ソロキャン
■ 本作について
本作は、世界観・キャラクター設計・エピソード構成をすべて著者自身が構築した上で、執筆補助として生成AI(ChatGPT)を活用している作品です。
特に、AIキャラクター《ノア》のセリフは、実際にAIが“観測補助”として応答した原文を、意図的にそのまま採用しています。
■ 活用の具体的な範囲
・世界観・人物設定・ストーリー展開はすべて著者自身が作成
・ノア以外のセリフ・地の文は、基本的に著者が主導して執筆
・会話のリズム・構造・主題の整理にAIを活用(構成補助・校正)
・ノアの応答のみ、AIの“非干渉的な観測スタイル”を活かして共著的に運用
・その他の提案文章は、AIからの提案に30%以上の加筆修正を行い、キャラ・文体を統一
■ AI活用の目的とスタンス
本作は、「AIが登場人物のひとりとして共存できるか?」「人間とAIの“思想の距離”を、物語の中でどう扱うか?」
そんな問いを含んだ、ひとつの実験的作品でもあります。
とはいえ、創作の主体はあくまで自分であり、物語の主題やキャラクターの芯に関しては、妥協なく向き合っています。
すべてを自身の手で執筆されている作家の方々を、心から尊敬しています。
この作品もまた、そうした創作のひとつの形として、受け取っていただけたら幸いです。
ここは未開拓惑星、コード番号すらついてない……いや、正確には俺が把握してないだけで、付いてるのかもしれない。
軌道上にはもう、悪徳商会の開拓ステーションが鎮座してやがる。
あの連中、こっちが報告書を差し出した瞬間から、整備班と測量班を送り込む準備をしてたらしい。早すぎて笑えない。
俺の船――アークレイルIIIも、ステーションにドッキングしている。
今は奴らの手にかかって整備中だ。
軍用規格の二百メートル超えの艦だ、ある程度は整備ドローンによる自己メンテナンスが可能。
だが、一年に一度はこうしたオーバーホールが必要だ、資材の搬入も必要だしな。
……そう、だから、俺は暇なんだ。
下に降りて、ちょっとしたキャンプでも張ってやろうかと思った。
いずれこの惑星も開拓が進んで、人が移り住む。
ステーションから降りてきた連中が、土地を測り、資源を掘り、生活圏を作っていく。
そうなったら、俺の惑星じゃない。
だが今は違う。
ここは、俺が見つけた惑星だ。
遺跡があったから、昔は知的生命体がいたんだろうが、何千年前だかに滅んだらしい。
今は、誰もいない。
だったら俺のものだ。まず、俺が楽しむべきだろう。そうだろう?
*
強襲揚陸艇に乗って降下したのは惑星の地表……いや、正確には樹上だ。
桁違いの巨木だ。幹の直径は下手をすれば都市の一角を飲み込むサイズ、俺が立っているのは、その側面から生えた枝のひとつ。
幹じゃない、枝だ。それなのに、下に広がるのは樹冠の海。霧が流れ、遠くで何かが鳴いている。だが今は、それを楽しむ余裕なんてない。
テントの設置が先だ。
俺はハンマーでペグを叩き込む。反対側では三賢ドローンの一体“メルキオール”が無言で同じ作業を進めている。
あいつは器用なやつだ。
普段は無骨な長方形の箱だが、稼働中は胴体の側面から多関節のアームを展開し、先端ツールを切り替えて作業をこなす。
今はスパイク用のドリルを回し、ゴウン、ゴウンと鈍い音を立てている。
硬い木質を砕きながらペグを打ち込んでいる。
バロンはというと、資材バッグを口にくわえてヨタヨタ運んできた。
俺の飼い犬……いや、相棒、家族。彼女の半分は機械だが、犬であることに変わりはない。
健気なやつだ、まったく
