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魔王子様の恋文  作者: イガリム・ブリガント・ヴァサント
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運命の王子様、テルバ殿下へ。あなたに会いたくて仕方ないジョールジャーより

お手紙、拝読しました。受け取って殿下からの手紙だと分かったとき、本当に本当に嬉しくて、すぐにでもお返事を書きたかったのですが手が震えてしまって書けずじまい。今これを書いているのは、お手紙の届いた日から2日も経ってからです。今でも殿下のお手紙を読み返すたびに、胸がドキドキしてたまりません。私をこんなにして、殿下は本当に悪いお方です。目の前にいたなら責め立てて、その罰として片時も離れず、手を繋いで共に歩きたいくらいです。


殿下。殿下と私の出会いは、確かに殿下がおっしゃる通り、喜ばしいものではありませんでした。私もイスガリアの戦場に招集されたとき、ものも分からない子供でした。まだ13歳。私はまだ、周りのシスターや教導者さまの言いなりで、あそこにいたという事実そのものに私の意思はどこにもありませんでした。

そして、聖女として恥ずべきことですが、あの時の私は明日の希望も何も持てずに、ただ死んでいないから生きているだけの無気力な娘でした。聖王国が私に求めたのは心身の清らかさと聖霊の加護に裏打ちされた奇跡の力だけ。鳥籠の中の小鳥のように、確かに恵まれてはいたのでしょうが、その自由の全てを奪われて聖王国の統治の材料にされているに過ぎませんでした。ときおり食事に混じる毒で苦しむたび、いっそ命など終わってしまって構わないと思っていたのを思い出します。


イスガリアの地であの赤い霧に包まれ、聖王国の軍はたちまち総崩れになり逃げ出しました。作物の不作の中強行された遠征で、ただでさえ士気が低かった兵たちは、あの不気味な天変地異の前にことごとく逃げ出し、私の乗った馬車も馬が言う事を聞かなくなってめちゃめちゃに走り出しました。御者も振り落とされ、私は1時間ほどもあちらこちらへ馬車の中でもみくちゃにされ続けたのです。


やっと馬が疲れて止まり、私は恐る恐る外へ出ました。聖都の軍も、招集された義勇兵すらも誰もいなくなっていて、そうしてイスガリアの平原に住まう魔獣たちが、赤い霧で正気をなくして襲いかかってきました。


その時だったのです。私と殿下が出会ったのは。殿下は私を敵だと知らぬまま、魔獣たちを蹴散らしてくれました。殿下の連れていた小隊のひとりが、私が聖王国の人間であることに気が付いて、お互いに不信で動けなくなったあの瞬間を覚えています。


殿下のお顔をはじめて見たとき、私は殿下の右の目、ドラゴンの目とも呼ばれる竜晴(りゅうせい)を、怖ろしいと感じました。けれど殿下、あの時のことを覚えてらっしゃいますか。私が怖がっていることを察すると、殿下は自分の鎧についた王家の紋章をちぎり取って、即席の眼帯をつくり右目を隠してくれたのです。今ならはっきりと分かります。殿下はもともと、人を怖がらせ、じわじわといたぶって喜ぶような、おとぎ話に出てくるような悪い魔族ではなかったのです。殿下のお言葉を借りるなら、お互いに確かにヒトだったのです。


殿下の率いる小隊は、気丈に振る舞ってこそいましたが、ここで朽ち果てるのかも知れないと、そんな不安と共にありました。殿下はあの時からずっと変わらず、嘘が下手です。不安に顔が青ざめるし瞳が揺れます。嬉しければどんなに取り繕ってもそれが滲み出てきてしまいます。なんだか悪く言っているように見えるでしょうか。いいえ。私は殿下のそういうところが一番好きなのです。嘘が上手な人など、私は好きでも何でもありません。聖導院の教導者たちの欺瞞も、たくさんの人を救けるためには良いでしょう。けれど毎日毎日挨拶のように聞かされてはいい加減嫌になってしまいます。


