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戦う聖女さま  作者: 有栖 多于佳


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エピソード4 嘲笑の聖王妃 その3

クラリスを粗雑に扱う夫のアレンだったが、宮廷医の指示した日にはやって来ては同じように繰り返し、三ヶ月後には妊娠し、翌年22才で男児を産んだ。


その子は直ぐ様ハーパー公爵家に引き取られたのだが、その引き取りにやって来たのはクラリスの存在なぞ気にも止めてないと思っていた、父公爵であった。


「クラリス、良くやってくれた。ありがとう、この子は私が跡取りとして大切に養育するから安心して欲しい」


父は金髪碧眼で見目が整っており、クラリスにそっくりだった。


元王女の公爵夫人である母より、むしろ従兄弟である父の方が国王陛下に似ていたので、国王とクラリスも良く似て自身に王家の血が色濃く流れていることを感じさせた。


「この子が跡取りですか?」

クラリスは驚いて聞き返すと、父は人払いをして声を潜めて答えた。

「ああ、私の子はお前だけだったからお前の子が継ぐのが順当であろう、もう邪魔はさせない」

「邪魔とは?」

「いや、聖巫女であり王太子妃である娘の子が公爵家を継ぐと婚姻契約書にも取り交わしてあるから問題ない。お前は身体を大切に休めなさい」


そう言うと父公爵は子を連れて帰って行ったのだが、王太子妃の化粧費としてハーパー公爵家からの寄付が増額されると共に、離宮のスタッフ派遣もなされ、クラリスの生活環境は大幅に改善されていった。


クラリスが本調子に戻った頃には、教育係も派遣されて遅ればせながら王子妃教育をするようになった。

修道院でも一般的な淑女教育は受けていたし、宗教学や聖女に纏わる歴史、信者救済などの福祉問題などは元々学んでいたので、思いの外順調に進んでいった。


しかし、学んでいるとは言え、元々王太子妃としての職務は側妃が一手に担っていたし、長く俗世と離れていてノースランド王国内で知人の居ないクラリスが社交や外交を行うことも難しいだろう判断されて任されることは無かった。


聖教会への慰問や魔力の寄付、孤児院や治療院での治療などは、北方聖教会からクラリスに直接依頼が来るので王太子妃としてと言うよりは、聖巫女としてクラリスが粛々と行っていた。


23歳の時に又しても男児を産みハーパー公爵家へと養子に出した後、25歳で待望の女児を産んだ。

すると、今までとは打って変わって王家から国民に対して、聖巫女である王太子妃によるノースランド王家の王女誕生を大陸中に公式発表した。


あの、宮廷医から指示された日にやって来て、ちゃっちゃっと何かあって言葉もかけずに出ていくだけの王太子アレン()が、珍しく満面の笑みで乳母の抱いた王女の顔を見つめた後、

「でかしたぞ、私への献身的な貢献を高く評価しよう」

鼻の穴を膨らめ傲慢な口調で高らかに謳った。


クラリスはいつもの夜伽のように、目を閉じて

「はい」

と小さい声で答えたのだった。


半年後、王宮では王女誕生を祝う夜会が大々的に開かれた。

いつもは側妃を伴って出席する王太子も、この日ばかりはクラリスのエスコートをした。


広間に集う王国中の貴族の夫人たちは、

「あの修道女の無様な歩みを見て笑わない自信がありませんわ」

「デビュタントすらしていないのでしょう?エスコートだけしてファーストダンスは側妃様とされるなら殿下もお人が悪い」

「王太子妃様って、鶏ガラのように貧相なのでしょう?コルセットが落ちてしまうほど痩せているとか」

「まあ、お可哀想に」

そんな意地悪な噂を大きい声で囀ずった。


彼女たちにそうさせたのは、自分の地位を脅かされたくないと考えた元侯爵令嬢の側妃のようだったが、クラリスの拙いドレスでの歩みを見たものは王妃か元王女の公爵夫人の義母か、王宮の者たちで、ノースランド王家がクラリスを王太子妃としても聖巫女としても敬っていないのは、誰の目にも明らかだった。


入場のファンファーレが響き渡ると、王太子にエスコートされたクラリスが優雅な足取りで現れた。


黄金の髪を高く結い上げ、豪華なロイヤルブルーのドレスに、王妃であった曾祖母の形見でハーパー公爵家家宝の大きなダイヤのネックレスを身につけたクラリスは、子供を三人産んだことで婚姻時よりふっくらとして肉感的になり豊かな胸に細いウエストと言う世の男性の理想のようなスタイルの、父公爵に良く似た金髪碧眼で均整のとれた美形であった。