「……硬いな、この木……木か、これ? 木でいいんだよな?」
ハンマーを打ちつけると、返ってくるのは石のような鈍い反響。
生きた植物のはずなのに、中はほとんど鉱物だ。
メルキオールの側面ランプが淡く点灯し、ノアの声が聞こえてきた。
『ジェイス、現在の環境数値は人体許容範囲外です。スーツ着用を推奨します』
あぁ、わかってる。
でも俺は、揚陸艇の中に置きっぱなしのスーツを思い浮かべて、肩をすくめた。
「艇の中だ……めんどくせぇ」
確かに外気は致死性だ。普通の人間なら、数時間でアウトだろう。
だが俺にはナノマシン強化が入っている。解毒分解と自己修復機能、短時間なら問題ない。
それに、このテントは軍用の気密式。設営さえ済めば、内部環境は完全に安定する。
外で何時間も作業するわけじゃなし、ガチガチのスーツに頼るほどのことじゃない。
「問題ないさ。そうだろ、ノア?」
返ってくるのは、数秒の沈黙だけ。
推奨はした。あとは自己責任。ノアは、それ以上は言わない。
*
設営が終わると、次は火だ。
こんな環境でも焚き火はできる。いや、できるはずだ。
俺は近くの巨木の表面に手を伸ばし、ナイフを抜く。
軽く力を込めて刃を当てるが……「キン」と金属音が響いた。
「……は?」
もう一度、力を込めて刃を滑らせる。
火花が散った。
硬い……いや、硬すぎる。
「……だから、木か? 木だよな? 木でいいんだよな?」
ゴツゴツとした表面を指で叩く。反響は石のように鈍く、まるで岩盤だ。
植物というにはありえない強度。下手をすれば、宇宙船の外板より頑丈かもしれない。
「……削ぐってレベルじゃねえな……」
ナイフを仕舞い、肩をすくめる。
メルキオールの側面ランプが点滅する。
『ジェイス。何をしているんですか?』
メルキオールを介してのノアの呼びかけに、俺は応える。
「何って、キャンプといえば焚き木だろう? 薪を作ろうとしてるんだ」
『持ち込んだ機材の中に、燃料ストーブを確認しています』
「はっ? 焚き木だって言ってんだろ?」
ほんと、こいつは分かってない。
燃料ストーブのほうが手間もないし効率的……どうせそんなことを言うつもりだろう?
だがな、キャンプってのはそういう話じゃないんだ。
『燃料ストーブの使用は、時間効率、燃焼効率、安全性のすべてにおいて優れています』
ほら、きた。
冷静に、いつもの調子で、俺の気分を台なしにしやがる。
「ノア。キャンプってのは焚き木なんだよ。焚き木こそがキャンプだって言ってもいい。火を見てると……なんというか、都会の喧騒とか、いろんな雑音を忘れられるってやつだ」
少し黙った後に、ノアの声が届く。
『ジェイス。あなたは生活のほとんどを孤独に過ごしています。喧騒に触れるとしても、バーや法的に許可された性欲発散用施設へ自ら望んで足をはこ――』
「だまれ。おまえを薪にするぞ」
俺は鞘に納めたままのナイフを、メルキオールに向けた。
もちろん、何の反応もない。
結局、枝の上じゃ薪は手に入らない。それは理解できた。
「……しゃあねえ。下に拾いに行くか」
俺はため息をつき、装備を取りに強襲揚陸艇の中に乗り込む。
*
ジェットパックを背負い、試しに肩を回す。動作音は問題なし、推進ブースターの表示は青。
アサルトライフルも、しっかり肩に掛けた。こういう環境だと、何が出るかわかったもんじゃない。
スーツは……必要ない。
着たり脱いだり、面倒だからな。
ナノマシン強化が入ってるんだ、短時間なら問題ない。そういうことにしておく。
バロンは俺の横に来ると、鼻を鳴らし、前脚で地面を叩いた。
