7 あいつはあたしたちを二度殺す
町の郊外にある二階建ての廃校舎の前に立つもみじは、横にいる鏡太朗に向かって言った。
「見ろ。誰かのイタズラか、魔物の仕業かはわからねーが、玄関の上の二階の窓ガラスが壊れている。恐らく、魔物はあそこから侵入したんだろう。あたしたちもあそこから侵入するぞ。あたしは外壁を駆け上ってあの窓まで行けるが、おめぇはあそこまで行けそうか?」
鏡太朗は、ズボンの右ポケットから長さ十二センチにしている霹靂之大麻を取り出しながら、もみじに答えた。
「龍雷で地面を打って跳び上がれば、俺もあの窓から中に入れるよ」
「よし、ついて来い」
もみじはそう言うと、校舎の外壁を駆け上り、二階の割れた窓から校舎内に侵入した。もみじは窓から下を覗くと、玄関の前に向かって声をかけた。
「鏡太朗、おめぇも……」
もみじが見下ろす校舎前の敷地には、鏡太朗の姿がなかった。
「いねぇ……。あいつはどこに行った? はっ!」
もみじは何かに気づいて自分の足元に目を向けると、視線を右側の床に向かって移動させた。
「魔力が移動を始めた……。あたしの侵入に気づいたのか? 仕方ねぇ! 鏡太朗のことは後回しだ。まずは魔物を追うんだ」
もみじは周囲を警戒しながら、階段に向かって廊下を歩いて行った。一階に繋がる階段は、下に行くにつれて薄暗くなっていた。
「ここは……、ここは……一体どこなんだ?」
鏡太朗は薄暗い中で両目を見開き、五十メートル上方にある光が差し込む穴を見上げていた。茫然とした表情で周囲を見渡すと、鏡太朗がいるのは地中にある広い穴の中で、そこは半径五十メートルの円柱形の空洞になっており、鏡太朗の真上にある天井部分の中央には、直径五メートルの地上に繋がる穴があり、奥行きが十五メートルある穴の向こう側には青空が見えていた。
鏡太朗は右手に持っている長さ十二センチの状態の霹靂之大麻を見つめながら、ついさっきの状況を思い返した。
『俺は廃校の前で霹靂之大麻を取り出した。あの時、誰かに左肩を触られた気がして、気がついたらここに立っていた。どうなってるんだ?』
「助けてえええええええっ! 誰かああああああああああっ!」
穴の中で、若い女性の若干芝居がかった悲鳴と助けを呼ぶ声が響き、鏡太朗は慌てて声が聞こえた方を振り返った。
鏡太朗の二十メートル後方では、両手で顔を覆っている女性が地面にうずくまっていた。
「どうしたのーっ? 大丈夫ーっ?」
鏡太朗は急いで女性の許に駆け寄った。その女性は黒いロリータファッションを着て、ウエーブがかかった長い髪をツインテールにしていた。
女性は目の前に立ち止まった鏡太朗を見上げた。
「あ……、ありがとうございます……。コンビニに行こうと思ったら、道に迷ってしまって……」
女性は人間の姿をしている黑リリィであり、キラキラ輝く大きな瞳に涙を浮かべ、儚げな表情で鏡太朗を見つめた。
『ふふふ……。あんたをこの場所に連れてきたのはね、二つの選択肢から自分の運命を選ばせるためなのよ。一つ目の選択肢は、超絶可愛いあたしに夢中になって、もみじへの興味を失って町に帰ること。二つ目の選択肢は、もみじに二度と会わないと契約して、人間には脱出不可能なこの超危険な場所から町に帰ること。まあ、二択にしなくても、あたしを見た瞬間、マジ恋の沼にズブズブとハマっていくことは間違いないでしょうけどね。これはもみじが、もみじであり続けるためには、どうしても必要なことなのよ』
「きゃああああああああああああああああっ!」
洞窟の奥から、別の女の子の悲鳴が聞こえた。
「どうしたのーっ? 大丈夫ーっ?」
鏡太朗はリリィを置いて、洞窟の奥に向かって駆け出した。
「待たんかああああああああああああーーーーーいっ!」
リリィが思わず鏡太朗に向かって叫び、鏡太朗は不思議そうな表情で振り返った。
「どうしたの?」
「ちょっと、あんた! 全世界の可愛さヒエラルキーの最頂点にあるこのあたしが、涙を浮かべてたのよ! 何とも思わないの?」
リリィが鏡太朗に食ってかかると、鏡太朗は屈託のない笑顔で答えた。
「君が無事みたいだったから、とってもよかったって思ってるよ。でも、あっちで叫んでいる人は、本当に緊急の事態かもしれないから、あっちに行くね」
鏡太朗は優しい笑顔でリリィにそう言うと、洞窟の奥へ走って行った。
「ちょ、ちょっと……」
リリィは鏡太朗の背中に声をかけたが、鏡太朗は暗い洞窟の奥に向かって駆けていった。
『な、何なのよ、この鏡太朗って奴ーっ! あたしが得意とするあの萌え萌えキュンキュンの表情に一目惚れしないなんて、そんなの絶対に許せないわーっ! あたしが瞬間移動して連れてきたこの場所で、死ぬほど苦しませてやるんだからーっ!
