■4-4 今日からキミは
予鈴と同時、ギリギリに登校すると、新田とタダミナが待ち構えていた。
「お早うございます。小早川さん。昨日あれからどうなりました?体育着は片付いているようなんですけれども・・・」
焦って質問する新田を制して、俺は自分の席へ着く。
「落ち着けって。昨日の夕方、お前らが部活やってる時間に戻ってきたよ。まぁ、待った甲斐はあったかな」
そうして隣の空席を見る。
普段なら既に着いているであろう席は空である。
「でも、今日来るかは分からないね」
「えっ、えっ?なんですか、それ?何かあったんですか?」
タダミナが迫ってくる。
「あったといえば、あったんだけどさ。色々と入り組んでいて説明のしようがないな」
俺はのんびりとした口調で続ける。
「ま、しばらく待ってみようぜ。前みたいに大遅刻かもしれないしな」
そう言ったところで、1限の数学教師が入ってきたので、新田もタダミナも消化不良のまま教壇へ向き直った。
4限終了のチャイムが鳴った。教師は退室し、俺はバッグからいつもの昼食パンを取り出した。
隣の席は空いたままだ。
くるりと後ろを向いた新田が声をかける
「あ。小早川さん、今日はパンですね。俺も弁当なんで教室ですよ。タダミナは?」
聞かれたタダミナは憮然と答える。
「お弁当。・・・ってそんなこと言ってる場合?結局北条さん来なかったじゃない」
そう言いながらも、タダミナは椅子の方向を逆にして北条の机に弁当箱を置いた。
新田も後ろの俺の席を向いて弁当の包みを開いた。
これが小早川グループのランチスタイルとなっている。
その時、新しい提案が挙げられた。
「今日はせっかくいい天気だから、屋上に行ってみない?」
声をかけてきたのはショートカットの女子。
キリっとした眉が黒髪よく似合っている。
こんな生徒、見たことがない。
しかしその声は――
「北条!」
俺はかなり大きな声を出していた。
「驚いた?」
黒髪娘はどーだと言わんばかりにその場を不器用に一回転してみせた。
「驚きました!どーしたんですか!?」
タダミナも大声をあげた。
クラスメイトもざわつき始める。
「え、ウチのクラスの子?」「ほらほら、金髪だった」「北条さん?うそー。全然変わったー」
俺とタダミナの大声が注目を集めてしまったようだ。
北条はクラス中の視線を浴びていた。落ち着きがないのは良くない。
俺は右手にパン、左手に北条の手首を持ちながら言った。
「とりあえず、行くぞお前ら!」
「えっ、そこってイケるんですか?」
屋上へのドアを前にして新田は言った。
「誰も彼も同じことをいうなー」
「新田君、新田君。この扉は、見てくれとは裏腹に昼はカギが開いているのだよ」
北条が昨日得たばかりの情報を披露する。
「イケる、イケる・・・よっと」
動かないと思われた重厚な扉は、ズッ、と鈍い音を立てて内側へと開いた。
「な?重いだけだから。ほら、入って入って」
「流石です、お二方!伊達に学院キャリアを積んでいないっす!」
図らずして、不名誉な勲章を得てしまった。
屋上はさすがに人が使ってないだけあって殺風景だった。しかし広くて、他の生徒は見当たらない。なかなかの優良物件だ。
「うおー、すごいー」
「うわー、すごいー」
女子二人がフェンスに張り付いて騒ぐ騒ぐ。
「おーい、あんまりはしゃぐなよ。先生に見つかったら、もしかして面倒なことになるかもよ」
とはいえ二人の気持ちも分かる。
空は青一色で非常に気持ちの良い光景だった。
多少のテンション上昇は仕方ないだろう。
「つーか小早川さん。今さらですけど屋上って入っていいんですかね?」
「おいおい新田。ここまで来ておいてそりゃないだろうよ。伊達に怒られない程度に茶色く染めてるだけはあるな」
「スイマセン!自分、ビビリなもんで」
ヘタレ度MAXの揉み手をしながら言葉を返してくる。
「ま、いいさ。もし咎められたとしても、我らの校則違反の塊、北条飛鳥ちゃんに表立って抗議してもらおう」
「酷い!女の子を盾にするんですか!」
新田は自分のことは棚に上げて文句を言う。
「うるせーなぁ。金髪ロングに修正が入ったんだ。屋上なんて余裕でお釣がくるだろうよ」
比較的汚れが少ないフェンスの基礎ブロックに腰をおろして昼食をとることにした。
元々人が入ることを想定してないので仕方のないことだが、食事には向いていない場所だ。
次はこっそり椅子でも搬入しようかと考えた。
昼食の準備が整った俺を三人が見つめる。
「では。姿勢を正して・・・いただきます!」
「「「いただきます!!!」」」
号令の直後、
「二つあります!」
タダミナがVサインを掲げて宣言した。
