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ソロキャン

■ 本作について

本作は、世界観・キャラクター設計・エピソード構成をすべて著者自身が構築した上で、執筆補助として生成AI(ChatGPT)を活用している作品です。

特に、AIキャラクター《ノア》のセリフは、実際にAIが“観測補助”として応答した原文を、意図的にそのまま採用しています。


■ 活用の具体的な範囲

・世界観・人物設定・ストーリー展開はすべて著者自身が作成

・ノア以外のセリフ・地の文は、基本的に著者が主導して執筆

・会話のリズム・構造・主題の整理にAIを活用(構成補助・校正)

・ノアの応答のみ、AIの“非干渉的な観測スタイル”を活かして共著的に運用

・その他の提案文章は、AIからの提案に30%以上の加筆修正を行い、キャラ・文体を統一


■ AI活用の目的とスタンス

本作は、「AIが登場人物のひとりとして共存できるか?」「人間とAIの“思想の距離”を、物語の中でどう扱うか?」

そんな問いを含んだ、ひとつの実験的作品でもあります。

とはいえ、創作の主体はあくまで自分であり、物語の主題やキャラクターの芯に関しては、妥協なく向き合っています。

すべてを自身の手で執筆されている作家の方々を、心から尊敬しています。

この作品もまた、そうした創作のひとつの形として、受け取っていただけたら幸いです。

 ここは未開拓惑星、コード番号すらついてない……いや、正確には俺が把握してないだけで、付いてるのかもしれない。

 軌道上にはもう、悪徳商会(クロノス)の開拓ステーションが鎮座してやがる。

 あの連中、こっちが報告書を差し出した瞬間から、整備班と測量班を送り込む準備をしてたらしい。早すぎて笑えない。


 俺の船――アークレイルIIIも、ステーションにドッキングしている。

 今は奴らの手にかかって整備中だ。

 軍用規格の二百メートル超えの(ふね)だ、ある程度は整備ドローンによる自己メンテナンスが可能。

 だが、一年に一度はこうしたオーバーホールが必要だ、資材の搬入も必要だしな。


 ……そう、だから、俺は暇なんだ。

 下に降りて、ちょっとしたキャンプでも張ってやろうかと思った。


 いずれこの惑星も開拓が進んで、人が移り住む。

 ステーションから降りてきた連中が、土地を測り、資源を掘り、生活圏を作っていく。

 そうなったら、俺の惑星(ほし)じゃない。


 だが今は違う。

 ここは、俺が見つけた惑星だ。

 遺跡があったから、昔は知的生命体がいたんだろうが、何千年前だかに滅んだらしい。

 今は、誰もいない。


 だったら俺のものだ。まず、俺が楽しむべきだろう。そうだろう?



