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まさかの黒太子

 王都の石門をくぐった瞬間、三人は人の波に飲み込まれた。行商人の呼び声、焼き菓子と香草の匂い、馬車の軋む音、吟遊詩人の弦。


 石門の上には、黒と金の旗が風にはためいている。双頭のグリフォンが翼を広げる国章――ヴァレンシエール王国の象徴だ。陽光を受けて輝くその姿は、威厳と繁栄を誇示するようで、通る者すべてに「ここが大国の都である」と告げていた。


 男装のシャルローヌは深く帽子をかぶり、肩の小鳥を外套の影に隠す。

 (ここが王都。……落ち着け、わたし。まずは魔道具、それから身を潜める。黒太子のところへ連れていかれるルートは全力回避しなくちゃね)

 胸の熱は相変わらず渦を巻く。魔力の高鳴りなのか、緊張なのか、自分でも判別不能だ。


 「帽子をもう少し下げてくださいな」ばあやがそっと手を添える。

 「そうだな。ビジュもなるべく隠れていてくれ」カイルが外套の隙間を指で作る。ビジュは「ピル」と一声だけ返し、大人しく影に潜った。たぶん、潜ってる“つもり”。


 石造りの建物は背を競い、窓辺には赤や黄色の花。角を回れば大道芸、次は聖歌隊、さらに先では値切り合いの絶叫が上がる。「三枚で一枚おまけ!」「そのおまけが欲しいんじゃない!」――王都は音で満ちていた。


 道端の噂好きがひそひそ囁く。

 「見た? 今の金髪の人、なんかかっこよくなかった?」

 「噂の金髪剣士だったりして」

 「しかもあの子、鳥を連れてる」

 「青い鳥かわいい」


 「姫様、歩幅を無理なさらずに。石畳は足を取ります」

 「姫様じゃなくてシャル、です」とシャルローヌ。

 「はいはい、姫様――いえ、シャル様」

 ばあやは結局どっちも言う。カイルは笑いを堪えながら周囲へ視線を走らせた。


 「とりあえずクロード翁の商会に向かおう。魔道具の目星もそこで」

 「うん。目立たないようにね」


 そう言った矢先、カイルの目は驚愕に見開かれる。

 人波の向こう、黒髪の青年と茶髪の青年がまっすぐこちらへ向かって速足で歩いてくる。黒髪の方は、真昼でも夜を連れているみたいな気配。すれ違った淑女の何人かが、手を胸に当てて立ち尽くす。その顔をカイルは知っている。


 (おい!ちょっと待て。いきなり……大通りのど真ん中で黒太子!? )


 身を翻そうとした矢先に、黒太子アレクサンドルがこちらに気が付いた。

 カイルの胃がギューッと音を立てる。

 

 アレクサンドルの瞳が、シャルローヌの姿をとらえる。シャルローヌも自分を見つめる青い瞳に気がついた。

 二人の視線がまっすぐにぶつかる。お互いの顔をはっきりと認識する。橙と青の瞳が大きく見開かれる。

 スローモーションのように二人が同時に相手を指さした。

 次の瞬間、シャルローヌとアレクサンドルの声が、ぴたりと重なった。


 「――生きていた!!! 」


 「……は?」

 「……は?」

 眉を寄せるタイミングまで同時。


 (いや「は?」と言いたいのはこっちも同じだ!)

 ビスケット色の髪の青年――リオネルも、絶句したままシャルローヌ姫と思しき相手の顔をまじまじと見る。


 「ええと……なんの話ですか?」

 先に我に返ったのはシャルローヌだ。

 

 「嵐で船が難破したと聞いた。やはり、生きていたんだな……」

 低く抑えた声に、街の喧騒が一瞬遠のいた気がした。


 「あ、はい。おかげさまで」

 (しまった! つい答えちゃった! ここは“関係ありません”ムーブの場面!)


 「で……俺が“生きていた”とは、どういう意味だ?」

 射抜くような深く青い眼。シャルローヌは反射で口を開く。

 「それはですね、王子が――」


 「待て」

 アレクサンドルが食い気味に遮った。「お忍び中だ。王子と呼ぶな」


 「では、なんと?」

 「アレックスでお願いします!」と横からリオネルが即答。


 「はい、アレックス」


 突然愛称で呼ばれ、アレクサンドルの耳がわずかに赤く染まる。心臓はもはや行軍ファンファーレ。

 (な、なぜだ。名前を呼ばれただけで鼓動が制御不能……)


 「な、なんだ?」

 「アレックスが幼いころ川に落ちたとき、わたしが助けたんですよ。そのあとどうなったかなって気になっていて。生きていてよかったー。わたし、死んだ甲斐がありました」

 にこにこ。――空気が凍る。

 (シャルローヌ……何を言っている? 嵐で頭を打ったのか?)


 ばあやがカイルの後ろに隠れるようにしながら必死に言う。

「この場はカイル殿がなんとかしてくださいませっ。姫様はなにかその……勘違いをなさってるのです」

(まじ?俺?俺?俺かよー)

 決死の覚悟で口を開くカイル。

 

 「こくたい……いえ、でんか……違、ア、ア、アレックス!」

 カイルが裏返った声で割り込んだ。

 「こいつ、ちょっと勘違いしてるんです! 本物だってわかってなくて、別の話をごちゃまぜに……!」


 「……おまえは何者だ。なぜ隣に並び立っている」


 絶対零度。カイルは固まった。胃薬をくれ。背中を汗がつーっと落ちる。なんだこの人、黒オーラがもやもや出てるぞ!


 耐えられずカイルはシャルローヌに耳打ちした。

 「この人が黒太子だ。会いたくないんだろ? 逃げるぞ!」


 「ええっ……!?なに、どういうこと!?」

 驚愕に目を丸くするシャルローヌ。

 「俺が知りたい!」とカイル。

 二人の顔が近すぎて、アレクサンドルの胸がズキンと軋む。

 (……なぜ。なぜこんなに苦しい?)


 リオネルが慌ててアレクサンドルの肩に手を置く。

 「これ以上、魔力を漏らしませんように。威圧は姫を傷つける」

 「ぐ……」


 シャルローヌの脳裏をよぎる最悪の想像。

 (このままじゃ、クロード翁に辿り着く前に、この黒もやもやを出す黒太子に身柄確保コース。だめ、それはだめ)


 そのとき、ピーっという呼子の音が鳴った。


 「いたぞ! 捕らえろ!」

 甲冑が鳴って、大通りに兵が雪崩れ込んだ。


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