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■3-1 過去からの訪問者(小早川涼の場合)

四月末の木曜日の朝。

思いもかけず早めの登校をした。

時間にすれば二十分早いだけだが、何とも落ち着かない。

グラウンドではそれぞれの部活が朝練の片づけをしているのが見受けられる。


教室には十名ほどのクラスメイトがいる。

「おはようございます!今日は早いんですね」

そのうちの一人が北条だった。

他のクラスメイトは2、3人で固まり談笑していた。

北条はどこのグループに所属することもなく、自分の席で文庫本を読んでいた。


「おはよう。いつもこんな時間に来てるの?見直したよ」

「えー。それは嬉しいですね。どのくらいですか」

俺はバッグから一限の教科書を取り出しながら考えて

「10ポイント・・・小早川ポイントを10ポイントかな」

適当に創作してみた。

「何ですかそれ?そんなビミョーなポイント貰っても嬉しくないですよ」

と、いいながらもニヤニヤしながら返してきた。


「いっつも予鈴ギリギリなのは小早川さんだけですよ。タダミナも新田君も毎朝早いです」

言われてタダミナの席を見るとバッグがすでに置かれている。

「朝練か」

「そうです。バスケ部はほぼ毎朝やってますからね。新田君は他所のクラスに遊びにいってるだけなんで、もう少ししたら戻ると思います。」


先日の国語の授業からだ。留年ペアにタダミナと新田を加えた4人で行動することが多くなってきている。

復学してすぐに良い仲間に恵まれたものだ。俺にとって予想外であり、素直に幸せなことであった。

「なるほど、そうか。ごめんな、北条」

「え?何がですか」

「さっきあげた俺のポイントだけど、やっぱり朝練やってるタダミナにあげることにするわ」

「べ、別に欲しくないです!」

と北条が大声で言った直後。

「失礼します」

と精悍な声が教室に響いた。


声の主は教壇側の開けっぱなしの戸から入ってきた。

入り口付近に居た男子生徒グループが面白がって近づこうとしたが、上背こそないが、学ランの上からでも分かる体格の良さと、現三年生を示す赤い校章を確認すると、すっと退いていった。