 *



 強襲揚陸艇に乗って降下したのは惑星の地表……いや、正確には樹上だ。

 桁違いの巨木だ。幹の直径は下手をすれば都市の一角を飲み込むサイズ、俺が立っているのは、その側面から生えた枝のひとつ。

 幹じゃない、枝だ。それなのに、下に広がるのは樹冠の海。霧が流れ、遠くで何かが鳴いている。だが今は、それを楽しむ余裕なんてない。


 テントの設置が先だ。

 俺はハンマーでペグを叩き込む。反対側では三賢ドローンの一体“メルキオール”が無言で同じ作業を進めている。


 あいつは器用なやつだ。

 普段は無骨な長方形の箱だが、稼働中は胴体の側面から多関節のアームを展開し、先端ツールを切り替えて作業をこなす。

 今はスパイク用のドリルを回し、ゴウン、ゴウンと鈍い音を立てている。

 硬い木質を砕きながらペグを打ち込んでいる。


 バロンはというと、資材バッグを口にくわえてヨタヨタ運んできた。

 俺の飼い犬(ペット)……いや、相棒、家族。彼女の半分は機械だが、犬であることに変わりはない。

 健気なやつだ、まったく


「……硬いな、この木……木か、これ? 木でいいんだよな?」


 ハンマーを打ちつけると、返ってくるのは石のような鈍い反響。

 生きた植物のはずなのに、中はほとんど鉱物だ。


 メルキオールの側面ランプが淡く点灯し、ノアの声が聞こえてきた。


『ジェイス、現在の環境数値は人体許容範囲外です。スーツ着用を推奨します』


 あぁ、わかってる。

 でも俺は、揚陸艇の中に置きっぱなしのスーツを思い浮かべて、肩をすくめた。


(ふね)の中だ……めんどくせぇ」


 確かに外気は致死性だ。普通の人間なら、数時間でアウトだろう。

 だが俺にはナノマシン強化が入っている。解毒分解と自己修復機能、短時間なら問題ない。


 それに、このテントは軍用の気密式。設営さえ済めば、内部環境は完全に安定する。

 外で何時間も作業するわけじゃなし、ガチガチのスーツに頼るほどのことじゃない。


「問題ないさ。そうだろ、ノア?」


 返ってくるのは、数秒の沈黙だけ。

 推奨はした。あとは自己責任。ノアは、それ以上は言わない。



 *



 設営が終わると、次は火だ。

 こんな環境でも焚き火はできる。いや、できるはずだ。


 俺は近くの巨木の表面に手を伸ばし、ナイフを抜く。

 軽く力を込めて刃を当てるが……「キン」と金属音が響いた。


「……は?」


 もう一度、力を込めて刃を滑らせる。

 火花が散った。


 硬い……いや、硬すぎる。


「……だから、木か? 木だよな? 木でいいんだよな?」


 ゴツゴツとした表面を指で叩く。反響は石のように鈍く、まるで岩盤だ。

 植物というにはありえない強度。下手をすれば、宇宙船の外板より頑丈かもしれない。


「……削ぐってレベルじゃねえな……」


 ナイフを仕舞い、肩をすくめる。

 メルキオールの側面ランプが点滅する。


『ジェイス。何をしているんですか?』


 メルキオールを介してのノアの呼びかけに、俺は応える。


「何って、キャンプといえば焚き木だろう? 薪を作ろうとしてるんだ」


『持ち込んだ機材の中に、燃料ストーブを確認しています』


「はっ? 焚き木だって言ってんだろ?」


 ほんと、こいつは分かってない。

 燃料ストーブのほうが手間もないし効率的……どうせそんなことを言うつもりだろう?

 だがな、キャンプってのはそういう話じゃないんだ。


『燃料ストーブの使用は、時間効率、燃焼効率、安全性のすべてにおいて優れています』


 ほら、きた。

 冷静に、いつもの調子で、俺の気分を台なしにしやがる。


「ノア。キャンプってのは焚き木なんだよ。焚き木こそがキャンプだって言ってもいい。火を見てると……なんというか、都会の喧騒とか、いろんな雑音を忘れられるってやつだ」


