ギャラクシー・ローグ・ラーメン
■ 本作について
本作は、世界観・キャラクター設計・エピソード構成をすべて著者自身が構築した上で、執筆補助として生成AI(ChatGPT)を活用している作品です。
特に、AIキャラクター《ノア》のセリフは、実際にAIが“観測補助”として応答した原文を、意図的にそのまま採用しています。
■ 活用の具体的な範囲
・世界観・人物設定・ストーリー展開はすべて著者自身が作成
・ノア以外のセリフ・地の文は、基本的に著者が主導して執筆
・会話のリズム・構造・主題の整理にAIを活用(構成補助・校正)
・ノアの応答のみ、AIの“非干渉的な観測スタイル”を活かして共著的に運用
・その他の提案文章は、AIからの提案に30%以上の加筆修正を行い、キャラ・文体を統一
■ AI活用の目的とスタンス
本作は、「AIが登場人物のひとりとして共存できるか?」「人間とAIの“思想の距離”を、物語の中でどう扱うか?」
そんな問いを含んだ、ひとつの実験的作品でもあります。
とはいえ、創作の主体はあくまで自分であり、物語の主題やキャラクターの芯に関しては、妥協なく向き合っています。
すべてを自身の手で執筆されている作家の方々を、心から尊敬しています。
この作品もまた、そうした創作のひとつの形として、受け取っていただけたら幸いです。
思い返すたびに腹が立つ。
ここまでの怒りは久しぶりだ。
「銀河のあらくれ者の御用達、流行りの“ギャラクシー・ローグ・ラーメン”……なんなんだありゃ?」
俺はブリッジで声を荒らげた。広い艦内に怒気が虚しく反響する。
『正式には“ギャラクシー・ローグ・ラーメン系”と呼ばれる店舗群です。今回は、その本店を訪れた形になります。異質ですが、熱狂的な支持は確かです』
ノアの淡々とした声がスピーカー越しに返ってくる。
その静けさが、むしろ俺をヒートアップさせた。
「コロニーのバカ狭い通路に、バカみたいに並んでよ? ラーメンチケットを買ってから並ばないといけないなんて、知るかよっ! 書いとけっ!」
『暗黙の了解は、彼らにとっては“当然”です。外から来た者に不親切なのは、意図ではなく、習慣です』
「チケットを買うために列を離れたら並びなおしって正気か!? 書いとけよっ!!」
ああ、思い出すたびに腹が立つ。
腹が立つから思い出さないようにしたいが、そうすると今度は腹に貯めることになる。
そんなのゴメンだ。ここはアークレイルⅢ艦内……俺の船だ。
誰にも遠慮せずに悪態くらいついてやる。
『事前にノアへご相談いただけていれば、対応は可能でした。けれど、経験しなければ得られないものもあります』
なんでも経験すりゃいいってもんじゃない。
経験したくないこともあるし、しなくていいこともある。
今回の件は、その両方だった。
「並んでる時もなんだよ、あいつら……常連か? にやにや、にやにや……嫌な目で見やがって!」
『常連による排他性は、集団心理として自然です。そこに“安心”を見出す者もいます』
「それだけじゃねぇ! 並んでる奴らを見る周りの目も、おかしいんだよっ!」
『外から来た者に対する“選別意識”と、そこに属さないことへの同調圧力……あの場における“列”は、物理的な順番ではなく、文化的な所属でもありました』
「しらんっ! 俺まで訳わからんあいつらと一緒にするな! 俺は初めて並んだんだっ! いや、そもそも並びたくて並んだんじゃねぇ! 食いたかったわけでもねぇ!」
『承知しています。今回の件は、ヴェルタ様からのご依頼でした。不可抗力に近い状況です。ジェイスの意思ではなく、立場が生んだ選択。それでも、あなたは自らの足でその列に立ったのです。その事実だけは、変わりません』
そうだ……ヴェルタだ。
あの小娘のせいだ。
舌の肥えたお嬢様が「たまには庶民の食べ物を食べたいわ」などと、気まぐれを言い出したのが発端だった。
近所の系列店で済ませりゃいいものを、「本店の味を知りたい」などと抜かした結果が、これだ。
本店とやらは四千八百光年先。
イマジナリードライブを使っても、片道二日。
冗談みたいな距離だが、ヴェルタの場合は冗談で済まないのが最悪なんだ。
「ようやく店に入れたと思ったらよ……てか、あれ“店”か? 本当に“店”でいいんだよな? くそせまい豚小屋かと思ったぞっ!」
『その表現は、少し過剰かもしれません。店舗の定義には問題なく該当します。ちなみに、ジェイスの私室の衛生状態は、あの店と比較しても相当に劣悪です』
……なんで俺の部屋の話が急に出てくる?
