エピソード9 酷使されていた大王の聖王女 その3
どこにも悪い奴らは居るもので、サザランド王国では水属性の者が重宝されているので、水属性の女子供は拐われて奴隷のようにこき使われることがある。
聖女リノがこの地に現れるまで、当然のように奴隷と言う身分の者も居たし、奴隷市場と言うのもあったのだが、清い心の聖女リノが捕らわれている奴隷の中から後の伴侶の一人となる者を見つけ出し、奴隷そのものに心を痛めてサザランド国民に解放を訴えた為、奴隷制度はその時点で消滅した。
ただまあ、非合法として地下では連綿と存在し続けているのだが。
多くの水属性の者が拐われるのは、サザランドの神殿での魔力判定の時。
一同が1ヵ所に集まれば、悪い奴らも集まり捕まえる側の手は減る。
それによって、被害者が多数出ることが問題になり、結果、神殿の神官たちが一年をかけて魔力判定にぐるりと全島を回ることが慣例となった。
マルシアの島は一番遠い小さな島だったから、魔力判定が行われたのは年の瀬が迫った頃であった。
領海に広がる島々の集合体である海洋国家サザランド王国は温帯から熱帯で、マルシアの島は熱帯にあったので、冬であっても常夏である。
一年中カラフルな花が咲き乱れ、芳香の良い果実が特産であるその島に、神殿からフエンテ一族の神官アラリコが遣わされ、その年の7つの子の魔力判定が島王長の屋敷で行われた。
子沢山が国是のサザランドである。
朝早くから魔力判定の時を今か今かとワクワクした顔の7つの子とその両親が島王長の高台の屋敷から海へと長蛇の列を作っていた。
次々にその属性の診断が下されていった。
真ん丸で艶やかに磨かれた大きな魔石に手を翳すと、赤なら火、緑なら土、紫なら風、そして碧なら水の属性だと一目で分かる。
周りに判ってしまうので、魔力無しと思われる者の親は多くの人がいる時間を避けて、その日の終わり頃にひっそりと屋敷へとやってくる者がちらほら、その中にマルシアと両親もいた。
島王長も神官もわかっているので、魔力無しだろうと思われる者は一家族ずつ判定部屋へと誘って目立たないように裏口から帰れるようにしていた。
マルシアに順番が回ってきて、繋いでいた母の手に少し力が入ったのを感じた。
マルシアが目線を下げて、魔石に手を翳すと、急にボワーッと白い光が魔石から広がっていき、その光の強さが段々と上がっていっているようであった。
そのあまりの輝きにマルシア本人も目が眩むほどで、驚いてギュッと目を瞑った。
「こ、これは!!!」
「な、なんとなんと!」
マルシアの前に座っていた神官とが島王長が大きな驚きの声を上げ、
「まあ!この色!」
「ま、マルシア!!」
両親が驚いてマルシアの近距離に駆けよって肩を抱いた。
「この光は正に光属性!マルシア!あなたは今代の聖乙女です!聖乙女がサザランドに50年ぶりに誕生された!」
神官のアラリコが声を張って、周囲にそう告げた。
今まで、島で魔力無しと覆われていたマルシアは、突然聖乙女となったのである。
サザランドに聖乙女が誕生すると、その地が翌年から次の聖乙女が誕生するまでの王都となり、島王長はサザランド合衆国の大王となることが聖女リノの時から決められている。
慈悲深き聖女リノは、
「島が大きいとか小さいとか、大陸から近いとか遠いとかで島々を差別するのは不公平だし良くないよ。みんな平等に大切な人々だよ」
と、各島々を巡る博愛の旅に向かう時、それを止めようと訴えたフエンテ一族の祖である神官に告げた言葉として後世に残された名言である。
そんな決まりで、すぐそこまで来ている翌年からは、マルシアの故郷のこの島が王都になり、マルシアは慣例に従って、来年からは大王に就任する島王長の娘となることも決められた。
平民の娘マルシアは、これよりマルシア・メンデスと言う名と王女の称号を与えられたのだった。
与えられた王女の地位だったがその恩恵を受ける間も、生みの両親に別れの挨拶を告げる間も無く、フエンテ一族の下へと神官アラリコに連れさられた。
マルシアには『今からあなたはサザランドの王女となり、私の婚約者となるのだ』と簡単に告げられただけで周りを神官と聖騎士団に護衛されて、アラリコの乗って来た船に押し入れられた。
幼いマルシアは、驚いて泣き叫び、
「帰して、家に帰らせてよ!知らない、私は魔力無しのマルシアでいいから家に帰してー」
と声が枯れるまで訴えたけれど、整えられた船室から出して貰うことは叶わなかった。
そうして、大陸の港に着くと聖騎士に抱えられて馬車に押し込められて神殿に連れ去られた。
恐れで震え、ただ涙を溢し続ける幼いマルシアを慮ることも声をかけて慰めることも無いアラリコは、神殿に着くと奥へと急ぎ去っていき、マルシアはフエンテ一族の女神官に聖なる泉で身を清められた。
そして、木綿の薄い神官服を着せられて、神殿の中央で大神官から聖乙女の名を賜る儀式として左の耳たぶに長い針を刺された。
