伯爵家に引き取られた子
エリナはかつて地方貴族の一人娘として穏やかな日々を送っていた。しかし、両親が病で他界したことで、その生活は終わりを迎えた。彼女は遠縁の伯爵家に引き取られるが、それは救済などではなかった。伯爵夫人はエリナを厄介者としか見ず、彼女を召使い以下の扱いをする。
屋敷の使用人たちにも冷たくされ、親戚からの慈悲など存在しない環境で、エリナは耐え続けた。そんな中、伯爵家の令嬢リディアだけは、幼少期から優雅な暮らしに浸っていた。
リディアはその美しい容姿と聡明さから、周囲の注目を集めていたが、その性格は冷酷で傲慢だった。彼女の娯楽は、エリナを貶めることで、自身の優越感を確認することだった。
「お姉さま、本当にみすぼらしいわね。その服、見てるだけで気分が悪くなるわ。」
そう言いながらリディアはエリナの手作りのドレスを引き裂いたこともある。エリナが大切にしていた母の形見のブローチも奪われ、「私の方が似合うわ」と笑いながら身につけるリディアを、エリナはただ見ているしかなかった。
引き取られたが「エリナお嬢様」などと呼ばれることはなく、屋敷ではただの雑用係として扱われた。使用人たちもリディアの意向を恐れ、エリナを見下すようになる。どれだけ努力をしても認められることはなく、エリナは次第に自分の価値を見失っていった。
彼女の唯一の慰めは、夜に一人で過ごす時間だけだった。古い部屋で、母の記憶を頼りに、心を落ち着ける瞬間がエリナの支えだった。
そんなある日のこと、エリナは物置を掃除している最中に、一冊の古びた書物を見つける。それは「契約の魔術書」と題されたもので、特定の代償と引き換えに、どんな願いも叶えられるという禁忌の書だった。
「私の願い……」
エリナの心に、一つの強い願望が浮かぶ。リディアへの復讐。自分を否定し続けた者たちを見返す力が欲しいと、彼女は決意する。
それからの日々、エリナは夜な夜な書物を研究し、魔術の修行を重ねた。伯爵家に仕えるフリをしながら、魔術の実践に必要な材料を集めるため、小さな隙をついては町に出向いた。そして月日は流れ、エリナは18歳になった。
ある晩、彼女はついに禁忌の儀式を決行する。
「私の代償は、何でもいいわ……すべてをかけても、私は奴らを許さない!」
深夜、屋敷の地下室で彼女が詠唱を終えると、黒い霧が足元から立ち上がる。それは彼女に力を与える契約の証だった。
エリナの瞳が赤く輝く――彼女の復讐劇が、今始まる
契約の力を得たエリナは、夜明けと共に計画を動かし始めた。彼女は伯爵家の生活を続けながら、まず屋敷の使用人たちを影から操ることでリディアの信用を少しずつ削いでいく。
例えば、リディアが来客に見せるためのドレスが、突然シミで汚れていたり、渡す予定だった贈り物が別人の手に渡るような細工がされる。そんな小さな妨害を、あたかも偶然であるかのように見せかけた。
「エリナ、あなたがやったんじゃないでしょうね?」
疑念を向けるリディアに、エリナは笑顔を浮かべるだけだった。
「どうして私なんて疑うんですか?私はただ命じられた通りに動いているだけです。」
やがて、リディアの評判が少しずつ崩れていくと、次は伯爵夫人を標的にする。
エリナは契約の力を使い、屋敷に巣食うように闇の魔物を召喚した。それらは実体を持たず、恐怖や不安を増幅させる存在だった。屋敷の中で夜な夜な奇妙な音が響き渡り、使用人たちは次々と辞めていった。
「この屋敷には呪いがある……。」
そんな噂が広まり、伯爵家は孤立していく。夫人とリディアは日に日に憔悴していき、その優雅だった生活は見る影もなくなった。
エリナはただ微笑みながら、彼女たちが壊れていくのを静かに見守っていた。
ある嵐の夜、ついにエリナはリディアと直接向き合う時が来た。伯爵夫人はすでに病に倒れ、屋敷の中にはリディアとエリナしかいなかった。
「あなたね……すべてを壊したのは……!」
ボロボロの姿でリディアはエリナに叫ぶ。だが、その声にはかつての傲慢さは微塵も残っていなかった。
エリナは冷たく微笑む。
「壊した? いいえ、私はただ真実を引き出しただけ。あなたの傲慢さ、冷酷さが自分を滅ぼしたのよ。」
リディアは震える手でエリナに掴みかかろうとするが、逆に魔術の力で床に縫い付けられる。
「覚えている? 母の形見のブローチを奪った時のことを。」
エリナはそう言うと、リディアの胸元から奪い返したブローチを取り出し、それを握りしめた。
「これを返してもらったら、もうあなたに用はないわ。」
リディアは絶叫するが、エリナはそのまま彼女を置き去りにし、燃え上がる屋敷を背に外へと歩き出した。
エリナは伯爵家を滅ぼし、リディアへの復讐を果たした。しかし、胸の内に満たされる感覚はなく、むしろ静寂だけが広がっていた。
「これで……本当に良かったの?」
彼女は母のブローチを握りながら、自問自答する。だが、答えは出ない。ただ一つ確かなことは、エリナの中にもう一つの目的が芽生えていたことだった――自分の力を試す旅に出ること。
かつての伯爵家の屋敷を振り返ることなく、エリナはその地を去る。これからの人生は、自分の意志で決めると心に誓いながら。
夜空に浮かぶ月を見上げながら、エリナは静かに呟く。
「これが、私の選んだ道……母さん、見守っていてね。」
闇とともに歩き出した彼女の姿は、どこか一人の少女というより、一人の強者のそれだった。
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