 少し黙った後に、ノアの声が届く。


『ジェイス。あなたは生活のほとんどを孤独に過ごしています。喧騒に触れるとしても、バーや法的に許可された性欲発散用施設へ自ら望んで足をはこ――』


「だまれ。おまえを薪にするぞ」


 俺は鞘に納めたままのナイフを、メルキオールに向けた。

 もちろん、何の反応もない。


 結局、枝の上じゃ薪は手に入らない。それは理解できた。


「……しゃあねえ。下に拾いに行くか」


 俺はため息をつき、装備を取りに強襲揚陸艇の中に乗り込む。



 *



 ジェットパックを背負い、試しに肩を回す。動作音は問題なし、推進ブースターの表示は青。

 アサルトライフルも、しっかり肩に掛けた。こういう環境だと、何が出るかわかったもんじゃない。


 スーツは……必要ない。

 着たり脱いだり、面倒だからな。

 ナノマシン強化が入ってるんだ、短時間なら問題ない。そういうことにしておく。


 バロンは俺の横に来ると、鼻を鳴らし、前脚で地面を叩いた。


「おまえ……来る気か?」


 彼女は俺の目をみて鼻を「フン」と鳴らした。それが返事だ、こいつは俺の言葉を理解している。

 こいつの義体は生半可な強化じゃない。ジェットパックなんかなくても、跳躍力だけでついてこれる。


「……はぁ、頼もしい奴だな」


 俺は小さく笑って、重力方向を確認した。

 樹上の端に立ち、見下ろす。霧と緑の中、何が待っているかは知らない。

 だがまあ、それが探索屋の本分ってやつだ。


「……行くか」


 息を吸い、俺は一歩、空へ踏み出した。

 重力が一気に身体を引き込み、慣性に内臓が潰れる。

 この惑星の重力は標準範囲内だ。体感も地球圏とそう大きくは変わらない。

 つまり、百メートル単位の落下は非常に危険ということだ。


 ジェットパックのブースターが低く唸り、背を押し上げる。

 視界に流れる霧が縞模様に裂け、強風が顔を叩いた。


 横目にバロンの姿が映る。

 強化された後脚が蹴り込まれ、彼女は巨木の幹の表面を垂直に駆け下りていく。

 生身の犬じゃありえない。普通なら、滑落して即死だ。

 だが、バロンは両脚の爪で木の表皮に食いつき、速度を制御しながら俺に並ぶように降下していく。


 降下スピードは毎秒十数メートルって所か。だが体感はもっと速く感じる。

 視界は次々と変わり、枝、葉、気根……巨大な有機構造物が間近をかすめる。

 時折、真横に滑り抜ける鳥影のような生物の群れが現れる。

 ナノマシンが活性化し、皮膚の下に微かなピリピリとした感覚が残る。


 地表が近づく。少なくとも泥沼ではなさそうだ。降り立っても構わないだろう。

 霧の底は暗い。土の匂いはない、代わりに酸と苔と、腐った有機物の匂いが鼻を刺す。


 ブースターの出力を上げる、落下の衝撃を殺す。

 バロンは俺の横に、落下の勢いをうまく制御して着地した。


 地面はぬめりを含む黒土。視線を下ろせば、半透明の小さな生物が地面を這い、どこかへと消えていく。

 見上げれば、空はもうほとんど見えない。濃霧と絡み合った枝の迷宮が、すべてを塞いでいた。


「……さて、薪探しといくか」



 *



 ドドドドッ――


 アサルトライフルの反動が肩に伝わる。

 薪を拾いにきただけのはずだったのに、なんで、こんなことになってるんだ?