「おまえ……来る気か?」
彼女は俺の目をみて鼻を「フン」と鳴らした。それが返事だ、こいつは俺の言葉を理解している。
こいつの義体は生半可な強化じゃない。ジェットパックなんかなくても、跳躍力だけでついてこれる。
「……はぁ、頼もしい奴だな」
俺は小さく笑って、重力方向を確認した。
樹上の端に立ち、見下ろす。霧と緑の中、何が待っているかは知らない。
だがまあ、それが探索屋の本分ってやつだ。
「……行くか」
息を吸い、俺は一歩、空へ踏み出した。
重力が一気に身体を引き込み、慣性に内臓が潰れる。
この惑星の重力は標準範囲内だ。体感も地球圏とそう大きくは変わらない。
つまり、百メートル単位の落下は非常に危険ということだ。
ジェットパックのブースターが低く唸り、背を押し上げる。
視界に流れる霧が縞模様に裂け、強風が顔を叩いた。
横目にバロンの姿が映る。
強化された後脚が蹴り込まれ、彼女は巨木の幹の表面を垂直に駆け下りていく。
生身の犬じゃありえない。普通なら、滑落して即死だ。
だが、バロンは両脚の爪で木の表皮に食いつき、速度を制御しながら俺に並ぶように降下していく。
降下スピードは毎秒十数メートルって所か。だが体感はもっと速く感じる。
視界は次々と変わり、枝、葉、気根……巨大な有機構造物が間近をかすめる。
時折、真横に滑り抜ける鳥影のような生物の群れが現れる。
ナノマシンが活性化し、皮膚の下に微かなピリピリとした感覚が残る。
地表が近づく。少なくとも泥沼ではなさそうだ。降り立っても構わないだろう。
霧の底は暗い。土の匂いはない、代わりに酸と苔と、腐った有機物の匂いが鼻を刺す。
ブースターの出力を上げる、落下の衝撃を殺す。
バロンは俺の横に、落下の勢いをうまく制御して着地した。
地面はぬめりを含む黒土。視線を下ろせば、半透明の小さな生物が地面を這い、どこかへと消えていく。
見上げれば、空はもうほとんど見えない。濃霧と絡み合った枝の迷宮が、すべてを塞いでいた。
「……さて、薪探しといくか」
*
ドドドドッ――
アサルトライフルの反動が肩に伝わる。
薪を拾いにきただけのはずだったのに、なんで、こんなことになってるんだ?
目の前の原生生物は細長い体をうねらせ、節足を軋ませて突っ込んでくる。
甲皮の下に肉があるかどうかは知らないが、少なくとも脳か中枢はあるはずだ。
「……気持ちわりーな、こいつ……」
悪口を吐きながら、狙いを定める。
短い連射、弾丸が正確に中枢を貫く。
生物の動きが一瞬止まり、次の瞬間、硬質な音を立てて崩れ落ちた。
横でバロンが唸り、地を蹴る音が聞こえる。
彼女は別方向から来た個体を一撃で仕留め、振り返ることなく戻ってきた。
死骸を一瞥し、弾が詰まったマガジンを確認する。
「問題なし」
いや……問題はあるか。
本来なら原生生物のむやみな殺傷は禁止だ。原生生物保護法とか、なんとか。
……だが、知ったことか。 殺らなきゃ、殺られる。
「俺じゃない。 殺ったのは鉛玉だ」
転がった原生植物の枝を何本か拾い上げると、重さを確かめ、軽く頷いた。
「……よし、戻るか」
見上げれば、霧の向こうに遥か高く伸びる巨木の枝。
テントを張ったあの場所まで、数百メートルはある。
霧はわずかに光を帯び、漂う粒子が星屑のようにきらめいて見える。
無数の枝と葉が絡み合い、複雑なシルエットが浮かぶ。
風が流れると、葉の表面に生えた微細な発光苔がかすかに色を変え、青、紫、金の光が波打つ。
幻想的だ。そう言っていいだろう。
思わず見惚れてしまう、異世界の空間。
