エピソード13 年上皇后の苦悩と献身 その2
「アーディル様、第六皇子殿下と一行が運び込まれて参ります、すぐに治癒を」
「はい、すぐ!」
アーディルの子が2つになる頃から帝国には魔物の襲来が繰り返されるようになっていた。
帝国では予てよりデスデザード以外から魔物が這い出てくることなど起きたことが無かったのに、世紀末だからだろうか、広い帝国のどこそこで魔物出現が頻発するようになった。
各地を治める族長とそれに連なる面々が討伐を繰り返していたが、日に日に数を増し、協力になって襲ってくる魔物たちに対処が追い付かず、皇族が殲滅隊を率いて討伐して回るようになっていた。
皇帝の弟や皇子たちが隊長となって戦っていたが、負傷者も多く出た。
第四妃アーディルは、帝都の大神殿で治療薬を精製しながら、負傷した者たちを癒しの魔法で治療していた。
「なんてひどい!直ぐにお助けしますから!」
アーディルは右手がどす黒く変色し、右足を食い千切られた第六皇子を診て眉間にシワを寄せた。
ほんの最近成人したばかりの、一番年若な皇子すら魔物討伐に駆り出され、今にもその命の灯火が消えてしまいそう、大理石の大きなテーブルに寝かされた皇子は、大量に血を流しながら意識を失ってぐったりとしていた。
アーディルが両手に白い光を顕現させ、皇子の変色した手に触れ魔力を流し込んだ。
暫くすると、元の肌色に戻り、血は止まり裂けていた足の傷は消えた、が、如何に癒しの力と言えども身体の欠損は元には戻らず、失った血も輸血のように足されることはない。
とりあえず一命を取り留めた皇子を神殿の神官たちに頼んで、彼女は外に唸り声を上げて倒れている彼の部隊の棋士たちにヒールをかけて回った。
そうして、魔力切れで彼女が倒れるまでそれが続くのだった。
その日が来ることは、間違いなく本能で気がついていた。
皇居へと久々に呼ばれ、皇帝と各三人の妃、その生き残りの皇太子を含む皇子たちと帝国の重鎮、生き残っている各族長たちとの、会談の場であった。
「アーディル、隊長はどうだ」
皇帝陛下が、久々に見かけた年若の第四妃の窶れ具合に硬い声で問うた。
「平気でございます。なんともございません」
見え透いた強がりだが、誰も口を挟むことが出来ず沈黙が拡がった。
「我らが戦いに出れるのも、お主の治療薬と癒しの魔法があってこそ。無理はするな、とは思っていても状況が許さないのだがな。不甲斐ない我を許せよ」
いつも堂々とした佇まいの皇帝が、隈のある疲れた顔を歪めて頭を下げた。
「勿体のうございます。陛下、わたくしは帝国の、あなた様の妃でございます。有事に働くのは当然、謝罪など不要にございます」
アーディルがそう答えれば、その場の空気が幾分か軽くなった。
「この際、大河の向こう側を高い塀で囲い魔物を人里に入れないようにしようと思っております」
宰相である第一妃の父族長が皇帝に具申した。
「でもその場合、大岩窟と南の港がより魔物に襲われてしまう!我らを捨て置く気ですか!?」
するとイズミール教の大神官が青い顔で宰相に食って掛かった。
イズミール教では、大岩窟を整地と定め、採掘している反対側の北側、魔石の採掘して出来た空洞を石窟大神殿としていた。
魔石の管理もイズミール教団が一手に引き受けて、皇族である皇太子が代々その警護を担っていた。
魔石は、石窟神殿から真下に造られた南の港湾都市へ運ばれ、そこからサザランドを経由してイースランドにある川から大きな魔動力船に積み替えられて、聖教国まで運ばれるのだった。
只でも厳しい状況の、南の港湾都市の警護と石窟神殿の危険度が更に上がることに大神官は懸念を表したのだった。
大神官は、前々の皇帝の兄弟で神官となり聖教国で長く勤めた後、枢機卿に叙されてイズミール派の大神官へと就任した者で、聖教国の教会内でも重鎮であり、次代の教皇に一番近い者と目されていた。
「聖教国からの聖騎士の派兵を求める」
「な、聖教国に助力を願うなど我が帝国の名折れですぞ!」
皇帝の言葉に、大神官が言い返した。