あの赤い霧の中、本国へ帰れないかも知れないという恐れと諦めに蝕まれた殿下の心を放っておけませんでした。あの日の出来そこなったようなまじない歌を覚えていてくれて、嬉しいのか恥ずかしいのか分かりません。少なくとも、いくぶんか殿下の心の支えになったならば、それほど良いことはありません。


そうして襲い来る魔獣を懸命に押し返す殿下の背を見つめながら、聖都で聞かされた、魔族滅ぼすべしとの教条は私の心のなかで激しく揺らぎました。こんなにも私を助けてくれるヒトを、聖導院は神の敵であると憎む。その矛盾を目の当たりにして、私は生まれてはじめて、自分自身の考えのようなものを持ちました。本当に魔族が敵であるかどうか。この霧から生きて出られたならば、私は自分の目でそれを確かめたい、と。


あっ、書きながら思い出しました。殿下。このときもう、殿下は、王族には命に代えても果たすべき使命があると言っていたのですよ。次々押し寄せる魔獣に対して、貴方が余りにも無理無体な戦い方をするものだから、たまらなくなって声をかけると、貴方はそんなことを当然のように言いました。私はどうしてもそれが嫌だった。貴方が国のために自分の命を捨てることが、どうしても受け入れられなかったんです。


……白状しましょう。私もあの時もう、貴方のことが特別だったのです。戦争の、聖王国1千万人の行く末よりも、貴方があそこで命を投げ捨てるかどうかのほうが重大事だったのです。聖女の身の上でなんと不埒なことを!今あの時のことを、ひとつの思い出として振り返ることができるのは、ひとえに、テルバ殿下、貴方が聖王国と魔王国の和平実現のために奔走してくれたからです。


私もそのためなら力を惜しまないつもりでしたが、力及ばず、全ての過程をディオニシアス大教導師さまに頼ることになってしまいました。ディオニシアス猊下の髪を奪ったのは殿下だけではないのですよ。私も同罪です。だから気に病まないでくださいね。


あの開戦前にうやむやになってしまったイスガリアの戦いのあと、聖王国は国を立て直すことで精一杯でした。作物の不作は相変わらず続き、地方での反乱も一度や二度ではありませんでした。


そんな中、魔王国のマガナ・ヴァサント国王陛下より、聖王国に和平を結ぶ打診がありました。互いに不可侵の約定を結ぶかわりに、天候不順に強い赤麦の種をくださると。逼迫した聖王国のパン窯事情ゆえ、反対する教導者たちを押し切って私たちは国境近くのスプルスの山麓の街で話し合いの場を持つことができました。


ああ、テルバ殿下。私も殿下と全く同じです。私は聖女として民に仕える身でありながら、殿下がもしや来てくれるのではないかと、それを心から願っていました。イスガリアでただ一度きり会っただけの貴方に、会いたい気持ちでいっぱいだったのは私もなのです。


そうして、スプルスの街で願いはかなったのです。貴方は今度は右目の竜晴を隠すこともなく、私を見つけてくださいました。私は我を忘れそうでした。ディオニシアス猊下はそれを見て大層心配したとのことですが、今となっては笑い話ですね。


スプルスの街での交渉。私は列席しながら、どうか互いの国が、仲良くなくとも互いを滅ぼし合うことのないようにと願っていました。あとで聞いた話ですが、国同士の話し合いの場では最初から落としどころが決まっていることも少なくないのだとか。聖王国と魔王国の交渉は、はじめから落としどころが定まっている話し合いだったそうですね。互いの種族の暮らす地域に重なり合う部分は少なく、スプルス山の峰を国境に互いの内政には口を出さず、スプルスの隣町ブリガントは、聖王国の法で治めながら魔族と人間、2つの種族が同時に住まうことができるという条件で私たちは妥結にこぎつけました。


