エピソード37 瘴気祓い 前編
白い遥かに広がる果てしない空間。
そこに立つ聖乙女たち、そしてケイト=バルベリト。
彼に向かって真っ直ぐに目を見つめていたタバタが、ゆっくりと歩み始めた。
一歩、一歩。彼へと近づくタバタのオレンジ色の髪も翠の瞳も黒くなり、その顔立ちは涼しげに変化した。
彼女を見つめるケイトの目は、追憶と慈愛を色濃く乗せていて、彼女だけを、タバタではない黒髪の、聖女愛を映していた。
「ケイト、あなたを疑ってしまってごめんなさい。あなたの愛を信じきれなくて、長く長くあなたを独りぼっちにしてしまって、ほんとうにごめんね」
かつて市長として職務に当たってきた精悍な顔つきではなく、初めてケイトに会った時の幼い表情と口調で彼に話しかけ、対面するとその両手をキュッと掴んだ。
「いや、俺が君を一人にしたのがいけなかったんだ。君が孤独を選ぼうとも、それを受け入れなければ良かった。君の不安は君から、君の口から聞けば良かったんだ。
俺たちは二人で一つだっただろう。君の不安は俺の不安だった。君が不安に飲み込まれ絶望に苛まれて連れ去られたのは、偏に俺が君を守れなかったから。
君さえいれば、君だけしか俺には必要なかったのに。元より君しか居ない世界で生きていたのに。
ごめん、アイ、いやメグミ。君の名もキチンとわかって無かったね。ずっと二人で居たのに。
君を知る時間なぞいくらでもあったのに。寂しい思いをさせてしまった。もう離れない」
ケイトは繋いだ手を持ち上げて、その指先に口付けを落とした。
そして愛の目を覗き込むと、少し微笑みかけて指をほどき大きく手を広げて、ゆっくりと抱き締めたのだった。
「長く、本当に長い間、あなたを一人こんな場所に縛り付けてしまってごめんなさい。あなたのことを忘れて向こうの世界で呑気に暮らしちゃってごめんなさい」
愛がハラハラと涙を溢し、彼の胸に顔を擦り付けて謝った。
「でも、もう一人にさせない。永遠に二人で溶けて混ざりあって離れられないように一つになろう」
そして、ギュッと強く強く腕に力を込めて彼を抱き締めたのだった。
「お待ちくださいませ、聖女様」
そこに空気のように佇んでいたクラリスが声をかけた。
「先程、そちらの初代教皇様に見せられた映像で、お二人がこの世を人が住めるように整えた方々であると言うことはわかりました。そして、悲しい行き違いでその仲が裂かれたことも。
教皇様が聖女様の到来を、永久の時を待っておられたことも理解しております。
ですが、それでお二人が再会して、めでたしめでたしではないのです。
わたくしたちの日常は続き、この世界はこの時も問題が累積しているのです。
どうぞその解決を、解決法を、御慈悲を我らへお与えください」
その声は懇願と言うのに等しく、聖教と言う信心が揺らいだ今、このまま捨て置かれては堪らないと言う気持ちが見て取れた。
「うむ。この世をどうにかするのは生きている者の役目だ。お前たちは今まで通り、各々の国で好きに生きよ。聖教会も別に解散しても構わない。この地を、愛を連れ戻す為の、俺の魔方陣を護る手段に過ぎなかったのだから」
ケイトがけんもほろろに言い捨てるが、そこにメグミが割って入って、
「いいえ、このままでこの世を去ることは出来ません。あなたたちの望みを叶えて、そうねえ、最低でも瘴気を祓ってから消えるとしましょう」
そう返答を返してくれたので、クラリスと他の聖巫女たちもホッと息を吐いた。
「ありがたく存じます、聖女様。聖女様に伺いたいこともございますが、先ず、タバタはどうなるのでしょうか。今、その身は聖女の器たるタバタだと思うのですが、彼女の意識は、魂はあるのでしょうか」
メグミの話に安堵したアーディルが更に問いかけた。
「あ!ええ、この身はタバタの物だもの返さなければね」
急に身をケイトから離すと、その身をオレンジの光が包んで、オレンジの髪のタバタが姿を表し、その身が二つになった。
「え?どういうこと?タバタ?聞こえる?」