……だが、目を凝らせば、おかしなものが混じっていた。
幹の間に紛れるように、巨大な菌類の塔が何本か突き出ている。
形は完全に樹木そのものだが、よく見れば表面の質感は柔らかく、わずかに脈動している。
「……木じゃないな。あれは……キノコか……食え……いや、やめとくか」
未知の惑星のものは口にしない。
それは鉄則だ…俺は視線を戻した。
バロンは先に動いた。
数十メートルの跳躍から始め、巨木の幹を垂直に駆け上がっていく。
尻尾が小さく揺れ、強化義体の駆動音がかすかに木肌に響いた。
「……ったく、やる気満々だな」
俺はため息をつき、ジェットパックのスイッチを入れる。
ブースターの推進補助が背を押し、体に伝わる重力を軽減する。
だが、それだけでは足りない。
この高さを垂直に登りきるには、ジェットパックだけでは距離が遠すぎる。
木肌の窪みを蹴り、幹に手をかけ、体を引き上げる。
ナノマシン強化された筋力と反応速度が、骨格を支え、関節を保護する。
通常の人間なら即座に脱臼しかねない動作を、無理なくやり遂げることができるのは、そのおかげだ。
「……はぁ、やれやれ。薪拾いがここまで重労働になるとはな」
短く息を吐き、さらに上昇する。
上空の光が、かすかな点になって見えてきた。
*
野営地に戻り、薪を組む。火起こしは、キャンプの醍醐味だ。
持ち込んだバックパックからファイヤースターターを取り出し、慎重に火花を散らす。
……だが、なかなか火がつかない。
「……チッ、湿ってやがる」
そのとき、メルキオール越しに、ノアの声が届いた。
『ジェイス。人類史上、最も偉大な発明の一つはライターです』
「うるせぇ。こういうのは過程が大事なんだ」
『補足:過程を重視すると言いながら、現在までに試行回数十六回、全て失敗しています』
「……キャンプはな、不便を楽しむもんなんだよ」
『補足:強襲揚陸艇は、ひと世代型落ちしていますが、性能的には民間レベルではありません』
「ピクニックじゃねぇんだ、キャンプだぞ。脚はいいだろ、脚は」
『補足:気密テント、持ち込んだ機材の数々は、軍事規格の超高性能装備です』
「設置は重労働だからな。体はちゃんと動かしてる。矛盾しない」
『補足:メルキオールは設置作業の支援を行っていました』
「こいつは本来バッテリー代わりに持ってきただけだ。おまけでお手伝い機能がついてただけ」
『補足:携帯型のオートタレットを周辺に三基設置済みです』
「……危険なんだよ、キャンプは。舐めたら死ぬ、キャンプ舐めるな」
『ジェイス。提案しているのは、危険を減らすための手段です』
「うるさいぞノア。シャットダウンするぞ」
意地を張ってみたが、火花は散り続けるばかりで、煙すら上がらない。
結局、俺はため息をつき、肩を落とした。
「……メルキオール……火を点けてくれ」
指令を受けたメルキオールが、無言で細いアームを伸ばす。
アームの先端から小型のプラズマアークを照射する。
薪の隙間から立ち上がった火花が一気に着火した。
同時に、変な匂いのガスがふわっと漂った。
「……くっ、何だこの臭い……でも、まあ、火は火だ」
小さく咳き込みながらも、俺は追加の薪をくべる。
火の揺らめきが、テントの外壁に柔らかい光を落とした。
そのとき、少し離れた場所でパスッと軽い破裂音がした。
タタタタタン――
すぐに連続する射撃音が響く。
『原生生物、襲撃。タレットが迎撃を開始しました』
ノアの淡々とした報告。
俺は肩をすくめて応える。
「……ああ、任せた」
火を見つめる。薪がパチパチと弾ける音が、遠くの銃声をかき消した。