ふふふっ、ここはあたしが魔物ハンターの現役時代に、特大の魔力を集めることができるポイントとして目をつけていた場所なのよ。結局、痛い思いを一手に引き受ける担当のもみじが魔物ハンターを辞めちゃって、あたしとパパは、めっちゃ楽して魔力を集める『魔物牧場方式』を確立したから、来る必要がなくなって、今初めてやって来たけど、ここは激ヤバの場所らしいのよ! 徹底的に苦しみ抜いて、あたしに一目惚れしなかったという万死に値する重い罪を後悔し続けなさい!』
鏡太朗が暗い洞窟の隅に駆けつけると、そこには泣きながら狼狽する十歳くらいの女の子と、恐怖で引きつった表情の五人の若い男女が立っていた。女の子は長いストレートの髪をツインテールにして青いリボンを結び、水色の半袖のワンピースを着ていた。
鏡太朗は、女の子に向かって優しい声をかけた。
「どうしたの? 何があったの? 俺が力になるから……」
女の子は鏡太朗の言葉を遮って、泣きながら必死に訴えた。
「あいつが来る! あいつが来るのーっ! また殺される! また殺されるよ! もう殺されるのは嫌だよおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「あいつ? 殺される? また殺されるって……。はっ!」
鏡太朗は周囲の異様な状況に気づき、息を呑んだ。周りの地面と土でできている洞窟の壁には直径百五十センチの穴が無数に空いており、微かに地面が揺れていた。
「地面が揺れてる……。こ、これは何だ? ……地面の下から何かが来る!」
鏡太朗の三メートル先に立っていた若い女性の足元から、突然赤黒い柱のようなものが勢いよく飛び出した。
「きゃああああああああああああああああああああああっ!」
若い女性は、赤黒い柱のようなものに一瞬にして高く持ち上げられた。
「こ、これは……?」
愕然とする鏡太朗の視界に映ったのは、胴の幅が百五十センチ近くある大ムカデの体の一部が、地面から十メートル飛び出して女性の下半身を先端の口で呑み込んでいる姿だった。
「あ、あたし、また殺される……」
女性は涙を流しながら恐怖と悲しみの入り混じった顔で呟くと、上半身も大ムカデに呑み込まれて姿を消した。
鏡太朗は目の前で展開する異常な光景に呆然としていたが、ふと我に返ると、長さ十二センチにしていた霹靂之大麻を右手で握りしめながら叫んだ。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え! 霹靂之杖!」
霹靂之大麻は鏡太朗の手の中で杖の状態に変わり、鏡太朗は杖と化した霹靂之大麻『霹靂之杖』を大きく振りかぶりながら、大ムカデに駆け寄った。
「その人を返せえええええええええええええええええっ!」
鏡太朗は渾身の力で大ムカデに一撃を加えたが、大ムカデは何ごともなかったかのように全く反応がなかった。
「き、効かない……。こ、こうなったら、古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え! 天地鳴動日輪如稲妻ああああああああああああああっ!」
霹靂之杖の先端の紙垂が一斉に逆立って雷の塊に包まれ、雷は大ムカデの体に広がって全身を包んだ。
「そ、そんな……。雷も効かない……」
愕然とする鏡太朗の眼前では、地面から体の一部を飛び出させた大ムカデが、雷に覆われても何一つ反応をしていなかった。
大ムカデは、地面の中に引っ込むように姿を消した。
鏡太朗はあまりにも衝撃的な光景と自分の無力さに呆然とし、その場に立ちすくんでいた。
「もう嫌だあああああああっ! もう殺されるのは嫌だよおおおおおおおおっ!」
