エピソード0
エニウェア大陸のほぼ中央、5千メートルを越える山々に囲まれた高地に位置する聖教国。
大陸全土に広がる聖教の総本山である、この聖地で、千年ぶりの大儀式がもう半月にも渡って執り行われている。
聖教が解釈の差で、各国でそれぞれの宗派に枝分かれしているとは言え、聖教国を重んじなければならないのはこの儀式を執り行えるのが、聖教国の神官しか居ないからである。
その大陸中の熱い期待を背負っての、儀式の執行である。
失敗は許されない。
千年ぶりと言うからには、この大陸に文化がもたらされたその瞬間から今日まで、この神聖な儀式によって大陸に住まう全ての人々に恩恵を受けて暮らしているのだ。
ー聖女召喚の儀ー
異世界からこの大陸に溜まった悪素を浄化し豊潤と発展をもたらす存在である聖女を呼び寄せる秘技である。
秘技であるが、かつては人そのものを転移召喚していたのだが、慣れない環境に精神を病み、折角召喚が成功しても恩恵を受ける間もなく亡くなってしまう症例が相次ぎ、現在では、正しく亡くなった魂だけを呼び寄せて、エニウェア大陸の然るべき器に魂を移し変えることで、聖女の持つ神から与えられし力を存分にこの地へと還元できるようになったのだ。
魂呼びの儀式は、大陸に悪素が溜まる千年に一度と決められており、その時まで、各地の聖教会は召喚の儀に使う必要な分の魔力を溜めておかねばならない。
その大量の魔力が無ければ、異世界の魂を呼び込むことも、まして人の器に入れることも出来ないのである。
さて、前回の召喚から千年後、やはり悪素は溜まり、人の住まう地は減っている。
悪素とは、人や動植物を殺す瘴気のことであり、たくさん浴びればすぐ死ぬか病になるか、精神を壊されて狂人、もしくは魔人と呼ばれる者になるか。
動物であれば魔物と呼ばれ、植物であれば魔草と呼ばれる毒草になり人に害を為す。
瘴気の溜まる場所には、魔物が溢れ魔草が広がり、川や池は毒川や毒沼へと変貌してしまう。
そうして、千年で、大体住む土地の半分が汚染された頃、ちょうど聖女召喚に必要な魔力も溜まるのである。
だから普段はお互いに牽制しあう国々も、聖教国は不可侵とし、聖教は尊敬を集める存在なのである。
さて、今、まさに聖教国の中でも更に聖域と呼ばれる場所に立つ雲の上まである高い塔で、その儀式のクライマックスを迎えていた。
大理石の広いテーブルの上に、純白の神官服を纏ったオレンジ色の髪の少女が寝かされている。
そのテーブルを囲う床一面には魔力で書かれた召喚魔方陣が淡く光輝いており、その魔方陣の東西南北には、祭壇の少女と同じ純白の神官服を着て白いベールを纏った女たちが跪いて祈りを捧げている。
一方、その塔の下、地表にも同じような魔方陣が描かれており、そこには二重、三重に如何にも高位の神職者であろうと見て取れる、白地に金糸銀糸で豪奢な刺繍を施し、金地にダイヤやルビー、サファイヤやエメラルドといった宝石を散りばめた背高帽子を被った各国の聖教宗派の代表者とその側近たちが、今か今かと待ちわびながら、各国で溜めていた魔力を込めた魔石を魔方陣へと投げ入れているのだった。
すると、晴れていた空が暗くなり、突然の雷鳴が響き渡り、稲妻が塔の最上部へとドヴァンッという大きな音と共に落ちた。
その衝撃で、塔は左右にグワングワンと大く撓り、塔の地表も地震のように揺れた。
余りに揺れが大きいので、塔を囲んでいた高位神職者たちは立っていられず、スッ転んだり、尻餅をついたり、踞ったりした。
塔の最上部で祈りを捧げていた女たちは、稲妻の衝撃で身体が金縛りにあったような感覚に陥った。
そうして、大理石のテーブルの上に生け贄として、捧げ物として寝かされていた、オレンジ髪の少女は、確かにその身の中に異世界の魂を取り込んで、身体の奥底から沸々と沸き上がる聖魔力を感じていたのだった。
タバタは自分の身体に異物が入ったことに違和感を感じた。
ー聖女さま、聖女さまですか、聖女さまはいらっしゃいますか
儀式の前に教育係りの神官に言われていたように、目を瞑ったまま心の中で声をかけた。
ー聖女さまって、私のこと?