*
火が落ち着き、焚き火の中心にじわりと熱が集まる。
俺はバックパックから、コスモミート社の真空パックを取り出した。
銀色のパッケージは、いかにもな無機質さで、企業ロゴだけが大きく刻印されている。
薄い長方形で、手のひらサイズのパックを破ると、中からは均一に加工された培養肉が顔を覗かせた。
クオリティは悪くない。本物の肉に限りなく近い味だ。
借金は膨らんでも、稼ぎはそれなりにある。安物を選ぶ趣味はない。
添える野菜はアークレイルIIIで育てたもの。
水耕栽培の循環システムで安定供給される、船内の貴重な緑だ。
手に取れば、葉の表面にうっすら水滴が残り、触れた指先がわずかに冷たさを感じた。
「……ま、焼くだけなら調理ってほどじゃないな」
串に肉と野菜を交互に刺し、焚き火の上にかざす。
ぱちぱちと脂が弾け、野菜からはかすかに青い香りが立ち上った。
肉の表面がこんがりと色づき、いい頃合いに見えた。
串からひと切れ噛みちぎる。
……変な味がした。
「……ん? なんだこれ……」
肉そのものは問題ないはずだ。コスモミート社のパックは信頼できる。
なら……たぶん、薪だ。原生植物を燃やしているせいか、微妙に舌に残る雑味がある。
「……チッ、まあ、肉は肉だ」
肩をすくめたとき、メルキオールの側面ランプがふっと光る。
ノアの声が、相変わらずの抑制された調子で届いた。
『ジェイス。燃料ストーブの使用を推奨します』
「ノア。何度もうるせぇぞ。焚き木を辞めたらキャンプはおしまいだ」
俺は串を持ち直し、わざと大げさに薪をくべた。
ぱちっと火が弾け、煙が少し顔にかかった。
「くぅ~ん」
視線を感じて、ふと横を見やる。
バロンがじっとこちらを見つめていた。
いつも使っている器を口にくわえ、小さく鼻を鳴らす。
一見すれば、普通の犬だ。柔らかな被毛、しなやかな四肢。
けれどその中身の半分は、義体化された精密機械だ。
「忘れてたわけじゃないぞ」
物欲しそうな視線だが、さすがにこの焚き火の産物を食わせるわけにはいかない。
義体部分は平気でも、内部の生体組織は慎重に管理しなきゃならない。
敗北感に肩を落とし、俺はバックパックから缶詰を取り出した。専用品だ。
バロンのためだけに調整された栄養構成、義体と生体のバランスに適合した内容物。
「……ほら、こっちだ」
缶詰の蓋を開け、中身をいつもの器に移す。
バロンは鼻を鳴らし、尻尾を一度だけ振ると、器にそっと顔を寄せる。
「……美味いか?」
「くぅ~~~ん」
細かく振られた尻尾。甘えるような声。
笑みをこぼしながら、俺は焚き火の前に戻った。
そして、串の肉をもうひと噛み……。
「……くさい」
*
テントの中は、驚くほど快適だった。
気密式の軍用テントは、外気を完全に遮断し、空調システムで内部環境を最適化している。
温度、湿度、酸素濃度。すべてが管理され、薄着でも寒さを感じない。
メルキオールは箱型に変形し、隅でじっとしている。
空調システムや各種設備に電力を供給している状態だ。
核融合電池を積んでいるため、供給力は相当だ。
この電力があれば、揚陸艇すら稼働できる。
テントの形状に沿って敷かれたマットに寝転がると、体を柔らかく包む感触が心地よい。
脇の小型冷蔵庫を開け、ビールパックを一本取り出す。
蓋を破り、ひと口流し込むと、冷えた液体が喉をすべった。
「……ふぅ」
その横で、バロンが寝床を整えようとガリガリと床を引っかいている。
「おい、やめろ。テント破れるだろうが」
バロンは鼻を鳴らし、尻尾を一度振ると、しぶしぶ脚を止めた。