女の子がパニックを起こして泣き叫び、その声を聞いた鏡太朗は我に返ると、女の子に近づいた。
「落ち着いて、もう大丈夫だよ。え?」
鏡太朗は女の子の頭を撫でようとして、その頭に触れた瞬間に驚愕した。鏡太朗の右掌は女の子の頭を通り抜けていた。
「き、君は……幽霊なの……?」
「そうさ」
驚く鏡太朗の背後から、十八歳くらいのボーイッシュな見た目の少女が、パニックを起こしている少女に代わって答えた。少女は赤髪のショートカットで、カーキ色のスウェットにデニムパンツを身に着けていた。
「ここにいるのは、みんな幽霊なのさ。みんなあの大ムカデに食い殺されたんだ。あいつは人を二度殺すんだよ。
最初は、あたしたちはあいつに体を少しずつ食いちぎられて、激痛と苦しみと悲しみと絶望の中で殺された。そして、あいつは幽霊になって魂だけの姿になったあたしたちを一人ずつ呑み込んで、もう一度殺すんだ。存在が消滅するという永遠の死をもたらすのさ」
少女の幽霊は、声を上げて泣き続ける十歳くらいの女の子の幽霊を優しく抱きしめた。
「芽衣里、もう泣くな」
「彩奏ねーちゃん!」
芽衣里は彩奏に抱きついて泣き続けた。
「この芽衣里は、目の前で大好きなパパとママをあいつに食い殺されたんだ。そして、芽衣里自身もあいつに食い殺された。その次は、パパとママの魂もあいつに食われた……。あたしもあいつに食い殺されたけど、ここには他に知り合いはいなかった。だけど、芽衣里はまだ十歳なのに、自分だけでなく、大切な人も目の前で殺されて、あたしよりもずっと辛い思いをしてるんだ。可哀想に……」
彩奏は芽衣里を抱きしめながら、キラキラと涙を零した。
リリィは少し離れた場所で、鏡太朗と彩奏のやり取りを聞いていた。
『ここは、人間界で暮らす他の悪魔から激ヤバな場所って聞いてたけど、そーゆーところだったのね! これまで大勢の悪魔が特大の魔力を求めてここに来て、みんなひどい目に遭って逃げ帰ったっていう話だけど、どんな魔物がいて、どんなことをしてるのかは知らなかったわーっ。あたしがだーいっ嫌いな血生臭系の魔物だったのね!』
リリィは呆れた顔で彩奏と芽衣里に言った。
「あんたたちって、本当におバカねーっ! 幽霊だったら、こんな洞窟なんて飛んで逃げられるでしょーっ?」
彩奏はリリィをきっと睨んで言った。
「そんなこと、あたしだって、他の人たちだって考えついて、とっくに試したさ。でも、この姿でも、光の粒の姿に変わっても、どうしてもこの洞窟を抜け出ることはできないんだ。まるで見えない壁があるみたいに、あたしたちはここに閉じ込められているんだ」
「あらそう? それはたいへんね。ま、そんなこと、あたしにはどーでもいいことだけど」
リリィは鏡太朗に顔を向けた。
「それよりあんた、どーして雷の神の力を借りる神伝霊術が遣えるのよ? その棒を使う術は初めて見たけど、あんたがさっき呼びかけた天翔迅雷之命って雷の神よね? もみじが術を遣う時にいつも呼びかけてたわよ!」
リリィは喋りながら段々声に怒気を帯びていき、その表情も険しくなっていた。
『あーっ、何かこいつを見てると、めっちゃ腹が立つーっ! あたしに一目惚れしなかったという大罪は、絶対に許さないんだからーっ!』
「ええーっ? 君、もみじさんを知ってるの? もみじさんは、俺の神伝霊術の師匠なんだよ」
鏡太朗は、驚きと喜びが入り混じった表情でリリィに言った。
『師匠? そっかーっ、この鏡太朗って奴ともみじは、弟子と師匠の師弟関係だったのね〜。でも、もみじったら、いくら男に超絶モテないからって、めっちゃ年下の弟子に手を出すなんて! もみじ、待ってて! あたしが、すぐにあなたの病んで荒み切った心を救って、一ミリも男に縁がない正常なもみじの姿に戻してあげるわ!』
