エピソード14 年上皇后の苦悩と献身 その3
「アーディル様、ああ、アーディル様、良かった」
ラーイが握った手に頬を寄せてた。
その手にポタリポタリと落ちた水滴が彼の涙だと気がついて、アーディルの意識は一気に覚醒した。
「ラーイ様!魔物はどうなりました!?状況は?え、わたくしどのくらい寝ていたの?」
慌てて身を一気に起こすと、頭がグワングワンと揺れて、目が開けていられないほどの強い目眩を感じた。
「いけません、アーディル様。アーディル様は魔力欠乏が過ぎて、生死をさ迷っておられたのですから、まだ安静にしていないと!」
ラーイは強い言葉で制止して、アーディルをベッドに寝かせた。
「魔物は、魔物はどうなったの?あの魔物は何かわかった?」
目を瞑ったままアーディルが再度問いかけると、
「スタンピート。あれは、あの耳をつんざく金属音は、あの咆哮はスタンピートの幕開けだった」
ラーイが苦しげに絞り出すような声で答えた。
「え、え?スタンピート?でもどこから?わたくし、あの時神殿の奥にいたの、そしたら金属音の後から破裂音が次々と鳴り響いて、火柱が上がって、キャ!サルマ、サルマは、サルマの無事は?」
あの時を思い出すと、同じ場所に居た幼い娘サルマのことを思い出して身が震えだした。
「大丈夫ですよ、サルマはこの皇居で乳母と女官たちに護られていますし、無事ですから」
ラーイがもう一度アーディルの手を握り、顔を覗き込みながらそう告げた。
「では、皆さまご無事なのね!ああ、いいえ、皇太子殿下が、ああ、お助け出来ず、ああ」
アーディルの脳裏に腹を食い破られ皇太子の姿が蘇り、悲しみがぶり返してやって来た。
「あの日から7日、アーディル様も生死をさ迷っておられた。そして、皇族のみなも、それぞれ魔物討伐の末、私を除いて、亡くなった。スタンピートを起こしたデスデザードに巣食う魔物のボス、大火蜥蜴は皇帝、皇后両陛下の部隊が死闘の末討ち取り、南の港湾都市の魔物の群れは皇弟たちの部隊が、城壁に囲まれた各都市でも溢れ出た魔物たちを族長と妃、皇子皇女の部隊が命懸けで魔物との決戦を勝ち取りました。そして、残ったのは私と貴女、そして妹のサルマだけ。族長たちもみな勇敢に戦って、散っていきました」
ラーイが目を瞑り、涙を堪えながら状況を伝えた。
「な、なんてこと!聖教国からの援軍は?援軍は来なかったのですか?」
アーディルが聞いた悲惨な状況に驚いて、また飛び起きて、ラーイに問うた。
「援軍は、まだ。今は生き残った者たちを探して保護して歩いているところです」
そう話すラーイを良くみると、義足が填められていて、全身鎧を身に付けていた。
「ラーイ、貴方まで戦闘に出ていったの!?」
その姿に驚いて聞き返せば、
「いえ、私は、母に、母の皇后に『帝国の希望の灯を消してはいけない、護りなさい』と言われたので、この皇居を護衛たちと護っただけですから」
「あの『砂漠の水の妖精』と呼ばれていた皇后様まで!」
皇帝の妃たちは家柄は素より魔力の豊富さと戦闘力の高さが条件となっていた。
皇帝には、同じ年で長く婚約者で後に皇后となった水魔法の第一妃始め、火魔法の第二妃、風魔法の第三妃とみな熟練の魔法戦士であり、子を生み育てながら、自らも隊を率いて魔物退治に赴いていたのだった。
アーディルも7つで光属性がわかった時から、聖教国へ向かうまでの1年半を各妃たちと共に魔物退治に連れられて、魔物との戦い方と共に帝国皇帝の妃と言う任務について、厳しくも温かく教え導いて貰った。
聖教国から還俗して第四妃となってからも、温かく向かい入れてもらい、娘サルマの誕生を自分のことのように喜んでもらった、母のような姉のような、師匠のような、そんな関係の妃たちの死に愕然として、フッと我に返った。
「残った皇族が我らのみ、と。陛下!?皇子たちも!みな殺られたということか!?」