そうして、まだ私は知りませんでした。一部の教導者たちがどれだけ魔族を滅ぼしたがっているかを。

交渉のあとの晩餐会、南方魚の肝から取り出した毒が私に盛られました。感覚が痺れて鈍くなりました。同時に魔王国の王族であるテルバ殿下にも同じ毒が盛られ、毒物に慣れる訓練をされなかった殿下は強く毒に侵され、呼吸が出来なくなって倒れました。


私はその時完全に冷静さを失って、止めるシスターたちを振りほどいて殿下に魔法をかけました。万にひとつ毒殺を企む者がいたときに使うよう言われていた毒消しも、貴方に使いましたね。確かに叱られても文句は言えません。とはいえ、今でも後悔はしていませんよ。あの時貴方は、「王族なぞ命を狙われて当然。自分のことは見捨てていい」とまで言いました。その時どれだけ悲しかったか。本当に約束してください。自分の命を諦めることはもうしないでください。いくら貴方の兄上に王位の継承が決まっているとはいえ、貴方のことを愛する人にとっての、それは侮辱に等しいのです。私にとっても、それに、貴方のお母様のミホ様にとっても。


覚えているかどうか私には分かりかねますが、あの夜、殿下は私と少し話したのです。殿下のお母様が魔族ではなかったために、王家に仕える様々な身分の者から軽んじられたこと。仮にも第二の妃として迎えられたお母様もしばしば冷遇されていたこと。

聞きながら胸が張り裂ける思いでした。あまりにもたくさんの人の軽蔑に遭いながら、殿下は決して優しさを失ってはいませんでした。意識が遠のくたびに、私の名を呼んで、毒にあたらなかったか聞くのです。毒は神経毒だから肺だけは魔法で動かせ。一晩乗り切れば何とかなる。と、うわ言のように繰り返すのです。


私は泣きながら、殿下も毒を盛られたのです、と訴えました。ところが貴方ときたら!俺のことが気に食わない奴はごまんといるのだから構うな。だなんて!私のことなんかお構いなしなのです。だから貴方の目が覚めたあと、私は貴方にきつく言いました。王族だからと言って自分の命を投げ捨ててはいけないと。貴方からの手紙を読んで、それを忘れていない事が分かってとても安心しました。


私も毒へ慣らされていたとはいえ、聖都までの長い道のりを耐えるには体力の回復を待つ必要がありました。それと、これも白状しようと思います。スプルスにとどまるであろうテルバ殿下と、もう一度会いたかったのです。果たしてそれは叶いました。スプルスの真ん中にある甘露の大井戸に、殿下も来てくれました。もっとも、険しい山の麓にあるスプルスの街の中で見どころは限られますから、それを見越して私が待っていたというのはある意味で本当です。


現れた貴方はやっぱり、気取ったところのない素朴な男性で、そうしてやっぱり優しい方でした。大井戸の縁に腰掛けながら、語らったあのひと時。私にとってはいつまでも宝物です。民のためを思いながら私の話にも真剣に耳を傾けてくださいました。教導者たちの何千という建前より、貴方がただ聞いてくれることと、深く共感してくれる事がどれほどありがたかったか。


そうして、スプルス山の太陽の百合の話もしました。太陽の光を感じて、夏至に一斉に咲き始める、私の一度好きな花。そうしたら、なんということでしょう。貴方は、その太陽の百合の黄金色(こがねいろ)は、君によく似合うだろう、なんて!今思い出しても……なんと言っていいか分かりません。じっとしていられない心持ちです。机の下で足がじたばたしてしまうくらいです。


私は、あの時心配のあまり倒れたディオニシアス猊下には申し訳ないのですが、その言葉が嬉しくて恍惚としてしまいました。シスター達からもたいそう怒られました……でもシスターの皆さんも、人の事は言えないことがたくさんあったのですよ。それは今度、お会いしたとき話しましょう。


