エピソード12 年上皇后の苦悩と献身 その1
ーさて次は彼女について伺いましょうか
タバタに告げられたのは、一人掛けのソファの下手に座っている他とは毛色の違う聖巫女を指していた。
漆黒の長い豊かな直毛に黒い瞳の光彩は深い夜空の紺色、神官服から見える手足は、今までの聖巫女たちのように鶏ガラのように痩せ細り乾燥していてカサカサ、と言う事もなく、チョコレート色の肌は滑らかで艶やかで、大切にされていることは見て取れた。
「西の聖巫女、あなたのことを教えてちょうだい」
聖タバタが声をかけた。
「はい、聖女さま。お心のままに」
座姿を正して頭を下げ、丁寧な礼をすると、そっと目を閉じたのだった。
聖タバタの身を包む緑の光から細い触覚が伸びて、額に触れると彼女の身を紺色の薄い膜が包みその周りを白い光が輝いた。
聖教国を取り囲む、高い山々から流れ出る雪解け水が小川となり纏まると、大陸の西端の海岸まで続く大河となり悠然と流れる。
この大河流域に出来た多くの村を長い時間をかけて武力でまとめて出来たのが、ウエス帝国と呼ばれている国である。
帝国の北の海岸線と大河に挟まれた土地は豊潤な穀倉地帯だが、その南側の海岸線までの広い土地は高山岳地帯からデスデザードと呼ばれている不毛の砂漠地帯。
北側の大河の河口、広い中洲の中心に帝都が置かれ、その周辺に帝国民のほとんどが居住している。
帝国で重宝されているのは、豊富にある砂を利用する土属性の使い手で、その魔力を用いて大河の治水工事を行い氾濫を抑制しながら生活圏を拡げていった。
さて、かつてのある聖女が、この地の皇帝と恋に落ち愛し合って皇后となり、4人の子を成した。
その子たちがそれぞれカリフとなって、帝国内の主要都市を治めた。
その子孫達が枝分かれし、帝国全土に散らばる部族の長となり、その一族は聖女の血を引く貴族として帝国の重要な役割を担う者となった。
この地でも、聖教国とは別解釈の宗派が根付いて、皇后となった聖女イズミを崇めるイズミール教と呼ばれる一派となった。
聖女イズミは、皇帝と相思相愛であったので、サザランドの聖女とは異なり皇帝以外の者を受け入れる事は無く、彼女は一夫一婦制であった。
デスデザードと呼ばれる、大河から南の海岸線までの広大な砂漠は瘴気が拡がり魔獣の巣だった。
そこには火蠍や火蜥蜴など凶悪な魔物が跋扈する場所で、一般の帝国民は近づくことは無かったが、国としてはそういう訳には行かない。
なぜならデスデザードの中心にある大岩窟は大陸最大の魔石鉱山で、これを聖教国や他国へ輸出することで帝国の財政を支えている重要拠点。
だから採掘場所の大岩窟と、それを輸出する南にある港湾都市は皇太子が、自らが治めることになっていた。
聖女イズミの晩年に、息子である皇太子が、大岩窟に現れた大きな火蜥蜴の集団に襲われ瀕死の重傷を負った。
この時は、聖女イズミの聖魔法で傷を癒し事なきを得たが彼女も老いいつ死ぬとも分からぬ身。
イズミ亡き後同じようなことが起きれば子や孫たちは助からないだろうと、足場の不安定さを痛感し、光属性の者が次代にも必要と、多くのイズミの血を引く子を増やせとばかりに、王候貴族に限り一夫多妻制度を申し渡した故に、ウエス帝国では4人まで妻を娶ることが出来ることとなった。
そして、今、聖女と意識を同化している西の聖巫女アル=アーディルは、前皇帝の妃にして、その第6皇子で現在の皇帝となったアッ=ラーイーの皇后なのである。
アーディルは、あるカリフの傍系の一族の長の娘で、その光属性がわかった7つの時、当時の皇帝の妃として丁重に迎えられた。
当時、皇帝はまだ27と若かったが、アーディルとは20才も年が離れていたし、既に3人の妃を娶っていたので、成人までまだまだ時間がかかるアーディルが彼の妃になるなど余程不自然なのだが、退引きならない理由によって正式に結婚式を挙げての婚姻に至ったのだった。
本来ならば第一皇子は11歳と年が近くそちらと婚約する方が自然なのだが、婚約では万が一聖女の器に選ばれた時に婚約破棄されて他国の王や聖教国の神官に娶られる危険があったし、急拡大していくデスデザードを直ぐにでも食い止める為、聖教会の干渉を避けて、アーディルの光魔力を使いたいからであった。
婚姻すると、聖教国での聖女修行も始まらなぬ時よりアーディルは、デスデザードで火蠍や火蜥蜴を屠り、魔石発掘現場の大岩窟や南の港湾都市の結界を張って歩いた、皇帝の妃の義務として。
ただそれは、アーディルに限らず、帝国の皇族は、皇子であっても妃であっても、その身に宿る魔力を用いて国を護る為に働かなければならない。
それは魔力奉納も然り、魔物討伐しかり、魔石発掘しかりである。
魔力の無い無辜の民を守り、生きるには些か厳しい環境を改善することこそが、聖女イズミールから受け継がれてきた皇族貴族の存在理由そのものであり、イズミール教の教えであった。
だから、聖女の血を引く高位貴族の出身であり、光属性の聖巫女となったアーディルが、年はさておき帝国に尽くすのは当然だったのである。
しかし、中々やって来ない聖巫女に痺れを切らした聖教国から迎えの神官一行が来たことで、8つと半年過ぎた辺りで、とうとう聖教国での聖女修行へと向かうことになったのだった。
アーディルが20歳になった時、タバタが見つかり、既に既婚者であった彼女は真っ先にウエス帝国からの正式な迎えの一行にあっという間に連れられて、帰国したのだった。
帰国すると直ぐに、皇帝との初夜の儀を迎え、聖女の器は必然的に辞退となった。
アーディルは、他の皇族や妃たちと同じように帝国内の魔物を屠ったが、彼女たちよりその数はずっと少なかった。
それより、彼女が主に任されたのは、大河の定期的な浄化とデスデザードにある大岩窟や南の港湾都市の結界の維持強化だった。
イズミール教の神殿では、聖巫女を酷使して魔力枯渇が続くと早逝してしまうと知られていたので、いざ必要な時にその癒しの力を使って貰えないと困る為、必要以上に聖巫女の魔力を使うことを避けていたのだった。
そのうち、アーディルは皇帝の子である皇女を産んだ、23歳の時だった。
娘は皇帝と同じ土属性だったが、光属性が生まれるのは50年から100年に一人と言われている為、周囲はがっかりしたりもせず、ウエス帝国に相応しい属性の皇女誕生を祝った。
他の妃たちにも多くの子が居て、皇子は6人、皇女は8人、アーディルの産んだ娘は第8皇女の第14子だった。
幼い時から知っているアーディルが産んだ末皇女を他の妃たちも、異母兄妹たちもとても可愛がった。
帝国の地勢学上、気候は厳しく、魔物の脅威はすぐそこに常にあったが、それでもアーディルの周りには平和な時間が流れていたのであった。