「帝国は広く、警護を必要としているのは大石窟だけではない。無辜の民の保護が皇族の務めであり、イズミール教の信条そのものであろう!お主も大神官として、早急に聖教国に向かい援軍要請を願い出よ」
皇帝の重い言葉に、苦々しく顔を歪め、言葉を発っさずに小さく首肯しただけだった。
皇帝も皇太子も、アーディル以外の妃も皇子皇女も誰も彼も、魔力のある者はどんなに幼い者であっても、土属性の者たちが大河の脇に立って砂漠の砂に魔力を込めて壁を造り、水属性の者が水を撒いて風属性の者が乾かし、帝国民総出で高い塀を築いた。
流石に大河全域を囲うこと叶わず、町ごとを壁で囲み水路を町の中に巡らして、生活用水の確保をした。
食料の備蓄も急ピッチで行い、最低限の準備を終えた頃、その時、最悪の時が帝国にやって来たのだった。
新月の夜、帝都の神殿の奥で夜更けまで一人、備蓄用の治療薬を精製していたアーディルは、強い耳鳴りがして両耳を押さえた。
キーーーーーーーン、キーーーン、キャーーーーー・・・ーーン
硬質な高い金属音が耳の奥、脳裏に響き渡ること数度、最後は高い動物の悲鳴にも似た音に、アーディルは身体が自然と震えるのを抑えられなくなった。
「誰か、誰か居ませんか、誰か!」
アーディルが大きな声を上げて人を呼ぶと、バタバタと忙しない足音が近づいてきた。
「アーディル様、今の金属のような音は!?」
若い女官たちがアーディルの元に走りより、声をかけてきた。
「あなたたちも聞こえたのね」
「はい、耳が痛くなるほどの悲鳴のような、あれはなんでしょうか」
「わかりません」
アーディルがそう答えた時、ドガンという大きな破裂音がして、それを切っ掛けにドガン、ドバンと言う音と共に火柱が上がった。
女官たちがキャーという悲鳴を上げ、慌ただしい足音、悲鳴、破裂音と騒然とした音の濁流が、あっという間に静謐な神殿を支配した。
「何が起こったの?」
アーディルが表へと走り飛び出して、護衛に尋ねると、
「アーディル様、この奥にお戻り下さい!帝都内で魔物の群れが暴れているとのことです」
扉の中へと押し止めようとしながら状況を話してきた。
「何ですって!私も出撃いたします!」
「とんでもない、万が一の時にはアーディル様を何としてもお護りせよと陛下からのお達しです」
そう言うと護衛は、大きな重い扉の中にアーディルを押し込んで、鍵を閉めてしまった。
奥には、アーディルとその側使いの女官、アーディルが生んだ皇女とその乳母が押し止められた。
じっとしていても聞こえる悲鳴に、アーディルは居ても立っても居られず、奥に備蓄していた治療薬を持って来て護衛に渡しながら言った。
「怪我人の治療をしますので、神殿の大広間に連れていって下さい」
その願いに、護衛の目が揺れた。
「誰か、怪我をした者がいるのね!早く治療を!」
アーディルが焦って声を荒げると、逡巡した護衛だったが、
「殿下、失礼」
目を伏せそう叫ぶと彼女を縱抱きにして、神殿の入口へと走ったのだった。
神殿の床に寝かされている、多くの人、人、人。
泣き喚く声、充満する血の匂い。
その中、腹を食い破られて絶命している皇太子を見つけた。
第一皇子であった、彼とは年も近く、光属性がわかった幼少期、一緒にデスデザードで何度も魔物を屠ったことがあり、立場上は息子であるが、心情的には兄のように思っていた。
もう息をしていない彼の亡骸に手を翳して傷を癒していく。
生き返る事はない、ただ、帝国の皇太子の最期を血塗られたままで置けなかっただけだった。
その後、床に寝ている者を次々に癒し続けて、届けられた治療薬をグイっと一気に飲んでアーディルは戦闘服へと着替え、護衛を従えて帝都の魔物の前に繰り出していったのだった。
向かってくる火蜥蜴や火蠍を次々に光を纏った槍で刺し殺し、次々と討ち取って行く。
交戦している者に助太刀し、倒れている者を癒し、向けられる火を結界が弾く。
アーディルはその魔力が尽きるまで、皇族の義務を皇太子の代わりに果たしていったのだった。
日が昇り、目が覚めると、アーディルは皇居の部屋で寝かされていた。
その傍に座っていたのは、あの右足を失った第六皇子アッ=ラーイであった。




