正しさは、静かに人を選別する
正しさは、静かに人を選別する
王都からの召集は、
要請という言葉で包まれていた。
だが、その文面には、
選択肢の余地はなかった。
――即時出頭。
――案件:歪み事象に関する対応方針協議。
私は、羊皮紙を机に置いたまま、
しばらく動けずにいた。
「……来たか」
レオンが、低く呟く。
彼もまた、
同じ文書を手にしていた。
「思ったより、早いですね」
私の声は、
自分でも驚くほど落ち着いていた。
でも、それは、
覚悟ができていたからではない。
――予想していたからだ。
王都は、
問題を放置しない。
まして、
制御可能な兆候が見えたなら、
必ず、管理しようとする。
「……行くしか、ない」
レオンが言う。
「ええ」
私は、頷いた。
「行かない方が、
利用されます」
存在そのものが。
王都へ向かう馬車の中で、
私は、窓の外を見ていた。
街道沿いの人々は、
いつもと変わらない。
だが、その感情の流れは、
微妙に、重なり合っている。
喜びと不安。
希望と苛立ち。
――連鎖は、確実に広がっている。
王都の門は、
以前よりも、厳重だった。
警備兵の数。
視線の鋭さ。
すでに、
「非常事態」は始まっている。
会議室は、
高い天井と、重厚な円卓。
そこに集められていたのは、
騎士団上層部、
行政官、
学術院の代表。
そして――
私。
違和感は、
はっきりしていた。
私は、
意見を聞かれる側ではない。
参考資料だ。
「……では、始めましょう」
議長役の男が、口を開く。
「歪み事象への、
新たな対応指針について」
私は、
息を、静かに吸った。
説明は、
整然としていた。
連鎖型歪みの発生。
感情共有の兆候。
従来の封印方式の限界。
「そこで、
我々は、
新たな管理方式を検討しました」
管理。
その言葉が、
胸に、鈍く響く。
「歪みを、
発生後に対処するのではなく」
行政官が続ける。
「発生前に分散・吸収する」
私は、思わず、
口を開いた。
「……吸収、とは?」
議長が、
私を見る。
その視線には、
敬意があった。
――研究対象としての。
「適性のある者を、
事前に選定し」
学術院の男が説明する。
「歪みの兆候が発生した地域に、
配置する」
配置。
その言葉で、
全てが理解できた。
「……人を、
歪みの受け皿に、するんですね」
会議室が、
一瞬、静まる。
「……その言い方は、
感情的だ」
誰かが言った。
私は、
視線を外さなかった。
「事実です」
学術院の代表が、
口を開く。
「あなたの事例が、
成功例となった」
胸が、強く締めつけられる。
「……私は」
声が、わずかに揺れる。
「成功した、わけじゃありません」
「結果として、
被害は抑えられた」
即答。
「それが、
我々の評価だ」
――これが、
制度の言葉。
痛みを、
数値に変える。
「選定基準は?」
レオンが、
初めて口を開いた。
騎士団副長としての声。
「感情感受性、
精神耐性、
忠誠度」
忠誠度。
私は、
背筋が冷たくなるのを感じた。
「……拒否権は?」
私が、尋ねる。
議長が、
一瞬だけ、言葉に詰まる。
「……原則として、
志願制だ」
原則として。
「……原則が、
崩れた場合は?」
沈黙。
それが、答えだった。
「これは……」
私は、
ゆっくりと言った。
「歪みを、
管理する制度ではありません」
会議室の空気が、
張り詰める。
「人を、
選別する制度です」
誰かが、
不快そうに眉をひそめた。
「過激な表現は、
控えてもらいたい」
「では、
別の言い方をします」
私は、
深く息を吸った。
「壊れてもいい人を、
決める制度です」
静寂。
その言葉は、
誰も否定できなかった。
「……それでも」
議長が、
低く言う。
「何もしないよりは、
ましだ」
その瞬間、
胸の奥で、
歪みが、強く反応した。
怒り。
絶望。
理解不能な恐怖。
私は、
立ち上がった。
「それは、
あなた方が、
壊れない側だから、言える」
会議室が、
ざわつく。
「歪みは、
災害じゃない」
私は、
一人ずつ、視線を向けた。
「人の声が、
無視された結果です」
レオンが、
私の名を呼ぼうとした。
でも、
私は、止まらなかった。
「制度で管理すれば、
確かに、静かになります」
「……だが?」
議長が、
促す。
「声は、
消えます」
私は、
はっきりと言った。
「歪みは、
別の形で、
必ず戻る」
沈黙。
「……では」
行政官が、
冷静に言う。
「代替案は?」
私は、
一瞬、言葉を失った。
それが、
二度目の問いの、本質。
――壊れる制度の代わりに、
何を出せるのか。
「……ありません」
正直に言った。
「今すぐ、
万能な答えは」
ざわめき。
「だが」
私は、
続けた。
「問いを、
止めないでください」
会議室の空気が、
一瞬、凍る。
「歪みを、
管理対象にした瞬間、
世界は、
考えることをやめる」
レオンが、
静かに立ち上がった。
「……騎士団としての、
意見を述べます」
全員の視線が、
彼に集まる。
「この制度は、
短期的な安定をもたらす」
彼は、
冷静だった。
「だが……」
一瞬、
私を見る。
「長期的には、
必ず、
取り返しのつかない反動を生む」
会議室が、
静まり返る。
「騎士団は、
この制度に、
全面協力しない」
はっきりとした宣言。
議長の表情が、
硬くなる。
「……それは、
命令違反になりかねない」
「承知の上だ」
レオンは、
一歩も引かなかった。
私は、
胸の奥が、
強く震えるのを感じた。
彼は、
止める側を選んだ。
制度に対して。
会議は、
結論を出さないまま、
散会した。
廊下に出た瞬間、
私は、深く息を吐いた。
「……ありがとう」
小さく言う。
「礼を言われる筋合いはない」
レオンは、
前を向いたまま言った。
「俺は……
止め続けると、
決めた」
それが、
彼の答え。
だが、
王都は、止まらない。
制度は、
必ず、
形を変えて、
動き出す。
私は、
遠くの城壁を見上げた。
正しさは、
静かに人を選別する。
それが、
最も恐ろしい。
――二度目の問いは、
まだ、終わっていない。




