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■2-4 私はその友達の名をここにKと呼んでおきます。

「それでは全員組んだところで、ペアワークの素材を発表しよう。去年の学習領域にあった夏目漱石の『こころ』だ。教科書に載っていたのは第三章だったな」

伯爵が『こころ』と黒板に書く後ろで留年生ペアの確認作業が始まった。


「えーっ、私はブランクあるからなぁ・・・どんな話でしたっけ?覚えてます?」

「あれだろ、“精神的に向上心のないものは馬鹿だ”っていう二重表現の・・・」

「ああ、そうでした。あそこだけ妙に語呂も悪くて“どうしちゃったの文豪?”って感じの」

と名作の隅をつついていると、

「やめろやめろォ!漱石先生のディスりは見逃せないぞ!あれは精神状態と、それが成長しないことを同時に示しているだけだ!」

いつの間にか教壇を離れた伯爵が会話に入ってきた。もの凄い勢いである。

だいぶ夏目漱石に思い入れがあるようだが、わざわざ最後列まで来るなよ・・・。


「大丈夫ですって、夏目漱石へのリスペクトは欠かしてませんから。それより、授業進めないと。みんなポカーンですよ」

なだめる北条。

教室中の生徒は議論を一時中断し、こちらを注視している。

その視線は伯爵だけではなく、俺たちにも送られている。まったく迷惑なものだ。

「う、うむ。吾輩としたことがつい取り乱してしまった」

伯爵はいそいそと教壇へ戻っていった。


「すまんな皆。では、これよりペアで『こころ』の議論点をいくつか挙げてもらいたい。まだ内容については掘り下げる必要はないぞ。抽出だけしてくれ。そうすりゃ本の内容もじきに思い出すだろう。それでは始めてくれ」

伯爵が開始を宣言するが、生徒たちの動きはイマイチ鈍い。

「えー、確かに内容忘れ気味かもぉ」

「たしか精神的な向上心の話だよな」

「あれ?なんかそれ日本語へんじゃない?」

教室の各所で夏目漱石へのディスりが聞こえてきたが、そんなものはスルーして自分の作業に取り掛かることにした。


視界を正面に戻すと金髪娘が真新しいノートにさらさらと書き込みを始めている。

その勉学に対する真面目な姿勢が容姿のせいで、だいぶ残念なことになっているなぁ、とぼんやりと考えた。


「小早川」

それぞれの議論を確認しながら教室を巡回する現国教師。彼は再び留年生ペアににじり寄ってきた。

俺は視界の端で伯爵を捉えてはいたが、完全にロックオンされるまで、あえて無視していた。

「何なんですか伯爵、こっちはケッコー真面目にやってるんですよ。邪魔ばかりしないでください」

反応したのは北条だ。


どうやら既に何やら書き終えたようだが、それでもなお伯爵のお遊びに付き合っている暇はないらしい。

まだ何も書かずに、伯爵の観察をしていた俺とは違った。

「むむ・・・すまんな北条。つい小早川がまた漱石先生をディスってないかと心配でな。先程の風説の流布のせいで我が同志が少なからず減った気がするのだ」

同志とは夏目漱石ファンということなのだろうか。というか、さっきの話は流布させてはいないのだが。


しかし北条は冷たい。

「同志なんて設定知りません」

ふん、と北条は机から顔を離した。ノートがあらわになる。

「む、お前もKについての議論点を挙げているではないか、どれ」

伯爵が北条のノートを覗きこむ。俺もそれに乗っかった。

  ―KのKってなんのK?

  ―なつめそうせKiのK?

「「・・・」」

北条のノートを見た伯爵と俺は目を合わせて、互いに沈黙した。


そして伯爵は一つ咳払いをしてからすぐに別のペアの元へと去っていき、残された俺は北条のノートをそっと閉じた。

「閉じるな!」

荒ぶる北条飛鳥。

「閉じざるを得ない。それにしても・・・」

ふうっ、と溜息ををついてみる。

「北条の留年理由が学力にあったとはな」

「違います!出席日数の問題です!」

当然それも誇れることではないのだが。


「ってか小早川さんは何も書いてないじゃないですか!私に偉そうなこと言えませんよ!」

「ふーん、なるほど。一理あるかな。でもちょっと待って」

俺は十秒ほど考えた後にペンを走らせ、ノートを北条に渡した。

  ―『こころ』から読みとる乃木大将の殉死が漱石に与えた影響

「あら!?」

  ―新聞連載中でのプロット変遷

「わあ!いいじゃないですか。正直よく分からないですけど、頭良さげですね」


最初の2案はかねがね好評。

  ―“先生”に子供がいないって、つまり、そういうこと?

「って、このヘンタイ!」

北条はノートを叩きつけた。

こうした少しの下ネタも嫌がるとは、ますます外見と合わない。


「おいおい。なにも投げることはねーだろうよ」

「そうだぞ、北条君!ハシャぐのも大概にせんといかん」

伯爵がオーバーリアクションでやれやれのポーズをかます。

「なんで戻ってきてるんですか!」

北条が敵意むき出しで聞く。


「いやなに、私を呼ぶ声がしたのでな」

「ヘンタイが名前なの!?」

北条が大騒ぎしている横で、伯爵は俺のノートをチェックする。

その眼光は正に現代国語の教師、伯爵の二つ名を持つ男にふさわしい紳士的なものであった。


「ふん、こんなものでヘンタイとは、まったく・・・この学院の国語力も落ちたものだ。どれ」

そう厳かに言ってペンを取りだした伯爵は俺のノートに書き込みを入れだした。

俺、そして北条にも謎の緊張が走る。

  ―でもKは確実にDTだよね!!

「はいはい、他のペア回りましょうね」

俺は伯爵を喉輪で机からはがした。

「全然リスペクト感じられないんですけどコレ」

北条もやはり引いている。


二人で追い出せばさすがの伯爵も観念すると思いきや、粘ってなかなか場を離れようとしない。

「おお!そうだ北条、君のノートをもう一度見せてくれ」

そう言って、なかば強引にとりあげたノートに書き込みを入れていく。

北条は横でギャーギャーと騒ぐが、聞く耳を持たず、最後まで書ききった。


  ―KのKってなんのK?

  ―なつめそうせKiのK?

はいはい、ここまでが北条飛鳥の馬鹿文章。で、その下に伯爵が一文。

  ―つまりこの公式が成り立つ 漱石=K=DT

「やめろォー!!」

北条はノートをひったくった。

「乙女のノートに何書くつもりよ!?オッサン!」

バタバタとノートを上下に振り回し“穢れ”を落とす北条。


「漱石先生は子孫いるからね。お孫さんが漫画研究家やってるから」

俺は女子高生に憑き物扱いされて凹んでいる伯爵を諭しながら教壇へ押し戻した。

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