それでも同じ場所には立てなかった
それでも同じ場所には立てなかった
王都の復旧は、
想像以上の速さで進んでいた。
人は、
壊れたものを直す術を、
長い歴史の中で、
身につけてきた。
焼け落ちた建物には、
木材が運び込まれ、
崩れた石畳は、
仮設の道で覆われる。
悲嘆は、
作業の音に紛れていく。
それは、
生き延びるための知恵だ。
ユイは、
その光景を見つめながら、
胸の奥に、
消えない違和感を抱えていた。
――早すぎる。
壊れたこと自体が、
なかったかのように、
世界は前に進もうとしている。
問いは、
置き去りにされたままだ。
***
仮設庁舎の一室。
ユイは、
粗末な机の前に座っていた。
正式な役職は、
ない。
それでも、
彼女の前には、
人が集まる。
歪みを感じ取れる者。
歪みに触れた者。
そして、
歪みを恐れる者。
「……この地域で、
また、
小さな揺らぎが」
報告は、
淡々としている。
だが、
言葉の端々に、
期待と依存が混じる。
ユイは、
それを、
見逃さなかった。
「私が、
行く必要はない」
彼女は、
はっきりと言った。
「今回は、
皆で、
確認して」
室内が、
一瞬、
静まる。
「……でも」
誰かが、
口を開きかける。
ユイは、
その先を、
遮った。
「私は、
全部を、
引き受けない」
それは、
拒絶ではない。
線引きだった。
だが、
その線は、
人を不安にさせる。
誰かが、
歪みを背負ってくれると、
信じていたから。
「……分かりました」
そう答えた声には、
わずかな失望が、
含まれていた。
ユイは、
それを、
受け止める。
これが、
最後の試練だと、
分かっている。
***
一方、
レオンは、
別の場所にいた。
王都外縁、
騎士団旧施設。
正式な騎士団は、
再編の最中だ。
権限は、
宙に浮き、
命令系統は、
曖昧になっている。
そんな中で、
レオンは、
非公式の調整役を担っていた。
彼の前に座るのは、
旧騎士団員、
医師、
街の代表者。
立場も、
意見も、
ばらばらだ。
「……秩序は、
必要だ」
誰かが言う。
「完全な自由は、
また、
混乱を生む」
「だが、
あの制度は、
二度と……」
議論は、
平行線を辿る。
レオンは、
黙って聞いていた。
彼が、
言葉を発するのは、
最後だ。
「……誰かが、
決めなければならない」
静かな声。
「誰を守り、
何を守らないか」
その言葉に、
視線が集まる。
「それを、
曖昧にした結果が、
今回だ」
レオンは、
机に手を置く。
「だから、
今回は、
はっきりさせる」
それは、
痛みを伴う宣言だった。
***
夕刻。
ユイとレオンは、
偶然、
同じ場所にいた。
崩壊した旧庁舎の前。
修復が始まる前の、
静かな空間。
二人は、
目を合わせ、
立ち止まる。
「……忙しそうだね」
ユイが、
先に言った。
「ああ」
「……そっちも」
短い会話。
距離は、
近い。
だが、
どこか、
遠い。
「……ねえ」
ユイは、
意を決したように、
口を開く。
「もし、
次に歪みが、
大きく暴れたら」
「私は……
止められないかもしれない」
レオンの表情が、
わずかに、
変わる。
「前みたいに、
一人で、
全部は……」
ユイは、
視線を逸らす。
「それでも、
私は、
逃げない」
レオンは、
答えなかった。
彼の沈黙は、
肯定ではない。
「……俺は」
ようやく、
言葉が出る。
「次に同じ事態が起きたら、
止める」
「力ずくでも」
その言葉は、
冷たかった。
だが、
現実的だった。
「それって……」
ユイは、
息を呑む。
「また、
誰かを、
切り捨てるってこと?」
「……切り捨てるんじゃない」
レオンは、
歯を食いしばる。
「守るために、
選ぶだけだ」
その言葉に、
ユイの胸が、
痛んだ。
同じ問いを、
見ている。
だが、
答えが、
違う。
「……それが、
あなたの選択なんだね」
「ああ」
迷いは、
ない。
だからこそ、
残酷だ。
「……私は」
ユイは、
ゆっくりと、
言った。
「誰かを選ぶことで、
世界が続くなら」
「その世界に、
意味はあるのか、
まだ、
考えたい」
沈黙。
風が、
瓦礫の間を、
吹き抜ける。
二人は、
分かっていた。
この違いは、
埋まらない。
恋は、
答えを、
一つにしない。
***
その夜。
王都の外れで、
異変が起きた。
小規模な歪み。
だが、
連鎖の兆候。
報せは、
同時に、
二人に届いた。
ユイは、
立ち上がる。
レオンも、
剣を取る。
向かう先は、
同じ。
だが、
選択は、
違う。
現場で、
二人は再び、
向き合う。
歪みは、
不安定に、
揺れている。
周囲には、
怯えた人々。
「……下がって」
ユイが、
言う。
「皆で、
距離を取れば、
抑えられる」
「間に合わない」
レオンは、
即座に判断する。
「中心を、
断つ」
剣に、
力が宿る。
その瞬間。
ユイは、
叫んだ。
「待って!」
だが、
レオンは、
止まらない。
剣が、
振り下ろされる。
歪みが、
一気に、
収束する。
同時に、
一人の人間が、
倒れた。
中心にいた、
若い男。
意識はある。
だが、
感情は、
失われている。
静寂。
人々は、
安堵の息を、
吐く。
「……助かった」
「よかった……」
その声が、
ユイの耳を、
刺す。
彼女は、
膝をついた。
「……これが」
呟く。
「あなたの、
守り方なんだね」
レオンは、
剣を下ろした。
「……これ以上、
被害を出さないためだ」
正しい。
誰も、
否定できない。
それが、
恋の限界だった。
ユイは、
立ち上がる。
涙は、
出なかった。
「……私、
ここには、
立てない」
その言葉は、
別れではない。
だが、
決定的だった。
「あなたが、
間違ってるとは、
言わない」
「でも……
同じ選択は、
できない」
レオンは、
何も言わなかった。
言えなかった。
二人は、
同じ世界を、
愛している。
だからこそ、
別の道を、
選んだ。
これが、
最後の試練だった。
恋が、
世界を、
超えられるかどうか。
答えは、
まだ、
出ていない。
だが。
問いは、
これ以上なく、
はっきりしていた。