アーディルがやっと事の深刻さに気がついて、ラーイに聞き返す。
ラーイはギュッと口を固く結んで小さく首肯して答えた。
それを見たアーディルは一気に起き上がると、何も言わずに部屋の奥へとズンズンと進み、ものの数分で戦闘服に着替えて、皇居の入口へと走り出した。
「待って、アーディル様。早まってはいけない。どこに行く気だ!?」
ガシャンガシャンと義足の音を立てながらラーイがアーディルを追いかけて、手を掴んで引き留めた。
「わたくしには妃としても、聖巫女としてもしなければならないことがある」
右手に光魔法を付与して白く輝く槍を握りしめながら、アーディルが悲鳴にも似た声を上げた。
「貴女の身は聖女召喚の時まで健やかでなければならないが、」
ラーイが眉を潜めて厳しい顔つきをアーディルに向けると、頭を左右に振り、
「だが、どうしてもと言うのならば、私も一緒に向かうとしよう」
そう言って、回廊をアーディルに並んで駆け出したのだった。
皇居を出ると、そこは地獄が拡がっていた。
焼け野原とはこう言う物か、そう思うほど、どこそこ煙り瓦礫と逃げ遅れた人の死体、魔物に襲われて亡くなった人の山、焼け死んだ人や魔物の死体、戦闘で亡くなった騎士たちが転がっていた。
帝国民の死体は神殿に連れて返って弔った。
二人は高い塀の扉を門番に開けさせ、その外に出た。
そこにも魔物の死体が山となり、瓦礫に埋もれていた。
瓦礫や魔物の死体の中から人間の死体を見つけて、やはり弔いのために神殿に連れて返った。
その後、何日も何日も、アーディルとラーイは帝都だったり、塀の内側を歩き回り、時に別の城壁都市を探り、戦闘で亡くなった者の中から、皇子や妃を見つけ出し、アーディルが死体を光魔法で綺麗にして彼らの死体は皇居へと連れて戻った。
一年後、とうとうデスデザードの大岩窟の有った場所に辿り着くと、同じ場所とは思えぬほど凄惨な血泥まみれの瓦礫と死体の積み重なった酷い場所になっていた。
その場をアーディルが聖魔法で浄化し、瓦礫を避け、ラーイの土魔法を用いて砂漠の砂を掘り、数十メートル下から、皇帝と皇后陛下、それに付き添った騎士たちの亡骸を見つけ出した。
アーディルは泣きながら、損失部分を魔法で綺麗にして整えていったが、皇帝の身体も皇后の身体も足りないパーツがたくさんあった。
砂の下から、死んだ大火蜥蜴の死骸を見つけて、悔しくて悔しくて、アーディルは光輝く魔法の槍で何度も突いて、その亡骸を粉々に砕いて塵にした。
残ったのは、紅く輝く大きな魔石だけだった。
聖魔法で浄化して、神殿の奥へと持ち帰った。
皇族や族長の亡骸を全員分集めた後、貴族の生き残りと国民全体でスタンピートで亡くなった者の合同葬儀を行い、これで帝国の悲劇の区切りとした。
皇居に集う生き残った貴族たち、その中で一番身分の高い西の果ての領地を治める族長ムハンが、宰相となり、第六皇子のア=ラーイが17歳で皇帝となった。
「アーディル元妃、今やこの帝国で聖女の血を引く女は、あなた様か、サルマ皇女しか居ない。サルマ皇女はまだ4つで、血の繋がった異母妹であるし皇后にはなれない。思うところはあると思うが、若い皇帝を支えるために、あなた様にその任を受けてもらいたい。そして、聖女召喚が為された時には、あなたの力でこの地に、この帝国に、もう一度、聖女の血を引く皇帝の子を成すよう取り成して欲しい」
ムハンは眉間に皺を寄せた厳しい顔でそう言った。
「ええ、我が身を帝国に捧げ、聖女さまがいらっしゃるその日まで、皇帝をお護り致しましょう。そして聖女さまにこの命を捧げてでも、その血を皇帝の御子へ繋いでもらいましょう」
こうして、アーディルは前皇帝の10才年の離れた第六皇子である、義理の息子ア=ラーイの妻となり、ウエス帝国の皇后となったのだった。




