■2-1 遅く起きた朝
城ヶ崎高等学院の正門前には、短い横断歩道がひかれている。
車の通りが普段から極端に少ないため、登校時はほとんどの生徒が信号を無視して渡る。
その正門を前にして、俺は律儀に信号待ちをしていた。
左前腕を上げて時刻を確認。既に九時を回っている。完全なる遅刻。
今頃、2―D内では一時限目の英語の授業が中盤にさしかかっているところだろう。
昨日の登校時に感じたフレッシュさや緊張感は一体何だったのか?
二日目にして堂々たる遅刻をやってのけてしまった。
しかもタチが悪いのは、今この状況に大した焦りを感じていないことである。
朝起きた時点で遅れを感じながらも、特に急いで挽回することもなくダラダラと登校してきた。
そうして今はこのように、待つ必要のない横断歩道前でぼーっと止まっているのである。
これがブランクというものなのか。
二年前ならば電車に滑り込み、赤信号を無視し、一限の教師が教壇に着くロスタイムまでも活用して教室へ走りこんだものだが。
今となっては、なぜあそこまで遅刻を避けたかったのかが謎だ。
だいたいそこまで遅刻が嫌なら、早く寝ろ、アラームをセットしろ、そして早く起きろ、というだけの話。
などと考えているうちに信号は青へと変わっていた。
さて行くか・・・と、横断歩道を渡ろうとする前にひとつ障害があることに気がついた。
正門が既に閉じられている。
さてどうしよう。おそらくは東門も同じだろう。
飛び越えの楽さを考慮すれば東門からの侵入を選択したいところだが・・・このまま帰ってしましたい気持ちもある。
こういう発想が出てくるあたりで、学校生活から遠ざかっていたことを思い知らされる。
気がつけば、いつの間にやら青になっていた信号が点滅しだした。未だ前に進まない足。
「渡らないんですか?」
ぴょこんと顔をのぞきこまれた。
「う、わ!びっくりした!・・・おはよう」
その人物は金髪一留娘、北条飛鳥だった。
俺は失礼なほどに身体をのけぞらせて反応した。
いつの間に隣にいたんだよ。
「おはようございます。昨日とは逆になりましたね」
ずいぶんと落ち着いた口調で話す。
遅刻してなおこの余裕。俺と同じく、学校離れがもたらしたものなのか?
信号は再び赤になるが問題ないようだ。
二人は遅刻中にもかかわらず青信号を見送った。
「まあ、同じと言えば同じだね。昨日は早いから良かったけれども・・・」
「今日は二人揃って遅刻ですからね」
北条は腕を組んで困った顔をつくっている。
あまり深刻には見えない。
「なーんか余裕じゃん。もう遅刻確定だから?」
「そりゃあ仕方ないですよ。この時間ですし、ゆっくりいきましょう。」
やはり車の通りは全くない様子だが、焦る必要もないので律儀に青信号を待つ。
「どーする?君って正門越えられる?ちょっと無理っぽいな。いやまてよ、東門ならいけるかも!」
俺の言葉に北条は「はぁ!?」という顔つきで。
「はぁ!?」
と応えた。
そして、考え込むジェスチャーをやってのける。
「もしかして今まで遅刻したことない・・・とかですか?」
真面目な顔で聞いてきた。
2年前の話だから記憶は曖昧だ。
基本ギリギリの電車に乗って通っていたので遅刻くらいはしたことがあるはずだが、遅れたとしてもせいぜい5分ほどだった気がする。
「いや、どうだろ。厳密にはあるかもしれないけど、こうして門が閉まってるのを見るのは初めてだよ」
信号が青に変わる。
二人はやっと横断歩道を渡りだした。
「なるほど」
ピョン、と北条が俺の前に躍り出る。
たどたどしいサイドステップで俺に張りつきながら喋る。
「それでは私が、遅刻の際のエトセトラをレッスン致しましょう」
なぜだかノリノリだ。俺はつい押されてしまい、
「お、おー・・・」
中途半端な乗っかり方をした。
「えー。まず、遅刻をしたものは遅刻届を職員室に提出しなければなりません」
「はーい、聞いたことがあります」
二人は横断歩道を渡りきり、閉まった正門の前で遅刻のレクチャーをおこなっていた。
本来ならばサッサと済ませて、急いで授業に参加すべきなのであろうが、お互いに、その感覚を失っている。
「よろしいです!で、その遅刻届を管理している用務員さんにもらわなければならないのです」
「てことは西門?」
「イエス!」
毎朝掃除をしてくれる用務員さんは、この時間になると事務所の方へ移っている。
その事務所が西門と隣接しているのである。
西門への道は北条が先行して歩く形となった。
あまりに覚えがない道。そもそも今までに西門を使ったことがあったのだろうか?ない気がする。
表グラウンドに沿う形で、敷地を左へと回っていく。
一年校舎を過ぎたあたりで目的地が見えてきた。
西門自体は東門とほとんど変わらない。いや東門よりボロいような気がする。
「っていうか開いてんじゃん!西門!」
つい、素っ頓狂な声を上げてしまった。
小さく、古く、小汚い鉄の扉はだらしなく開いていた。
考えてみれば当たり前で、正面から入れなかった者が西門からでも入れなければ事務所にたどり着かないのだから。
「うん?そうだね」
「いや、そうだねってか。もうそのまま教室いけるじゃん」
前を行く北条がピタリと止まり振りかえる。
頭の距離が近い。俺より十センチほど低いな、とぼんやりと思った。
「駄目です。規則なんですから。規則には従ってもらわないと困る事情があるんですよ、きっと」
そう言ってから、もう一度前方へ振り返る。
ブッチギリで校則違反の金髪がなびく、なびく。
誤字報告くださった方ありがとうございました




