表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前を呼ばれなかった私が、異世界でただ一度「君」と呼ばれるまで  作者: Futahiro Tada


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/41

それでも同じ場所には立てなかった

それでも同じ場所には立てなかった


 王都の復旧は、

 想像以上の速さで進んでいた。

 人は、

 壊れたものを直す術を、

 長い歴史の中で、

 身につけてきた。

 焼け落ちた建物には、

 木材が運び込まれ、

 崩れた石畳は、

 仮設の道で覆われる。

 悲嘆は、

 作業の音に紛れていく。

 それは、

 生き延びるための知恵だ。

 ユイは、

 その光景を見つめながら、

 胸の奥に、

 消えない違和感を抱えていた。

 ――早すぎる。

 壊れたこと自体が、

 なかったかのように、

 世界は前に進もうとしている。

 問いは、

 置き去りにされたままだ。

 ***

 仮設庁舎の一室。

 ユイは、

 粗末な机の前に座っていた。

 正式な役職は、

 ない。

 それでも、

 彼女の前には、

 人が集まる。

 歪みを感じ取れる者。

 歪みに触れた者。

 そして、

 歪みを恐れる者。

「……この地域で、

 また、

 小さな揺らぎが」

 報告は、

 淡々としている。

 だが、

 言葉の端々に、

 期待と依存が混じる。

 ユイは、

 それを、

 見逃さなかった。

「私が、

 行く必要はない」

 彼女は、

 はっきりと言った。

「今回は、

 皆で、

 確認して」

 室内が、

 一瞬、

 静まる。

「……でも」

 誰かが、

 口を開きかける。

 ユイは、

 その先を、

 遮った。

「私は、

 全部を、

 引き受けない」

 それは、

 拒絶ではない。

 線引きだった。

 だが、

 その線は、

 人を不安にさせる。

 誰かが、

 歪みを背負ってくれると、

 信じていたから。

「……分かりました」

 そう答えた声には、

 わずかな失望が、

 含まれていた。

 ユイは、

 それを、

 受け止める。

 これが、

 最後の試練だと、

 分かっている。

 ***

 一方、

 レオンは、

 別の場所にいた。

 王都外縁、

 騎士団旧施設。

 正式な騎士団は、

 再編の最中だ。

 権限は、

 宙に浮き、

 命令系統は、

 曖昧になっている。

 そんな中で、

 レオンは、

 非公式の調整役を担っていた。

 彼の前に座るのは、

 旧騎士団員、

 医師、

 街の代表者。

 立場も、

 意見も、

 ばらばらだ。

「……秩序は、

 必要だ」

 誰かが言う。

「完全な自由は、

 また、

 混乱を生む」

「だが、

 あの制度は、

 二度と……」

 議論は、

 平行線を辿る。

 レオンは、

 黙って聞いていた。

 彼が、

 言葉を発するのは、

 最後だ。

「……誰かが、

 決めなければならない」

 静かな声。

「誰を守り、

 何を守らないか」

 その言葉に、

 視線が集まる。

「それを、

 曖昧にした結果が、

 今回だ」

 レオンは、

 机に手を置く。

「だから、

 今回は、

 はっきりさせる」

 それは、

 痛みを伴う宣言だった。

 ***

 夕刻。

 ユイとレオンは、

 偶然、

 同じ場所にいた。

 崩壊した旧庁舎の前。

 修復が始まる前の、

 静かな空間。

 二人は、

 目を合わせ、

 立ち止まる。

「……忙しそうだね」

 ユイが、

 先に言った。

「ああ」

「……そっちも」

 短い会話。

 距離は、

 近い。

 だが、

 どこか、

 遠い。

「……ねえ」

 ユイは、

 意を決したように、

 口を開く。

「もし、

 次に歪みが、

 大きく暴れたら」

「私は……

 止められないかもしれない」

 レオンの表情が、

 わずかに、

 変わる。

「前みたいに、

 一人で、

 全部は……」

 ユイは、

 視線を逸らす。

「それでも、

 私は、

 逃げない」

 レオンは、

 答えなかった。

 彼の沈黙は、

 肯定ではない。

「……俺は」

 ようやく、

 言葉が出る。

「次に同じ事態が起きたら、

 止める」

「力ずくでも」

 その言葉は、

 冷たかった。

 だが、

 現実的だった。

「それって……」

 ユイは、

 息を呑む。

「また、

 誰かを、

 切り捨てるってこと?」

「……切り捨てるんじゃない」

 レオンは、

 歯を食いしばる。

「守るために、

 選ぶだけだ」

 その言葉に、

 ユイの胸が、

 痛んだ。

 同じ問いを、

 見ている。

 だが、

 答えが、

 違う。

「……それが、

 あなたの選択なんだね」

「ああ」

 迷いは、

 ない。

 だからこそ、

 残酷だ。

「……私は」

 ユイは、

 ゆっくりと、

 言った。

「誰かを選ぶことで、

 世界が続くなら」

「その世界に、

 意味はあるのか、

 まだ、

 考えたい」

 沈黙。

 風が、

 瓦礫の間を、

 吹き抜ける。

 二人は、

 分かっていた。

 この違いは、

 埋まらない。

 恋は、

 答えを、

 一つにしない。

 ***

 その夜。

 王都の外れで、

 異変が起きた。

 小規模な歪み。

 だが、

 連鎖の兆候。

 報せは、

 同時に、

 二人に届いた。

 ユイは、

 立ち上がる。

 レオンも、

 剣を取る。

 向かう先は、

 同じ。

 だが、

 選択は、

 違う。

 現場で、

 二人は再び、

 向き合う。

 歪みは、

 不安定に、

 揺れている。

 周囲には、

 怯えた人々。

「……下がって」

 ユイが、

 言う。

「皆で、

 距離を取れば、

 抑えられる」

「間に合わない」

 レオンは、

 即座に判断する。

「中心を、

 断つ」

 剣に、

 力が宿る。

 その瞬間。

 ユイは、

 叫んだ。

「待って!」

 だが、

 レオンは、

 止まらない。

 剣が、

 振り下ろされる。

 歪みが、

 一気に、

 収束する。

 同時に、

 一人の人間が、

 倒れた。

 中心にいた、

 若い男。

 意識はある。

 だが、

 感情は、

 失われている。

 静寂。

 人々は、

 安堵の息を、

 吐く。

「……助かった」

「よかった……」

 その声が、

 ユイの耳を、

 刺す。

 彼女は、

 膝をついた。

「……これが」

 呟く。

「あなたの、

 守り方なんだね」

 レオンは、

 剣を下ろした。

「……これ以上、

 被害を出さないためだ」

 正しい。

 誰も、

 否定できない。

 それが、

 恋の限界だった。

 ユイは、

 立ち上がる。

 涙は、

 出なかった。

「……私、

 ここには、

 立てない」

 その言葉は、

 別れではない。

 だが、

 決定的だった。

「あなたが、

 間違ってるとは、

 言わない」

「でも……

 同じ選択は、

 できない」

 レオンは、

 何も言わなかった。

 言えなかった。

 二人は、

 同じ世界を、

 愛している。

 だからこそ、

 別の道を、

 選んだ。

 これが、

 最後の試練だった。

 恋が、

 世界を、

 超えられるかどうか。

 答えは、

 まだ、

 出ていない。

 だが。

 問いは、

 これ以上なく、

 はっきりしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