってるんです。だったら、ここにいる人達は皆、同じ立場なのではないんですか!?」

「ううむ……」

母の激しい剣幕に、馬場社長は押し黙るしかなかった。

「それに状況から言えば、あなたの息子さんの方がっ――」

「少しいいでしょうか」

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