切り離される名と手
切り離される名と手
追及は、想像よりも早かった。
警笛の音が、夜の空気を裂く。
乾いた音が、王都の北側区画に反響した。
「……来たな」
レオンが低く言う。
私は、彼の背後で息を整えた。
建物の中は、すでにざわついている。
住人たちが、不安そうに顔を出す。
誰もが、何が起きているのか分からない。
――それでいい。
少なくとも、彼らの中の歪みは、もう暴れていない。
「下がれ」
レオンは、住人に短く指示を出す。
その声は、騎士団の隊長としてのものだった。
階段の下から、複数の足音が迫る。
硬い靴音。
揃った歩幅。
騎士団だ。
そして、その背後に――
管理局の人間がいる気配も、はっきりと感じ取れた。
「王都騎士団、行動停止を命じる!」
鋭い声が、階段に響く。
レオンは、一歩前に出た。
「こちらは、緊急対応中だ」
「命令に従え、レオン隊長」
声の主が姿を現す。
騎士団上層部の人物。
その後ろに、管理局の職員たち。
そして――
セシリアがいた。
彼女の表情は、硬い。
だが、私を見た瞬間、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
――もう、隠しきれない。
空気が、凍りつく。
「異界人ユイ」
管理局側の人間が、私の名を呼ぶ。
「あなたの無断外出、及び非公式な能力行使を確認した」
私は、一歩前に出ようとした。
だが。
「動くな」
レオンの声が、低く鋭く響く。
それは、私を守る声ではない。
――引き離すための声だ。
「すべての責任は、俺にある」
彼は、はっきりと言った。
「異界人は、俺の判断で同行させた」
その言葉に、場がざわめく。
「隊長……!」
騎士団側から、動揺の声が上がる。
管理局の職員が、冷静に言う。
「それは、重大な越権行為です」
「承知している」
レオンは、一切目を逸らさない。
「処分は受ける」
胸が、強く締めつけられた。
「……やめてください」
思わず、声が漏れる。
私は、前に出た。
「これは、私の判断です」
全員の視線が、私に集中する。
「私が、行くと言いました。
レオン隊長は、それを止められなかっただけです」
「ユイ!」
レオンの声が、私を制止する。
でも、もう止まれなかった。
「歪みは、放っておけば被害が広がっていました」
私は、管理局の人間を見る。
「正式な命令を待っていたら、間に合わなかった」
沈黙。
その沈黙は、否定ではない。
――事実だからだ。
管理局の上級官が、ゆっくりと口を開いた。
「……結果として、被害は防がれた」
「はい」
「だが」
一拍置く。
「あなたの行動は、制度を無視した」
それが、すべてだった。
正しかったかどうかは、問題ではない。
従ったかどうか。
「異界人ユイは、即刻、管理局の保護下に戻す」
冷たい宣告。
「レオン隊長は、騎士団規律違反として拘束する」
その言葉が、空気を切り裂いた。
「……待ってください!」
私の声が、震える。
同時に。
レオンが、私の方を見た。
はっきりと、首を振る。
――言うな。
――これ以上、踏み込むな。
その視線に、すべてが込められていた。
管理局の人間が、私に近づく。
「異界人ユイ。こちらへ」
私は、動けなかった。
足が、地面に縫い止められたように。
そのとき。
レオンが、私の前に立った。
「……一つだけ、条件がある」
場が、ざわつく。
「彼女には、責任能力がある」
低い声。
「処分するなら、俺と同等に扱え」
「レオン!」
騎士団側が、声を荒げる。
「彼女を、物として扱うな」
その言葉は、明確な挑発だった。
管理局の上級官が、目を細める。
「……それは、騎士団が管理局の権限に踏み込むという意味ですか」
「違う」
レオンは、きっぱり言う。
「一人の人間として扱え、という意味だ」
重たい沈黙。
そして。
「……異界人ユイの処遇については、再協議とする」
管理局側が、譲歩した。
「ただし、今すぐ引き離す」
それが、妥協点だった。
管理局の人間が、私の腕を掴む。
その瞬間。
私は、反射的にレオンの手を探した。
でも。
彼は、動かなかった。
いや――
動けなかった。
騎士団の人間が、彼を拘束する。
互いに、手が届かない距離。
たった数歩。
けれど、決定的な隔たり。
私は、彼を見た。
彼も、私を見ていた。
言葉は、要らなかった。
この引き離しが、
罰であり、選択の結果であり、
そして――
覚悟の証だということを、二人とも理解していた。
「……生きろ」
レオンが、かすかに言った。
音にならない声。
それでも、私は確かに聞いた。
管理局の扉が、私の背後で閉まる。
視界から、彼の姿が消える。
その瞬間、胸の奥で、何かがはっきりと壊れた。
――戻れない。
もう、元の距離には戻れない。
管理局の廊下を歩かされながら、私は思った。
恋は、選んだ。
そして、奪われた。
でも、それでも――
この選択を、後悔はしない。
なぜなら。
引き裂かれる瞬間にこそ、
私は初めて、
彼が誰かではなく、
私の選択そのものになったと知ったから。
夜の王都は、何事もなかったように静まり返っていた。
だが、その静けさの下で、
二人の運命は、
はっきりと別々の方向へ引き裂かれていた。