その時、再び地面が微かに揺れ始めた。
「あいつがまた来るよ! もう殺されるのは嫌だよおおおおおおおっ!」
芽衣里が泣きながらパニックを起こし、彩奏は緊張した表情で芽衣里を抱きしめた。背後に立つ他の幽霊たちも、青ざめた表情で激しく動揺していた。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え! 龍雷之紙垂!」
鏡太朗がそう叫ぶと、手の中の霹靂之杖が縮んでいき、その先端の紙垂が雷になって縒り合わり、長さ六メートルの雷の縄『龍雷』になって、這うように地面の上に伸びた。
龍雷の柄を両手で握って身構える鏡太朗は、強い緊張と焦燥感を覚えていた。
『あの大ムカデには打撃も雷も効かなかった。どうすればいい? どうすればこの人たちを助けられる?』
「うわあああああああああああああああああああああっ!」
洞窟の壁から大ムカデが飛び出し、芽衣里と彩奏のすぐ後ろに立っていた若い男性の幽霊の上半身を頭から呑み込んだ。
「龍雷よ! 大ムカデを打てええええええええええええええええええっ!」
龍雷は鏡太朗が指示する叫びに反応し、長く伸びて大ムカデの頭を下から強打したが、大ムカデは頭部を一瞬振られただけで、それ以上の反応はなかった。
「ダメージが全くない!」
愕然とする鏡太朗の目の前で、大ムカデは若い男性の幽霊の全身を呑み込むと、素早く土の壁に引っ込んで姿を消した。
「ま、守れなかった……。あの人を守れなかった……」
鏡太朗は自分の無力さに打ちのめされ、力なく両膝をつき、ポロポロと涙を流した。
「これ以上犠牲者を出さないためには、どうしたらいい? どうしたらこの人たちを守れるんだ? どうしたら……」
鏡太朗は涙を流しながら、目の前が真っ暗になっていくような絶望と強い焦りを感じていた。
リリィは、そんな鏡太朗の様子をニヤニヤして見つめていた。
『せいぜい苦しむがいいわ、鏡太朗! あんたは、もっと、もっと、もおおーっと罰を受けなければならないほどの重大な罪を犯したのよ!
でも、鏡太朗って本当におバカねーっ! 知らない人間の魂が魔物に食べられて存在が消滅したからって、鏡太朗にはなーんにも関係ないじゃない? そんなことなんて、どーだっていーことなのに、何で見ず知らずの人間のために泣くのよ? 必死になるのよ? 何だか鏡太朗のこのめっちゃ暑苦しい感じって……、もみじみたいだわ……』
鏡太朗を見つめるリリイの表情からは、いつの間にか嘲りの色が消えていた。
廃校では、もみじがベニヤ板で窓を塞がれて薄暗くなっている一階の廊下を歩いていた。
『魔物は、この廊下の突き当りの左側の教室にいやがる。この魔力……、めっちゃ強いじゃねーか。こりゃあ、相当気をつけねぇとな……』
もみじは強い緊張を覚えながら、二十メートル先にある教室の引き戸を睨んだ。
「あらぁ〜、『気をつけねぇと』って言ったそばから、隙だらけじゃな〜い?」
不意に右耳のすぐ後ろから女の子の声が聞こえたため、もみじは驚いて目を大きく見開いた。いつの間にか十八歳くらいに見える魔物の女の子が、愛くるしい笑顔でもみじのすぐ後ろに立っていた。
もみじが慌ててその女の子から距離を取って振り向くと、そこに立つ魔物の女の子は、黒と白のメイド服を着て、黒い猫耳がついた白いカチューシャを頭につけ、毛先を巻いたピンク色の長い髪をツインテールにしており、目尻が下がった大きな目で満面の笑みを浮かべていた。
『い、いつの間に? こ、こいつの魔力、すげぇ強いぞ! さっきまでこんな魔力は感じなかったぞ!』
メイド服の魔物はニコニコ笑っており、甘ったるい声でもみじに両手をふりふり振りながら言った。
