声は、聞かれたあとに殺される
声は、聞かれたあとに殺される
王都中央評議会への出頭命令は、
前回とは違い、
明確な理由が添えられていた。
――感情安定補助制度に関する、
現場からの意見聴取。
意見。
その言葉に、
私は一瞬だけ、
微かな希望を抱いた。
だが、それは、
会場に足を踏み入れた瞬間に、
はっきりと否定された。
評議会の大広間。
以前の会議室よりも、
はるかに広く、
そして、
開かれている。
傍聴席には、
記録官、学術院の研究者、
行政官補佐、
そして――
選ばれた市民代表。
ここは、
議論の場ではない。
公開処理の場だ。
「……証人、ユイ」
名を呼ばれ、
私は、中央に立った。
視線が、
一斉に集まる。
敵意はない。
嘲笑もない。
あるのは、
期待だった。
――この人が、
歪みを背負った人。
――この人なら、
説明してくれる。
その期待が、
どれほど残酷かを、
彼らは、
まだ知らない。
「……では、
現場で確認された事例について、
発言を」
議長の声は、
穏やかだった。
私は、
深く息を吸った。
この場では、
感情に訴えてはいけない。
でも、
感情を削ぎ落としすぎても、
意味がない。
「……感情安定補助制度は」
私は、
はっきりとした声で言った。
「歪みを減らす効果があります」
ざわめき。
誰かが、
満足そうに頷く。
「ですが」
私は、
間を置いた。
「それは、
壊れる速度を、
特定の人間に集中させている
だけです」
静まり返る大広間。
「最初の被配置者は、
感情の自己識別を失い、
配置を外されました」
「……回復の見込みは?」
学術院の代表が、
即座に問う。
「不明です」
私は、
嘘をつかなかった。
「長期的な精神的損傷が、
残る可能性が高い」
記録官が、
羽ペンを走らせる。
それでも、
誰も、止めない。
「……あなたの見解では」
議長が、
穏やかに言う。
「制度は、
廃止すべきだと?」
私は、
首を振った。
「いいえ」
その答えに、
ざわめきが起きる。
「即時廃止は、
新たな混乱を生みます」
それは、
事実だった。
「ですが……」
私は、
続ける。
「少なくとも、
個人を受け皿にする
方式は、
止めるべきです」
沈黙。
私は、
一歩、踏み出した。
「歪みは、
人の声が、
聞かれなかった結果です」
「それを、
別の人の沈黙で、
解決しようとするのは……」
言葉を、
選ぶ。
「同じ構造を、
繰り返すだけです」
議長は、
私を見つめていた。
その目には、
確かな理解があった。
――だからこそ、
危険だ。
「……貴重な意見だ」
議長は、
静かに言った。
「あなたの発言は、
全て、記録される」
記録。
それは、
保存と同時に、
無力化を意味する。
「……ですが」
彼は、
言葉を続けた。
「現時点で、
制度を停止することは、
現実的ではない」
予想通りだった。
「よって」
議長は、
視線を、
大広間全体に巡らせる。
「制度は、
あなたの指摘を踏まえたうえで、
改善される」
改善。
その言葉が、
最も危険だ。
「……具体的には?」
私は、
尋ねた。
「被配置者の、
選定基準の厳格化」
「精神ケア体制の拡充」
「そして……」
議長は、
一瞬、言葉を区切った。
「あなたの事例を、
参考モデルとする」
胸の奥が、
強く揺れた。
「……私、を?」
「はい」
彼は、
はっきりと言った。
「歪みを引き受け、
なお、
自己を保っている存在」
傍聴席から、
小さなどよめき。
「あなたは、
希望です」
その言葉に、
私は、
息を詰めた。
――象徴化。
これが、
最悪の形だ。
「……違います」
私は、
声を強めた。
「私は、
成功例ではありません」
議長は、
穏やかに微笑んだ。
「結果として、
被害は抑えられている」
同じ言葉。
「それは……」
私は、
唇を噛んだ。
「私が、
まだ壊れていないだけです」
会場が、
静まる。
「……だからこそ」
議長は、
静かに言う。
「限界が来る前に、
制度化する」
完璧な論理。
そして、
完全な誤り。
「……あなた方は」
私は、
震える声で言った。
「歪みを、
救いの物語に、
変えようとしている」
誰かが、
不快そうに咳払いをした。
「物語にすれば、
問いは、
消えます」
私は、
はっきりと言った。
「英雄がいれば、
構造は、
見えなくなる」
議長は、
しばらく黙っていた。
やがて、
穏やかな声で言う。
「……あなたの懸念は、
理解する」
理解。
「だが、
秩序は、
感情だけでは、
保てない」
それが、
最終回答だった。
私は、
全てを悟った。
ここで、
これ以上話しても、
意味はない。
声は、
聞かれた。
だからこそ、
封じられた。
会議は、
形式的に締めくくられた。
拍手は、
なかった。
でも、
空気は、
終わったと告げていた。
廊下に出た瞬間、
足が、
わずかに震えた。
「……ユイ」
レオンの声。
彼は、
柱の影から、
こちらを見ていた。
傍聴席に、
座ることすら、
許されなかった。
「……どうだった」
私は、
しばらく、
言葉を探した。
「……聞かれました」
正直な答え。
「そして……」
一度、
息を吸う。
「封じられました」
レオンは、
目を閉じた。
「……そうか」
それだけ。
彼は、
怒らなかった。
絶望もしなかった。
それが、
何よりも、
重かった。
「……象徴に、
された」
私が、
そう言うと、
「だろうな」
彼は、
短く答えた。
「だが……」
視線を、
こちらに向ける。
「それで、
終わりじゃない」
私は、
小さく笑った。
「ええ」
同意する。
「むしろ……」
胸の奥で、
歪みが、
微かに疼く。
「ここからです」
声は、
封じられた。
でも。
問いは、
消えていない。
世界は、
正しさで、
声を殺す。
だからこそ。
私は、
別の場所で、
別の形で、
問いを、
投げ続ける。
それが、
象徴にされた者の、
唯一の反撃。
――声は、
殺されても、
消えはしない。




