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名前を呼ばれなかった私が、異世界でただ一度「君」と呼ばれるまで  作者: Futahiro Tada


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それでも、私たちは選び続ける

それでも、私たちは選び続ける


 街は、

 確かに、

 救われていた。

 河港都市は、

 再び、

 日常を取り戻しつつあった。

 船は出航し、

 荷は運ばれ、

 人々は、

 昨日と同じように、

 仕事へ向かう。

 ただ一つ、

 違っていたのは。

 誰もが、

 どこかで、

 「失われたもの」を、

 意識していることだった。

 それを、

 口に出す者はいない。

 だが、

 確実に、

 街の奥に、

 沈んでいる。

 ***

 ユイは、

 川沿いの道を、

 一人、

 歩いていた。

 足取りは、

 重い。

 体ではなく、

 心が。

 あの老人の背中が、

 何度も、

 思い出される。

 生きている。

 だが、

 もう、

 選べない。

 感情の大部分を、

 歪みに削られ、

 穏やかに、

 笑うことしか、

 できなくなった。

 ――あれは、

 正しかったのか。

 問いは、

 何度も、

 浮かぶ。

 だが、

 答えは、

 出ない。

 出ないことを、

 彼女は、

 もう、

 知っていた。

 ***

 レオンは、

 街の外れで、

 剣の手入れをしていた。

 刃に、

 歪みは残っていない。

 だが、

 彼の手は、

 微かに、

 震えていた。

 斬らなかった。

 それは、

 彼にとって、

 初めての選択だった。

 これまでは、

 躊躇なく、

 振るってきた。

 それが、

 自分の役割だと、

 信じていた。

 だが、

 今回は。

 剣を振るわず、

 それでも、

 犠牲が生まれた。

「……守ったつもりで、

 守れなかった」

 彼は、

 小さく、

 呟く。

 だが、

 同時に、

 理解していた。

 もし、

 あの場で、

 斬っていたら。

 街は、

 救われたかもしれない。

 だが、

 ユイは、

 失われていた。

 それだけは、

 確かだった。

 ***

 二人が、

 再び、

 向き合ったのは、

 夕暮れ時だった。

 河が、

 橙色に染まり、

 街の喧騒が、

 少し、

 落ち着く時間。

 言葉は、

 最初、

 なかった。

 互いに、

 視線を向け、

 そして、

 逸らす。

 沈黙が、

 長く、

 続いた。

 やがて、

 ユイが、

 口を開く。

「……レオン」

 彼は、

 顔を上げる。

「私は」

 一度、

 息を吸う。

「あなたと、

 一緒に、

 この世界に、

 立ち続けたい」

 はっきりとした、

 言葉だった。

 曖昧さは、

 ない。

 逃げ道も、

 ない。

 レオンの目が、

 揺れる。

「……それは」

 彼は、

 言葉を選ぶ。

「危険だ」

「知ってる」

 ユイは、

 即答する。

「傷つくし、

 失うし、

 間違える」

「それでも?」

「それでも」

 迷いは、

 なかった。

 それは、

 恋の高揚ではない。

 静かな、

 決意だった。

 ***

 レオンは、

 しばらく、

 黙っていた。

 彼の中で、

 何かが、

 崩れていく。

 これまで、

 彼は、

 正しい役割を

 生きてきた。

 剣を持ち、

 歪みを斬り、

 感情を切り捨てる。

 それが、

 世界のためだと、

 信じてきた。

 だが、

 今、

 目の前にいる彼女は、

 違う道を、

 選んでいる。

 正しさではなく、

 関わり続ける道を。

「……ユイ」

 彼は、

 ゆっくりと、

 言う。

「俺は、

 君を、

 守り切れない」

「うん」

 ユイは、

 頷く。

「私も、

 あなたを、

 守り切れない」

 それが、

 前提だった。

「それでも、

 一緒にいるってことは」

「……一緒に、

 間違えるってことだよ」

 ユイは、

 微笑んだ。

 その笑みは、

 穏やかで、

 強い。

「私は、

 それを、

 選ぶ」

 レオンの胸が、

 締め付けられる。

 彼は、

 ようやく、

 理解した。

 彼女は、

 救われたいのではない。

 共に在りたいのだ。

 ***

「……俺は」

 レオンは、

 剣から、

 手を離した。

「君の隣で、

 正しさを、

 決めることは、

 できない」

 ユイは、

 黙って、

 聞いている。

「だが」

 彼は、

 一歩、

 近づく。

「君の隣で、

 問い続けることなら、

 できる」

 それは、

 彼なりの、

 答えだった。

 守る者と、

 導く者。

 その関係を、

 捨てる。

 代わりに。

「俺は、

 君の恋人として、

 ここに立つ」

 はっきりと、

 言い切った。

 ユイの目が、

 見開かれる。

 そして、

 ゆっくりと、

 潤む。

「……それ、

 簡単じゃないよ」

「分かってる」

 レオンは、

 苦笑する。

「だが、

 俺はもう、

 一人で、

 決めることを、

 やめる」

 それは、

 剣を持つ者としての、

 終わりであり。

 一人の人間としての、

 始まりだった。

 ***

 二人は、

 河を見つめる。

 歪みは、

 まだ、

 この世界から、

 消えていない。

 制度も、

 完全には、

 壊れていない。

 また、

 犠牲が、

 生まれるかもしれない。

 それでも。

「……世界は、

 変わらないね」

 ユイが、

 言う。

「いや」

 レオンは、

 首を振る。

「変わらないように、

 見えるだけだ」

「少なくとも」

 彼は、

 彼女を見る。

「俺たちは、

 もう、

 同じ選択を、

 繰り返さない」

 それが、

 約束だった。

 ***

 夜が、

 訪れる。

 河港都市の灯りが、

 一つずつ、

 点る。

 二人は、

 並んで、

 歩き出す。

 恋は、

 救いではない。

 逃げ場でも、

 ない。

 だが。

 選び続ける、

 理由には、

 なる。

 世界が、

 どんな問いを、

 突きつけても。

 歪みが、

 何度、

 現れても。

 彼女は、

 彼の手を、

 取った。

 彼は、

 その手を、

 握り返す。

 強くは、

 ない。

 だが、

 離れない。

「……行こう」

 ユイが、

 言う。

「うん」

 レオンは、

 答える。

 この先に、

 正解が、

 あるかは、

 分からない。

 だが。

 選び続ける二人は、

 もう、

 一人ではない。

 それが、

 この物語の、

 最終回答だった。

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