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名前を呼ばれなかった私が、異世界でただ一度「君」と呼ばれるまで  作者: Futahiro Tada


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選んだのは、誰にも見せない場所

選んだのは、誰にも見せない場所


 その夜、私は眠れなかった。

 中庭での再会から、時間は確かに流れているのに、心だけが取り残されたままだった。

 レオンの声。

 視線。

 「俺も選ぶ」という、あの短い言葉。

 それは約束ではなかった。

 慰めでもなかった。

 ――警告に近い。

 管理局の部屋は静まり返っている。

 見張りの足音が、一定の間隔で廊下を往復する。

 ここでは、何もかもが記録される。

 会話も、行動も、感情さえ。

 それなのに。

 私は、胸の奥に確かな熱を感じていた。

 再会しただけで、こうなる。

 もし、彼と何かを共に選んでしまったら。

 ――戻れない。

 それでも。

 机の上に置かれた、小さな紙片に、私は視線を落とした。

 夕方、部屋に戻ったとき、気づいたもの。

 扉の隙間に、わずかに挟まれていた。

 公式文書ではない。

 管理局の印もない。

 ただ、短い一文。

『東回廊・第三見張り交代後』

 それだけ。

 書き手の名前はない。

 でも、誰のものかは分かっていた。

 私は、深く息を吸った。

 選ぶ。

 今度こそ、本当に。

 夜が深まり、見張りの交代時間が近づく。

 第三見張り――

 最も経験の浅い者が配置される時間帯。

 偶然を装うには、十分すぎるほどの隙。

 私は、ゆっくりと立ち上がった。

 外出許可は出ていない。

 でも、完全な拘束ではない。

 ――管理局の中を移動すること自体は、禁止されていない。

 規則の隙間。

 それを見つけ、使う。

 それ自体が、もう越境だった。

 廊下に出ると、空気が冷たかった。

 足音を殺し、壁沿いを歩く。

 東回廊。

 管理局の古い区画。

 あまり使われない場所。

 灯りは少なく、影が濃い。

 第三見張りの交代が終わった直後、私は曲がり角に差し掛かった。

「……来たか」

 低い声。

 闇の中から、レオンが姿を現した。

 鎧は着けていない。

 剣もない。

 王都騎士団の隊長ではなく、

 ただの一人の男として、そこに立っていた。

 胸が、強く脈打つ。

「……あなた」

 声が、震えそうになるのを必死で抑える。

「約束はしていない」

 彼は、静かに言った。

「だが、来ると思った」

 それが、彼なりの信頼だと分かってしまうのが、怖かった。

「……ここで話していても、いいんですか」

「長くは無理だ」

 レオンは、周囲を確認する。

「だが、今夜だけは時間がある」

 今夜だけ。

 その言葉が、胸に刺さる。

 私は、意を決して口を開いた。

「管理局の外縁部で、歪みを処理しました」

 レオンの視線が、鋭くなる。

「……正式な命令か」

「いいえ」

 即答だった。

「私と、セシリアの判断です」

 一瞬の沈黙。

 レオンは、目を伏せた。

「やはりな」

 怒りはなかった。

 責める様子もない。

 ただ、深い疲労が滲んでいる。

「危険だ」

 それだけ言う。

「分かっています」

 私は、彼を見る。

「でも、放っておけなかった」

 北境でのこと。

 管理局でのこと。

 私は、すべてを簡潔に話した。

 感情が溜まり、歪みになること。

 制度が、それを見ないふりをしていること。

 レオンは、黙って聞いていた。

 途中で遮らない。

 評価もしない。

 それが、彼のやり方だった。

「……つまり」

 話し終えた後、彼は言った。

「お前は、王都そのものを不安定にする存在になりつつある」

「はい」

 否定しなかった。

「それでも、やめるつもりはありません」

 レオンは、ゆっくりと息を吐いた。

「……俺もだ」

 短い言葉。

「?」

「見て見ぬふりは、もうできない」

 彼は、私を見る。

「北境では、俺は前に立つだけでよかった。

 剣を構え、危険を引き受ければ済んだ」

 でも、と続ける。

「王都では、剣は役に立たない」

 制度。

 命令。

 政治。

「お前が越えた線は、俺にも影響する」

 それは、忠告でもあり、告白でもあった。

「それでも」

 レオンは、はっきりと言った。

「一人で行かせる気はない」

 胸が、ぎゅっと締めつけられる。

「……それは、協力ですか」

 私が聞くと、彼は少しだけ口元を歪めた。

「共犯だ」

 その言葉に、心臓が跳ねた。

「騎士団としては、関われない」

 彼は続ける。

「だが、俺個人としてなら――

 情報を集めることはできる」

「情報?」

「管理局が伏せている報告」

 声を落とす。

「外縁部だけじゃない。

 王都の下層、そして北側区画でも、同じ兆候が出ている」

 私は、息を呑んだ。

「……広がっている」

「そうだ」

 レオンの目が、険しくなる。

「これは、偶然じゃない」

 私たちは、同時に理解した。

 これは、一度きりの異変じゃない。

 王都全体の構造の問題だ。

「……どうしますか」

 私が尋ねる。

 レオンは、即答しなかった。

 その沈黙が、重かった。

「まず、確かめる」

 彼は、低く言った。

「次に歪みが現れる場所」

「……二人で?」

「二人でだ」

 はっきりと。

 それは、最初の共同作業。

 そして、最初の賭け。

「管理局に知られたら」

「俺は、立場を失う」

 彼は、淡々と告げる。

「お前は、完全に拘束される」

 現実的なリスク。

 私は、拳を握った。

「それでも、行きます」

 レオンは、私を見つめた。

 その目には、迷いはなかった。

「……後悔するな」

「しません」

 即答だった。

 この選択は、

 誰かに守られてするものじゃない。

 私自身が、選んだ。

 レオンは、わずかに距離を詰めた。

 触れない。

 でも、近い。

「ユイ」

 名前を呼ばれる。

「これは、恋じゃない」

 胸が、痛む。

 でも、彼は続ける。

「……それ以上に、重い」

 その言葉が、私の中に深く落ちた。

 夜の回廊に、静寂が戻る。

 私たちは、同時に一歩引いた。

 また、公の立場に戻るために。

 でも、もう違う。

 秘密を共有した。

 選択を重ねた。

 恋は、まだ形を持たない。

 でも、それはもう――

 ただの感情ではなかった。

 それぞれの場所へ戻りながら、私は思う。

 これが、始まりだ。

 安全ではない。

 正しくもない。

 それでも、

 二人で選んだ最初の行動。

 王都の夜は、

 その事実を、静かに飲み込んでいた。

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