エピソード20 聖石と神の助けとなる者 前編
ーメグ様、何か不安があるのですか?
思い悩んでいる聖女にタバタが内心で語りかけた。
「タバタはペトラさんとあんまり親しく無かったのよね。何か理由があったの?覗かせて貰った記憶の中では、聖女の修行の時に指導や注意を受けていたようだったけれど」
聖女がタバタの記憶を脳裏で振り返りながら、質問をした。
ーああー、えーとまあ、・・・はぁ~苦手なんですよ、ペトラさんって。
思ったことをそのまま口にする質のタバタが、珍しく口ごもった後、大きなため息を吐いて徐に答えた。
「どうしてか聞かせてくれる?」
ーはあ、メグ様のお望みならば。これ、単なる私の一方的な思いですから、そう思って下さいね。
そう言うと、タバタはペトラとの思い出を語り出した。
タバタがペトラと初めて会ったのは、7つの判定日に光属性が見つかり、拐われるように聖教会の西の端にある修道院から聖教会の本部が置かれている首都セントルミナールの大聖堂に連れられて来たばかりの時であった。
この時に、聖女の器たる聖巫女全員を紹介され、年長で既婚者である北と西の聖巫女はすぐに帰国したのだが、年下の南と東の聖巫女はタバタのスペアとスペアのスペアとして3年ほど聖教国に残され、タバタの聖女修行をサポートすると言う使命を教皇様直々に与えられたので、寝食を共にすることになった。
当時1つ上のマルシアは、まるで清貧潔白を絵に描いたような模範的な修道女であり、寡黙な少女であった。規律を守り、静寂を好み、静謐なその姿は、理想的な聖女の器と神官たちに常に誉め讃えられていたが、それに傲ることも無く、日々の修行に取り組み、自身の聖魔力を惜しみ無く使う姿に、タバタも心の底から『聖女の鏡!』と思っていた。
一方、2つ上のペトラは、その目立つ可憐な容姿とは裏腹に、時に辛辣な批判の声を上級神官にも上げることから教会内では煙たがられていて、タバタに教育係の神官が『いくら魔力量が他者を圧倒するほど多かったとしてもあのような高飛車な態度は聖女に相応しくないのだから、真似をしないように』とわざわざ耳打ちしてくるほど、聖教国の教会では浮きまくっていた。
聖女の修行と一口に言っても、その内容は多岐に渡り、特に平民であるタバタなど一般常識や礼儀作法から教わったし、魔法も座学に実技に応用とたくさん学ぶことがあった。
聖女についても手記を読んだり、その存在意義やら過去の歴史やらあって、毎日頭がパンパンであった。
そして、教会の求めるままに巡礼と言って聖教国内の修道院を回って病人や怪我人を癒したり、教会に結界を張って歩いたりもした。
マルシアは、教育係の神官や修道女に言われたことを黙々と取り組んでいたが、ペトラは言われたことは当然のように行うが、例えば付き添いが口だけ、見ているだけだった場合には、
「修行としての巡礼は、聖女の器の修行だけでは無いでしょう?
魔力は使えば使うほど魔力量も練度は上がり、それによって使える魔法も多くなる。
そのように見ているだけ口だしだけじゃ、何も向上しないでしょ?聖教国は聖女さまとその器だけに頼った組織なのですか?それではあなた方など必要無いじゃない」
そんなことを言うのでギクシャクするし、空気は悪くなるし、時には、
「生意気な!お前の出自は男爵家だろう!私は侯爵家の者だ」
など爵位を持ち出して言い返してくる神官に、
「爵位が高くて偉いのなら、出身国へと帰られよ!聖教国は女神と聖女を崇める宗教国家。
そこに他国の爵位など何の意味も無い。私は光属性の聖巫女にして、全属性の持ち主。
恐らくこのまま成長していけば、魔力量は教皇倪下より多くなろう。その豊富な魔力で世界を護る者と護れない者、どちらが上だとお思いか!?」
そんなことを言いながら指の先に火の小玉を出し、相手の顔に向けてピョイっと投げつけたりした。
相手は恐れた顔で身を捩って避けると、
「何をする!危ないではないか!」
と、裏返った震え声で叫んだ。
「防御の実技練習だ。こんな小さな火の玉で怖がっていて、魔物の驚異に立ち向かえるのかな侯爵令息殿。無理に神官などせず、小麦の出来高を数えながら安全な邸の奥にでも隠れて居られよ」
ピンクの髪に空色の瞳の美少女が、鈴を転がすような可愛らしい声で、片唇を上げた歪な微笑と共に告げるのだった。
空気のちゃんと読めるタバタは、そんな場面に何度と無く遭遇し、その後の教会内での騒動も想像して、毎度毎度、うんざりした気分になるのだった。
ーとまあ、こんな感じでして、ペトラさんはとっても優秀で、とっても真面目で、とってもめんどくさいお人なのです。
「隙を見て修行をサボろうとするタバタを毎回しっかりと見つけて、やり直しを命じられていたのね。でもまあ、彼女の言い分は正しいからね」
ーそうなんです。正しくて、理屈っぽくて、階級を気にせず誰にでも平等に喧嘩を吹っ掛けるので、私が10才になって早々、教会の上層部が帰国するよう手筈をとりました。
「そうなのね、素直に帰国した」
ーする訳無いですよね、
『魔力量も少なく光属性しかないタバタと全属性で魔力豊富な私では、どう考えても自分の方が聖女の器に相応しい、なんなら決闘でどちらかを決めても良い!』
なんて言われて、魔法実技でペトラさんから直々に攻撃魔法とか結界魔法とか色々教わりましたけど、私は結局、魔力不足で出来ないし、魔力量も少ないし、決闘なんてしたら死んでしまう!と恐怖に身を震わせてましたよ。
教会の上層部とイースランド国王と大神官が説得に説得を重ねて、宥めて連れ帰りましたからね。
タバタの記憶の中には『決闘などせずとも、ペトラ様が聖女の器になってください』と号泣しながら土下座して頼みこむ少女姿のタバタが居た。
ーメグ様、メグ様はペトラ様の中に入りたかったですか?
タバタが困惑気味に問うた。
「いいえ。だいたい聖女の鏡のようなペトラさんが器なら私が召喚されたかもわからないじゃない」
聖女は苦笑気に答えた。
「ただ、彼女はその名前、ペトラの意味する通り、石のように固い意思があるみたいね」
そう言うと、聖女は修行部屋へと意識を向けて、手を振った。
ボワンと言う音と煙と共に、聖タバタの目の前には、2メーターを越す大男、スタンピートの大惨事を乗り越え荒れるイースランド王国をまとめる、新しい国王のグスタフを連れてきたのだった。
「は!こ、ここ、ここは、」
慌ててその部屋の中を見回した後、目の前のオレンジ髪に若芽のような緑の瞳の少女に焦点を合わせると、急いでその場に膝を突き、従順な臣下の礼をした。
「グスタフ国王、頭を上げて下さい。私は聖タバタ。異世界から呼ばれて、聖巫女タバタの身の内に宿った異世界の魂。少しあなたの意見を聞かせて欲しいのだけれど」
伝説のような聖女からの直接の声かけに、グスタフは感動に震えながら、
「聖女さまのお心のままに」
そう答えたのだった。
そして、先程消したはずのソファとテーブルが突然出現した場所に、聖タバタとグスタフは向かい合って座るのだった。