南方の港町コルデンの素敵な別荘のこと、この度猊下にお伝えしておきました。あと、殿下のお名前で麦飴※¹も猊下に夏ごとに送ってくださっているそうで。猊下は麦飴を溶かした甕ワイン※²がお好きで、土曜の晩※³には欠かせないのだそうです。殿下の謝意は、殿下への素っ気ない態度からはあまり想像がつかないかもしれませんが、確かにディオニシアス様に伝わっていること、私から殿下にお伝えしようと思います。


ああ、もう。こんなに書き進めてから、私は大切なことをまだ知らなかったようですよ?殿下、ブリガント山嶺領の大公として、この度領主に封ぜられることになったこと。心より祝意を表します。たった今、そのお知らせを受け取りました。前領主のユージェニオ・ブリガント公は子供に恵まれませんでしたので、後継者が出来たことを喜んでくださるでしょう。何より、ブリガントの人魔不別の理念※⁴はユージェニオ公が終生の責務として自らに課されたもの。相談役としてこれほど頼もしい方は他におられません。きっと、ブリガントは良い街になります。殿下がそこを治める限り、ずっと。


そして、私も随分長々と書いてしまいましたが、殿下のご提案に答えを差し上げようと思います。


是非に、私とともにスプルスへ参りましょう。殿下と2人であの野を歩けるなら、それに勝る喜びはありません。

そして私の、あと1年の聖女の任が終わったならば、共に手を携えて、その先を生きていきましょう。わがままというのなら、私も多分にわがままな女です。同じわがままなら、2人で通してしまいましょう。私達2人なら、かなわぬ夢はないと、そう信じます。


ただの女になる日を夢見る、あなたに会いたくて仕方がないジョールジャーより。


追伸:ウスバネドリの木工、ネジを巻いてみました。羽ばたきといいさえずる声といい、本物そっくりです。素敵なからくりでした。殿下らしいです。心臓部のゼンマイに私の名前が刻んであるのもちゃんと気が付きましたよ。私からはブリガント山嶺領の領主拝命を祝して、ブリガント天球※⁵を贈らせてください。季節ごとの空をすべて見られる優れものです。ブリガントの夜空を、いつか2人で見る約束の代わりです。私が聖女の任を終える日まで、長くお待たせしてしまいますが、きっと、共に生きられる日が来ると信じていてください。

※¹麦飴。魔王国の甘味料であり特産品。赤麦を吸水させ発芽させたものを、薬研で熱が生じないようすり潰してぬるま湯に溶かし、濾過したあと、圧力を下げる機構を持つ特集な釜で、沸点を下げて煮詰めては冷やすことを繰り返して作られる。水飴の一種だが赤麦由来の甘い香りが飲み物への添加にも菓子作りにも好まれ、水飴の2倍程度の値段になることが一般的。上等なものは魔王国の外貨獲得のための戦略物質でもある。


※²かめワイン。ワインに薬草を漬けたり香辛料を加えて甕で数日寝かせ、薬酒として用いるもの。麦飴の甕ワインは甘みをつけただけのワインであるため、厳密にはこの定義に当てはまらないものの、抗疲労作用があるとディオニシアス大教導師が各所で公言したため、例外として甕ワインとして数えられている。


※³ウィークエンド・ディナーとも。日曜日は聖導院の繁忙期となるため、聖職者は土曜の晩に明日への活力として少し良いものを食べたり飲んだりする風習がある。ディオニシアス大教導師は殊更、スイーツやワインを好むことで知られる。


※⁴じんまふべつ。人間と魔族とをヒトとして見なし、原則として同じ法の下で同じ街に暮らすとする考え方のこと。古くは皇帝アーレアス・ ヨネスの法問答に原型を見ることができる。実現はユージェニオ・ブリガント公爵とテルバ・ヴァサント大公、大公妃のジョールジャーの3人により成された。


※⁵山の上で天体を研究していた実績をもとに、ブリガントの知識と聖都の技術力の結晶で生まれた高精度の天球。夜天の星座ほぼすべてを網羅し、季節ごとの星座早見盤の機能もついているのが大きな特長。

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