マルシアがタバタに近づいて肩を揺すって問いかけた。
「ああ、ええと、マルシア?大丈夫だよ。メグ様?これはどう言うことですか?」
ハッと意識を戻したタバタがマルシアに返事をした後、黒髪黒目の、意識の中で見知った姿よりは随分若いメグミに問うた。
「タバタ、すぐに意識を解放しなくてごめんね。
ここは生と死の狭間、もしくは夢と現の境目、鏡の中と外、この世とあの世の間、黄泉と現世の隙間、時の流れの中洲、そんな場所なの。
ケイトが創り出した場所、と言うか抉じ開けた場所ね。ここから彼はこちらとあちらを見ていて、時々誰かの夢枕に立ったりしてね、それをあなたたちは天啓と呼んだわね。
この場所では肉体は朽ちることは無く、必要とすらしない。魂だけの私は意識すれば実体を持てるし、タバタと二身に分かれることが出来る。
さあ、ではこの場であなたたちの願いを叶えて、あなたたちを自由にしましょう。各々家に待つ人が居るのだから長居は無用ね」
そして、メグミとケイトは並び立って目の前の聖巫女五人と対峙したのだった。
クラリスの望みは、ノースランド王国を再生する術を得ること。またこの世界が安定すること。それには聖教会の存在は必要だと告げた。勿論、教会の腐敗を取り除き、改革をしなければならないけれど。
この願いは、概ねマルシアもアーディルも同じであった。
アーディルは、スタンピートによって破壊された国の再建も願い出たのだけれど、それには魔法は授けられたけれど、聖女が手出しすることは断られた。聖女が楽チンお助けグッズ化するのはこの世界にとって良くないから。
メグミは、聖教国の学びの塔に残っている神官たちに時の狭間から呼び掛けをして、聖教会の再建を誓わせた。その中にいた大神官を教皇に任じて、悪き者を処罰するように命じた。
この天啓を受けた者たちはみな信心深く良心の持ち主ばかりだったので、その意向に素直に従い、聖巫女たちと共に自らの手で、聖教国とその周辺国を今後建て直していくのであった。
さて大方の願いは叶えたのだが、ペトラの願い、全ての魔力と引き換えに魔物と瘴気を一切合切祓って消し去ることは、他の聖巫女の反発もあって難儀した。
「瘴気を祓うのはかつての聖女もしてきた通り、当然出来る。だが、この世の魔力と引き換えに瘴気も魔物も全て祓うとなると話は変わる。お前、瘴気とは何だと思っている?」
メグミの戸惑いに、当然後ろで腕組み彼氏面で見ていたケイトが口を挟んだ。
「瘴気と魔力は別物だ」
ケイトの言葉に、一同はえっと驚いて顔を見つめた。
「魔力を無くすことなぞ造作もない。でも今、この場で魔力が無い世界になってどう生活していくのか。お前、グスタフも言っていただろう、段々と段階を経て魔力の無い世界にしていく方が混乱が少ないと。忘れたのか?」
ケイトは呆れた顔を隠そうともせずにペトラを見た。
「ふん、そんな話、覚えているが。では瘴気とは何だ。なぜ完全に消すことが出来ない?」
ペトラは面白くなさそうな顔でケイトを睨み付けた後、メグミに向き直って質問をしてきた。
「瘴気とは、端的に言えば悪意の気配。人の嫌な感情や悪口などの言葉、邪な心や行動。そんなことから立ち上る悪い熱気のことよ。だから祓っても、この世に人が暮らす限り無くなることは無いの。
かつてこの地を覆っていた瘴気は私が祓った。綺麗さっぱり無くなった。
けれどまた暫くすると溜まるの、澱むの。
初めにこの地に満ちていた、あちらの世界、私が居た世界から、この地に一方的に流れ込んでいた瘴気は、祓って、その後は自分を人柱としたケイトが魔力の蓋となってこれまで塞いでいてくれたけれど、それでも瘴気が満ちて、澱むのは、この地の人から発せられるものなのだもの、完全に消し去るのは無理ね。どうしてもと言うなら、使役魔法で全ての人の悪意を縛る以外に方法は無いわね」
メグミが大きなため息を吐きながらそう言うのだった。
この後、それぞれの断罪の場面へと戻るのです。