男はまっすぐに、対角線上に位置するこちらへ向かって突き進んでくる。


「お久しぶりです!小早川先輩!」

男はちょうど北条と俺の席の真ん中で立ち止まり、俺に対して深く頭を下げた。

その声はバカでかかった。教室にいる十名ほどの生徒は皆、こちらへ振り返る。

「・・・木場か?」

俺は足を組んで座ったまま、淡々と対応する。


「ああ!覚えてくれましたか!自分、かなり感激しています!」

「そりゃあ覚えるよ、キックボクシング同好会・・・今は空手部になったらしいけど、全部で四人しかいなかったじゃん」

木場は再び深く頭を下げた。

「先輩が復学していることも知らず、挨拶が遅れてしまいました。申し訳ありません」

「いやいや、申し訳なくないから。だいたい伝えてねーのになんで知ってんだよ」

木場は済まなそうに口を開く。

「二年の後輩に聞いたんですよ。2-Dに青いバッジの留年生がいるって」


「はは。ナメてんなー、そいつ。まぁ、とりあえず座れよ」

俺はまだ空席の目の前の新田の席を勧めた。

木場は「失礼します」と言って、椅子を180度回してから着席した。


「二年ぶりだな」

「二年ぶりです!」

木場が食い気味で返答する。

「何で声かけてくれなかったんですか、先輩!水臭いじゃないですか。」

「声かけても、それまでだからなぁ。今の俺じゃあ、練習の邪魔になっちまうだろ?」

そう言って俺は自分の左ひざを叩いた。


一瞬の静寂。それを割る俺。

「んで。我がキックボクシング同好会はいつ空手部になったの?」

「ああ。やはり気になりますよね」

木場はかいつまんでその経緯を説明した。


「なるほどね。リングが使えなくなったんじゃ練習はできんわな」

「はい。俺もやっと8オンスの距離感が分かってきたのに・・・」

木場の無念そうな顔を見ながら話を転がす。

「まぁ、しょうがないって。それにしても空手部には凄い先生がついたな。世界大会まで出てた人だよな?そこに人が集まって部に昇格。うなずけるよ」


「今のところ、十五人でやってますよ。」

「で、お前はそこの部長ってわけだ。しっかりしてんのか?つまるところ、強いの?」

会話がそこへ差し掛かったところへ新田が入室してきた。

「おっはよう!みんな!さ、俺の席に座っているキミ、主が来たら退かなくっちゃ」

「何だ、新田か」

新田に背を向けていた木場は首の角度を最小限に曲げて、つまらないものを見る視線で反応した。

「アレッ?部長!?」

新田は急に訪れた体育会系の気配に戸惑う。

「オハヨウゴザイマスッ!ええと?何で部長が俺の席に・・・?今日は朝練もないし、あれ?」

見かねて話を促した。

「俺の後輩なんだよ、コイツ。今は先輩だけどな」

「ああそうなんだ・・・って後輩!?小早川さんも空手やってたの!?」

まあ、それは俺の台詞なんだけど。


「“やってたのですか?”だろーがデコ助がぁ!!」

ガス!と木場は座ったまま新田のスネに蹴りを入れた。

「スワセンッ(すみません)!いやこれは小早川さんに俺たちが気をつかっていると気を使わせないようにと気を使ったものでして・・・」

「何言ってるかわっかんねーよ」

ガス。再び木場の蹴りがピンポイントに同じ個所へ入る。

「スワセンッ!言いなおします!小早川さんってキック部だったんでしょうか?」

目の前で繰り広げられるコントについ笑ってしまった。

「大変だねぇ、後輩も。俺らの時は上がいなくてよかったなー」

俺は新田の質問に答えるのも忘れて、昔を懐かしんだ。


「いえ、自分は先輩たちがいてくれたおかげで、充実したトレーニングができました。今でもあの頃の指導には大変感謝しております」

「指導ってほどのもんじゃないだろ、俺は一学期の間・・・4ヵ月くらいしか教えてないし」

新田からの視線に気付く。説明を求めている表情だ。

「ああ、俺はね、二年前キックボクシンやってたの。今の空手部の前身となる同好会でね。木場は一個下の後輩になるわけ」


「はぁ…いや!なるほど!同好会って、人が少なかったんですか?」

木場の睨みを受けつつも質問をしてくる新田

「そうそう。二年二人と一年二人。それでもまだマシでさ、一年目は一年二人だけだったんだから。ウケるよなー」

「いえ、小早川先輩は俺たちにとってはレジェンドです。欧州に乗りこんだり、アマ大会荒らして名を挙げたり・・・」

「ははは。荒らしているつもりはないんだけどな。高校にいるとなかなか大会出れないからね。他の部のようにインターハイがあるわけでもないし」

「はい。今は部活動に昇格して先生も顔が広いので、試合をする機会も増えました。たしかに同好会時代は技術の確認じゃスパーリングのみ。ですが私の財産になった時間です」

「あっあの、小早川さんって、もしかして結構・・・強かったりします?」

ガス。木場の三発目の蹴り。苦悶の表情の新田。笑えるなこれ。

「強くねーよ。結構な数の大会には出たけど、そこで思い知ったよ俺の限界ってやつをさ。だからもう、引退した身になるんだよ、俺は」

そう言って木場を見据える。

「だけど、まぁ・・・お前どっちがイケてるか?ってーのには興味あるかな」

木場は苦笑いで、その場を濁した。


そうして男三人がワイワイやっているのを北条は横目で見ていた。

タダミナがバスケ部の朝練から戻り「何これ」という表情をしたが

「早く授業始まれって感じ」

とブスっと答えていた。

一限開始のチャイムが鳴る。

「練習みにきてくださいね!」

木場は本日三度目の礼をして、三年校舎へ全力で走っていった。

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