突然の状況に驚いて止めどなく涙を流していたマルシアは、更なる痛みを伴った驚きに、
「キャアー、いやぁぁぁー!」
と、叫び声を上げた。
そんなマルシアを気にする素振りも無い大神官は、その耳に刺した長い針から滴る血を神殿の中央に描かれている魔方陣へと滴し、自身の魔力を魔方陣に注いだ。
どこからかやって来たアラリコもその魔方陣へと魔力を注ぎながら、自分の指先を大神官の長い針で刺して浮かんできた自身の血玉をマルシアの額に押し付けた。
すると、先程までの恐怖や悲しみが嘘のように消え、同時に恐れに歪んだ表情もマルシアから消え去った。
「聖乙女マルシア、聖女リノさまの後継としてサザランド王国とフエンテ一族にその身を捧げよ」
大神官が厳かにそう告げ、マルシアは、抑揚の無い乾いた声で
「はい」
ただそう答えただけ。
聖教国へと聖女の器として必要な教育を受ける為にアラリコと護衛と共に直ぐに向かうことになったが、その時のアラリコの立場は、マルシア王女の婚約者であった。
聖教国で清貧をこれでもかと押し付けられて教育を詰め込まれているマルシアを尻目に、アラリコは聖教国の若き枢機卿へと叙せられたのだった。
マルシアが9つの時にタバタが見つかり、聖教国に集められて聖女の器としての聖乙女教育を受けていたマルシアたちは、年長の乙女から帰国していった。
マルシアはタバタと2つ違いで、聖乙女の中では2番目に若かったので、タバタが10歳になるまではそのまま聖教国の修道院に据え置かれていたが、その時に、聖教国の教皇立ち会いの下で、アラリコと婚姻を挙げた。聖乙女は乙女であることが条件であるし、タバタが本命だがスペアとしてマルシアも乙女であることが必要だったので、それは対外的な形だけの白い結婚であった。
聖乙女であるマルシアの夫となったアラリコ枢機卿は、特別マルシアに声をかけることも気にかけることも無く、同じ国にいるはずなのに、実際会うことも無かった。
マルシアは、7つの時に魔力判定で初めてアラリコを見てから婚姻したと言えども、アラリコと話したのは聖乙女の名乗り上げの時だけであった。
それなのに、人々の口には聖乙女の夫としてアラリコの名が昇り、彼は時の人となったのである。
聖教国からサザランド王国へと帰国が許された時のはマルシアが13の年だったが、それからはサザランドの神殿で、朝の魔力奉納から始まり、泉の清め、各島々の巡礼、たまに出る海の魔物の討伐、病人の治癒や治療用ポーションの精製など、朝から晩まで、聖乙女としての職務をこなした。
時々魔力切れを起こして倒れることがあったが、ただ聖騎士がアリシアの粗末な部屋のベッドに運んで寝かせるだけ。
その間、夫であるアラリコがマルシアを慰労することなど皆無であったし、なんなら同じ神殿にいるはずなのに会うことも無かった。
マルシアは蒼白い顔をして、痩せた身体に鞭打って、淡々と大神官の命で出された数々の職務をこなし続けた。
その目はいつも虚ろで、口を開くことも無く、表情を変えることもなかった。
その姿はまるで、かつて聖女リノが禁じた奴隷のよう。
神殿の者たちは、マルシアのことを陰で、奴隷王女、奴隷乙女などと嘲笑して呼んだ。
その夫は、リノー派の教義に忠実に各島々を巡っては善行をして歩いた。
夕暮れのビーチで、朝焼けの一室で、昼下がりの木陰で、アラリコは善行を施しながら、その肩書きは大王の娘婿であり、聖乙女の夫であった。
楽しく過ごすアラリコの分の魔力奉納もマルシアの職務となった。
神殿の奥でマルシアは更に魔力を絞られ、どんどん萎れて行ったが、マルシアがそんな姿だとは養父である大王も、突然可愛い末娘が連れ去られた実親も知らなかった。
彼らは王都となった地元の島で、マルシアが聖乙女として活躍し、フエンテ一族の夫と仲睦まじく過ごしていると思っていた。
マルシアは、度々倒れながらも自身の命を削って聖魔力を搾り取られ、サザランドに捧げ続けていた。
その献身的な姿は、聖乙女の鏡だと表向きは称賛されていたが、それが魂を縛る魔術によるものだと知るフエンテ一族の者たちは、奴隷として蔑んでいた。
「聖乙女になど選ばれるなんて、なんて可哀想に」
「聖乙女を見つけたアラリコは聖乙女の夫と言う名誉に寄ってくる数多の女を抱いているのに、妻は乙女でいなければならないから愛を得られないなんて不憫ね」
「平民の女など抱きたく無い、抱ける訳が無いって言っていたけれど、後継を作る時だけは可愛がってやろうとか言っていたわ」
「悪い男ね。でも次の大神官で、聖教会の教皇にもなるかもしれない男だものね」
「彼の子を産んだ女は次代はフエンテ一族に招かれるのだもの、引く手数多よね」
「それなのに、聖乙女の妻はボロ雑巾のように使い潰され魔力を搾り取られて、子供を産んだら死んでしまうわね」
「そうしたら、また祠に安置されて、死んでも尚サザランドを護る結界に使われて」
「聖女の献身って大変ね」
そんな会話を知る由もなく、マルシアは日々酷使され続けたのだった。