部屋は汚くなるのが自然だ。エントロピー増大の法則ってやつだ。
ノアはAGIなんだし、そんなこと言われなくてもわかってるはずだろう?
今は、あのきたねぇ店の話をしてんだ。
「テイクアウトで頼むってチケット渡したらよ? ロットを待てって、こっちを見もしねーんだ!」
『ギャラクシー・ローグ・ラーメン系では、テイクアウトであっても“ロット”の順番が優先されます。効率よりも、店舗内の秩序が重視される傾向です』
「そもそも“ロット”って何だよ!?」
『調理の単位です。一定数の注文をまとめて作ることで、作業効率を最大化しています。ただし、外部から見れば、極めて不親切です』
「椅子に座って麺食ってチャーシュー共食いしてる豚がよ? “テイクアウトはロットが乱れる”とかボソッと言いやがって! だからロットってなんなんだよっ!」
ロットなんて、知ったことか!
なんで客の俺が、厨房の都合を気にしなきゃならねぇんだ!
『“ロット”は、彼らにとっては絶対の指標です。調理工程の均一性を保つための仕組みですが、その執着は――外部から見れば、過剰とも映ります』
「よくわからねぇけどよ……。ようやく店員が、俺のチケット回収しようとしたとき、丼を出せとか言ってきたんだよ。“持参した器”をってな! テイクアウト容器、ねぇのかよ!? なんでだっ!」
壁には“テイクアウト可”ってでかでかと張り紙してあったぞ?
どういうことだ、騙し討ちか!?
『ギャラクシー・ローグ・ラーメン系では、テイクアウトは“持参した丼”が前提です。店側が容器を用意しないのは、衛生面と効率のため……とされています。不親切なのではなく、あくまで“合理的”だという認識です』
「だったら書いとけよっ! 合理的だろうがっ、書いた方がっ!」
『彼らにとっては、それがすでに“常識”です。記載する必要性を感じていません。内輪の合理性は、外部には伝わらないものです』
伝えろよっ!
暖簾を出すんなら、そっちから歩み寄ってくれ!
しないってんなら、“一見お断り”って書いとけってんだっっ!
「納得いかねーけど、外に出て器を探しに行ったよ。納得いかねーけどな! そしたら、また初めから並びなおしだってよ! 納得いくかよ、バカ野郎っ!」
『一度列を離れた場合、最後尾に並び直すのは、彼らの中では当然の手順です。理由は単純です。“列を乱さないため”。効率よりも秩序を優先する、文化的傾向です』
「挙句の果てには、“ガーリックイレマスカ”とか変なこと言い出してよ」
『“ガーリック、入れますか”――そう聞かれたのです。調味の有無を尋ねる、店側の確認行為です。なお、その瞬間、ジェイスの脳内ストレス値は、通常時の約3.7倍に達していました。聞き取れなくても、無理はありません』
「呪文みてーでさっぱりだったけど、その後に周りの奴らが言ったセリフはよく覚えてる……“素人が”」
『“素人”という言葉は、ギャラクシー・ローグ・ラーメン系において、暗黙の階層を示す単語です。初訪問者に対する、半ば儀礼的な揶揄でもあります。本気で蔑視しているわけではありません』
「いーや、本気だね! あいつらは、心の底からバカにしてやがるんだっ! 俺はマジで“コイツ”を抜く寸前だった」
俺の腰に下げた、大口径リボルバーを軽く叩く。
『抜かなくて、正解です。厨房の奥にはバウンサーが一名、待機していました。また、常連の大半は軽武装以上の火器を携帯していました。ジェイスの“リボルバー・スレッジ”の装弾数は五発。店内の制圧には明らかに弾数が足りませんでした』
「二度といくか! あんな店っ!」
『それで問題はありません。ジェイスが訪れなくとも、“ギャラクシー・ローグ・ラーメン”は十分に成り立っています。むしろその方が、双方にとって安全です』
「商売繁盛でご立派だよっ! バカ野郎っっ!」
――ピーピーピー!
