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戦う聖女さま  作者: 有栖 多于佳


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エピソード29 昔語り その3

「ねえ、ケイト君?どうしてここで暮らしてんの?他の人は?」

少女が回りをキョロキョロと見回した後、聞いてきた。


「ここには俺だけだよ。と言うか君の名は?」

そうだ、ここに居るのは俺だけだ、そう気がつくとなんともソワソワして落ち着かない気持ちになりながら、それを隠すように不躾に名を尋ねた。


「うちの名はアイトカイテ、」

「アイトカイテ?アイト=カイテかアイ=トカイテか?」

少女が名を名乗ったが、聞きなれない言葉に言われたまま繰り返すと、目を大きく見開いて固まった。


「何か間違いがあったか?言葉が良く聞き取れなくてすまない。ああ、異世界から俺が呼び寄せてしまったんだな。申し訳ない」

固まってしまった少女が何かに怯えてしまったのかと心配になって謝ると、


「ああ、ええと。いや、名前は違う違う、全然違うんだけど、そうか字がねえ、きっと異世界だからヒエログリフみたいなヤツかもしれないし、わかんないか。じゃあ、アイで良いよアイで」

そう軽い口調で答えた。


「アイ、アイか。どういう意味?」

何気なくそう尋ねると、えっと驚いた後に、綺麗な笑顔で、

「慈しみ可愛がる、とかじゃない?たぶん。そっちは?」

そう言って、笑みを深くした。


ああ、この笑顔は見覚えがある。

かつて、住んでいた村で、本心を隠して了承する時の、又は皮肉な気持ちを圧し殺す時の笑顔だ、と本能的に思い出して、苦い物が込み上げてくる気がした。


「そうか、俺は純粋とかそう言うことじゃないか?」

そうして、俺も同じような自嘲気味な笑顔で返事を返すと、彼女、アイと言う少女はふ~んと何かを感じ取った様子で、目を細め、


「で、こんな地獄の真ん中みたいな所で一人暮らしているケイト君が異世界からうちを呼んだ理由を聞かせてよ」

挑発的な口ぶりでそう言うのだった。



それから俺は、この地獄のような世界で人身御供(ひとばしら)にされている自身の身の上話や我が儘放題に過ごしていた14才までのこと、突然転移魔法でここへと監禁されたこと、逃げることができないこと、ここでの生活とかつての者たちのこと、気がふれ狂いながらも魔法を習得したこと、そして、


「え、あんたを殺す為にうちは異世界なんぞに呼ばれたの!?えええーイヤだよー」

肝心な願いを伝えた所で、悲鳴に近い拒絶の言葉を向けられて、


「大体、あんた殺したとしてうちはどうしたらいいの?あんたはここで死なないように魔法で世話されんでしょうけど、一人残されたうちはどうしたらいいのさ!?はあ?随分自分勝手じゃない?責任取ってよ!」

猛烈な抗議を受けたのだった。


確かにそうだ、異世界からこんな年若い少女を召喚しちゃっといて、自分は死んで終わりだけれど、その後の彼女はどうしてあげればいいのか、急に現実を思い知って顔が青冷めた。


「も、申し訳無い。お、俺が責任を取って、」

「え?結婚してくれんの?」


突然の言葉に目が点になった、何を言ってるんだこの娘は!?と口があわあわと言葉にならない声を発して頭が真っ白にフリーズしてしまった。


「ねえ、だってここに一人でケイト君住んでいるんでしょ?うちは帰れないし、人殺しもしたくないし、ケイト君いないと生活出来ないし、二人でここで暮らすなら、それってもう結婚生活じゃん。別に良いよ、うち彼氏いないし、ケイト君嫌いなタイプの顔じゃないし。異世界転生したら素敵な旦那様が秒で出来るのとかテンプレだし!」


俺が一人で固まっている間にアイがどんどん話を進めていって、


「じゃあ、これからヨロシクね。旦那さま」

そう言って、頬にチュッと音がしたのに気づいて見つめると、目を細めて弧を描いて笑っているアイがそこにいて、独りの世界から抜け出した事実に胸が震え歓喜した。



それからの生活は、今までの10年のモノクロの世界とはうって変わってカラフルに色付き、孤独に苛まれ乾いて乾いて、飢餓に苦しんでいた心にアイがすっぽりと入り込んでいった。


アイは16で、ツウシンセイの学校の生徒だったそうで、まあ、徒弟のような者のようだった。

親とは疎遠で、祖父母の元で暮らしていたと言った。


アイも孤独の中で育っていて、俺たちはお互いにお互いを求めて、その孤独を埋めあう関係に溺れていた。


アイは、『たぶん前の世界だったら、ケイト君捕まっちゃうよね』と言うので、この世界では15で成人だからアイも十分大人だし、だいたいこんな瘴気のど真ん中の地獄に誰が捕まえに来るのか、と真顔で答えると、ケラケラと声を上げて笑っていた。


