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青い鳥の記憶

 王都の執務室。厚い石壁に囲まれた空間に、またひとつ報告が持ち込まれた。


「アレクサンドル殿下。西海寄りの村や市場にて“金髪の若い剣士”が魔獣を斃したとのことです。瞳の色は橙色。不思議な小鳥を連れていた、と」

(金髪、そして橙の瞳!)

「その小鳥は、青く光る羽を持つとか」


 青い羽――橙の瞳の隣に、いつも止まっていた小さな姿。記憶の奥に、強烈な光景がよみがえる。


 ――王城の庭。

 

 ヴァレンシエール王国の紋章である双頭のグリフォンが翻る祝祭の日。隣国のリリオス王国やモンテリュー公国からも賓客が集い、その家族たちが庭で遊んでいた時のことだった。


 歓声がざわめきに変わり、子どもたちの輪の中心に倒れた小鳥。羽毛は乱れ、輝く青の羽も胸元のオレンジも血に濡れている。


「もうだめだな」

「羽を抜いたら御守りになるんじゃないか?」

「それより火であぶったら飛べるかな?」


 無邪気な言葉が残酷に響いたとき――。


「やめて!」


 輪をかき分けて現れたのは、金の髪と橙の瞳を持つ少女。モンテリュー公国の末姫、当時八歳のシャルローヌだった。小鳥を両手にすくい上げ、胸に抱く。


「もう……これ以上はだめ」


 震えながらも真っ直ぐに子どもたちを見返す。その小さな気迫に、やがて子どもたちは散っていった。


 その場に残ったのは、十五歳の第一王子アレクサンドル・ド・ラ・フォント・ヴァレンシエと、その友人リオネル・ド・ヴェルサンだけ。二人は言葉を発せず、少女の姿を見守っていた。


 シャルローヌの指輪から金色の光が明るくあふれ、小鳥の傷口を照らした。

「……これで、よくなる?お願い……」


 (聖女と呼ばれていると聞く。だが、あれほどの傷を治せるのか?)

 

 明るい金色の魔力が光る。けれど光は揺れるが、傷は塞がらず、小鳥は動かない。

 

(やはりだめか。聖女といえど無理なのかもしれない……)


 アレクサンドルの心の声が届いてしまったわけではないだろうが……。不安と悲しみにシャルローヌの瞳からぽろりぽろりと大粒の涙が幾粒も零れ落ちた。

 

(美しい)とアレクサンドルは場違いな思いで見ていた。その涙が羽に落ち広がっていった瞬間、シャルローヌの指輪の光が一気に広がった。


 まばゆい金色の輝きが小鳥の全身を包み、血で固まった羽毛がするりと解ける。動かなかった翼が震え、やがて力強く羽ばたいた。


「あ……飛べるの?」


 驚きと喜びの混じった声をあげた瞬間、小鳥は小さな鳴き声を残し、空へと舞い上がった。

 見つめていたシャルローヌは、ふっと息を吐き、仰ぎ見る表情が輝く笑顔に変わる。――その笑顔が、強烈に胸を打った。


 アレクサンドルは、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 胸が焼けるように熱く、世界の色が一気に鮮やかになるのを感じる。

 金色の髪と光、橙色の瞳、そして青い小鳥の羽。


(……何だ、この感覚は。息が苦しい。胸が暴れて……制御できない)


 まだ少年の彼にとって、それは初めての「恋の衝撃」だった。だが、黒太子として叩き込まれてきた教育が、即座に心を縛り上げる。

 ――弱みを見せるな。心を奪われるな。それは軽率の極みだ。


(違う。これは……ただ驚いただけだ。美しいものを見たから、胸が騒いだにすぎない。俺は感情に支配されてなどいない)


 自分の心臓の鼓動を必死に否認しながら、彼は理屈を探し出す。

(あの力……聖女の力は国家に必要だ。だから俺は忘れない。それだけのことだ)


 ――こうして、恋の衝撃を「国家への必要性」へすり替えた瞬間が、後に彼を拗らせてゆく最初の芽だった。


 「殿下?」 騎士の声で意識が戻る。

 

「……金髪に橙の瞳。肩に青い小鳥」

 アレクサンドルは低く呟いた。

 「間違いない。シャルローヌだ」

 そう言い切ったものの、胸の奥で別の声が囁く。


 ——だが、“剣士”?

 剣を振るい、魔獣を倒す?彼が知っているシャルローヌ姫と、剣を取って戦う姿がまったく結びつかない。


 (……シャルローヌが剣を?)

 確信と疑念が、同じ重さで胸の奥を揺らした。


 報告の騎士が出て行った部屋で、リオネルが口を開く。長身にビスケット色の髪と瞳を持つ彼は、いまや専属近衛隊長となり、黒太子の隣にあっても見劣りしない貴公子だった。


  「シャルローヌ姫が魔獣を倒すほどの剣士だなどと聞いたことはない」


 自らの疑念を声に出されたようで、アレクサンドルは低く冷たい声を返す。


 「俺の婚約者は、生きている」

 リオネルがわずかに目を細める。


 「……そこまで信じ切れるほど、惚れてるんだな」


 「は?」アレクサンドルは鼻で笑った。

 「違う。惚れてなどいない。俺が執着しているのは“存在”だ。あれはたしかに聖女だ。あれがいなければ秩序が傾く。国のためにも未来のためにも必要なんだ」


 「国のため、ねえ……」

 リオネルは肩をすくめる。

(……それを惚れてるって言うんだよ。拗らせすぎだ、親友よ)

 いまは見守るしかないのか……と苦笑するのだった。

 

 

 

ビスケット色は薄い茶色です。

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