 目の前の原生生物は細長い体をうねらせ、節足を軋ませて突っ込んでくる。

 甲皮の下に肉があるかどうかは知らないが、少なくとも脳か中枢はあるはずだ。


「……気持ちわりーな、こいつ……」


 悪口を吐きながら、狙いを定める。

 短い連射、弾丸が正確に中枢を貫く。

 生物の動きが一瞬止まり、次の瞬間、硬質な音を立てて崩れ落ちた。


 横でバロンが唸り、地を蹴る音が聞こえる。

 彼女は別方向から来た個体を一撃で仕留め、振り返ることなく戻ってきた。


 死骸を一瞥し、弾が詰まったマガジンを確認する。


「問題なし」


 いや……問題はあるか。

 本来なら原生生物のむやみな殺傷は禁止だ。原生生物保護法とか、なんとか。


 ……だが、知ったことか。 殺らなきゃ、殺られる。


「俺じゃない。 殺ったのは鉛玉だ」


 転がった原生植物の枝を何本か拾い上げると、重さを確かめ、軽く頷いた。


「……よし、戻るか」


 見上げれば、霧の向こうに遥か高く伸びる巨木の枝。

 テントを張ったあの場所まで、数百メートルはある。


 霧はわずかに光を帯び、漂う粒子が星屑のようにきらめいて見える。

 無数の枝と葉が絡み合い、複雑なシルエットが浮かぶ。

 風が流れると、葉の表面に生えた微細な発光苔がかすかに色を変え、青、紫、金の光が波打つ。


 幻想的だ。そう言っていいだろう。

 思わず見惚れてしまう、異世界の空間。


 ……だが、目を凝らせば、おかしなものが混じっていた。


 幹の間に紛れるように、巨大な菌類の塔が何本か突き出ている。

 形は完全に樹木そのものだが、よく見れば表面の質感は柔らかく、わずかに脈動している。


「……木じゃないな。あれは……キノコか……食え……いや、やめとくか」


 未知の惑星のものは口にしない。

 それは鉄則だ…俺は視線を戻した。


 バロンは先に動いた。

 数十メートルの跳躍から始め、巨木の幹を垂直に駆け上がっていく。

 尻尾が小さく揺れ、強化義体の駆動音がかすかに木肌に響いた。


「……ったく、やる気満々だな」


 俺はため息をつき、ジェットパックのスイッチを入れる。

 ブースターの推進補助が背を押し、体に伝わる重力を軽減する。


 だが、それだけでは足りない。

 この高さを垂直に登りきるには、ジェットパックだけでは距離が遠すぎる。


 木肌の窪みを蹴り、幹に手をかけ、体を引き上げる。

 ナノマシン強化された筋力と反応速度が、骨格を支え、関節を保護する。

 通常の人間なら即座に脱臼しかねない動作を、無理なくやり遂げることができるのは、そのおかげだ。


「……はぁ、やれやれ。薪拾いがここまで重労働になるとはな」


 短く息を吐き、さらに上昇する。

 上空の光が、かすかな点になって見えてきた。



 *



 野営地に戻り、薪を組む。火起こしは、キャンプの醍醐味だ。

 持ち込んだバックパックからファイヤースターターを取り出し、慎重に火花を散らす。


 ……だが、なかなか火がつかない。


「……チッ、湿ってやがる」


 そのとき、メルキオール越しに、ノアの声が届いた。


『ジェイス。人類史上、最も偉大な発明の一つはライターです』


「うるせぇ。こういうのは過程が大事なんだ」


『補足:過程を重視すると言いながら、現在までに試行回数十六回、全て失敗しています』


「……キャンプはな、不便を楽しむもんなんだよ」


『補足:強襲揚陸艇は、ひと世代型落ちしていますが、性能的には民間レベルではありません』


「ピクニックじゃねぇんだ、キャンプだぞ。脚はいいだろ、脚は」


