再会は、安堵ではなかった
再会は、安堵ではなかった
再会は、突然だった。
そして、思っていたよりもずっと、痛みを伴うものだった。
管理局の中庭は、昼下がりの光に満ちていた。
白い石畳が反射する光は眩しく、空は高い。
――王都に来てから、こんなに外の空気を吸ったのは初めてだった。
私は、セシリアの隣を歩いていた。
「今回の外出許可は、あくまで視察同行よ」
彼女は、いつもより硬い声で言う。
「騎士団との合同確認。あなたは対象として同席するだけ」
「……分かっています」
分かっている。
分かっているけれど、
それでも胸の奥がざわつくのは止められなかった。
理由は一つ。
今日の視察先に、王都騎士団が含まれているからだ。
管理局と騎士団。
表向きは協力関係。
実際には、互いに違う正しさを抱えている。
中庭の奥、騎士団側の一団が見えた。
その中に――
いた。
レオン。
一瞬、世界の音が遠のいた。
鎧を纏い、背筋を伸ばして立つ姿。
北境で見たときと同じようで、でも違う。
ここでは彼は、守る人間ではなく、
判断する側の人間だ。
彼も、こちらに気づいた。
視線が、重なる。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬で、互いにすべてを悟ってしまった。
――無事だった。
――でも、同じ場所にはいない。
それ以上の感情を表に出すことは許されなかった。
「異界人ユイ」
騎士団の副官らしき人物が、私の存在を確認する。
「こちらが、北境の件で話題になっている人物か」
話題。
その言葉に、胸がひくりとする。
レオンは、一歩前に出た。
「王都騎士団、レオンだ」
公的な名乗り。
その声は、私に向けられていない。
「本日の視察に際し、騎士団側の責任者を務める」
セシリアが応じる。
「異界人管理局、セシリアです。
本日はご協力、感謝します」
二人は、形式的に言葉を交わす。
その間、私は一言も発しない。
――対象として、そこに立っている。
それが、王都での私の立場だった。
視察は、淡々と進んだ。
騎士団の詰所。
装備の確認。
最近の異変への対応。
私は、説明の横で、ただ聞いている。
けれど、空気は張り詰めていた。
管理局と騎士団。
視線の端々に、牽制と警戒が滲んでいる。
その中心に、私がいる。
「……異界人の扱いについて」
ある騎士が、切り出した。
「管理局は、過剰ではないのか」
空気が、一段冷える。
セシリアが、落ち着いた声で返す。
「過剰ではありません。適切です」
「北境では、彼女は管理されていなかった」
視線が、私に向けられる。
「それでも、事態は安定していた」
レオンが、口を開いた。
その声は低く、しかしはっきりしていた。
「北境と王都では、状況が違う」
制度としての発言。
「彼女は、意図せず影響を与える存在だ。
だからこそ、慎重な管理が必要になる」
胸が、きゅっと締めつけられる。
それは、正論だった。
レオンの口から聞くと、余計に。
「……しかし」
彼は、言葉を続けた。
「管理が、選択を奪う形になっているなら、話は別だ」
その一言に、場がざわつく。
セシリアが、レオンを見る。
「それは、どういう意味ですか」
「彼女は、判断できる存在だ」
レオンの視線が、私に向いた。
公の場で、初めて。
「ただの危険物ではない」
心臓が、大きく跳ねた。
彼は、私を守っている。
でも、それはもう、北境のときの守りとは違う。
立場を賭けた発言だ。
「だからこそ」
レオンは、静かに言った。
「管理局だけで囲い込むのは、危険だ」
沈黙。
管理局側の人間が、ざわめく。
セシリアは、すぐには答えなかった。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……それは、騎士団が彼女を利用するという意味にも取れます」
鋭い指摘。
空気が、さらに張り詰める。
「利用ではありません」
レオンは、即答した。
「選択肢を与える、という意味です」
選択肢。
その言葉が、胸に刺さる。
私は、気づいていた。
この議論の本質は、
誰が私を所有するかではない。
――私が、どこに立つのか、だ。
視察は、そのまま終了した。
公式な場では、結論は出ない。
けれど、何かが確実に動いた。
解散後、セシリアが私に言った。
「……少し、時間をあげる」
「え?」
「中庭を一周するくらいなら、問題にならない」
彼女の視線が、遠くを示す。
そこに、レオンがいた。
私は、息を呑んだ。
「……いいんですか」
「公的には、偶然よ」
セシリアは、小さく笑った。
「それ以上でも、それ以下でもない」
私は、ゆっくりと歩き出した。
一歩ずつ、距離を縮める。
レオンも、こちらに向かってくる。
誰もいない中庭の端で、私たちは立ち止まった。
しばらく、言葉が出なかった。
再会は、
抱きしめ合うようなものじゃなかった。
安心する暇もない。
ただ、重たい沈黙が、二人の間に落ちる。
「……無事で、よかった」
最初に口を開いたのは、レオンだった。
その声は、少しだけ掠れていた。
「はい」
それだけ答えるのが、精一杯だった。
「……大変だったな」
その一言で、胸が熱くなる。
でも、同時に思う。
彼は、全部を知らない。
そして、全部を知れば、立場が危うくなる。
「あなたは」
私が聞く。
「なぜ、ここに」
「……動きがあった」
簡潔な答え。
「お前の名前が、何度も出てくる」
私は、目を伏せた。
「心配、しましたか」
問いは、ほとんど無意識だった。
レオンは、少しだけ黙った後、答えた。
「……した」
たった一言。
それだけで、十分だった。
でも。
彼は、続ける。
「だが、今の俺は――
お前を守るだけの立場じゃない」
私は、顔を上げる。
「対立する可能性もある」
はっきりとした言葉。
「管理局と、騎士団。
お前を巡って」
それは、警告だった。
同時に、選択の提示でもある。
「ユイ」
彼は、私の名前を呼んだ。
公ではない、呼び方。
「ここから先は……
感情だけでは進めない」
胸が、締めつけられる。
分かっている。
恋は、もう安全なものじゃない。
でも。
「……それでも」
私は、震える声で言った。
「私は、選びたい」
レオンは、私を見つめた。
その目に、迷いと覚悟が混じる。
「……そうか」
それだけ言って、彼は一歩下がる。
「なら、俺も選ぶ」
それが、彼の答えだった。
再会は、安堵では終わらなかった。
それは、
互いに戻れない場所へ足を踏み出した、
静かな始まりだった。




