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名前を呼ばれなかった私が、異世界でただ一度「君」と呼ばれるまで  作者: Futahiro Tada


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壊してしまったのは、世界じゃない

壊してしまったのは、世界じゃない


 別れた直後、空気が変わった。

 それまで抑えられていた歪みが、

 まるで「待っていた」と言わんばかりに、

 一気に流れを変えた。

 私は、封鎖地帯の外縁を一人で進んでいた。

 レオンと離れたのは、ほんの数分前。

 それなのに、

 世界が、急に広く、そして不安定に感じられる。

「……集中して」

 自分に言い聞かせる。

 感情を切り離す。

 判断だけを残す。

 ――それが、今の私のやり方。

 だが。

 胸の奥に残る、

 あの視線。

 あの声。

 「必要なら、止める」

 その言葉が、

 何度も、思考の縁を叩く。

「……違う」

 小さく首を振る。

 彼は、正しかった。

 私も、正しい。

 だから、離れた。

 それだけのことだ。

 歪みの気配が、急激に濃くなる。

 これは――

 さっきとは別だ。

 融合型ではない。

 もっと、単純で、もっと危険。

「……暴発型」

 感情が、一点で破裂する前兆。

 私は、走った。

 倒壊しかけた建物の裏。

 人影。

「……誰かいる」

 息を切らしながら、声をかける。

「そこにいる人、離れてください!」

 返事はない。

 でも、感情の渦は、確実に人の形をしている。

「……間に合え」

 私は、建物の中に踏み込んだ。

 次の瞬間。

 強烈な恐怖が、胸に流れ込む。

 ――閉じ込められた。

 ――逃げられない。

 ――助けて。

 床に、若い女性がうずくまっていた。

 身体を抱え、震えている。

「……大丈夫」

 私は、膝をつく。

「聞こえますか」

 女性は、こちらを見ない。

 歪みが、彼女の背後で、黒く揺れている。

 ――危険域。

 ここで解放すれば、

 暴走は免れない。

 でも、封じれば、

 彼女は壊れる。

「……選べ」

 頭の中で、

 レオンの声が響く。

 ――線を引け。

 ――守れないものを、守れると言うな。

「……」

 私は、唇を噛んだ。

 守れない?

 切り捨てる?

 ――そんな選択は、できない。

「……大丈夫」

 私は、女性の肩に手を置いた。

「あなたは、一人じゃない」

 その瞬間。

 歪みが、激しく反応した。

 私の感情に。

「……!」

 心臓が、強く脈打つ。

 ――違う。

 これは、

 彼女だけの感情じゃない。

 私の感情が、混ざっている。

 恐怖。

 焦り。

 そして――

 失いたくない、という感情。

 ――彼を。

「……くそ」

 思わず、歯を食いしばる。

 私は、解放を始めた。

 本来なら、

 もっと慎重に、

 段階的にやるべき処理。

 でも。

 頭の片隅に、

 彼の姿がある。

 ――もし、ここで私が倒れたら。

 ――彼は、どうする。

 その思考が、

 判断を、歪ませた。

「……戻す」

 私は、無理やり力を流し込む。

 感情の奔流が、

 制御を失って溢れ出す。

「……っ!」

 視界が、白く弾ける。

 女性が、叫ぶ。

 歪みが、悲鳴のような振動を放つ。

 ――止まらない。

 私は、踏みとどまろうとする。

 でも、

 どこかで、

 自分が壊れていくのが分かる。

「……だめだ」

 このままでは、

 彼女も、私も、

 周囲も、巻き込む。

 ――止めるべきだ。

 でも。

 止めた瞬間、

 彼女は壊れる。

 選択肢は、二つ。

 どちらも、取り返しがつかない。

「……私は」

 声が、震える。

「……私が、引き受ける」

 その選択は、

 正しさから生まれたものじゃない。

 ――恋からだ。

 失いたくない。

 彼に、

 「壊れた私」を見せたくない。

 だから。

 私は、歪みを――

 自分の中に、引き込んだ。

「……っ!!」

 激痛。

 感情が、

 直接、内側に流れ込む。

 恐怖。

 絶望。

 後悔。

 そして、

 誰にも届かなかった、無数の声。

 膝が、床に叩きつけられる。

 呼吸が、できない。

 でも。

 歪みは、確かに消えた。

 女性は、床に倒れたまま、

 静かに呼吸している。

「……助かった」

 それだけが、分かった。

 私は、笑おうとした。

 でも、口が動かない。

 視界が、歪む。

 ――やってしまった。

 これは、

 越えてはいけない線だ。

 歪みを、

 人が直接背負う。

 それは、

 最も簡単で、

 最も危険な選択。

 ――レオンが、最も恐れていたもの。

「……ごめんなさい」

 誰に向けた言葉か、分からない。

 そのとき。

 外で、剣が地面を叩く音がした。

「……ユイ!」

 聞き覚えのある声。

 心臓が、強く跳ねる。

 ――来てはいけない。

 今の私を、見てはいけない。

 でも。

 扉が、乱暴に開かれる。

 レオンが、駆け込んできた。

 彼の目が、

 即座に状況を理解する。

「……何をした」

 低い声。

 怒りではない。

 恐怖だ。

「……選びました」

 私は、かろうじて言った。

「……救う方を」

 レオンが、私に近づく。

 剣を、捨てるように床に置く。

「……それは」

 声が、掠れる。

「救いじゃない」

 私は、笑った。

 多分、歪んだ笑顔だった。

「……それでも」

 視界が、暗くなる。

「……誰かは、生きてます」

 その瞬間、

 身体の力が、抜けた。

 床に、崩れ落ちる。

 レオンが、私を抱き留めた。

「……ばか」

 声が、震えている。

「……取り返しがつかない」

 私は、うっすらと目を開ける。

「……知ってます」

 だから、

 選んだ。

 恋が、

 判断を歪めた。

 でも、

 その歪みを、

 私は否定できない。

 意識が、遠のく。

 最後に見えたのは、

 彼の顔。

 ――ああ。

 これが、

 取り返しのつかない選択。

 世界じゃない。

 壊したのは、

 私自身だった。

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