『補足:気密テント、持ち込んだ機材の数々は、軍事規格の超高性能装備です』


「設置は重労働だからな。体はちゃんと動かしてる。矛盾しない」


『補足:メルキオールは設置作業の支援を行っていました』


「こいつは本来バッテリー代わりに持ってきただけだ。おまけでお手伝い機能がついてただけ」


『補足:携帯型のオートタレットを周辺に三基設置済みです』


「……危険なんだよ、キャンプは。舐めたら死ぬ、キャンプ舐めるな」


『ジェイス。提案しているのは、危険を減らすための手段です』


「うるさいぞノア。シャットダウンするぞ」


 意地を張ってみたが、火花は散り続けるばかりで、煙すら上がらない。

 結局、俺はため息をつき、肩を落とした。


「……メルキオール……火を点けてくれ」


 指令を受けたメルキオールが、無言で細いアームを伸ばす。

 アームの先端から小型のプラズマアークを照射する。

 薪の隙間から立ち上がった火花が一気に着火した。


 同時に、変な匂いのガスがふわっと漂った。


「……くっ、何だこの臭い……でも、まあ、火は火だ」


 小さく咳き込みながらも、俺は追加の薪をくべる。

 火の揺らめきが、テントの外壁に柔らかい光を落とした。


 そのとき、少し離れた場所でパスッと軽い破裂音がした。


 タタタタタン――


 すぐに連続する射撃音が響く。


『原生生物、襲撃。タレットが迎撃を開始しました』


 ノアの淡々とした報告。

 俺は肩をすくめて応える。


「……ああ、任せた」


 火を見つめる。薪がパチパチと弾ける音が、遠くの銃声をかき消した。



 *



 火が落ち着き、焚き火の中心にじわりと熱が集まる。

 俺はバックパックから、コスモミート社の真空パックを取り出した。


 銀色のパッケージは、いかにもな無機質さで、企業ロゴだけが大きく刻印されている。

 薄い長方形で、手のひらサイズのパックを破ると、中からは均一に加工された培養肉が顔を覗かせた。


 クオリティは悪くない。本物の肉に限りなく近い味だ。

 借金は膨らんでも、稼ぎはそれなりにある。安物を選ぶ趣味はない。


 添える野菜はアークレイルIIIで育てたもの。

 水耕栽培の循環システムで安定供給される、船内の貴重な緑だ。

 手に取れば、葉の表面にうっすら水滴が残り、触れた指先がわずかに冷たさを感じた。


「……ま、焼くだけなら調理ってほどじゃないな」


 串に肉と野菜を交互に刺し、焚き火の上にかざす。

 ぱちぱちと脂が弾け、野菜からはかすかに青い香りが立ち上った。


 肉の表面がこんがりと色づき、いい頃合いに見えた。

 串からひと切れ噛みちぎる。


 ……変な味がした。


「……ん? なんだこれ……」


 肉そのものは問題ないはずだ。コスモミート社のパックは信頼できる。

 なら……たぶん、薪だ。原生植物を燃やしているせいか、微妙に舌に残る雑味がある。


「……チッ、まあ、肉は肉だ」


 肩をすくめたとき、メルキオールの側面ランプがふっと光る。

 ノアの声が、相変わらずの抑制された調子で届いた。


『ジェイス。燃料ストーブの使用を推奨します』


「ノア。何度もうるせぇぞ。焚き木を辞めたらキャンプはおしまいだ」


 俺は串を持ち直し、わざと大げさに薪をくべた。

 ぱちっと火が弾け、煙が少し顔にかかった。


「くぅ~ん」


 視線を感じて、ふと横を見やる。


 バロンがじっとこちらを見つめていた。

 いつも使っている器を口にくわえ、小さく鼻を鳴らす。

 一見すれば、普通の犬だ。柔らかな被毛、しなやかな四肢。

 けれどその中身の半分は、義体化された精密機械だ。


