エピソード19 婚約破棄を告げられた伯爵聖令嬢 その3
グスタフが取りまとめた新生イースランド王国軍には、元々の騎士達も所属したし、生き残り自衛団として一緒に魔物と戦った貴族たちも居た。
その者たちを連れてきて、東の端の神殿の地下を見せた。
紫に怪しく変色しているまだ生きている魔石も、それがまるで孵化するように魔物となって出てくる様も、みなに見させた。
そして、危ない魔石は全てペトラが光魔法で浄化して、同席していた者たちが槍や剣で粉々にして処分してしまった。
王都に戻ってきて、王族や神官たちに、教会と王家の企み、神殿で何をしていたかを聞き取り、取り調べした。
素直に答えない者には、当然のように拷問した。
始めは『この無礼者めが!』と息巻いていた国王は、左手の小指の爪をペンチで一枚剥がされただけで、喚き涙と鼻水を流して、ベラベラと話した。
「先々代の教皇は魔術に長けていて、特に人格を縛る契約魔法を進化させて、魔物を縛り、魔力だけを抽出する使役魔法を創りあげた。
それによって、わざわざ人が魔力を魔石に注入せずとも、豊富にいる魔物から幾らでも搾り取って使用すれば良くなった。だが、これは大陸の王族と教会関係者の一部の秘匿として、魔力奉納が出来ない国や者どもに高額で販売することにした、まあ金の成る木だな。
聖教国の上層部、大神官の直属、我が国の王家、それも国王だけが、今はワシだけが知る大陸最大の秘密だ。
だが、偉大な教皇が亡くなり、跡を継いだ者、特に今の教皇は魔力が少ないのか使役魔法が巧くない。
だから魔力の多い神官たちが集団で対応することになったのだが、その集団の魔力が一定でないと使役具合にムラが出来て、かかりが悪くなり、魔物の魔力を注入した魔石から魔物が生まれてきてしまうようになってしまった。
始めは失敗した魔石をワシたちは瘴気の森に捨てることにした。
聖教会も処理場と決めた場所に破棄しているだろう。
まあ、今まではそんなに多くは失敗魔石が出なかったから誤魔化しも利いた。
だが最近は瘴気が濃くなったからなのか、神官の魔力が落ちたのか、若しくは両方か。
失敗魔石の数が増えすぎて、森に捨てる訳にもいかない。
結果、言い出しっぺ聖教国が自国に運んで浄化することに決まったのだ。
目立たないように、東の端から船で王都まで運び、動力船に乗せ変えて、急いで聖教国へと運んでいたのだが。なぜかあの日に限って、船の魔石が孵化してスタンピートを起こすことになってしまった。
だが、これは誰にも予想できない事態だった、ワシの責任じゃない。
誰かのせいにしたいのならば、悪いのは、対処を決めた聖教会のせいだ」
ペラペラと自慢気に話して反省の無いその姿に腹を立てた尋問官が、右手の小指の爪もペンチでめくって取ってしまった。
「ひ、酷い、何をするんじゃ!ワシはちゃんと証言をしているじゃないか」
痛い痛いと泣き喚きながら悪態をつく国王に、尋問官は、
「俺のかみさんは、毒蜂の群れに囲まれ身体中顔中刺されて、毒が回って死んじまった。何がしょうがないだ、王家の癖に魔力奉納も逃れ、魔物退治もせず、むしろ魔物を増やして放置、お前の方が酷いだろう。お前たちの存在自体が悪なんだよー」
そう大声で凄んで、靴と靴下を剥ぎ取ると足の親指の爪をベリベリと剥がした。
「何をする、ウウウウウ、ウガァ!グア!」
足を庇って、床を這いずり回って苦悶の顔で叫び声をあげた。
「あああぁぁぁ、わ、わた、私は詳しいことは知らなかった。
ただ国王になれば魔力奉納は別のやり方があると、偶々国王が大神官と話しているのをこっそり聞いて知ったので、ならば態々下級貴族の娘を嫁にせずとも好いた相手と一緒になっても良いだろうと思っただけだ。
決して、魔物を使役して魔力を搾り取っていたなどと言うことは知らなかった。
私は無実だ、え?光属性の者を王妃に娶る法律がある?そんなもの、私が国王になったら廃案にしてしまえば問題無いだろう。
国への貢献?王である私に、臣民が従い敬うのは当然のことだ、ペトロの気持ちなど何が関係ある。
あ、いや、まあ当然ペトロが望むのならば、この状況から解放してくれるのならば、我が妃に召し上げようと思っている。
ペトロを呼んでくれ、彼女の嘆願を聞け、聞くんだ、何?
