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閑話 私の光(ばあや視点)

王都へ入る前に、ばあや視点の閑話です。

 私はシルベット。モンテリュー公国の姫君、シャルローヌ姫様の侍女でございます。

 姫様からは「ばあや」とお呼びいただいておりますが、本来は……シャルローヌ姫様のお母君、セリーヌ姫様の乳母でございました。


 私は乳母として、セリーヌ姫様を母のように育ててまいりました。セリーヌ姫様は聡明で、花のように気品を湛えながらも、あくまで優しいお方。少々病弱ではあられましたが、乳母である私を常に信じ、心を寄せてくださいました。

 やがて十九にしてモンテリュー大公とご成婚、すぐにご懐妊なされたとき、公国あげての祝福のなかで、私は自身の胸の奥の不安に気づいておりました。あまりにあまりに繊細なお身体であったからです。


 そして悪い予感は当たってしまった。

 セリーヌ様は御子を産み落とされたのち、はかなく世を去られたのです。まだ十九歳。


 己が命を削ってでもお守りしたいと願った若き主を、なすすべなく見送るしかなかったのです。


 私の世界は色を失いました。光を失った廊下を歩くように、声も、香りも、すべてが遠のいていく。公国の庭に咲き誇る花でさえ、私には灰色にしか見えませんでした。

 ただ抱いていた赤子――シャルローヌ姫様の泣き声だけが、私をこの世につなぎとめていたのです。


 

 大公様は、年の離れた幼な妻であったセリーヌ様をたいそう深く愛しておられました。けれどその愛の深さゆえに、残された姫様にどう接してよいか迷ってしまわれたのでしょう。姫様は「お父さまは私を心配していないのでは」と口になさいましたが、姫様にはそう感じられたとしても致し方のないところです。ただ唯一の真実でもないのです。

 人の心は、陽に向かうばかりではございません。影となり、ねじれ、どうしようもなく不器用なかたちで表れることもあるのです。大公様にとって姫様は、愛するセリーヌ様の面影そのものであり、同時に二度と取り戻せぬ喪失の記憶でもあった。だからこそ、まっすぐ向き合えなくなられたのでしょう。


 ……それでも大公様は、セリーヌ様の一の忠臣であった私を、今度は姫様の傍に置かれました。

 「シルベット、其方に託す」と。

 あれはきっと、大公様なりの不器用な愛情だったのだと、私は思っております。セリーヌ様の代わりに、娘であるシャルローヌ姫様を守れ――そう託されたのだと。


 姫様は、あの光を宿したお方の忘れ形見であり、今を生きる唯一の光。私は、この命尽きるその日まで。

 「姫様のそばにあり、守り抜いてみせましょう」と、心に誓いました。

 そうしてシャルローヌ姫様のお側にお仕えするようになり、次第にまた、私の世界に色がつき始めたのです。


 生まれながらにしてなんとも愛らしい姫君でした。

 母君セリーヌ様と同じ金の髪と橙の瞳を受け継いでおられましたが――その笑顔はセリーヌ様よりもずっと屈託なく、陽の光のように明るく、無邪気に咲きほころぶものでございました。


 父君である大公殿下は「政務が忙しい」との建前で、末姫のお部屋を訪れることは滅多にありませんでした。母の異なるご兄姉方はすでに成人し、それぞれの立場で暮らしておられたため、幼き姫様にとっては遠い存在でございました。

 ですから姫様は、私だけを心から頼みにしてくださいました。けれどもその根は驚くほど明るく、素直で、まっすぐ。人を疑わぬ希有なお心をもっておられたのです。その魔力のお色と同じ、眩くもあたたかな金色の魂をお持ちでした。


 幼いながらに魔力量は群を抜き、祭儀の折には護りの祝福を託されることもございました。そのお姿を見て、宮廷の者たちはいつしか「聖女」と呼ぶようになります。まだあどけなさの残る頃より、すでに大国ヴァレンシエール王国から「その姫を未来の王子の妃に」と声がかかっておりました。


 けれど、そんな大人の事情など露ほども知らぬ姫様は、ただ笑っては庭を駆け、ビジュを追いかけ、花に頬を寄せておられたのです。その橙の瞳の輝きに、私は幾度救われたことでしょう。


 そしてあの嵐の船の上。あたり一面に白い光があふれて、シャルローヌ姫様を連れていかれたのは……私にはわかりました。あの白い光は忘れもしない、セリーヌ様のまとう光。我が子の最期のときに自らお迎えに来られたのです。そういう定めだったのでしょう……。


 「お待ちください」の声もむなしく、私の光のすべてを失ったと絶望したとき、ふとまた姫様のお体が力を取り戻し、私へと金色の護りの光をお送りになりました。あのとき、別の世界にいた姫様が私の元に戻ってこられたのですね。


 そしてまたこうしておそばにいることができた。姫様が嵐の夜を生き延びたのも、また巡り会えたのも、セリーヌ様のお導きではないかと、密かに思っているのです。この老女を哀れに思召したセリーヌ様が、シャルローヌ姫様とふたたび相まみえることができるように、お力をかしてくださったのではないかと。

 シャルローヌ姫様は、自分は別の世界から来た別の人間だとおっしゃいます。でも私にはわかるのです。シャルローヌ姫様の魂と同じだと。あの純粋で稀有な魂。私が私の光を見間違えるわけがございません。

 ありがとうございます。私はこの命尽きるまで、ずっと姫様のおそばに。


 

 

次こそほんとうに王都入りです。

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