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名前を呼ばれなかった私が、異世界でただ一度「君」と呼ばれるまで  作者: Futahiro Tada


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選ばれた理由、揺れる命令

選ばれた理由、揺れる命令


 異変が起きたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 詰所の中庭に、急ぎ足の騎士が駆け込んでくる。

 鎧の金具が、普段よりも大きな音を立てていた。

「レオン隊長!」

 その声に、詰所の空気が一瞬で引き締まる。

 訓練をしていた騎士たちが動きを止め、各々が持ち場に意識を向ける。

 レオンは即座に反応した。

「報告しろ」

「北の森で、結界の揺らぎを確認しました。規模は中程度……ですが」

 言いよどむ部下に、レオンは鋭い視線を向ける。

「だが?」

「異常です。揺らぎの中心に、人の反応が混じっています」

 その瞬間、胸の奥がひやりとした。

 人の反応。

 なぜか、それが自分と無関係だとは思えなかった。

「異界人か?」

「断定はできません。ただ……反応の質が、通常と違うと」

 レオンは短く息を吐いた。

「分かった。第一班、装備を整えろ。第二班は詰所の防衛を固めろ」

 矢継ぎ早の命令。

 騎士たちが散っていく。

 私は中庭の端で、その様子を見ていた。

 邪魔にならないように、視線を落として。

 けれど、レオンの声がこちらに向く。

「ユイ」

 名前を呼ばれ、身体が強張る。

「執務室に来い」

 その言葉は、命令だった。

 詰所の奥。

 再びあの執務室に入ると、レオンは扉を閉め、地図の前に立った。

「……結界について、聞いたことはあるか」

 唐突な問い。

「いえ……昨日、少しだけ話を聞いたくらいで」

「この国の外縁には、魔物を抑制するための結界が張られている」

 彼は地図の北側を指でなぞる。

「北境は特に不安定だ。定期的に点検と補修をしているが……」

 言葉が、わずかに詰まる。

「異界人が現れると、結界が揺らぐことがある」

 私は息を呑んだ。

「それって……私のせい、ですか」

 問いは、ほとんど無意識だった。

 レオンは即座に否定しなかった。

「せいという言い方は正しくない」

 慎重な口調。

「だが、異界人の存在が、この世界の理を刺激するのは事実だ」

 胸が締めつけられる。

 自分がここにいるだけで、危険を生む存在だと告げられている気がした。

「……だから、近づくなって言ったんですね」

 小さく言うと、レオンは一瞬だけ視線を逸らした。

「それも理由のひとつだ」

 彼は地図から手を離し、こちらを見た。

「だが、今回はそれだけじゃない」

 嫌な予感が、背中を走る。

「結界の揺らぎが、通常よりも安定している」

「……安定?」

「崩れかけているのに、完全には壊れていない。まるで――」

 言葉を探すように、間が空く。

「――誰かが、無意識に支えているような状態だ」

 私は、はっとした。

 昨夜。

 影が歪んだ瞬間。

 引きずり込まれる感覚。

「……私、森にいたとき……」

 レオンの視線が鋭くなる。

「何か感じたか」

「分かりません。でも……引き込まれる前、怖かったけど、同時に……」

 言葉を探す。

「……呼ばれた気が、しました」

 執務室の空気が、ぴんと張りつめる。

「呼ばれた、か」

 レオンは低く繰り返した。

「それは、結界に共鳴した可能性が高い」

 共鳴。

 理解できないはずなのに、その言葉は妙に腑に落ちた。

「つまり……」

 私が続きを待つと、レオンははっきり言った。

「お前は、この世界の結界に影響を与える核になり得る」

 頭が、真っ白になる。

「そんな……私、何も……」

「意識的でなくても構わない。問題は、影響が出ているという事実だ」

 彼は一歩、こちらに近づいた。

 距離が縮まり、思わず息が止まる。

 そして、すぐに気づいたように、一歩引いた。

 ――近づくな。

 あの言葉が、脳裏をよぎる。

「今回の揺らぎは、放置できない」

 レオンは表情を引き締める。

「だが、無理に結界へ手を加えれば、逆に暴走する可能性がある」

「……じゃあ、どうするんですか」

 震える声で尋ねると、レオンは少しだけ黙った。

 そして。

「お前を、現場に連れて行く」

 その一言で、心臓が跳ね上がった。

「え……?」

「もちろん、前線には立たせない。だが、揺らぎの近くにいる必要がある」

「それって……危険じゃ……」

「危険だ」

 即答。

 でも、その声には迷いがあった。

「……だからこそ、俺が行く」

 レオンはそう言い切った。

 その言葉に、胸が熱くなる。

 守る、と言われたわけじゃない。

 それでも、彼が自分の身を張る覚悟なのは伝わった。

「隊長、それは――」

 扉の外から、別の騎士の声が聞こえる。

 いつの間にか、報告が終わり、出発の準備が整ったのだろう。

 レオンは一度だけ目を閉じ、そして私を見る。

「ユイ。これは命令だ」

 厳しい声。

「俺の指示なしに、何もするな。何も考えるな」

「……でも」

「逆らうな」

 その言葉に、私は口を閉ざした。

 従うしかない。

 ここで拒めば、彼の立場をさらに危うくする。

「分かりました」

 そう答えると、レオンはほんの一瞬だけ、安堵したように見えた。

 ――ほんの一瞬。

 森へ向かう道は、昨日よりも重く感じられた。

 騎士たちに囲まれ、私は中央を歩く。

 前後左右、隙がない。

 まるで守られているようで、同時に運ばれている感覚。

 北の森に近づくにつれ、空気が変わった。

 冷たい。

 肌に、見えない膜が触れているような違和感。

「……ここです」

 先導していた騎士が立ち止まる。

 その瞬間、胸がざわついた。

 見えない何かが、確かにある。

 私は無意識に一歩、前に出そうになる。

「動くな」

 即座に、レオンの声が飛ぶ。

 私ははっとして足を止めた。

「……すみません」

「謝るな」

 彼は私の前に立ち、視線を森へ向けたまま言う。

「感じているなら、それでいい」

 森の奥で、空気が揺れる。

 陽炎のように、歪みが生じている。

「……怖いです」

 正直な気持ちが、口からこぼれた。

 レオンは答えなかった。

 ただ、剣に手をかける。

「ユイ」

 名前を呼ばれる。

「お前は今、役目を与えられている」

 役目。

「それは、望んだものじゃない。だが――」

 彼は一瞬だけ、こちらを振り返った。

「それでも、選ばれた」

 その言葉が、胸に深く突き刺さる。

 誰にも必要とされないと思っていた私が。

 異世界で、しかもこんな形で。

 選ばれた。

「……逃げたいです」

 思わず、そう言ってしまった。

 レオンは、少しだけ目を細める。

「当然だ」

 否定しない。

「だが、逃げるなら――」

 彼は一歩、前に出た。

「俺がすべて背負う」

 その背中を見て、私は初めて思った。

 ――この人は、ずっとこうやって生きてきたんだ。

 守るために前に立ち、

 触れてはいけないものから距離を取り、

 それでも誰かを見捨てない。

 私は、拳をぎゅっと握った。

「……私、ここにいます」

 小さな声。

「逃げません」

 レオンの肩が、ほんのわずかに揺れた。

「……命令に従え」

 それだけ言って、彼は再び森へ向き直る。

 結界の揺らぎが、ゆっくりと落ち着いていくのを、私は確かに感じていた。

 私がここに立っているだけで。

 この世界に、影響を与えている。

 それが、怖くて、重くて――

 でも、初めて無意味じゃないと思えた瞬間だった。

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