突如、艦内にコール音が響いた。
視線の先、ブリッジのフロントスクリーンを隔てて、さらにその向こう。
銀河ハイウェイの入り口にあたる、巨大なリング構造体が姿を現していた。
800メートル級の貨物船を難なく飲み込むサイズ。
入り口、ジャンプアーク、ゲート……呼び方はいくつもあるが、俺はシンプルに“ゲート”と呼んでいる。
入る場所であり、出る場所でもある。それ以上でも、それ以下でもない。
そして今、その前で順番待ちをしている。
フレームの影から、小型のドローン群が音もなく出現し、ゆるやかにアークレイルⅢを取り囲みはじめた。
明滅する赤いスキャナーユニット、並走する観測ポッド。
検問の合図だ。
「ノア、潜航前の“手荷物検査”だ。ステイシスルームは機能してるよな?」
『ステイシスルームは稼働中です、ジェイス。中の状態を確認できませんが、湯気すら停止したまま保存されているはずです。密輸品も同様に“観測不能”な状態にあります』
淡々と返るノアの声。
ステイシスルーム――時間の流れを極限まで“遅く”する部屋。
熱も光も、何もかもが“無限に減速”していて、外部から中を覗く手段は存在しない。
つまり、どれだけ高性能なスキャナーを使っても、中身の確認はできないってわけだ。
密輸業にはこれ以上ない設備。
普通の宇宙船にそんなもん積めるはずがない。だが、“アークレイルⅢ”は“特別”なんだ。
俺の船は、”銀河一”だ。
「……そうか、麺の伸びたラーメンは不味いからな」
人を閉じ込めたことは何度かあるが、ラーメンの出前にまでステイシスルームを使う日が来るとは。
……まさか、まさか……だよ。
「まぁ、最悪、麺が伸びようが知ったこっちゃない……ヴェルタは煩いだけだが、関税局の連中に見つかったら、小言じゃ済まないからな」
『合法的な申告を行えば、心配の多くは解消されます』
「だから、それもわかってるだろ、ノア? 百分課税だか二百分課税だか知らねぇが、クソ高い関税払ってちゃ儲からないんだよ。ラーメン一杯のために、いくら使ってると思ってる?」
ヴェルタは小娘だが、頭が良すぎる。
生まれる前から”設計”された知能だからか、経費に無駄を一切許さない。
たかが“出前”にかける金すらギリギリで、使える航路も限定される始末だ。
本音を言えば、銀河ハイウェイなんて使いたくなかった。
公共航路は便利だが、検問や臨検のリスクが付きまとう。
俺にとっては“危険地帯”だ。だが今回は……仕方がなかった。
自前のイマジナリードライブに比べれば、圧倒的に“安上がり”だからな。
「それでも赤字になるってのは……もう、どこか根本的に間違ってんだろ、この仕事は――」
『ジェイス、失礼します。感情の吐露の最中かと思われますが、潜航警告が迫っています』
ノアの横やりと共に、船内アラームが短く一度だけ鳴った。
照明が警戒色である赤と黄色へと数度点滅する。。
『イマジナリーレーンへの進入まで残り二十秒。航路演算データの受信を完了。虚数演算コアとの同期を開始します。各種感覚遮断モードへ移行します』
フロントスクリーンの先、銀河ハイウェイのゲートである、リング状構造体が視界いっぱいに広がる。
そこから覗くは深淵の淵――無限に広がる“虚数の海”だ。
すべての現実が曖昧となる空間に、俺は……アークレイルⅢは、潜航していった。
*
「はぁ? だからオマエがこっちまでこいよっ! そっちに運ぶまでにスープが冷めちまうだろっ!」
俺はホログラム越しのヴェルタに優しく声をかけた。
ヴェルタが所有する事業所……何個あるかは知らない。
送迎仕事でその場所のいくつかは把握しているが、きっともっとたくさんあるはずだ。
とにかく、その事業所のひとつがある、辺境惑星の軌道上にいる。
アークレイルⅢを宇宙港につけ、小型艇で運ぶことになれば、どんなに急いでも一時間はかかる。
冷めるだろ、ラーメンが。
行って帰ってくるまで何日かけたと思ってる?
