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名前を呼ばれなかった私が、異世界でただ一度「君」と呼ばれるまで  作者: Futahiro Tada


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間に合わなかった場所

間に合わなかった場所


 夜は、急に来た。

 交易集落に日が落ちると、辺りは一気に暗くなる。

 王都のような街灯はない。

 各家の灯りが、点として散らばるだけだ。

 私は、簡素な宿の一室で、椅子に座ったまま動けずにいた。

 胸の奥が、重い。

 息を吸うたび、鈍い痛みが残っている。

 ――無理をした。

 分かっていた。

 でも、止められなかった。

「……休んで」

 セシリアが、静かに言う。

「今日は、もう十分よ」

 私は、首を振った。

「……まだ、終わっていません」

 歪みは、消えていない。

 一人助けたからといって、集落全体が安全になるわけじゃない。

 むしろ。

 感情の流れが、無理に断ち切られたことで、

 別の場所に、歪みが移動している感覚があった。

「……来てる」

 小さく呟く。

 セシリアの表情が、引き締まる。

「どこ?」

「……南側」

 昼間とは、反対の方向。

「……まだ、情報が足りない」

 彼女が言う。

「誰が、どんな状態か分からないまま、動くのは危険よ」

「でも」

 私は、立ち上がった。

「待っていたら、同じことが起きる」

 昼間、男が倒れたように。

 その時は、間に合った。

 でも、次も――

 そうとは限らない。

 私は、外套を羽織った。

「……行きます」

 セシリアは、数秒、迷った末に頷いた。

「……私も行く」

 二人で、夜の集落へ出る。

 昼間より、人影は少ない。

 だが、静かすぎる。

 それが、かえって不安を煽る。

 南側の区画は、居住区だった。

 倉庫や畑に近く、貧しい家が多い。

 ――ここだ。

 胸の奥が、きりきりと痛む。

「……強い」

 私は、足を止めた。

 歪みが、はっきりと形を持っている。

 それは、もう予兆ではない。

「……遅い」

 セシリアが、息を呑む。

 私たちは、走った。

 一軒の家の前に、人だかりができている。

 泣き声。

 怒鳴り声。

 混乱。

 嫌な予感が、確信に変わる。

「……通してください!」

 私は、人をかき分けた。

 家の中は、暗く、空気が淀んでいる。

 床に、若い男が倒れていた。

 ――昼間とは、違う。

 歪みが、すでに外に溢れている。

「……息は?」

 私は、膝をつき、必死に確認する。

 脈は……弱い。

 だが。

 胸の奥に、冷たい感覚が走る。

 ――遅い。

 歪みが、すでに人の内側を壊している。

「……戻って」

 私は、周囲の人に叫ぶ。

「離れて!」

 誰も、すぐには動かない。

 それほど、突然だった。

 私は、歯を食いしばる。

 ――まだ、できる。

 私は、力を使おうとした。

 昼間と同じように。

 無理やり、遮断する。

 胸が、焼けるように痛む。

「……っ!」

 視界が、揺れる。

 でも、止まらない。

 歪みに触れた瞬間――

 ぞっとするほどの空白を感じた。

 感情が、ない。

 怒りも、恐怖も、悲しみも。

 ただ、削られた痕跡だけが残っている。

「……もう」

 声が、震える。

「……遅かった」

 私は、それでも、最後まで力を流した。

 歪みは、確かに弱まった。

 でも、それは――

 空になった器から、溢れ出るものを止めただけ。

 男の体が、大きく痙攣し、

 それから――

 動かなくなった。

「……!」

 誰かが、悲鳴を上げる。

 私は、男の胸に手を当てたまま、動けなかった。

 ……脈が、ない。

 空気が、凍りつく。

「……そんな」

 誰かが、泣き崩れる。

 私は、ゆっくりと立ち上がった。

 手が、震えている。

「……救えなかった」

 その言葉が、頭の中で反響する。

 セシリアが、私の肩に手を置いた。

「……あなたのせいじゃない」

 優しい声。

 でも、私は首を振った。

「……分かってます」

 理屈では。

「でも……」

 胸が、苦しい。

「……間に合わなかった」

 それが、事実だった。

 人々の視線が、私に集まる。

 責める目。

 期待していた目。

 そして、失望。

 王都では、隠される死。

 ここでは、剥き出しだ。

「……何もできなかった」

 誰かが、呟く。

 私は、唇を噛んだ。

 違う。

 何もできなかったわけじゃない。

 でも――

 足りなかった。

 私は、外に出た。

 夜風が、冷たい。

 集落の空は、星がよく見える。

 王都より、ずっと。

 それが、余計に残酷だった。

「……限界がある」

 私は、呟いた。

「私の力には」

 セシリアは、黙って隣に立つ。

「全部は、救えない」

 それが、はっきりと分かった。

 早く行っても、

 間に合っても、

 それでも、失う命がある。

「……それでも」

 私は、拳を握った。

「やめません」

 声は、震えていた。

 でも、逃げなかった。

「……やめたら」

 私は、目を閉じる。

「この人は、二度と見られなかったままになる」

 それは、耐えられなかった。

 セシリアが、静かに頷く。

「……あなたは、もう戻れないわね」

「はい」

 私は、空を見上げる。

「……でも、それでいい」

 これが、王都の外。

 選択が、直接、生死になる場所。

 私は、初めて、

 役割の重さを、

 感情ではなく、体で理解した。

 失敗した。

 救えなかった。

 でも。

 だからこそ、

 この先で、

 何を選ぶかが、決定的になる。

 夜は、静かに更けていく。

 私は、深く息を吸った。

 ――限界を知った。

 それでも、進む。

 それが、

 ここまで来た私の、

 唯一の選択だった。

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