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名前を呼ばれなかった私が、異世界でただ一度「君」と呼ばれるまで  作者: Futahiro Tada


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救えないものを、選ばされた

救えないものを、選ばされた


 沈黙は、暴力よりも重かった。

 歪みが霧散した後の建物は、壊れたままの静けさを保っている。

 壁に刻まれた亀裂。

 床に散らばった石片。

 そして――

 私の頬を伝う、温かい血。

 レオンは、剣を下ろしたまま、動かなかった。

 私も、動けなかった。

 ほんの数分前まで、

 同じ場所に立ち、

 同じ敵を前にしていたはずなのに。

 今は、

 互いに、何を言えばいいのか分からない。

「……怪我は」

 最初に口を開いたのは、レオンだった。

 声は低く、抑えられている。

「大丈夫です」

 私は、即答した。

「浅いですから」

 それが、余計に彼を苛立たせたのだと、すぐに分かった。

「……そういう問題じゃない」

 レオンは、歯を食いしばる。

「なぜ、止まらなかった」

 責める言い方ではない。

 でも、問いとしては、あまりにも重い。

「止まったら」

 私は、静かに答えた。

「また、同じことが起きるからです」

「……それは、結果論だ」

「いいえ」

 私は、首を振った。

「構造の問題です」

 その言葉に、レオンの眉がわずかに動く。

「感情を一箇所に溜め込むから、

 歪みが生まれる」

「だから、全部解放する?」

「はい」

「それで、人が壊れても?」

 鋭い言葉。

 私は、言葉を失いかけた。

「……壊れる前に、戻す」

「戻せなかったら?」

 畳みかけるような問い。

 逃げ場はない。

「……それでも」

 私は、唇を噛み、言った。

「溜め込んだまま、

 誰かが背負い続けるよりは、

 ましです」

 レオンが、ゆっくりと顔を上げる。

 その目は、怒りよりも、

 深い失望を湛えていた。

「……それは」

 低い声。

「犠牲を前提にする考え方だ」

 胸が、痛む。

「違います」

 私は、即座に否定した。

「私は……」

「誰を救うかを、選んでいる」

 彼の言葉が、私の声を遮った。

「全員を救うと言いながら、

 実際には、耐えられる者に負担を押しつけている」

 言葉が、鋭く突き刺さる。

 ――それは、私自身だ。

 そして、

 あの場にいた誰かだった。

「……あなたは」

 私は、声を震わせながら言う。

「あなたは、どうするんですか」

 レオンは、即答した。

「線を引く」

 迷いのない答え。

「守れる範囲を、明確にする」

「それで……」

 私は、一歩前に出る。

「線の外にいる人は?」

「……守れない」

 短い言葉。

 でも、その重さは、計り知れない。

「切り捨てるんですか」

 私の声が、少し高くなる。

「切り捨てるわけじゃない」

 レオンは、静かに言う。

「現実として、

 守れないものを、

 守れると言わないだけだ」

 その言葉に、

 胸の奥で、何かが崩れた。

「……それは」

 私は、拳を握る。

「それは……

 見捨てることと、何が違うんですか」

 レオンは、私をまっすぐ見た。

「嘘をつかないことだ」

 空気が、凍る。

「全員を救うと言って、

 結果として多くを失うより、

 最初から限界を示す」

 それが、彼の正義。

「……私は」

 声が、掠れる。

「そんな選び方は、できません」

 レオンの視線が、わずかに揺れた。

「……だから、危うい」

 彼は、低く言う。

「お前は、自分が壊れる前提で、

 世界を選ぼうとする」

「それの、何が悪いんですか」

 思わず、声を荒げた。

「誰かが、やらなければならないことです!」

 感情が、溢れる。

「私が選ばれたなら、

 私が引き受ける!」

 その瞬間。

 レオンが、一歩、近づいた。

 距離が、近すぎる。

「……それが」

 低く、抑えた声。

「俺には、耐えられない」

 胸が、強く打たれた。

「お前が壊れる前提の世界なんて、

 選べない」

 それは、

 恋人の言葉ではない。

 世界を背負う者の、拒絶だった。

「……じゃあ」

 私は、唇を震わせながら言う。

「あなたは、私を止めるんですね」

 レオンは、しばらく黙っていた。

 やがて、ゆっくりと答える。

「必要なら」

 その一言で、

 すべてが決まった。

 私たちは、

 同じ場所に立てない。

 同じ方向を見ていても、

 選ぶ線が、違いすぎる。

「……分かりました」

 私は、深く息を吸った。

 涙は、出なかった。

 その代わり、

 胸の奥が、ひどく冷たくなった。

「あなたのやり方で、守ってください」

 私は、一歩、下がる。

「私は……」

 言葉を探す。

「私のやり方で、行きます」

 それは、宣戦布告ではない。

 でも、和解でもなかった。

 レオンが、目を閉じる。

「……一緒には、行けない」

 その言葉が、

 最終的な線引きだった。

「はい」

 私は、頷いた。

 ここで縋ったら、

 自分が選んだものを、裏切る。

「……でも」

 私は、最後に言った。

「あなたが守れない線の外で、

 誰かが壊れるなら、

 私は、そこに行きます」

 レオンは、何も言わなかった。

 否定も、肯定もない。

 ただ、剣を持つ手が、

 わずかに強く握られただけだ。

 私たちは、背を向けた。

 同時に。

 離れる足取りは、

 同じくらい、重かった。

 共闘は、終わった。

 恋も、答えを出せなかった。

 でも。

 この決裂は、

 逃げではない。

 互いに、

 救う範囲を選び、

 その責任を、引き受けただけだ。

 私は、建物を出る。

 冷たい風が、頬を打つ。

 血は、もう乾いていた。

 空を見上げる。

 同じ空の下で、

 彼も、違う選択をしている。

 それでいい。

 同じ道を歩かなくても、

 同じ世界を見ているなら。

 ――この決裂は、終わりじゃない。

 むしろ。

 次に再び並び立つための、

 避けられない分岐点だった。

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