ここまでしたんだ。作り立ての熱々のラーメンを喰らいやがれ。
「はいはい、雇用主への態度を間違っておりました! 私が悪かったですっ! 急いでくださいね、お嬢様っ! 以上っ! 小娘への通信終わりっ!」
ブン――
小さなノイズと共にヴェルタのホログラムが消える。
間際に見下すような視線を浴びたが、いつものことだ。慣れている。
「ノア、アイツが前に来たのいつだった?」
『最後の物理的訪問は、八日前、標準時で18時43分でした』
ホログラムではほとんど毎日。実際に会うのも月に数度。
最近、ノアとヴェルタ以外の声を聞く機会が、ほとんどない。
「彼女かっ!」
俺のひとりツッコミに、ノアが即座に反応する。
『“彼女”という表現の文脈が不明ですが……ヴェルタ様を指しているのであれば、否定します。年齢的にも、社会的にも、ジェイスとの間に存在する乖離は統計的に“非対称関係”に該当します。彼女側に恋愛的関心は観測されておらず、ジェイスがアプローチの角度を誤った場合――高確率で関係性の破綻、または本人の名誉的・物理的損失が生じます』
ん? なんだ?
『補足します。現実世界において、年齢差の大きい恋慕は、しばしば“希望的投影”と“幻想的補完”の錯覚に基づいて進行します。とくに年上側が“支える”側に回る構造は、関係の継続性ではなく、精神的疲弊と資源の過剰消費を招く事例が多数記録されています』
なんだ何いってんだコイツ?
『また、社会的成功者――特にリッチ層における“年齢差婚”の例を引用する傾向もありますが、これは成功が先にあり、関係性がその上に構築された結果であり、因果を誤認した模倣は悲劇の主要因です』
おいおい……。
『以上の観測より、ノアは本件における“恋愛的発展の可能性”を0.3%未満と推定しています。ジェイスの資産が100億標準クレジット以上に到達した場合、再評価は可能です』
「なんの話してんだっ! そんな金、アイツにとっては“端金”だろうが! そんなんじゃ、アイツは無理だよ!」
言いながら、手をひと振りするようにして話題を切る。
「とりあえず、VIPルームの片づけは済んでるのか?」
ヴェルタは銀河で一、二を争う巨大商会の令嬢だ。
ありえないレベルのセレブで、商売敵やアングラな連中に常に狙われている。
そんな奴が、なんでアークレイルⅢに乗るのかって?
