■4-2 北条飛鳥、陰鬱な日々
俺は言葉選びに困っていた。
「それで、その・・・」
北条はおずおずと尋ねてくる。
「もう一個、聞いていいですか?」
「いや、ダメだろ」
ピシャリと断る。
「なっ・・・いいじゃないですかぁ!けちー!」
再び子供のように、足をパタパタさせる。
「なんでだよ、正当なラリーだろーが」
俺は譲らない。
北条はやむなしといった感じで折れる。
「私に質問する気ですか?」
「君に質問する気だ」
「何について?」
「留年について、だ」
「・・・」
「・・・」
しばしの沈黙。
北条は席を立った。
そうしてまっすぐ黒板の方へ歩き、教壇へ着いた。
俺は一連の動作を黙って見ていた。
「さて」
教師の真似事のように、教壇に両手を置いて北条は話し始めた。
視線を教壇に落とした。緊張した面構えだ。
「質問の答えですが・・・出席日数が足りなかったからです。三か月分ほど」
北条は顔を上げて、こちらの出方を伺っていた。
「・・・」
俺は微動だにしない。何も言わない。
ただただ北条を見つめている。
北条は「ふー」っと小さな溜息をついて続ける。
「不満そうですね。ま、少し突っ込むと二年の一学期に両親が離婚したんです。因みに、私は父方に引き取られています」
教室が空の所為か北条の講義はよく響いた。
「離婚のショックで身体を崩したってわけじゃないんです。むしろ離婚前の方が大変で大変で。私が一年の時はそりゃあもう超ストレスの中で生活していました。よくあんな状態で学校行けたなって自分のことながら驚いちゃいますね」
フーっと北条は大きく息を吐いてみせた。
「で、その緊張の糸が、離婚が成立したことで切れたんでしょうね。そこから少しづつ学校休むようになったんですよ。身体の調子が少しでも悪いと行かない、宿題やってないから行かない、雨が降ってるから行かない。って感じです」
北条はくるりと向きを変えて黒板と向き合った。
「でもね、不思議なんですよ。休んでも休んでも、ちっとも文句言って来ないんです。父も学校も」
北条は背を向けたまま講義を続けている。
カツカツカツとチョークで黒板を叩く音が聞こえる
字ではない。何か絵を描いているようだ。
「今は繊細な時期だからとか、刺激を与えない方がいいとか。まぁ、向こうにも色々と思うところはあったんでしょうね。客観的にはそう見えたのかなぁ?実は燃え尽き症候群になってダラダラしていただけなんですが」
北条は可愛くデフォルメされた猫の絵を黒板の真ん中に描き終えた。チョークを置き、こちらに振り返った。
「結局、準ヒッキーになってました。ある程度社会性に縛られないと――親からも先生からも何も言われないと――案外来られないもんですね、学校って」
北条が教壇を離れ戻ってくる。
「そうなるともう、友達からのLineも返さなくって・・・。キョーコ。さっき学食で会った子ですけれども。去年のクラスメイトで結構仲良かったのにLineも電話も無視しちゃってたなぁ」
北条は席に着いた。
二人の留年生が再び横に並ぶ。
「でも、たぶんですけれど、よくあることだと思います。留年理由として、とりたてて変わったことでもないです」
北条は真正面の黒板を見たまま言った。
「そうかもな」
俺も北条を見ることなく答えた。
「それじゃあ」
北条の顔から緊張の度合いが抜ける。
「次は私の質問です!それで最後です!」
「えっ?」
「そりゃそうですよ。小早川さんが先行だったから、私で終わらせるのは当然でしょう」
「いや、それは分かるけれども、まだ2ラリー目じゃん?もうこれで手仕舞いってこと?」
「はい。そろそろ日も落ちますし、部活組が教室に返ってきてもいろいろと面倒じゃないですか」
「ん。まぁ、そうか・・・」
夕日の反射を受けた天井を見上げて、渋々了承した。
「で。俺に聞きたいコトその2は何かな?どーんと聞いてもらって構わないよ」
俺は軽口を叩いてみた。
「どうして・・・」
そう呟いた北条に視線を戻す。
「どうして、学校に戻ってこようと思ったんですか?」
目が合う。
なぜだか気恥しくなり俺は席を立った。
そうして先ほど北条がしたように教壇で教師の真似事をした。
「そんなに話すこともないんだけどな。俺は去年、大きな怪我をしてしまってね。キックボクシング・・・さっき北条が観たような競技を引退することになったんだ」
俺もチョークを手に取った。そして黒板には北条が描いた猫がいる。
「そこで・・・まあ正直迷ったな。だって、何をしたらいいか分からない。同級生は卒業してるしな。働くことも考えた」
淡々喋りながら黒板にお絵描きをする。北条は何も言ってこないので話を続ける。
「高校に戻ったのは親が学校に籍を残してくれたからだ。籍を置くだけでも金はかかる。せっかくだからってトコかな」
俺は先ほどの北条の猫の周りに花を咲かせた。
「あの・・・!」
ガタリと北条は席を立ち上がった。
「引退することに関しては何もなかったんですか?!だって、あれだけのことをして、その・・・」
「葛藤みたいなもの?そりゃあったよ。一生捧げるつもりだったしね。やり残したことだらけだ。夢はかなくも破れたり、とはこのことだね。」
ああ、いかんいかん。自分で口にしていながら切ない気分になる。
「でもよ。俺は最後に最高の舞台で最高の相手と戦えた。これって選手として相当幸せなことなんだよ」
少し言い淀んでから、立ちつくす北条を見た。
「特別なことじゃないんだ。さっき君が言ったように、誰にでもあるんだよ、こういうことは。俺の場合、それが凄く分かりやすい形だっただけ。見ただろ?俺がハイキックで吹っ飛ばされるところ。分かりやすく散っただろ?でも人知れず夢破れていった人間は往々にしているさ。特別なことじゃない」
猫の頭の上に太陽を描いてからチョークを置いた。
「さて、もう結構な時間だ。部活組も帰ってくる」
そう言って、もう一度合作の猫の絵を眺めた。
「帰ろう」




