エレナと逆さま博士 ◆ 7 ◆
◇ ◇ ◇
悲鳴をあげるエレナに対し、ファウストは何事もないかのように飄々と切りだす。
「アレを撒きながらで申し訳ありませんが、貴女が巻き込まれた大変複雑な事情をご説明してさしあげます」
切り立った瓦礫をギリギリで回避するようなファウストの操縦に、エレナは気が休まらないが、彼の声は上から淡々と聞こえる。
「魔界を統べるひと柱、メフィストフェレスはこの度その任を退くことを決めたそうです。この大変革の要は誰が彼の後継者たるか……もうおわかりですね」
エレナがなんとか上を見あげると、ファウストがイヤに優しい笑みを浮かべているのが目に映った。
「お父上が指名したのは貴女ですよ、エレナ君」
「はあああ!?」
「そのリアクション、魔界の総意そのものです」
やれやれ、と芝居がかった調子のファウストに、エレナは彼の手を離したら危ないことも忘れて、全身で拒否を示すかのように暴れる。
「何かの間違いよ! だって! だってあたし……」
「メフィストフェレスの7番目の子にして魔力を一切受け継がなかったのでしょう?」
「ぐぬ……」
おっしゃる通り、と奥歯を噛むエレナ。
「魔力ゼロの上、末子の貴女が選ばれたと知って、他の6兄姉もとい彼らの取り巻きは……その……少々動揺しておりまして」
どぉぉぉん、とまたもタイミングよく地響き。
ファウストは空いている方の手でエレナの後方を指し示した。
「あのように」
エレナが振り返ると、巨大タコは今までと違って確実にこちらを睨んでいるかのような目線……目線と言っていいのか、ともかく、人間がするような怒りのオーラを放っていた。
残った足を鞭のようにしならせ、タコは瓦礫を埃のように軽く払い飛ばしながらふたりに迫る。ファウストはファウストで、それを器用にかわしているが。
「そろそろあの悪魔もタコに体が馴染んできた頃でしょうか? 避けるのも面倒ですねぇ」
ファウストはのんきで、それに興味深そうな口ぶりだ。
「馴染む……?」
オウム返しのように何気なく呟くエレナ。
「おやおや、ご存じないんですか? 人間界アレルギー」