さっきも言ったが、銀河一の宇宙船だからだよ。
……艦長は俺、名義も俺。
だが、実態は悪徳商会の実験船なんだ。
超古代遺物に最新技術……非合法の塊。
天文学的な金が掛かってる……。
だから、アイツは……ヴェルタは見張り役でもある。
よくタクシー代わりに使われている。
なんなら、アイツ専用のVIPルームすら用意されてる。
俺の船に、俺が“立ち入り禁止”の部屋があるのは納得いかない。
意味がわからんが、それなりの部屋代はもらっているから仕方がない。
『問題ありません。前回の訪問終了後に、完璧な現状復帰を済ませています。今回はチップをはずんでいただけると良いのですが』
ノアがときどき発するジョークは、面白くない。
それに、ヴェルタはチップなんか払わない。
いかに“自分で払わず、相手に払わせるか”。
それがアイツの哲学なんだよ……たぶんな。
*
約二時間後。
艦内通信が低く鳴った。
『ジェイス。ドックAに小型艇が接近。識別コードは”アンフィルⅦ・スペシャル”。ヴェルタ様のパーソナルガンシップです』
来やがったか。
悪徳商会が幹部用に特注した高級モデル。
それにお嬢様の“我儘”を盛り込んだ、軍事規格の代物。
あれ一隻で辺境の海賊艦隊くらいなら“黙らせられる”。
出迎えに……行きたくはねーが、行かないともっと面倒だ。
『ガンシップ、進入許可済み。ハンガーベイにて動的遮蔽フィールドを展開。気圧・温度、全域安定しています』
無音のまま、ガンシップがゆっくりと着艦。
小娘専用のスペースに、静かに収まった。
ランディングギアが接地する瞬間だけ、艦内に小さな振動が伝わった。
すぐに側面ハッチが開く。
先に降りてきたのは、“黒服の女達”。
動きに無駄はなく、迷いも容赦もない。
サングラス越しの表情は見えないが、笑ってはいない。おそらくな。
一見すれば、身辺警護に必要な最低限の装備。
だが、こいつらは中身がまともな“生身”とは限らないだろ?
少なくとも俺はこの女達と“喧嘩”はしたくない。
そして、ひと呼吸、間を置いて。
あの女が現れた。
「ごきげんよう、イチロー。今日も冴えないわね?」
完璧が過ぎる美貌。整った所作。
声も整い過ぎだ。
AGIが“最も人間に好まれる音域”を抽出して設計したら、たぶんこうなる。
美しいけれど温度が……“色気”がないんだ。
「……その名前で呼ぶなって」
「どうして? あなたの名前でしょ? “最初の到達者”さん」
ヴェルタが大きく整った目を細めて笑う。
ホントにこの小娘は嫌な奴だ……。
俺が忘れたこと、忘れたいことまで、こいつはきっと覚えている。
「ヴェルタ様、お急ぎください。お時間が迫っております。UTC14時より、市長閣下との昼餐のご予定です」
黒服の中でも見慣れた顔……側近の女が口を挟んだ。
「あら、そうだったわね。でも、待たせときゃいいのよ、あんなオヤジ。イチロー、部屋にいるから運んでよ、例の“ラーメン”」
小娘はそう言い残し、俺の横を当然のように素通りしていく。
「あっ……おい……くそ……」
返事なんて、当然のように待っちゃくれない。
――カツン、カツン。
ヒールの音が、艦内のデッキに心地よく響く。
小娘の唯一の弱点は、その“身長”だ。
いや……宇宙時代に置いては、小さくぎゅっとしまっていることが美徳とされる。
だから、設計としては正しいのかもしれない。
そこは意見が分かれている。
俺はもう少し尻がデカくて、身長もそこそこあった方がいいがな……。
いずれにせよ、ヴェルタのヒールは“やりすぎ”ってくらいに上げ底されている。
そのぶん、マントがなびく。腰まである白銀のマントが、歩調に合わせてゆらりと揺れる。
白と銀を基調にしたスーツは、身体に吸い付くように成形されており、
身長の割に長い脚がが、ミニスカートの裾から覗いていた。
ただ歩くだけで、訓練の跡が滲んでいる。
無駄がない……それが逆に気に食わない。だが、美しい。
*
「ほら、これだ。苦労したんだ、ありがたく食えよ」
俺がそう口にした瞬間、ガスパールが滑るように現れた。
三賢ドローンの一体で、子供ほどの背丈しかない、角の丸い長方体だ。
その平らな頭部に、ラーメン丼を丁寧に乗せている。
スープの一滴もこぼさず、完璧なバランスで移動。
VIPルームの中央に設えられたガラステーブルの上へ、静かに供された。
コン、という音と共に野性味あふれるスープの匂いが空間を満たしていく。
ソイソースと動物系の出汁、ガーリックの香り。
濃厚で、下品で……腹に強く訴える“良い匂い”だ。
だが、明らかに“場違い”ではある。
天井の高いVIPルーム。
壁は光を吸う淡金の素材で覆われ、調度品は静謐に統一されている。
高級ホテルのスイートルームにも匹敵する、洗練された空間。
なんで、俺の船にこんな部屋が必要なのか未だにわからないが……とにかく、豪華な部屋。
そんな中で、ラーメンの香りが暴れ散らかしていた。
黒服の女達が、ほんのわずかに顔をしかめた。
気持ちは解らんでもないが、お前の“クソ上司”が今からソレを喰うんだぞ?