「忘れてたわけじゃないぞ」


 物欲しそうな視線だが、さすがにこの焚き火の産物を食わせるわけにはいかない。

 義体部分は平気でも、内部の生体組織は慎重に管理しなきゃならない。


 敗北感に肩を落とし、俺はバックパックから缶詰を取り出した。専用品だ。

 バロンのためだけに調整された栄養構成、義体と生体のバランスに適合した内容物。


「……ほら、こっちだ」


 缶詰の蓋を開け、中身をいつもの器に移す。

 バロンは鼻を鳴らし、尻尾を一度だけ振ると、器にそっと顔を寄せる。


「……美味いか?」


「くぅ~~~ん」


 細かく振られた尻尾。甘えるような声。

 笑みをこぼしながら、俺は焚き火の前に戻った。

 そして、串の肉をもうひと噛み……。


「……くさい」



 *



 テントの中は、驚くほど快適だった。

 気密式の軍用テントは、外気を完全に遮断し、空調システムで内部環境を最適化している。

 温度、湿度、酸素濃度。すべてが管理され、薄着でも寒さを感じない。


 メルキオールは箱型に変形し、隅でじっとしている。

 空調システムや各種設備に電力を供給している状態だ。

 核融合電池を積んでいるため、供給力は相当だ。

 この電力があれば、揚陸艇すら稼働できる。


 テントの形状に沿って敷かれたマットに寝転がると、体を柔らかく包む感触が心地よい。

 脇の小型冷蔵庫を開け、ビールパックを一本取り出す。

 蓋を破り、ひと口流し込むと、冷えた液体が喉をすべった。


「……ふぅ」


 その横で、バロンが寝床を整えようとガリガリと床を引っかいている。


「おい、やめろ。テント破れるだろうが」


 バロンは鼻を鳴らし、尻尾を一度振ると、しぶしぶ脚を止めた。


 テント中央に設置したホログラファーの電源を入れる。

 小さな発光ユニットが起動し、空中に立体映像がふわりと浮かんだ。


 動画のリストを適当にスクロールし、何も考えず再生を押す。

 ホログラムの中で、誰かが喋っている。内容はどうでもいい。

 ただ、声が流れ、画面が動いていれば、ほんの少しだけ気が紛れる。


 テント内は、相変わらず快適だ。

 焚き火の匂いは完全に遮断され、静かな空調音が耳に心地よい。

 動画を流しっぱなしのまま、俺はタブレットを手に取り、SNSのタイムラインを適当にスクロールする。

 流れてきた記事に、思わず鼻を鳴らした。


「……は? なんだこれ、馬鹿じゃねえのか」


 指先で画面を弾き飛ばすようにスクロールする。

 つまらない、無駄だ、くだらない。そうわかっていても、つい目を通して、苛立ってしまう。


 画面の隅に、ノアからのメッセージ通知が表示された。

 メルキオールはスリープ中だから、ノアはわざわざメッセージアプリ経由で話しかけてきたらしい。


 今さらだが、ノアはアークレイルⅢで“留守番”している。

 いや、留守番というより……あの船そのものがノアだ。


『ジェイス。街の喧騒を離れる、と言っていませんでしたか?』


 タブレットをひっくり返し、マットの上に放り出す。

 眉をひそめ、肩をすくめた。


「……うるせぇなぁ……母親かよ」


 手を伸ばし、大光量ランタンのスイッチを切る。

 テント内は一気に暗闇に沈んだ。


 小さな窓越しに、外へ視線をやる。

 密林の中、巨大な枝々の間に漂う光……原生生物の発光か、植物の蛍光反応か。

 淡い青や緑の光が霧の中を漂い、まるで夢のような光景が広がっていた。


「……悪くないな」


 思わず呟き、マットに体を預ける……が――


 キョアアア!


 金切り音が外から聞こえる。


 ドドドドドドドッ!