その初めて見る王太子妃の姿に、貴族男性は目を嫌らしく細めて、にやける口をムズムズさせながら見つめ、先程まで大きな声で口さがない噂を囀ずっていた夫人たちは扇であんぐりと開けた口を隠しながら、目を皿のようにしながら粗を探した。


夜会の会場に側妃は顔を出さなかったが、それは先制パンチだと嫌みを言いに控え室に突撃してクラリスに対面した瞬間、己の敗北を察知し逃亡したからだった。


夜会の間中、あの!あの宮廷医に指示された日にやって来てちゃっちゃっとしてあっという間に終えて出ていく男()が、ねっとりとクラリスの身体を視姦し、手や肩や腰を撫でるのにクラリスは鳥肌が立ち悲鳴を上げそうになった。

クラリスの気持ちはさておき、王女の生誕を祝う夜会は大成功を納め、クラリスの評価は一夜にして跳ね上がった。

その1月後、アレンは国王に、クラリスは王妃となったのであった。


だが、それ以来、しつこくクラリスの離宮へと訪ねて来ようとする国王の夫を躱す為、クラリスは王女を連れて北方聖教会の修道院へと逃げ込んだ。


表向きの理由は、光属性の魔力の多い女児にするためには自らの乳で育てる方が可能性が高いと、かつての聖巫女の古い記述を根拠としたのだった。

王家に先んじて光属性の女児を手元に置いておきたい北方聖教会はクラリスの意見を最大限肯定して喜んで受け入れた。


逆に手元に王女を残しておきたいノースランド王家は、何度も兵を向けてクラリスと王女の奪還を謀った。


結局、クラリスは修道院に王女を預けることと引き換えに、王家には王国内の瘴気の浄化の巡礼と魔力の奉納をかなりの割合でクラリスが行うと提案して、前国王に納得させたのだった。


聖女のように瘴気を根こそぎ浄化することは出来ずとも、クラリスでも沼や池、村の井戸くらいなら浄化出来るので飲料水が枯渇しつつあるノースランド王国では喜ばしい話だったし、魔力の提供は諸手を上げて求めて居たものだった。


と言うのも、王族の中で魔力を魔石に込めて奉納できるほど魔力の多い者は、前国王とクラリスだけだったのだ。

前王妃も前国王の側妃たちも数多くいる愛妾たちも、国王となった夫アレンもアレンの側妃も、側妃の産んだ王子たちも、魔力は膨大だと世間向けには言っているが、真実魔力を持っているのかも怪しいものだった。


王家は、秘密裏に金を詰んで魔力の込められている魔石を某貴族家から買っているか、侍女や侍従といった使用人に魔力持ちの者を積極的に雇い入れて王族の代わりに魔力の奉納をさせているのだろう、クラリスはそう睨んでいた。


結局、また質素な木綿の神官服に戻り、浄化と大量の魔力奉納で以前のように痩せ細ってしまったが、流石に王妃が鶏ガラのようでは体裁が悪いと、以前より配慮されて食事が改善されたので、クラリス的には問題ないのであった。


何度も何度も騒いだのは国王であるアレンで、事有る毎に教会にやって来ては面会を求め、帰ってくるように命令したり、怒鳴ったり、喚いたりされて、クラリスもほとほと困った。

その為、本当は聖女召喚の儀が行われる前年に聖教国に向けて出発するはずが、その半年も早く娘を連れて出立したのだった。


タバタの身体の回りを薄い緑の幕のような物が覆って、それが触手のようにクラリスへと伸びてクラリスの額に触れた。


すると、クラリスの身体を同じような碧い幕が覆って光輝き出した。


ーあなたはどうしたいの?

碧い光に包まれたクラリスの脳裏に、黒髪に眼鏡の中年女性が浮かび問いかけてきた。


私はもうアレンと夫婦で居たくない。


ーじゃあ離婚する?というか、ノースランド王国に帰りたい?どっか別の場所で住みたい?何かしたいこととかある?


・・・

クラリスは自己犠牲を刷り込まれてきたので、自分のしたいこと、自分の意見、自分の感情に向き合った事がない。だから、直ぐには思い浮かばない。


ーねえ、国や親の事はどう思っているの?王家について思うことがあるのでしょう?あなたの父公爵も何か含みがありそうじゃない。とりあえず、一番したいあなたの気持ちを教えて欲しいな。


「私の気持ち…。聖女様、私は王妃を辞めたいし、彼と別れたい。あんなのが夫だなんてもう耐えられない」

しばらく口ごもって悩んだら後、クラリスは絞り出すように低い声で言い捨てたのだった。





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