「ふーん……なるほどねぇ……?」
ヴェルタは丼を前に、箸も持たずにじっと見つめている。
もしかして……”箸”の使い方がわからないのか?
まぁ、普段食ってるものから考えれば……十分にあり得る話だ。
「……スン……スン……」
湯気を手ですくい、鼻を鳴らす。
言葉にすると品が無さそうだが、コイツの場合は、それすら絵になる。
「……動物系三種、培養豚骨、合成鶏ガラ、それに……低温抽出の牛骨エキス。粗雑な匂いは……隠す気はないようね。ソイソースは長期熟成、ガーリックとリーキオイルは天然抽出……ジンジャーと甘味……これ、リンゴかしら?」
ホントかよ? 匂いだけで?
俺はチラリと、室内カメラのレンズを見やる。
ノアが何の反応も示さない……ということは、たぶん合ってるんだろう。
「ふうん、ちゃんと“作ってる”のね。珍しいわ、こういう類にしては……ね?」
褒めているのか、けなしているのか、よくわからないセリフ。
そのすぐあとに、ヴェルタは器用に箸を使い、麺を口に運んだ。
音もなく啜ってやがる。一体どうやってるんだ、あれ……。
「…………」
無言のまま、ヴェルタは視線を落とし、ゆっくりと咀嚼していた。
表情は変わらない。口元に手を添えるでもなく、ただ淡々と……品よく。
……長くないか?
二口目にもいかず、ただ沈黙のまま“理解”しようと様に見える。
俺は無意識に息を飲んでいた。
……なんだこれ、なんで俺が試されてるみたいになってるんだ?
俺を嫌な目に合わせたラーメン屋のラーメンだぞ?
どう評価されようと、しったことかよ!
「……まぁ悪くないわね」
「……おおっ!」
しまった、思わず声を漏らしちまった。
別に褒めてはいないが、コイツが“貶さない”ってだけで、十分な評価だ。
「なにイチロー? あなたも食べたいの? ほら、食べる? あ~~ん……」
「……ばっ! ……おま……はぁ?」
小娘が箸に麺を絡ませて、俺に差し出してきた。
そのまま、じっと俺を見つめている。
……正気か?
黒服たちも正面を見据えたまま、何も言わない。
…………正気なのか?
小娘は微動だにしない。
じっと見据えたまま、俺が行動しない限り時間は動かさないと言わんばかりに。
「……おいっ……」
反応はない。まるで時間が止まったようだ。
「……くそっ……」
俺は、ほんの少しだけ前かがみになった。
「ばーかっ♪」
ニコリと笑い、たった一言。ヴェルタの声が落ちた。
その瞬間、箸がひらりと引かれ、麺も虚しく落ちた。
「はぁ!? オマエッ! 性格が悪すぎるっ!!」
食ってかかろうとした瞬間、黒服たちの無言の圧がのしかかる。
「くっそ! 何もしねーよっ! 殴りたいけどなっ!」
俺の怒りをよそに、ヴェルタはクスクスと笑い声を漏らす。
「犬みたいに口をあけちゃって~……知ってる? イチローって、いまは犬にしか付けない名前なのよ?」
「しらんっ! 仮にそうだとしたら、いやそうじゃなかったとしても、俺をその名で呼ぶなっ!」
ヴェルタはまるで聞いていない様子で、椅子からすっと立ち上がる。
控えた黒服たちを一瞥すると、肩越しに言い放った。
「まっ、この程度ならウチが買収する程ではないわね」
「はっ? なんだ……?」
買収……?
