【後日談】三年生になっても、隣の席だった。
三年に上がった最初のホームルーム日は、妙に静かだった。
静けさというより、どこか張りつめた空気が教室の天井にまとわりついている感じだ。誰もが新しいクラスの“温度”を測りかねている。
俺もその一人で、廊下の端で時間を潰してから、始業五分前にようやく扉を開けた。
席替えの紙は黒板の脇に貼られていて、俺の席は一番後ろの窓際だった。まさかの据え置き。とはいえこの位置はありがたい。
鞄を机に置き、椅子を引いたところで、教室の扉がもう一度開いた。
北条飛鳥。
入ってきた彼女が、一瞬きょろりと教室全体を見回してから、席表に目を向けた。
そして、ゆっくり歩き出した先が――俺の列。
まさかと思って姿勢を正したら、本当に隣だった。
机を挟んで、まっすぐ隣。距離にして三十センチ。いや、もっと近く感じるのは春のせいか。
「……あ、また隣なんですね」
北条は、少しだけ目を丸くして言った。
驚いているようで、驚いていないような声だった。
「そうみたいだな」
俺も、それしか返せない。
彼女は鞄を下ろし、軽く肩を回して座った。
去年の二度目の留年からここまで。長かった気もするし、あっという間だった気もする。
「三年生かぁ……実感ないですね」
「まあ、俺たちに限っては特に」
自嘲めいた言葉に、彼女が少しだけ笑った。
その笑い方が、去年より柔らかい。角が取れたというか、無理に明るく見せようとする感じがない。
沈黙が落ちて、窓から春の風が入り込んできた。
外では一年生らしき集団の声が響いている。新しい学年は、毎年こんなふうに始まるのだろう。
「ねえ、小早川さん」
不意に名前を呼ばれた。
俺は思わず顔を向ける。
「今年は……もうちょっと、ちゃんとやりますから」
「何を?」
「全部、です」
その“一拍置いた言い方”が、妙に彼女らしかった。
真面目な表情の奥に、まだ拠りどころを探している影が見える。それでも進む気はあるらしい。去年とは違う、前向きな重さだ。
「なら、俺もちゃんとやるよ。隣だし」
「隣だからって理由、薄いですよ?」
「十分だろ。俺らの場合は」
北条は、ふっと笑った。
その笑みには、春の空気よりもあたたかいものが混ざっていた。
何も特別なことは起きていない。ただ隣の席になっただけだ。
だけど、それだけで十分に変わる気がする。去年の延長線上ではなく、三年生としての“最初の一歩”として。
チャイムが鳴る。
ざわめきの中、俺は窓の外を一度だけ見た。桜が、ほんの少しだけ残っている。
北条が小さく息を吸った。俺も背筋を伸ばす。
教室の扉が開いて担任が入ってきた瞬間、なぜだか、少しだけ未来が明るい気がした。
理由は簡単だ。
今年のスタートは、最初から隣だから。