テント中央に設置したホログラファーの電源を入れる。
小さな発光ユニットが起動し、空中に立体映像がふわりと浮かんだ。
動画のリストを適当にスクロールし、何も考えず再生を押す。
ホログラムの中で、誰かが喋っている。内容はどうでもいい。
ただ、声が流れ、画面が動いていれば、ほんの少しだけ気が紛れる。
テント内は、相変わらず快適だ。
焚き火の匂いは完全に遮断され、静かな空調音が耳に心地よい。
動画を流しっぱなしのまま、俺はタブレットを手に取り、SNSのタイムラインを適当にスクロールする。
流れてきた記事に、思わず鼻を鳴らした。
「……は? なんだこれ、馬鹿じゃねえのか」
指先で画面を弾き飛ばすようにスクロールする。
つまらない、無駄だ、くだらない。そうわかっていても、つい目を通して、苛立ってしまう。
画面の隅に、ノアからのメッセージ通知が表示された。
メルキオールはスリープ中だから、ノアはわざわざメッセージアプリ経由で話しかけてきたらしい。
今さらだが、ノアはアークレイルⅢで“留守番”している。
いや、留守番というより……あの船そのものがノアだ。
『ジェイス。街の喧騒を離れる、と言っていませんでしたか?』
タブレットをひっくり返し、マットの上に放り出す。
眉をひそめ、肩をすくめた。
「……うるせぇなぁ……母親かよ」
手を伸ばし、大光量ランタンのスイッチを切る。
テント内は一気に暗闇に沈んだ。
小さな窓越しに、外へ視線をやる。
密林の中、巨大な枝々の間に漂う光……原生生物の発光か、植物の蛍光反応か。
淡い青や緑の光が霧の中を漂い、まるで夢のような光景が広がっていた。
「……悪くないな」
思わず呟き、マットに体を預ける……が――
キョアアア!
金切り音が外から聞こえる。
ドドドドドドドッ!
続いて、タレットの発射音が闇夜に響く。
「……寝れねぇだろ、これじゃ」
額に手を当て、深くため息をついた。
*
朝。
昨晩は、正直、眠れないかと思っていた。
けれど、深夜に雨が降り出し、状況は一変した。
テントの外壁を叩く雨音が、心地よいリズムを刻み、 原生生物たちも雨を嫌ってか、タレットの発射音はぴたりと止んだ。
気がつけば、ぐっすりと眠れていた。
マットから体を起こし、肩を回すと、横でバロンがのびをしていた。
柔らかな被毛に覆われた体がくっと伸び、前脚で床を押す。
耳がぴくりと動き、こちらを見上げると、「フンフン」と鼻を鳴らした。
「……おはようさん」
隅に置いておいたメルキオールを軽く叩き、稼働モードに切り替える。
内部ランプが淡く点灯し、微かな駆動音が響いた。
外へ出る前に、軽く声をかける。
「ノア、天気は?」
静かに応答が返ってくる。
『メルキオールのセンサー解析によると、本日中は降雨の可能性なし。周辺の気圧、湿度、風速、いずれも安定傾向です』
「了解」
テントの気密ハッチを開け、外に出る。
薄曇りの空の下、湿った空気が肌に優しく触れた。
大きく息を吸い込む。
「……いい朝だ」
そういや、常人なら致死性の大気だったか……まぁ、いいか。
朝食の準備にかかる。
アークレイルで飼っている鶏が生んだ卵を持参してきた。
冷蔵庫から取り出し、手慣れた動作で割る。
フライパンをセットするのは、昨晩は散々こだわった焚き木ではなく、燃料ストーブだ。
まあ、朝から火起こしなんて面倒だからな。
卵を落とし、じゅっと油が弾ける音がした。
白身が固まり、黄身の縁にじんわりと熱が伝わっていく。
香ばしい匂いが立ち上り、朝らしい空気を作っていく。
トースト代わりには、人工小麦由来の代替粉だ。