「あたしたちヴァンパイア族の魔物はぁ〜、外部に放出する魔力を消して、気配をなくすことができるんだよぉ〜! そして、あたしはジルちゃんだよぉ〜! よろしくねぇ〜!」
『こ、こいつ、あたしの思考を読んでやがる!』
「その通りさ」
もみじは再び背後から突然聞こえた声に愕然とした。もみじの背後には、いつの間にか目をギラつかせて薄笑いを浮かべる若い女性の姿の魔物が立っていた。
もみじが慌てて背後の魔物から距離を取って振り返ると、そこにはリボンやレース、造花などの飾りがふんだんについている十八世紀のフランスの社交界で流行っていたロココ調の真紅のドレスを着て、オレンジ色のウェーブがかかった髪を頭の上で一つに束ねた二十歳くらいに見える女性の魔物が、吊り上がった目をギラつかせて立っていた。
若い女性の姿の魔物がもみじに言った。
「ヴァンパイア族では、持っている魔力量で身分が決まる。自分より魔力量が上の者の命令には、絶対に従わなければならないという掟があるんだぜ。そして、オレたちのような最高レベルの魔力量を持つ者は、ヴァンパイア族の支配階級なのさ。オレたち支配階級のヴァンパイアには、他の魔物や人間の思考を読む能力があるんだ。ちなみに、オレの名前はルージだ。オレたち三体のヴァンパイアは、今日からお前のご主人様になるんだ。しっかり覚えておきな」
『こいつの魔力もめっちゃ強い……。しかも、背後に接近されたことに全く気づかなかった……』
もみじは激しく動揺していたが、あることに気づいてハッとした。
『今こいつは『三体』って言ったよな? 教室の中の強い魔力は教室の中から移動してねぇ! 教室の中にもう一体のヴァンパイアがいるってーのか?』
「そうだ。そして、今お前の後ろに瞬間移動した」
もみじは三たびすぐ後ろから聞こえた声に、全身が凍りついたような恐怖を覚えた。もみじのすぐ後ろには、十七世紀のフランスの王侯貴族が身につけていたバロック調の重厚で豪華な緑色のドレスを着た二十五歳くらいの女性の姿のヴァンパイアが、冷たい目に冷笑を浮かべて立っていた。そのヴァンパイアはフリルや造花で飾られた大きな緑色の帽子をかぶり、その下には銀色の髪を覗かせていた。
もみじは激しく動揺しながら、三体のヴァンパイアと距離を取った。
『しゅ、瞬間移動だと……?』
緑色のドレスを着たヴァンパイアが、氷のような冷たい表情で言った。
「そうだ、人間よ。私たち三体は、魔力を使って瞬間移動ができるのだ。私はヴァンパイア族のスノン。この町にいる人間どもは、一昨日の夜中に一人残らず私たちがヴァンパイアに変えた。私たちの眷属となった町中の人間どもは、私たちがテレパシーを使って目覚めの命令を伝えるまでの間、眠りについているのだ」
『町中の人間が……ヴァンパイアになった……だと……?』
スノンの言葉を聞いたもみじは、町全体が想像を超えた異常事態に陥っていることを悟り、意識が次第に遠くなっていくように感じた。
ジルとルージはスノンの両脇に一瞬で移動し、ジルが楽しそうに口を開いた。
「人間を眷属にする前にぃ〜、少しずつ生き血をもらって飲んじゃったからぁ〜、お腹がいっぱいになって眠くなったしぃ〜、眷属をい〜っぱいつくって疲れちゃったからぁ〜、ジルちゃんたちはさっきまで、ここで寝てたんだよぉ〜! 睡眠不足はお肌の大敵なんだよぉ〜!」
スノンがニヤリと笑いながら言った。
「偉大なるヴァンパイア族の中でも、私たち支配階級のヴァンパイアだけが特別な魔力を持ち、雪のように美しく輝く白い肌をしているのだ」
笑みを浮かべる三体のヴァンパイアの顔は、人間の肌ではあり得ないほど真っ白で、口の中には上顎から生えた二本の牙が歯と一緒に並んでいた。