私が婚約破棄したから無関係だと!なんと薄情な女だ、これだから私の寵愛を得られなかったと言うのに、何も反省していないのだな。
や、やめろ止めてくれ、いやだ、止めて、ああ~イタイイタイアタタタタ、イた!グア、ガー」
隣の取り調べ室で、散々嘲笑しながら横柄に答えていた王太子だが、ペトロが王家の処罰を望んでいると聞くと、急に悪態をつき口汚く罵り出した。
取り調べを担当していたグスタフはその発言、態度、存在全てに腹を立て、思いっきり王太子の脛をブーツの踵で蹴りつけた。
王太子は何度も何度も蹴られて、脛の骨が砕け、叫び声を上げて白目を向き泡を吹いて気絶した。
「なんだ、こんな所に私を閉じ込めて。こんなことをして聖教会が、教皇様が知ったらただじゃ済まないが、今なら私の恩情で大事にはしないでやる。さあ、私を解放しなさい、ペトラ」
捕縛した時に自警団と揉み合いになって、所々汚れて破れた、金糸銀糸で派手な刺繍がされた高位神官服を纏ったイースランド聖教会の大神官が、ふんぞり返り威圧するような大声で、取り調べ室の机の向かい側に座っているペトラにむかって命令をした。
ペトラは簡素ないつもの薄い木綿の神官服を着て、落ち着いた表情を向けながら、口許に薄っすらと微笑を浮かべ、何も答えず大神官を見つめていた。
「聞こえないのか、ペトラ。お前の分際で私の命令が聞こえないのか!!」
その人を食ったような微笑と冷たい視線が癪にさわったのか、イライラとして大神官はまた大声をあげた。
「お前神職とはなんぞや」
ペトラは裁判官のように重々しく問うた。
「は、なんだ、お前、聖女のつもりか!」
そのペトラの問いには答えず、馬鹿にした声を上げた。
「ほお、神職者ともあろうものが、己の存在の問いにも答えられんとは、お前、神官では無いな。お前は魔物か魔物だな。ではその薄汚い心身を清めてやろう」
ペトラはそう言って、手を振り、大神官の身体を薄膜に包み、その中に水を貯め出した。
その水はチョロチョロと少ない量ではあったが、足首が水に浸かり、段々と脛、膝、座っていた大神官の尻まで半身が水に浸かると、大神官は明らかに動揺し始めた。
「な、何をする気だ!よせ、止すんだ」
大神官が怯えて顔色を悪くしながらペトラにまた、命令をした。
「なんだ、死が怖いのか。可笑しなことを。自己犠牲と献身を通して女神の栄光を現す役割を果たせ。それが神職者だと宣っていただろう?口だけか、口だけなのだな。ではその口も灌いでやろう 」
ペトラが小さく指を振ると、今度は別の水玉が高速回転をして大神官の口へと飛んでいった。
キツく口を結んでいた大神官もその強い圧に唇がブルブルと震えて開いた隙間から水玉が入り込み、歯にあたりそこで高速回転を続けたので、その強さに歯が折れて、口中を満たした。
「グガガガガガア、アガアガ」
水玉が喉を塞いで息が出来ず、喉を両手で掴んで苦しんでいた。
目は白目を剥き、鼻が垂れ、回転した水玉の水滴と混じった涎が汚ならしく口の両端から溢れた。
暫くその状況を背を伸ばした美しい座姿で眺めていたペトラが指を鳴らすと、口の中で暴れていた水玉が瞬間的に消滅して、大神官は酷く咽ずいて咳き込んだ。
ただ、半身まで溜まっていた水は更に増えて、肩までとなり、咳き込んで下を向いた大神官の顔が水面に付いて、恐怖で一気に上に顔を向けて立ち上がった。
水位は下がって、また腰ほどになったがチョロチョロと少しずつ水が注がれ続けているのは変わらないと、先程の苦しさと共に思い出し、大神官は溺死する自分の姿を想像して怯えて震えた。
「お前、神官として、聖教会に身を置く者として落第よ。処分対象ね」
パトラの冷たい宣告に、
「待て、いや、待って、待ってください。話します、話しますから、命だけはお助けを」
大神官がそう懇願した。
「そう。じゃあ隠し事無く誠実に話しなさい」
ペトロはそう答えると、誓約魔法をかけると、注ぐ水を止めて、部屋から出ていった。
後の尋問は、元王国騎士から自警団に入った者に任せた。
こうして多くの逮捕者からスタンピートの詳細な事情を聞き取り終えると、今回の大惨事の罰として、全員をかつて王宮だった場所で公開処刑とした。
ボロボロになった王国の再建に、ペトラを象徴に掲げ国民みなが必死に取り組んだ。
その中、グスタフがイースランド王国の国王にと周りから推されて、3年を経て復興の兆しが見えてきての、今回の聖女召喚の儀であった。
「聖女さま、長いわたくしのお話を聞いてくださいまして、ありがとうございます」
話し終えるとペトラは丁寧に頭を下げた。
「いいえ、あなたの口から聞けて良かったわ。では、ペトラ。貴女の願いは何か教えてくれる?そして、申し訳ないけど、本心かを覗かせて貰いたいの」
「はい、聖女さま。お心のままに」
そう言うとペトラは目を閉じた。
聖タバタから細長い触覚が伸びておでこの中心に触れた。
すると、ペトラを七色の光が包んだ。
「ペトラさん、目を開けて。驚いた、あなたの心には一点の曇りも嘘も虚栄も無い、あなたが話したままの話なのね。貴女の願いは当に、わたしの思いと同じです。その願いを叶えましょう」
ペトラがゆっくりと開いた空色の瞳を覗き込んで、聖女が答えた。
「聖女さま、お願い致します」
そう答えたペトロに、聖タバタが九字を切って『渇!』と唱えると、ボワンと言う音と煙がして、彼女の姿が消えた。
ーあの、メグ様。今回は簡単な感じでしたが、ペトラさんは、どこに?
「西の聖巫女と同じ修行部屋に送ったわ」
ーじゃあ、お相手は、
「グスタフさんも送ったから、向こうでラーイさんも入れて話しあいを持てばいいでしょ」
ーそうですね、今回はペトラさんがもう処罰を終えてますからね。
誰も居なくなった部屋の窓から下界を見下ろし、聖女は熟考に耽るのだった。