すると、脳裏にぼんやりと黒髪に眼鏡をかけた女が浮かび上がり、返事が聞こえてきた。
ーはい。私はタバタ、あなた様をお迎えする為の器です。どうぞ聖女さま、この世界をお救い下さい。その為に私のこの身体を如何様にもお使いくださいませ。
タバタは子供の頃から繰り返し練習していた、来るべき日、聖女召喚の時に言うべき言葉を教わった通りに伝えた。
ーえ?聖女さまって、身体を使うってどういうこと?詳しく知りたいのだけれど。
ーはい。聖女さま、私の記憶を覗いて下さい。それを見て頂ければ理解が早いと言われています。
そうして、タバタは意識して記憶にある子供時代からの聖女召喚と聖教の教えについての記憶を呼び覚ました。
しばらくすると、今度はタバタの中に、異世界の風景が広がっていった。
黒髪の幼い子供が大人へと成長していく過程が流れて行く。
聖女さまはサトウメグミという人で、周囲にはメグと呼ばれていいたらしい。
かなり活発だったようで、毎朝走り、体操をしたり、騎士の訓練のようなことをしていたようだ。
勉強も良くしていたらしく、いつからか『コノヨノムジュンを正したい』と考えていたとか。
悩んだら、走る。困ったらスクワット。筋肉は裏切らないがモットーと言う、ちょっとタバタには理解不能な言葉を良く叫んでいたらしい。
なぜ叫ぶ?選挙?選挙公約?市長?最年少市長にトウセンして、カイカクを推し進めていた矢先に、急な大病にかかり治療の甲斐無く、亡くなってしまった、その無念が召喚の儀に呼応したのかもしれない。
市長とは王様か教皇様か宰相か、そう言った役職のようだから。
タバタは以前からかつて召喚された聖女さまの手記を学ばされていた。基礎知識が無いと、魂の融合が難しいかららしい。
だから、聖女さまの世界が進んでいて、生活習慣や統治システムや娯楽なんかが全然違うことも知識として持たされていたが、聖女さまの記憶から直接視ると余りの違いに理解が追い付かない。
まあ、だからと言ってタバタは魂の器なだけだから、特に心配も無いかと思うことにした。
ータバタさん?16歳だからタバタちゃんで良いかな?
聖女さまが問いかけてきた。
ー聖女さま、タバタと呼び捨てて下さい。私は単なる器ですから。その内私の自我は消えていくそうですし。この身体は聖女さまの為の物ですから。
ー違うよ、あなたの記憶を視させてもらいました。あなたは器なんかでは無い。あなたはあなたです。あなたの人生を歩めるの。今まで自己犠牲を刷り込まれてきたけれど、これからはあなたの人生を取り返そう!あなたの自我は消えないし消さない。
ー聖女さま?
ーメグって呼んで頂戴、タバタ。私たちは二人で一人にさせられたけれど、あなたの身体を乗っ取るようなことはしないから。とりあえず、
「せ、聖女さま。聖女さま声が聞こえますか」
北側の女が声をかけた。
もう稲妻が落ちてから既に半刻が過ぎた。
器の中に聖女の魂が定着出来ていれば覚醒する頃合いである。
「キューキューニョジツリョー」
大理石のテーブルからゆっくりと起き上がったタバタは、呪文を唱えた。
すると、突風が巻き上がり塔全体に薄緑色の膜が張られた。
塔の中にいるのはタバタと最上階で東西南北の位置で祈りを捧げていた女たちだけ。
塔の足元に転がっていた聖教の関係者は突風に弾かれて、全員遠くまで飛ばされていったのだった。




