■2-2 正しい授業の遅れ方
用務員室で遅刻届を受け取った俺たちは、その場で記入を済ませ、職員室へと向かった。
三年生校舎の2階。ピロティーに面して職員室は存在する。
ほぼ全面がガラス張りで中に誰がいるのかすぐ分かるのが利点である。
しかし、それぞれの机の上は書類で乱雑にまみれ、各種書籍が高く詰みあがっており、まあ見苦しい光景だ。
「どうやら伯爵は、授業中みたいですね」
外から職員室の文系エリアを確認した北条がつぶやく。
遅刻届は基本、担任に提出するものだそうだ。
「どうする?机の上にでも置いておく?」
「九時十分」と記入された遅刻届をひらひらさせて聞いてみた。
「いえ、大丈夫です。生徒指導の先生がいますから」
そう言うと、北条は職員室のドアを開けた。
「「失礼します」」
二人は並んで息の合った礼をして見せた。
全くおかしくない所作だったが、しかし、それでも、二人の留年生徒の侵入に職員室が妙な緊張感に覆われた。
チラチラと様々な角度から飛んでくる視線がむずがゆい。
「先生!」
その空気を打ち壊すかのように、北条は職員室の奥へグイグイと入っていった。
他人のことなど全く気にしない子なのか?とりあえず非常に頼もしい。
さすが、金髪ロングを押し通すだけはある。
そこへ俺も続いていく。
生徒指導の先生は初老の女性教師だった。
面識はない。
「点数に下駄をはかせて追試ナシにしてくれそうな先生」という印象だ。
先生は遅刻届を預かり、後ほど処理してくれるとのことだった。
俺は礼を言って、その場を立ち去ろうとしたが、
「待って、北条さん」
と声がかかった。
北条は一度俺と目を合わせてから先生のもとへ戻った。
俺は外へ出ようか一瞬迷ったが――その場で突っ立っていることを選択した。
北条たちのやり取りは、小声ながらも届いてくる。
生徒指導の先生は少し長めの間をおいてから、絞り出すように話しだした。
「その、あなたの髪、髪の毛ね。少し色がキツいと思うの、少しね。個人的には嫌いじゃないわ。でもほら、ここは学校だから、ね。他の生徒もいるでしょう。もちろん、貴女には貴女の――」
「先生!」
回りくどすぎて、グタグタになっていた校則違反の指摘を、北条はスパッと切りあげた。
「この髪、いずれは文句の出ないようにするんで」
そういって直角に頭を下げた。
バサっと長い金髪が跳ねまわる。
「それじゃ。失礼しました」
困惑気味の生徒指導の先生を置き去りに、北条は逃げるようにこっちに戻ってきた。
「さささ、教室へ行きましょう」
せかされた俺は何かを言うこともなく、職員室から撤退することとなった。
授業の終わりまであと十分ほどある。
俺たちは話し合いの結果、一限は完全に放棄して二限から参加しようということになった。
イマイチこの北条という女の子が真面目なのか、不真面目なのかが掴めない。
今は2―D教室前で二人並んで窓際の壁に背をあずけている。授業終了のチャイムを待っているのだ。
「・・・」
「・・・」
こうして静かにしていると教室内の声がよく聞こえる。
一限目は英語だ。
「なー、北条」
「はい、なんでしょう?」
お互いに姿勢を崩さず、目の前の教室を見たまま会話を始めた。
「昨日さ、自己紹介あったじゃん?どーして急に立ち上がっちゃったの?みんなビビってたよ。俺もビビった」
「あー、あれ。あれは違うんですよー」
北条は恥ずかしいのか足をバタつかせた。視線は教室へ向けたままだ。
「あれは自分の紹介を考えているときに、センパイが突拍子もない発言するから・・・。うん、それで、ちょっとバグっちゃったんですよぉ」
「うん?突拍子もないことなんて言ったっけ?俺の中では多少緊張したこと以外は満点だったんだけどな」
「いやいや。二年ぶりとか言われたらびっくりしますよ、フツーは。でもって私も似たような経歴ですし、つい乗っかってしまったんですよ」
「ふーん、そんなもんかね・・・いや待て!」
北条の方に顔だけを向ける。
「はい、なんでしょ」
北条も同じアクションをとる。
「そのセンパイっての。そこ。それは止めよう」
「えぇ?センパイは先輩じゃないですか」
北条は壁から背中をはがし、こちらに向き直る。
「同学年だし、だめだめ。小早川でいーよ」
「年が違います」
「そんなこと言ったらこのクラス、みんな二個下じゃん。そこで君がセンパイ呼びしたら、俺はクラスメイト全員からセンパイ呼ばわりされちゃうじゃん。」
俺は背中を壁に付けたままズルズルと腰を落としながら言った。
「それは・・・確実にそうなりますね。」
「な?間違ってはいないけど、ちょっと嫌だろそれは」
「ふーーむ」
「待て待て。そんなに悩むところか?」
完全に廊下に座りこんだ俺は北条を見上げる
「分かりました!センパイは取り下げます」
「グッド」
「よろしくお願いします、小早川さん」
北条はそう言って俺に手を差し出す。
「なるほどね。ま、構わない」
俺はその手を取り立ち上がる。
「そうそう、俺は北条って呼ぶけど大丈夫?不快感とかない?」
「あはは!不快感ですか?ないですよ。呼び捨てでもいいですし、飛鳥ちゃんでもオーケーです!」
北条がケラケラと笑いながら承諾する。
「飛鳥ちゃんか!良い名前だね。しかし、まあ、しばらくは北条を使わせてもらうよ」
俺も笑いだした、そこへ――
「オホォン!あと少しでいいから静かにできないかな、小早川さんに飛鳥ちゃん」
2―Dから出てきた英語教師からお叱りを受けた。
「「す、すいません」」
二人は口をふさぐアクションをして謝った。
ピシャリと戸が閉まり英語教師が教室に戻った後――北条はこみ上げる笑いを必死で押さえていた。