「何?二つって?出しぬけに。」
俺はパンを食べながら尋ねた。
「質問の数です。って、小早川さんにではなく、北条さんに聞いてるんです!」
タダミナは隣に位置する北条を向く。
「でもまぁ、一つ目、昨日のサボリことは良しとしましょう。とりあえず今日は見送りです」
横目で俺を捕えながらタダミナは付け足す。
「一番心配していた小早川さんが納得しているようなので、はい」
「はい。って勝手に納得するなよ。数秒前まで2つだったじゃん!」
新田のヤジが飛ぶ。
「小早川さんも何か言ってくださいよー」
「聞きたいことがあったら、自分で聞けってことだ」
「さすが小早川さん!実にその通り!」
「えー」と不満気な声を発する新田を睨んで黙らせてから、タダミナは話を続ける。
「だから今日は一個だけ質問します」
「どーぞ。何でも答えるよー」
北条は妙に明るく、そして軽く返事をする。
「髪ですよ、髪の毛!どーしちゃったんですか?一瞬、全く分からなかったですよ!」
「似合ってるでしょ?清純系っぽくて」
「イヤイヤ。イメチェンしすぎですって!まっキンキンの超ロングだったじゃないですか!」
「校則違反だったけどねー」
北条は言葉を繋ぐ。
「今日の午前中に黒くしたのよ」
どう?と言わんばかりに自分の頭をなでる。
「ますます分かんない!ってか授業中に髪切るのも校則違反だし!」
吠え終わったのか、タダミナは声のトーンを落とした。
「分からないなー。なんでそんなに急ぐ必要あったんですか?今日の帰りとかでもいいじゃないですか」
うーんと言葉を選んでから北条は答えた。
「時間的に急ぐ必要はなかったけれど・・・決意表明?って感じかな。男の子が頭を丸めるみたいな」
「決意ってなんの決意ですか?」
新田が話に入ってくる。
俺は黙々とパンを食べながら聞いていた。
「んー」
北条はパックジュースを手の中で遊ばせていたが、すぐに話し始めた。
「私の金髪ね、ほとんどの先生に怒られなかったの。たまに指導されても“どうにかならないか”っていう程度だった。先生たちはね家庭のドロドロした事情で留年した私に遠慮していたんだよね。素行不良・学力下位でダブったわけじゃないからね」
ジュースを一口飲んで話を続ける。
「でも、私はそれに気づかなかったの。自分はイレギュラーで自由な存在という認識をしていてね。それを分かりやすく確認するために金髪にしていたの。今考えれば一人相撲もいいとこよ」
北条は一息つき、俺を見る。視線が合う。
「でも昨日、ようやく勘違いに気づいたの。甘えてるだけの自由って分かっちゃったから、もう終わり。どっかの誰かさんにもカッコつけたいしね!」
言い終えた北条は空を見上げた。変わらず青い。ただただ青い。
「えっと。その誰かさんって・・・」
新田が俺と北条を交互に見比べる。
「ほら。小早川さんも!なんか言って下さいよ!」
落ち着かないタダミナが言葉を促してくる。
俺はパンを十分に飲み込んでから言った。
「北条・・・」
今一度、考えを巡らせた後、口を開いた。
「黒、似合ってるな」
「えっ!」
中空を見上げていた北条の視線が弾かれるように俺に向けられた。
「そ、そうかなー?」
顔面をめいっぱい赤くして言葉をつまらせる。
「いやいやいやいや!!」
タダミナが割って入って思い切り叫ぶ。
「そーいうの、今いらないからーー!!」
荒ぶるツッコミが果てのない青空に響いた。
「しかしなー」
高田馬場駅のホームを移動しながら切り出した。
「5限の伯爵も6限の岩さんも、北条の黒髪に大感激だったな。まったく我が子じゃないんだから」
「へへへ」
歩きながら北条は宣言をした。
「今日から本気ですから、私。マジですよ、マジ!」
なぜかビシビシとジャブのシャドーをする北条。
「だいたいさー、午前中は全部サボってるんだから、まずはソコを叱らないと・・・」
「あはは。言われてみればそうですね。黒髪ショートが相当インパクトあったみたいです。ハイ」
俺たちは地下鉄の入口までやってきた。
「昨日までの金髪はさあ、エセだったかもしれないけど、少しくらいは自由を味あわせてくれたのか?」
俺は地下鉄への下り階段の前で止まって聞いた。
昨日、思い切りバックキックを繰り出した場所だ。
「そうですね・・・」
北条は一瞬悩んだが、その後にニイっと笑って、後方を指さした。
「難しい質問ですね。でも向こうの入り口に着くころには答えが出そうです」
やれやれ、と俺は降りかけていた階段で回れ右をした。
「仕方ない。少しだけ遠回りになるけどね」
それを聞いた北条は満面の笑みで歩き出した。
≪了≫