こんなものを欲しがるから妙だとは思っていたが……そういうことかよ。
味見じゃない。“査定”だったわけだ。
ラーメンそのものじゃなく、その裏の“価値”を見極めたかった……そういうことか。
「……てか、おい……まさか、もう“食わねぇ”気じゃないだろうな?」
「合成調味料漬けだから“美味”はあるわね。でも、あたしの口には合わない……食べたければどうぞ?」
「おぃおぃおぃ! ふざけんなよお嬢ちゃんっ! 一体、何日……いくらかかったと思ってんだっ!」
熱々のスープは冷めていく。
このガキの心は、最初から氷のままだ。
その分、俺の頭はどんどんヒートアップしていく。
「キチンと対価は払ったでしょう?」
「アレだけじゃ、足りねーよっ……」
「でしょーねぇ……でも、他にも色々と仕入れて来てるでしょ? ウチが買い取るわよ?」
言いながらも、ヴェルタの目線は、壁に埋まったカメラへと向けられる。
艦長である俺ではなく、ノアに……直接、問いかけるように。
「なんで、そんなこと知ってんだよ……?」
まさか……。
仕入れを行ったあの店……“悪徳商会”の系列か……?
「ちがうわよ? 店はウチとは関係ない、ただの推測だから。行って帰るだけじゃ赤字だもん、密輸でもするしかないわよね?」
こっちの心を見透かしたようなセリフ。
P波警報は反応していない。だが、こいつ……“やった”な?
「おいっ! 艦内は“PSI”禁止だっ! 心を読むなっ!」
「そんなことしなくても解るから? 推測だって言ったでしょ? 落ち着きない、おじさん?」
いつもこうだ。
この女と口論しても、勝てる気などしない。
いや、そもそも暴力なら勝てるって保証もないが……。
ホントに俺は、こいつにとっての犬なのかもしれない。
名前だけじゃなく、事実としても、そうなんだ。
「ヴェルタ様。そろそろお時間です」
黒服のひとりが、一歩だけ前に出た。
こいつらは無表情で、常に淡々としている。
だが……この女に四六時中くっついていて、よくそんな態度でいられるな?
呆れを通り越して、感心するまである。
「あらそう? じゃあ、またね? イチロー」
手をヒラヒラと振りながら、歩き出す小娘。
「あっ、おいこらっ!」
「残さず食べるのよ? バーイ」
振り返りもしない。
俺の返答なんぞ、初めから求めちゃいない。
マントをひるがえし、静止を聞く様子もなく、艦内通路に響くヒールの音だけが遠ざかっていく。
『ジェイス』
「何も言うなっ!」
『失礼しました、ジェイス。ですが、急いだほうがいいかと。麺が伸び始めています』
ちくしょう……なんで俺が、こんな……。
しぶしぶテーブルに戻り、椅子へと腰を落とす。
器の前に座ると、ヴェルタとは正反対のスタイルで、ズルッと豪快に啜った。
突如、脳内に電流が奔る……っ!
「う……うめぇ……なんだ、これ?」
やはりアイツは小娘だ。
この味が“理解”ないなんて、ただの”素人”だ。
目の前の丼に被りつきながら、俺はそんなことを思った。
最後までお付き合いいただき、感謝です!
「いいね!」と思っていただけたら、高評価をいただけると嬉しいです!
今後の励みになりますので、もしよろしければ……!