「どこにも居場所が無かったからさあ、うちどっかに行きたいって毎日思ってたんよ。そうしたら突然赤い光に囲まれて、光の渦に飲み込まれて『わあ、死んじゃうのかな。もうダメかな』って思ってたら、手を掴んで引っ張り出して助けてもらって。気付いたら室内で、肉が所々こびりついた骸骨の隣で寝てて、悲鳴を上げて気絶しそうだったけど、だんだん人の姿に戻っていくの見てたら、彫り深イケメンになったから驚いたよー。ケイト君に呼ばれて良かった~」

アイがそんなことを言ってくれて、俺の幸せの全てがここにあるとそう思えた。



アイは、神殿での生活をもっと快適にしたいと言い、魔法でなんとかしてくれと言って、異世界で見知っていると言う魔法を次々に話して聞かせた。


アイの言うことのほとんどがイメージ出来ずに上手くいかないことが続くと、アイが

「じゃあ、うちがやってみるよ。異世界からきた者はチートで魔法の天才ってのもあるあるだしさ」

と、良くわからないことを言いながら、指を鳴らした。


いや、魔方陣も使わず呪文も唱えずに魔法を使うなぞ無理に決まっていると首を振る俺の目の前に、温かみのある木の床、暖炉、ダイニングセット、ソファが現れて、突然冷たい大理石の神殿の広間が、居心地の良い屋敷の部屋へと変わった。


アイは大きなライオンの口からお湯が流れ出る大浴場やシステムキッチンや、お互いの私室など次々に造ると、うんうんと頷いて

「ねえ、ケイト君。うち、やっぱりチート持ちの聖女だと思う。この世界の瘴気払っちゃう?」

そんなことを言った。


アイの話によると、アイの世界では召喚された異世界の少女が聖女として世界を救う話が多数語られていると教えてくれたが、

「勝手に拐われて、他所の世界の危機を救わせるなんて、図々しいヤツが多くいるんだな。アイがわざわざそんなことしなくて良いよ」

勝手に人身御供にさせられた身としては了承できず、しかも勝手に召喚した側なわけでばつが悪いし、受けられない話だった。


「まあそうだよね。ケイト君は会いたい人とか居ないの?」

「全く居ない。ブッ飛ばしたい親父なら居るが」

「お父さんブッ飛ばしたいんだ、良いじゃん。ブッ飛ばしに行く?」

笑いながらそんな話をしていた時もあったし、実際アイは魔法の習得がどんどんと進み、本当に瘴気を払ってしまえそうなほど、腕を上げていった。


「ケイト君の魔力が吸われて行ってるんでしょ?命とか関係してるんじゃないの?」

確かに、蓋として呼ばれた者は短命なことが多いが、それは魔力を吸われていることよりも孤独に苛まれて弱ってしまうことが原因だと思っていた。


俺にはアイが居てくれるし、二人のこの世界での生活に全く不便も不安も感じていなかったけれど、アイを残して先に死ぬのは嫌だなと、殺してくれる者を求めて召喚したはずなのに、そんなことを思った。


「大丈夫だよ、ちょっとやってみて無理そうなら止めれば良いじゃん」


そんな軽い感じで始めた瘴気払いだったが、アイが18になった時には、魔力の蓋なぞ要らないほど綺麗さっぱりと浄化されて、神殿に閉じ込められてから始めて、目が痛くなるような眩い陽の光を身に浴び、澄み渡る青空をアイと一緒に眺められようになったのだった。


この異変に、バルベリト家と大陸中の魔術師たちが合同で神殿付近に突然やって来て、強引に面会を希望してきたことで、俺たちの状況は一変した。

俺は、勝手に俺とアイの聖域に入ってきた奴らを魔法で威嚇して、屈服させたのだった。


この大陸一の魔力を、瘴気の蓋として使われていた分を、取り返し、アイと共にアイの知識に基づいたこの世界に存在しない魔法を使えるようになった俺に敵は居なかった。


奴らは俺の背に入れられていた印をまたも使って言うことを聞かせようとしたけれど、そんな物はとっくの昔にアイが解呪してくれていたので、なんの影響が無かった。


むしろ、俺に平伏すのを不服として、まだ道具として使い、尚且つ妻であるアイを俺から取り上げようとするなんて許す訳もなく、厳しい報復をした後、今後一切の干渉を避けるように、俺たちの住むこの聖地を高い高い岩山で囲って何人も俺の許可無く入ってこれないようにした。


しかし、瘴気の浄化、アイの完璧な浄化を求める声は、楽園の人々の中で日に日に大きくなっていって、各地をまとめる長たちから多くの懇願する便りが届いくようになった。


しつこい便りを俺は無視していたが、アイは、『別に暇だし良いんじゃない?』と、いつもの軽い調子で返事をするので、しょうがないと目一杯長たちに恩を着せて、二人で浄化の旅に出た。


今まで籠ってばかりいた俺たちだったので、長い巡礼の旅はそれはそれで目新しく、知らない場所を巡る旅を楽しみながら数年間を過ごした。


そして、米粒ほどしか無かった人の生活圏は、何千何万倍と拡がり、それを為してくれたアイを世の人々は女神と称えた。


俺たちはまた、もとの神殿での生活に戻った。

相変わらず俺の全てはアイだったし、アイの全ても俺だと思っていた、あの日までは。

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