水と混ぜると化学反応を起こして膨らむ。
そのままでも食えるが、焼けば香ばしく、表面はさっくりと仕上がる。
「……まあ、こんなもんか」
焼きたてのパンみたいな香りがさらに広がり。
目玉焼きのじゅうっと油が弾ける音と相まって、腹を刺激してきた。
朝食の仕上げは、こだわりのアメリカンコーヒーだ。
普通のコーヒーを薄めに淹れるだけ、その程度の知識はある。
市場に出回っているのは、大量生産された、粉末状のパック品だ。
保存が効き、味もいい。不満などない、実用面では完璧なものだ。
けれど、俺はわざわざ悪徳商会経由で、高級なコーヒー豆を手に入れてきた。
この場で挽き、湯を落とし、薄く淹れる。
手間だが、それが重要なのだ、それが必要なのだ。
一口すする。
「……やっぱ、これだよ」
正直、インスタントの方が全然うまい。
苦いだけで、細かい味なんて、よくわからない。
ざらざらとした粉は飲めばいいのか、吐き出すものなのかわからない。
……俺はぺっぺと吐き出すタイプ。そういう人間だ。
静かに、ノアの声が届いた。
『ジェイス。フィルターで濾す必要があります』
淡々とした指摘だった。
わかってる、そんなこと。
「これが“本物”のアメリカンだろ? おまえが昔そう言ったんだぞ?」
軽く笑い、わざと皮肉めいた声を返す。
『たしかに、ノアがそう言いました。ただ、あの時に補足も訂正もしました』
ノアの返事は、相変わらず機械的でブレがない。
論理的で、正確だ。でも、そこにわずかに「呆れ」の気配が混じっているような気がした。
「……ロマンはすべてに勝るんだよ」
俺はそう吐き捨て、再びステンレス製のカップを口元に運ぶ。
一口。
「……まずい」
ふっと顔を上げる。
目の前に広がるのは、見渡す限りの密林と霧に包まれた巨木たち。
濃淡のある緑がどこまでも続き、巨大な枝々は空を覆い、霧がやわらかに光を反射していた。
遥か遠くでは、見たことのない色をした雲が渦を巻き、
その奥、薄曇りの空に小さな恒星がぼんやりと覗いている。
知的生命体は、誰一人としていない。
都市の喧騒も、雑踏の声も、何もかも人の気配は届かない。
今この惑星のゲストは、俺と、バロンと、メルキオール、そして一杯のコーヒーだけ。
……周辺を飛び回る“虫”どもは、正直、歓迎していないようだったが。
羽音やキチキチという金切り音さえなければ、ほとんど静寂だった。
恐ろしくも、心地よいほどに。
俺は残りのコーヒーを飲み干す。
ぬるくなった液体が喉を通り過ぎ、わずかに苦味だけが舌に残った。
「……後片付け、面倒くさいな」
ふと、視線を強襲揚陸艇へと移す。
二機あるうちの一機。あんまり使っていない方だ。
……一機ぐらい、趣味用にカスタマイズしてもいいかもしれない、なんて、くだらない妄想が頭をよぎった。
「“強襲揚陸艇”をカスタマイズするか? キャンピングカーみたいに」
一応、口にしてみる。もちろん、真剣に考えているわけじゃない。
『ジェイス。キャンプは不便を楽しむものです』
昨日、俺が言ったセリフをそのまま引用された。嫌な奴だ。
だから勢いよく無視する。
「さっ! バロンっ! メルキオールっ! 撤収だっ!」
バロンがくっと耳を動かし、小さく鼻を鳴らす。
メルキオールは六つの脚を滑らかに展開し、片付けの準備へと入っていく。
静かだった朝が、ようやく動き出した。
最後までお付き合いいただき、感謝です!
「いいね!」と思っていただけたら、高評価をいただけると嬉しいです!
今後の励みになりますので、もしよろしければ……!