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名前を呼ばれなかった私が、異世界でただ一度「君」と呼ばれるまで  作者: Futahiro Tada


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離れた場所で、同じ選択を

離れた場所で、同じ選択を


 静かすぎる部屋だった。

 管理局の最深部。

 これまで与えられていた配慮された居室ではない。

 窓は小さく、高い位置にあり、

 外の景色はほとんど見えない。

 ――処分は、まだ決まっていない。

 けれど、待遇は明らかに変わった。

 私は、椅子に腰かけたまま、しばらく動けずにいた。

 拘束具はない。

 鍵も、必要最低限だ。

 それでも。

 ここは、完全に「選択の結果を受け取る場所」だった。

 レオンの姿が、何度も脳裏に浮かぶ。

 拘束される瞬間。

 最後に交わした、視線だけの会話。

 ――生きろ。

 その一言が、胸に重く残っている。

「……私は、生きてるよ」

 誰にともなく呟く。

 でも、それは、彼の望んだ形なのだろうか。

 扉の外で、足音が止まる。

 鍵の音。

 入ってきたのは、セシリアだった。

 いつもの柔らかな服装ではない。

 管理局の正式な制服。

 それだけで、彼女がどれほどの立場を背負っているかが分かる。

「……無事?」

 小さな声。

「はい」

 私は、頷いた。

 セシリアは、私の前に立ち、少しだけ視線を落とす。

「正式な決定は、まだ」

 低い声。

「でも、方向性は見えてきている」

 私は、黙って聞いた。

「あなたは、危険だが排除できない存在」

 率直な評価。

「だから、拘束ではなく――

 限定的な自由が与えられる可能性が高い」

 限定的な自由。

 それは、自由と呼ぶには、あまりに窮屈だ。

「代わりに」

 セシリアは、はっきりと言った。

「あなたは、王都の外に出られなくなる」

 胸が、静かに沈む。

 北境へ戻ることも。

 街を自由に歩くことも。

 そして――

 彼に会うことも。

「……レオン隊長は」

 声が、少し震えた。

 セシリアは、一瞬だけ目を伏せた。

「騎士団規律違反で、現在は職務停止」

 職務停止。

 それは、重い処分だ。

「拘束は解かれた。でも……」

 言葉を選ぶ。

「王都騎士団の中心からは、外された」

 私は、目を閉じた。

 ――やはり、代償は彼にも及んだ。

「……私のせいです」

 小さく言うと、セシリアは首を振った。

「違う」

 即答だった。

「あなた一人の問題じゃない。

 これは、制度の問題よ」

 でも、と続ける。

「彼は、あなたを選んだ」

 その言葉が、胸に刺さる。

「そして、あなたも、彼を選んだ」

 だから、代償は分け合う。

 それが、今回の選択だった。

「……会えますか」

 思わず、聞いてしまう。

 セシリアは、静かに答えた。

「しばらくは、無理」

 予想していた答え。

「でも」

 彼女は、声を落とす。

「完全に断つつもりは、上もない」

 私は、ゆっくりと顔を上げた。

「それは……」

「離したまま、繋ぐ」

 セシリアは、そう表現した。

「互いに干渉せず、

 それでも、存在を消さない」

 奇妙な関係。

 でも、それは、今の私たちに許された唯一の形だった。

 セシリアが、書類を一枚、机の上に置く。

「これは、あなたへの正式な通知じゃない」

 彼女は言った。

「ただの、内部メモ」

 そこには、王都周辺の地図と、いくつかの印。

「……歪みの発生地点」

 私が言うと、彼女は頷いた。

「北側区画だけじゃない」

 視線が、南へ動く。

「郊外。交易路。

 そして――王都の外縁」

 私は、息を呑んだ。

 広がっている。

「あなたが関わらなくても、

 いずれ表面化する問題よ」

 セシリアは、私を見る。

「だから、上は判断した」

 何を?

「あなたを、完全に閉じ込めるより、

 使う方がいいと」

 その言葉は、冷たかった。

 でも、現実的だった。

「……条件は」

「管理局の監督下で、

 限定的に歪みの調査・調整を行う」

 私は、考えた。

 それは、

 守られる代わりに、

 自由を手放す選択。

 でも。

 誰かがやらなければ、

 もっと多くの人が壊れる。

「……分かりました」

 私は、頷いた。

 セシリアは、安堵したように息を吐く。

「あなたは、強い人ね」

「いいえ」

 私は、首を振った。

「選んでしまっただけです」

 セシリアが、微笑んだ。

「それが、一番強いのよ」

 彼女は、立ち上がり、扉へ向かう。

 出ていく前に、振り返る。

「レオン隊長から、伝言がある」

 胸が、跳ねた。

「……何ですか」

「『前に立てなくなった。

 だから、後ろから支える』」

 その言葉を聞いた瞬間、

 私は、初めて涙を流した。

 声を出さず、静かに。

 彼は、ここにいない。

 触れられない。

 それでも、

 同じ選択を、別々の場所で続けている。

 夜。

 一人になった部屋で、私は窓の外を見る。

 遠くに、王都の灯り。

 彼も、どこかで同じ空を見ているだろうか。

 恋は、

 寄り添うことではなくなった。

 守ることでも、救われることでもない。

 ――離れたまま、同じ方向を見ること。

 それが、今の私たちの関係だった。

 私は、深く息を吸う。

 明日から、私は役割を持つ。

 選んだ役割。

 逃げなかった結果。

 そして、その先には――

 王都だけでは収まらない歪みが、待っている。

 これは、終わりじゃない。

 むしろ。

 世界が、ようやく本気で、

 私を試し始めたのだ。

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