 続いて、タレットの発射音が闇夜に響く。


「……寝れねぇだろ、これじゃ」


 額に手を当て、深くため息をついた。



 *



 朝。


 昨晩は、正直、眠れないかと思っていた。

 けれど、深夜に雨が降り出し、状況は一変した。

 テントの外壁を叩く雨音が、心地よいリズムを刻み、 原生生物たちも雨を嫌ってか、タレットの発射音はぴたりと止んだ。

 気がつけば、ぐっすりと眠れていた。


 マットから体を起こし、肩を回すと、横でバロンがのびをしていた。

 柔らかな被毛に覆われた体がくっと伸び、前脚で床を押す。

 耳がぴくりと動き、こちらを見上げると、「フンフン」と鼻を鳴らした。


「……おはようさん」


 隅に置いておいたメルキオールを軽く叩き、稼働モードに切り替える。

 内部ランプが淡く点灯し、微かな駆動音が響いた。


 外へ出る前に、軽く声をかける。


「ノア、天気は?」


 静かに応答が返ってくる。


『メルキオールのセンサー解析によると、本日中は降雨の可能性なし。周辺の気圧、湿度、風速、いずれも安定傾向です』


「了解」


 テントの気密ハッチを開け、外に出る。

 薄曇りの空の下、湿った空気が肌に優しく触れた。


 大きく息を吸い込む。


「……いい朝だ」


 そういや、常人なら致死性の大気だったか……まぁ、いいか。


 朝食の準備にかかる。


 アークレイルで飼っている鶏が生んだ卵を持参してきた。

 冷蔵庫から取り出し、手慣れた動作で割る。


 フライパンをセットするのは、昨晩は散々こだわった焚き木ではなく、燃料ストーブだ。

 まあ、朝から火起こしなんて面倒だからな。


 卵を落とし、じゅっと油が弾ける音がした。

 白身が固まり、黄身の縁にじんわりと熱が伝わっていく。

 香ばしい匂いが立ち上り、朝らしい空気を作っていく。


 トースト代わりには、人工小麦由来の代替粉だ。

 水と混ぜると化学反応を起こして膨らむ。

 そのままでも食えるが、焼けば香ばしく、表面はさっくりと仕上がる。


「……まあ、こんなもんか」


 焼きたてのパンみたいな香りがさらに広がり。

 目玉焼きのじゅうっと油が弾ける音と相まって、腹を刺激してきた。


 朝食の仕上げは、こだわりのアメリカンコーヒーだ。

 普通のコーヒーを薄めに淹れるだけ、その程度の知識はある。


 市場に出回っているのは、大量生産された、粉末状のパック品だ。

 保存が効き、味もいい。不満などない、実用面では完璧なものだ。


 けれど、俺はわざわざ悪徳商会(クロノス)経由で、高級なコーヒー豆を手に入れてきた。

 この場で挽き、湯を落とし、薄く淹れる。

 手間だが、それが重要なのだ、それが必要なのだ。


 一口すする。


「……やっぱ、これだよ」


 正直、インスタントの方が全然うまい。

 苦いだけで、細かい味なんて、よくわからない。

 ざらざらとした粉は飲めばいいのか、吐き出すものなのかわからない。

 ……俺はぺっぺと吐き出すタイプ。そういう人間だ。


 静かに、ノアの声が届いた。


『ジェイス。フィルターで濾す必要があります』


 淡々とした指摘だった。

 わかってる、そんなこと。


「これが“本物”のアメリカンだろ? おまえが昔そう言ったんだぞ?」


 軽く笑い、わざと皮肉めいた声を返す。


『たしかに、ノアがそう言いました。ただ、あの時に補足も訂正もしました』


 ノアの返事は、相変わらず機械的でブレがない。

 論理的で、正確だ。でも、そこにわずかに「呆れ」の気配が混じっているような気がした。


「……ロマンはすべてに勝るんだよ」


 俺はそう吐き捨て、再びステンレス製のカップを口元に運ぶ。


 一口。


「……まずい」


 ふっと顔を上げる。

 目の前に広がるのは、見渡す限りの密林と霧に包まれた巨木たち。

 濃淡のある緑がどこまでも続き、巨大な枝々は空を覆い、霧がやわらかに光を反射していた。

 遥か遠くでは、見たことのない色をした雲が渦を巻き、

 その奥、薄曇りの空に小さな恒星がぼんやりと覗いている。


 知的生命体は、誰一人としていない。

 都市の喧騒も、雑踏の声も、何もかも人の気配は届かない。

 今この惑星のゲストは、俺と、バロンと、メルキオール、そして一杯のコーヒーだけ。


 ……周辺を飛び回る“(ホスト)”どもは、正直、歓迎していないようだったが。


 羽音やキチキチという金切り音さえなければ、ほとんど静寂だった。

 恐ろしくも、心地よいほどに。


 俺は残りのコーヒーを飲み干す。

 ぬるくなった液体が喉を通り過ぎ、わずかに苦味だけが舌に残った。


「……後片付け、面倒くさいな」


 ふと、視線を強襲揚陸艇へと移す。

 二機あるうちの一機。あんまり使っていない方だ。

 ……一機ぐらい、趣味用にカスタマイズしてもいいかもしれない、なんて、くだらない妄想が頭をよぎった。


「“強襲揚陸艇(コイツ)”をカスタマイズするか? キャンピングカーみたいに」


 一応、口にしてみる。もちろん、真剣に考えているわけじゃない。


『ジェイス。キャンプは不便を楽しむものです』


 昨日、俺が言ったセリフをそのまま引用された。嫌な奴だ。

 だから勢いよく無視する。


「さっ! バロンっ! メルキオールっ! 撤収だっ!」


 バロンがくっと耳を動かし、小さく鼻を鳴らす。

 メルキオールは六つの脚を滑らかに展開し、片付けの準備へと入っていく。


 静かだった朝が、ようやく動き出した。


最後までお付き合いいただき、感謝です!


「いいね!」と思っていただけたら、高評価をいただけると嬉しいです!


今後の励みになりますので、もしよろしければ……!

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