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名前を呼ばれなかった私が、異世界でただ一度「君」と呼ばれるまで  作者: Futahiro Tada


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守るために、壊した

守るために、壊した


 暴動は、

 誰かの号令で始まったわけではなかった。

 悲鳴が、

 怒号に変わり、

 怒号が、

 足音に変わった。

 それだけだった。

 王都西区で発生した大規模歪みは、

 夜明けまでに、

 街全体を覆う噂となっていた。

「また起きた」

「次はどこだ」

「自分の家は、大丈夫か」

 不安は、

 伝染する。

 それは、

 歪みと同じ性質を持っていた。

 ***

 夜明け前。

 市場通りの一角で、

 最初の衝突が起きた。

「来るな!」

 感情安定補助員を乗せた馬車に、

 石が投げつけられる。

「お前らがいるからだ!」

 罵声。

 恐怖と、

 怒りと、

 焦り。

 それらが、

 混ざり合い、

 臨界を超えた。

 馬車の護衛が、

 剣に手をかける。

「下がれ!」

 警告。

 だが、

 誰も聞いていない。

 石が、

 もう一つ飛ぶ。

 それが、

 合図だった。

 ***

 暴動は、

 一気に広がった。

 感情安定補助施設。

 再配置所。

 制度の象徴となった建物。

 そこに、

 人々が集まる。

「壊せ!」

「出ていけ!」

「元に戻せ!」

 要求は、

 一致していない。

 だが、

 方向は、

 一つだった。

 ――恐怖の対象を、

 目に見える形で、

 排除したい。

 それが、

 民衆の選択だった。

 ***

 王都中枢は、

 即座に対応した。

 騎士団全隊、

 出動。

 鎮圧命令。

 理由は、

 明確だった。

 秩序維持。

 市民保護。

 レオンは、

 その命令を、

 地下区画の端末で見た。

「……やるのか」

 喉が、

 乾く。

 命令は、

 彼の名を含んでいない。

 だが、

 彼の手で築かれた制度が、

 今、

 市民に向けて、

 剣を向けようとしている。

 彼は、

 理解していた。

 これが、

 制度の終わりだ。

 ***

 鎮圧は、

 迅速だった。

 騎士たちは、

 訓練されている。

 盾を構え、

 隊列を組み、

 人々を押し返す。

「下がれ!」

「解散しろ!」

 命令は、

 正しい。

 だが、

 群衆は、

 もはや、

 市民ではない。

 恐怖に追い詰められた、

 個々の存在だった。

 押し返され、

 倒れ、

 踏まれる。

 その瞬間。

 歪みが、

 再び、

 発生した。

 今度は、

 意図的ではない。

 恐怖そのものが、

 引き金だった。

 地面が、

 揺れる。

 建物の壁が、

 歪む。

「……まただ!」

 誰かが叫ぶ。

 群衆が、

 一斉に、

 後退する。

 だが、

 後ろにも、

 人がいる。

 逃げ場は、

 ない。

 その光景を、

 ユイは、

 高台から見ていた。

 胸の奥が、

 悲鳴を上げる。

「……止めなきゃ」

 だが、

 どうやって?

 制度は、

 すでに、

 暴力を選んだ。

 市民は、

 排除を選んだ。

 彼女一人が、

 介入できる段階は、

 とうに過ぎている。

 ***

 その時。

 騎士団の一隊が、

 ある建物に突入した。

 非公式の、

 感情保持施設。

 ――制度の影。

 そこには、

 公には存在しない、

 被配置者たちが、

 集められていた。

「……何だ、

 ここは」

 騎士の一人が、

 呟く。

 記録にない。

 命令にもない。

 だが、

 確かに存在する。

 管理者は、

 逃げていた。

 残されていたのは、

 人間だった。

 疲弊し、

 感情を削られ、

 視線を失った者たち。

 その姿は、

 すぐに、

 外へ伝わった。

 誰かが、

 叫ぶ。

「……嘘だろ」

 その瞬間。

 制度は、

 完全に、

 仮面を失った。

 ***

 真の敵は、

 姿を現した。

 それは、

 誰か一人ではない。

 王でもない。

 騎士でもない。

 能力者でもない。

 不安を、

 管理可能だと信じた構造。

 苦しみを、

 数値にできると、

 思い込んだ思想。

 誰かを、

 選び続ければ、

 全体が救われるという、

 幻想。

 それこそが、

 敵だった。

 ***

 レオンは、

 その報告を、

 リアルタイムで受け取っていた。

 非公式施設の存在。

 隠蔽。

 被配置者の状態。

「……これが、

 完成形だったのか」

 彼は、

 静かに、

 息を吐いた。

 怒りは、

 なかった。

 ただ、

 確信があった。

 制度は、

 壊さなければ、

 ならない。

 修正では、

 足りない。

 部分的な停止でも、

 意味がない。

 根本から。

 思想ごと。

 ***

 暴動は、

 夜まで続いた。

 建物は、

 焼かれ。

 騎士は、

 負傷し。

 市民も、

 倒れた。

 誰も、

 勝っていない。

 だが、

 敗者は、

 明確だった。

 制度だ。

 それは、

 市民を守れなかった。

 恐怖を、

 抑えられなかった。

 そして、

 自ら、

 暴力を選んだ。

 夜空に、

 煙が立ち上る。

 王都は、

 初めて、

 自分の選択を、

 目の当たりにした。

 ユイは、

 その光景を、

 黙って見つめていた。

 彼女の胸の奥で、

 歪みは、

 静まりつつあった。

 代わりに、

 別の感情が、

 芽生えている。

 ――覚悟。

 もう、

 問いは、

 一つしかない。

 この世界を、

 どう終わらせるか。

 そして、

 どう始め直すか。

 それを、

 選ぶ番が、

 来ていた。

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