エレナと逆さま博士 ◆ 4 ◆
◇ ◇ ◇
パラパラ、と何かが落ちる音を聞きながら、エレナは意識を取り戻した。
「うう……」
瓦礫の中で倒れているエレナは、巨大なタコの足に吹き飛ばされたことを思い出した。叩きつけられた体が痛むが起き上がれないほどではなかった。しかし、依然として状況を掴めておらず、あたりを見回す。倒壊した建物やえぐり返った道が彼女の視界を埋め尽くしていた。
陽気な朝の風景は、土煙と瓦礫にまみれ、映画さながらの戦場と化していた。晴れ渡っていた空も今や暗雲が立ち込めている。
エレナは、バクバクと鳴る自分の心臓の音を聞きながら視線を走らせ、ある一点でハッと止めた。
「ミヒャエル!」
視線の先には、ついさっきまでのエレナと同じように瓦礫に埋もれたミヒャエルの姿が。立ち上がったエレナは彼の元にヨタヨタと駆け寄る。
「ミヒャエル! しっかりして!」
傍らにしゃがみこんで軽くゆすると、彼の閉じたまぶたがぴくりと動く。低くうめきながら目を開けた彼は視線を迷わせたあと、エレナをとらえた。エレナは、ほっとした表情を浮かべる。
「……お、まえ、無事だったのか」
ぼそぼそと言いながら体を半分起こすミヒャエル。そこへ遠鳴りが聞こえる。瓦礫の山の向こうをズリズリと動いていく影が煙の中に見える。
「なんだありゃ……モンスター!? まさか俺のタコ……? 夢でも見てんのか?」
「わ、わかんないけど、早くここ離れよう」
そうだな、と頷いたミヒャエルは「あ」と小さい声をあげて、それから諦めたように長いため息をついた。
「……だめだ。引っかかって脚が抜けねぇ。つーか折れてるかも。今あんま痛くねーけど、とりあえずレスキュー待つしか……レスキューで済むか? モンスターハンターとか? 現実にそんなのいるか……?」
最後の方はブツブツとした自問自答になる。エレナはミヒャエルの話を聞くうちにみるみる泣けてきた。
「……っそんなぁ! それじゃあ試験に間に合わないよ」
「街の状況もわかんねぇのに『試験がぁ~』じゃねぇだろ。万一、間に合ってもネタがアレじゃどうしようも……」
「知ってるでしょ! アカデミーは雨が降ろうが槍が降ろうがスシを握らせるトコだって! あたしのエビ半分あげるからっ! 一緒に行こうよ!」
「はは、人の世話焼いてる場合かFラン女」
暴言を吐きつつも、ミヒャエルに朝の一幕のような覇気はなかった。彼の顔を悲しげに見つめるエレナだが、ふたりの目は合わない。ミヒャエルは一方で、エレナの背後が気がかりな様子だ。パラパラと瓦礫の欠片が降ってきていて、地面の揺れはひどくなるばかりだ。
「モンスターパニックがこの辺りだけの話なら、そのうち誰か来るだろうし、お前がいても役に立たねぇだろ。さっさとアカデミーでもどこでも行けよ」
「……」
エレナが黙って立ち上がったのを見て、ミヒャエルは人知れずほっとした顔をする。しかし……。
「おい、何やってんだバカ!」
彼女が足を向かわせたのは、ミヒャエルを覆う瓦礫の方で……転がっているパイプをすき間に差しこむなどし始めたのだ。